影の長さ
- 山崎行政書士事務所
- 2025年12月22日
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幹夫がその影を意識したのは、静岡の空が、まだ暮れ切らぬうちにもう夕方の色を含みはじめた頃であつた。青葉の並木道を抜け、街の灯が一本、また一本と点きはじめる――その中途で、幹夫はふと足もとを見た。すると自分の影が、思ひのほか長く伸びてゐる。しかもその影は、彼の歩みに従つて伸びたり縮んだりするのではない。彼よりも一歩先を歩き、彼の行先を勝手に決めてゐるやうに見えた。
影といふものは、誰にでもある。幹夫もそれを知らぬ訣ではない。子供の時分には「影踏み」などもして遊んだ。影を踏まれた者が負けるといふ、あの馬鹿々々しい遊びである。併し馬鹿々々しい遊びほど、後になつて思ひ返すと、妙に本質を含んでゐることがある。影は踏まれても痛まぬ。けれども踏まれた者は、どこかで自分が傷ついたやうな顔をする。幹夫は、今その理屈のやうなものを、足もとの影の中に見た。
彼は歩きながら、影の先端がどこへ行くかを見てゐた。影の先端は舗道の白線を越え、排水溝の蓋の上を滑り、街路樹の根元の暗みへ吸ひ込まれさうになつてゐる。影は暗みへ入るのに躊躇しない。影に躊躇がないのは当然である。影は自分で選ばない。光がさうさせる。光がさうさせるなら、影はどんな闇でも歩いて行く。
――私も、いつかああして闇へ行くのだらうか。
幹夫はその問いを、冗談のやうに心の中へ投げてみた。冗談にしては、胸の奥がひやりとした。ひやりとするのは、答へがすでに分つてゐるからである。人間は分つてゐる答へほど、聞きたくない。幹夫はその悪い癖を、昔から持つてゐた。
街角の喫茶店から、ガラス越しに暖い光が洩れてゐた。客の笑ひ声がする。スプーンの触れ合ふ音もする。幹夫はそれらの音に、突然自分がこの世から退く瞬間を想像した。
それは、どんな瞬間であらう。
たとへば今、ここの横断歩道を渡つてゐる時に、曲つて来た車に撥ねられる。――幹夫はさう考へ、すぐにその場面を細部まで整へた。車のタイヤの黒さ。ブレーキの軋み。身体が宙へ浮く時の、胃の中身が反転する感覚。頭のどこかが石に当たる鈍い音。次の瞬間、世界は暗くなる。暗くなるといふより、世界が「自分に関係しなくなる」。
彼はそこで息を詰めた。想像の中の鈍い音が、現実の頭蓋の内側へまで響いた気がしたからである。想像は皮膚の上だけで終らない。想像はときどき、神経の奥へ刺さる。幹夫はその刺さり方を知つてゐた。知つてゐるくせに、また刺しに行く。――わざと痛みを確かめる病人のやうに。
併し交通事故などは、どこか他人事の匂ひがある。死が他人事の匂ひを持つのは、ひどく奇妙なことだが、幹夫の心はさうであつた。彼は別の死を考へた。
病院の白い天井。薬の匂ひ。夜更けのナースコールの電子音。窓の外に見える街灯。――そして、呼吸の間隔がだんだん長くなる。長くなるたびに、「次の呼吸が戻つて来る」といふ期待が薄くなる。薄くなる期待は、やがて期待でなくなる。期待でなくなつた時が、死なのだらうか。
幹夫は喉が渇いた。喉が渇いてゐるのに、唾が出ない。唾が出ないといふことは、体が何かを怖がつてゐる証拠である。幹夫は自分の体が、勝手に死を怖がつてゐるのを見て、腹立たしくなつた。
怖がる必要がどこにある。死は誰にも等しい。等しいものを怖がるのは、滑稽ではないか。
さう理屈を立てても、体は理屈を信じない。体はもっと素朴に、もっと獣のやうに、ただ「消える」ことを嫌ふ。幹夫はその嫌ひを、どこか羞恥として感じた。自分の体が、己の理性を裏切るやうに思へたからである。
彼は歩調を速めた。歩調を速めると、影もまた速く流れる。影の先端は、舗道の隙間の暗みへ先に入つて行く。幹夫はその様子を見て、突然あることに気づいた。
影は、毎日「死んでゐる」。
夕方になれば長くなり、夜になれば闇に溶けて消える。消えるといふのは、つまり死ぬことである。ところが翌朝には、また何事もなかつたやうに戻つて来る。――影は死んでも戻る。しかし自分は戻らない。戻らないものの方が、本当の死である。幹夫はその区別を思ひ、区別が出来ること自体が恐ろしくなつた。
彼は足を止めた。足を止めると、影も止まる。止まる影は、妙に礼儀正しい。礼儀正しいものほど不吉である。幹夫は影を睨むやうに見下ろした。
その時、幹夫の影の上を、別の影が横切つた。自転車である。自転車の車輪の影が、細い輪になつて、幹夫の影を切り裂くやうに走つた。次に、子供の影が跳ねた。子供は母親の手を引いてゐる。母親の影と子供の影は、互ひにからまり合ひ、ほどけ、またからまり合つた。
幹夫は、そこに奇妙な羨ましさを覚えた。影がからまり合ふといふことは、少なくともその二人が同じ光の下にゐる証拠である。光の下にゐる者は、互ひを見、互ひに見られる。見られることは苦しい。併し見られぬことは、もつと苦しい。幹夫はその両方を知つてゐた。知つてゐるからこそ、どちらにも属せなかつた。
彼は再び歩き出した。歩きながら、さつきの想像の続きを、また勝手に始めた。――死ぬ瞬間、自分は自分を見てゐるだらうか。いや、見てゐる者はゐないのか。見てゐる者がゐないなら、死は意外に簡単なのではないか。見てゐる者がゐるなら、死は裁判のやうに長いのではないか。
幹夫の中には、いつも「見てゐる誰か」がゐた。幹夫が笑へば、その笑ひを「不自然だ」と言ひ、幹夫が黙れば、その黙りを「卑怯だ」と言ひ、幹夫が歩けば、その歩き方を「目的がない」と言ふ。――その「誰か」は、どこまでも幹夫を離さない。死の瞬間にも、その「誰か」はゐるのだらうか。
もしゐるなら、死の瞬間は「救ひ」ではない。むしろ最後の最後まで、自己の検査が続くことになる。幹夫はその想像に耐へられず、思はず肩をすくめた。肩をすくめると、影もまた肩をすくめたやうに見えた。影は真似をする。真似をするものは、責任を負はない。責任を負はぬものが、自分の一部であることが、幹夫には癪に障つた。
道の先に、細い路地が口を開けてゐた。路地の中はひどく暗い。夕方の光が届かぬのだ。幹夫の影の先端が、その暗い路地へすうつと入つて行つた。影はためらはない。影はもう半分、闇の中に消えかけてゐる。
幹夫は路地の入口で立ち止まつた。
馬鹿々々しい――と思つた。影が路地へ入つたからといつて、自分が死ぬ訳がない。併し馬鹿々々しいと思へば思ふほど、足が出ない。足が出ないといふことは、体が何かを信じてゐる証拠である。幹夫の体は、影が闇に入るのを「先取りの死」として怖がつてゐた。理屈のない怖れほど、根が深い。
幹夫は唇を噛んだ。噛むと、唇の裏が痛む。痛みは確かだ。確かなものに頼つて、彼は一歩、路地の中へ入つた。
途端に、影が消えた。
消えたといふより、影がどこへ行つたのか分らなくなつた。暗みは影を許さない。影は光があつてはじめて生れる。光がないところでは、影もまた「存在する資格」がない。幹夫はその資格の有無を、あたかも自分自身の資格のやうに感じた。影が消えた場所で、自分も消えるのではないか。そんなことはない。ない筈である。けれども幹夫の胸は、急に薄く痛んだ。
路地の奥には、誰もゐない。洗濯物の匂ひと、湿つた土の匂ひだけがある。幹夫は息をこらした。息をこらすと、自分の心臓の音が聞える。心臓の音は生の証拠である。生の証拠が、かへつて死の予告に似て来る。――この音が止まるのが、死だ。止まる瞬間がある。止まる瞬間は、必ず来る。必ず来るものを、どうしてこんなに怖がるのか。
幹夫は路地を抜け、また明るい通りへ出た。出ると、影が戻つて来た。戻つて来た影は、さつきより短い。太陽がさらに低くなつたのだらう。影が短いのを見ると、幹夫はほつとした。ほつとした自分が、また憎らしかつた。安心といふものは、どこか怠惰の匂ひがする。怠惰の匂ひは、幹夫には罪悪感の匂ひと似てゐた。
彼はそのまま歩いた。歩けば歩くほど、影はだんだん薄くなる。街灯の光が勝ち、影は地面に貼りつくやうに縮む。縮みすぎると、影はほとんど見えなくなる。見えなくなる瞬間がある。見えなくなる瞬間が、死に似てゐる。
幹夫は、ふと街灯の下で立ち止まつた。足もとには影がない。影がない、といふだけで、世界が一枚の紙のやうに薄くなつた気がした。――自分は今、存在してゐるのか。存在してゐるとすれば、何が証拠か。体温か。呼吸か。記憶か。名前か。そんなものは皆、どこか他人の所有物のやうでもある。
幹夫は顔を上げ、街灯を見た。街灯は白く、冷たく光つてゐる。光つてゐる癖に、何も照らしてゐないやうに思へた。照らしてゐるのは舗道だけで、人間の中身までは照らさない。人間の中身は、結局自分で照らすしかない。自分で照らす光が、幹夫にはもう弱つてゐた。
その時、背後から笑ひ声がした。振り向くと、若い男と女が並んで歩いてゐる。二人の影は街灯の光の下で短くなり、また次の灯りの間で長くなる。その伸び縮みは、呼吸のやうに自然で、しかも残酷なほど無関心であつた。二人は幹夫を見ない。見ないことは、幹夫を救ひもすれば傷つけもした。
幹夫は歩き出した。歩きながら、死の瞬間をもう一度、今度は前よりも具体的に想像しようとした。具体的にすれば、怖れは減る筈だ。具体的にすれば、死は「出来事」になる。出来事になれば、準備が出来る。準備が出来れば、恐怖は管理できる。――幹夫の頭はさういふ風に出来てゐた。
しかし具体的にすればするほど、死は出来事にならなかつた。死は、出来事のやうに始まらない。死は、ある瞬間「やめる」だけである。呼吸がやむ。意識がやむ。言葉がやむ。――やむといふのは、劇の幕が下りることではない。劇場そのものが消えることである。
幹夫は、急に足もとを見た。影はもう短い。短い影は、彼の足にしがみつくやうにゐる。しがみついてゐるのに、次の灯りの下へ行けば、また消えるだらう。消えて、また出る。出て、また消える。――影は毎晩その往復をする。幹夫は一度だけ、その「消える」側へ行く。行つたら戻らない。
幹夫は胸の奥が痛むのを感じた。痛みは、悲しみでも恐怖でもない。何か、名をつける前の感情である。名をつける前のものは、人間をいちばん弱くする。幹夫は自分が弱くなるのを嫌ひながら、嫌ふ力すら弱くなるのを感じた。
家へ着くと、玄関の灯が点いてゐた。幹夫は靴を脱ぎ、二階の部屋へ上つた。部屋の電燈を点けると、壁に自分の影が映つた。影は短い。短い影は、どこか滑稽である。さつきまでの長い影の不吉さが嘘のやうだ。嘘――さう言ひ切つてしまへれば楽であらう。併し幹夫は言ひ切れなかつた。影が長かつたことも、短いことも、どちらも事実である。事実はいつも、幹夫の心の都合を許さない。
幹夫は机の前に坐つた。ペンを取つた。紙は白い。白い紙の上に、何かを書けば、生きてゐる証拠になるやうな気がした。併し幹夫は、一行も書けなかつた。書けないのではない。書くに足る言葉がないのだ、と幹夫は思つた。思つた瞬間、さらに残酷なことに気づいた。書くに足る言葉がないのではない。書いた言葉が、死を少しも遠ざけないのだ。
窓の外では、街灯が白く光つてゐるだらう。舗道の上では、誰かの影が短くなり、また消え、また現れてゐるだらう。幹夫はその光景を見ないまま、ただ壁の影を見た。影は黙つてゐる。黙つてゐる癖に、幹夫に告げる。
――お前は、まだこちら側にゐる。
「こちら側」と「向う側」の境は、いつ、どこで、どんな顔をして現れるのか。幹夫には分らない。分らないまま、その境のことだけが確かである。
幹夫は電燈を消した。
闇の中で、影は消えた。消えたのに、幹夫は自分がまだ消えてゐないのを感じた。その感じが、最も不思議であつた。





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