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巴川の夜

 幹夫が巴川(ともえがわ)へ出たのは、夕餉(ゆふげ)の椀を空にした後であつた。下宿の狭い二階――畳の目の立つた六畳――へ戻つて机に向つても、何一つ書く気は起らない。書く気が起らないのは、書くべきものがないからではない。書かうとすれば、幹夫は何でも書けた。政治でも、恋でも、人生でも。併しその何でもが、いつも幹夫にとつては「書いてはいけない」もののやうに思はれた。理由はない。理由のない禁止ほど、人を不自由にするものはない。

 階段を下りる時、幹夫は女中の洗ひ物の音を聞いた。茶碗の触れ合ふ乾いた音は、どこか裁判所の木槌(こづち)のやうである。幹夫は思はず足音を忍ばせた。忍ばせる必要などない。誰も幹夫の歩き方など気にしない。それを知りながら、幹夫は自分の存在が何かの罪証(ざいしやう)を立てるやうに感じてゐた。

 外へ出ると、冬の手前の夜気が頬に当つた。静岡の夜は東京ほど尖つてゐない。どこか海に近い湿りが、空気の角を丸くしてゐる。しかしその丸さは、慈悲ではない。湿りは湿りとして、皮膚の上にじつと貼りつく。幹夫は行先を決めないまま歩いた。決めない、といふより決められないのである。決められないことが、いつの間にか幹夫の習慣になつてゐた。

 やがて街の灯が疎(まば)らになり、川の匂ひがして来た。泥と藻と、どこか塩の気配の混つた匂ひである。巴川である。巴川は清水の町を縫ふやうにして、闇へ流れてゐた。堤はコンクリイトで固められ、欄干の上に街灯が一定の間隔で立つてゐる。街灯は律儀である。律儀であるものは、時として残酷である。街灯は巴川の水面に、黄色い光を細長く映し出し、その光は水の揺れに従つて歪んだ。歪みは、まるで笑ひのやうでもあつた。

 幹夫は川沿ひの道へ降りた。降りた途端、何かが胸の奥を押した。息苦しいといふほどではない。併し軽い不快が、確かに生れた。不快の名は羞恥かも知れない。羞恥の相手は誰か。通行人か。川か。自分か。幹夫は何れにも決められなかつた。

 彼は欄干に手を置き、水を覗いた。水は黒い。黒いといふより、黒さを固めたやうな色である。昼には見える筈の川底は、夜には見えない。見えないものは、見えないといふだけで人を不安にする。幹夫はその不安を、いつも「罪悪感」と呼んでゐた。罪悪感――さう呼べば、何か説明した気になるからである。

 幹夫は自分に訊いてみた。

 ――お前は何か悪いことをしたか。

 答はすぐに出た。何もしてゐない。少なくとも法律の上では。人を殴つたこともない。金を盗んだこともない。女を捨てたこともない。――女を捨てるほどの女もゐない。併し「何もしてゐない」といふ答の直後に、幹夫はまた別の声を聞いた。

 ――何もしてゐないこと自体が、罪ではないか。

 幹夫は笑ひさうになつた。笑ふには暗すぎる笑ひである。何もしてゐないことが罪なら、世の中の半分は牢に入らねばならぬ。いや、半分どころではない。牢の外にゐる者こそ疑はしい。幹夫はその理屈の滑稽を知りながら、理屈の奥にある重さを否むことが出来なかつた。

 巴川の水は静かに流れてゐる。流れてゐるのに、音がする。音は水の摩擦か、橋脚の陰の渦か、或は風が欄干の隙間を通る音かも知れない。併し幹夫には、それが「囁き」に聞えた。囁きは言葉を持たない。言葉を持たない囁きほど、意味を孕むものはない。幹夫は耳を澄ませた。澄ませれば澄ますほど、囁きは確かになつた。

 ――罪。

 さう聞えたやうな気がした。聞えたのは水からではない。幹夫の内部からである。しかし内部から聞えたからといつて、外に原因がないとは限らない。外と内の境は、夜になると薄くなる。幹夫は自分がその薄さに堪へられない性分であることを知つてゐた。

 上流の方から、自転車の鈴が近づいて来た。若い男が一人、無灯火で走つて来る。男は幹夫の脇をすり抜ける時、すこし舌打ちをした。舌打ちは幹夫に向けられたのではない。道の凹みか、タイヤの空気か、或は自分の不運に向けられたのだらう。併し幹夫は、その舌打ちを「咎め」に感じた。

 咎められる覚えはない。

 覚えがないことが、却つて恐ろしい。

 幹夫は歩き出した。歩けば気が紛れると思つた。紛れるといふ言葉自体が、幹夫には信用できなかつた。紛れるとは、罪が消えることではない。ただ見えなくなるだけである。見えなくなるだけの罪は、やがて別の形で現れる。幹夫の経験では、さうであつた。

 川沿ひの道は、時々橋の下を潜つた。橋の下はひときは暗い。暗い中に、何かの気配がある。気配は必ずしも人ではない。闇の湿り、苔の匂ひ、コンクリイトの冷え、さういふものが気配になることもある。併し幹夫は、橋脚の陰に蹲(うづく)まる影を見た時、反射的に足を止めた。

 影は人であつた。男が一人、橋脚の根元にゐる。帽子をかぶり、背を丸めて何かを弄(いぢ)つてゐる。男の傍には麻袋のやうなものが置かれてゐた。幹夫は自分の心臓が早くなるのを感じた。麻袋――夜――川――橋脚。連想は容易い。容易い連想ほど、人を誤らせるものはない。幹夫は誤らうとしてゐた。或は誤ることを望んでゐた。

 ――あれは死体ではないか。

 さう思つた瞬間、幹夫の胸の重さは、奇妙に軽くなつた。死体があるなら、罪悪感には理由が出来る。理由が出来れば、苦しみは一段落する。人間は苦しみたいのではない。苦しみの理由が欲しいのである。幹夫はその卑怯を知りながら、卑怯を捨てるほど強くはなかつた。

 男は麻袋の口を開け、何かを取り出した。白いものがちらりと光つた。幹夫は息を呑んだ。白いものは、魚の腹であつた。男は釣りの仕掛けを解いてゐるらしい。魚はまだ少し動いた。動いたのが、幹夫には痙攣(けいれん)に見えた。痙攣は死の徴候である。死の徴候は罪の徴候である。幹夫の頭の中では、さういう乱暴な等式が成立してゐた。

 男は幹夫に気づくと、ちらりと見上げた。視線は短い。短い視線は、しかし鋭い。幹夫はその視線に刺されたやうに感じ、思はず目を逸らした。逸らした瞬間、幹夫は自分が「怪しい者」に見えることを悟つた。悟つたとたん、羞恥が罪悪感へ変つた。羞恥も罪悪感も、名前の違ひに過ぎない。どちらも結局、自分の存在の居場所のなさである。

 幹夫は足早にその場を離れた。離れながらも、背中に男の視線が貼りついてゐる気がした。貼りついてゐるのは視線ではない。幹夫の内部の「裁判官」である。裁判官は何も言はない。言はないからこそ厳しい。

 橋を出ると、少し風が通つた。風の通る場所は救ひである――と言ひたいところだが、幹夫にとつて風は救ひにならなかつた。風は皮膚を撫で、皮膚の感覚を鋭くする。感覚が鋭くなれば、自分の中の微かな動き――罪悪感の微かな脈――が、いよいよはつきりするだけである。

 遠くで汽笛が鳴つた。清水港の方だらう。汽笛は旅を告げる。旅を告げる音が、幹夫には「逃亡」に聞えた。逃亡といふ言葉は、罪の匂ひを伴つてゐる。幹夫は、その匂ひを吸ひ込みながら、また理由のない後ろめたさに襲はれた。

 彼はふと思つた。

 ――もし今、誰かがこの川へ落ちたら、自分は助けるだらうか。

 思ひは、試験問題のやうに幹夫の前に置かれた。幹夫は答へを出さうとした。助ける、と言へば気が楽になる。助けない、と言へば正直である。併し幹夫は、そのどちらも言へなかつた。助けると言つても、幹夫には力がない。助けないと言つても、幹夫はそれを言ひ切る勇気がない。――勇気がないこと、それ自体が罪ではないか。さう思ふと、幹夫の胸はまた重くなつた。

 水面に何かが跳ねた。魚か。或は空罐でも流れて来たのか。跳ねた瞬間の小さな白さが、幹夫には手首の白さに見えた。誰かが沈んでゐる――さう見えた。見えたのは目の錯覚である。目の錯覚が、しかし心の真実を照らすことがある。幹夫は欄干に手を掛け、身を乗り出した。

 黒い水があつた。

 それだけである。

 それだけであるのに、幹夫は「見てはならないものを見た」やうな気がした。何もないことが、最も恐ろしい。死体があれば理由が出来る。死体がなければ、罪悪感はどこにも行き場がない。行き場がないものは、自分の内部に沈殿する。沈殿したものは腐る。腐つたものは匂ふ。匂ふものは、いよいよ罪に似て来る。

 幹夫は欄干から手を離した。手のひらが冷えてゐる。冷えは水のせゐではない。自分のせゐである。幹夫はその冷えを、夜気のせゐにしたかつた。夜気のせゐに出来れば、世界は少し整ふ。併し整はない。世界はいつも、幹夫の期待ほど単純ではない。

 彼は歩きながら、自分の過去を探つた。過去の中に「はつきりした罪」を見つけたかつた。嘘をついたこと。友を裏切つたこと。盗みをしたこと。――さういふものが一つでもあれば、今のこの後ろめたさは、その罪へ結びつく。結びつけば、説明が出来る。説明が出来れば、赦しの形も想像できる。赦しとは、説明の裏返しである。

 しかし幹夫の過去は、思ひのほか平凡であつた。平凡であることが、幹夫には罪のやうに思はれた。平凡な者が平凡に生きることは、誰にも迷惑をかけない。迷惑をかけない代りに、誰も救はない。救はない代りに、誰にも救はれない。――その循環が、幹夫には牢獄のやうに感じられた。

 川沿ひの街灯が、また一つ、また一つと背後へ遠ざかつた。遠ざかるたびに、幹夫は自分の影が長くなるのを見た。影は川の方へ伸び、黒い水面へ触れさうになる。影が水に触れれば、影は溶けるだらうか。溶ければ、罪悪感も溶けるだらうか。幹夫は幼稚な希望を抱き、すぐにその希望を憎んだ。希望ほど罪深いものはない。希望は現実を軽んじる。軽んじることは、どこかで傲慢に通じる。

 堤の途中に、小さな祠(ほこら)があつた。祠の前には水と塩が供へられ、線香の匂ひが残つてゐた。幹夫は足を止めた。祠の中には、名も知らぬ神がゐるのだらう。名を知らぬ神に祈るのは、滑稽である。併し滑稽だからこそ、祈りは真剣になり得る。幹夫は祠の前で、何を祈るべきか考へた。

 ――赦して下さい。

 さう祈りかけて、幹夫は口を噤(つぐ)んだ。赦して下さい、と言ふためには、罪を告白しなければならない。罪が分らない者は、赦しを乞ふ資格がない。資格のない者の祈りは、ただの独語である。独語は、結局自分へ返つて来る。幹夫は独語を恐れた。独語の中には、いつも自分がゐる。自分ほど厄介な相手はない。

 幹夫は祠に背を向けた。背を向けながら、ふいに胸の奥が痛んだ。痛みは、罪のやうでもあり、罰のやうでもあつた。罰であるなら、罪がある筈だ。罪があるなら、理由がある筈だ。理由があるなら、見つけられる筈だ。――さういふ理屈は、幹夫の心を救はなかつた。理屈は理屈として、ただ冷たい。

 やがて下宿の灯が見えた。二階の窓に小さな明りがともつてゐる。幹夫の部屋の明りではない。隣室の学生の明りである。学生は、恐らく誰かへ手紙でも書いてゐるのだらう。手紙を書ける者は幸福である。書くべき相手がゐるからである。幹夫には相手がゐないのではない。相手を相手として信じ切れないのである。信じ切れないことが、幹夫の罪悪感の根であつたのかも知れない。

 幹夫は階段を上つた。畳の部屋へ入り、電燈を点けた。電燈の光は白く、昼のやうに物を曝(さら)す。曝されると、罪悪感は少し薄くなる。併し薄くなるだけで消えない。罪悪感は闇の産物ではない。むしろ光の産物である。光があるから、自分が見える。自分が見えるから、恥づかしい。恥づかしいから、罪が欲しくなる。罪が欲しいから、罪悪感が生れる。

 幹夫は水を飲んだ。冷たい水は喉を通つた。通つても、胸の重さは残つた。幹夫は机に向ひ、白い紙を前にした。紙は白い。白さは潔白を思はせる。潔白を思はせるものが、幹夫には最も嫌ひであつた。潔白は、往々にして偽装だからである。

 窓の外で、巴川の方から微かな水音が聞えた。水音は、さつきと同じやうに囁いてゐるやうに思へた。幹夫は耳を澄ませた。囁きは言葉を持たない。言葉を持たない囁きは、いつまでも終らない。

 巴川の水は今夜も黒く流れてゐるだらう。黒く流れながら、何も証明しない。証明しないものほど、幹夫を追ひつめるものはない。幹夫はふと、自分がこの先どれほど歩いても、罪の名を見つけられないのではないかと思つた。見つけられないなら、赦しもない。赦しがないなら、救ひもない。

 幹夫は紙の上へペン先を落した。落しただけで、書けなかつた。書けないまま、彼はただ、巴川の夜の匂ひ――泥と藻と塩の混つた匂ひ――が、まだ自分の袖に残つてゐるのを感じた。

 その匂ひは、洗つても落ちない種類のもののやうに思はれた。

 
 
 

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