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旗の無音

その日、東京の空は、妙に低かった。低い空は、音を押し潰す。押し潰された音は、かわりに匂いになる。――香の匂い、煤の匂い、濡れた木の匂い。帝都は、喪に服すというより、大きな息を止めていた。

電線が空を切り、馬車の鈴が遠くで鈍く鳴る。群衆は黒い。黒は哀悼の色だと教わったが、私には黒が「安全」の色に見えた。黒は目立たない。目立たなければ、責められない。責められない場所へ人は集まる。喪というものは、ときに最も卑しい避難所だ。

私は乃木邸へ向かって歩いた。先生――乃木希典大将。学習院に顔を出すたび、子どもたちは背筋を伸ばし、教師たちは言葉を選んだ。あの人の沈黙は、命令よりも強い。沈黙は、誰も否定できないからだ。

門前の砂利は、秋の乾きかけた光を拾っていた。乾いた光は骨に似ている。骨は、肉より正直だ。肉は嘘をつくが、骨は嘘をつかない。私は砂利の上で足を止めた。今日という日に、この家の静けさがどんな意味を持つのか、まだ理解できぬまま。

書生に通されて奥へ入ると、古い木の匂いがした。樟脳の匂いが、畳の湿り気に混じっている。樟脳は衣を守る匂いだ。衣を守るという行為は、身体より先に形式を守ろうとする意思の匂いだ。私は喉が少し苦くなった。

座敷には、乃木がいた。軍服ではなかった。だが、背中だけが軍服を着ていた。背中とは、癖が最後まで残る場所だ。人間が肩書きを脱いでも、背中だけは脱げない。

「来たか」

声は低く、乾いていた。乾いた声は、涙を許さない。涙は湿っている。湿り気は、秩序を崩す。秩序が崩れると、人は救われることがあるが、その救いはたいてい一時的で、その後に必ず恥が来る。

私は深く頭を下げた。頭を下げる角度が、いつもより難しい。今日は、誰に対して頭を下げるのかが曖昧だからだ。陛下か。先生か。死という巨大な不在か。曖昧な礼ほど、疲れるものはない。

乃木の前には、小さな桐箱があった。箱は開かれておらず、ただ置かれているだけで重かった。重いのは中身ではなく、箱が吸い込んでいる時間だ。――過去という名の湿った重さ。

「学習院はどうだ」

「落ち着いております。子どもたちも…」

私は言いかけて、声を弱めた。落ち着くという言葉は、喪の前では妙に不謹慎に響く。落ち着くというのは、死を日常に溶かすことだ。日常に溶けた死ほど危険なものはない。人は、溶けた死の上で平気で眠るからだ。

乃木はうなずいた。うなずきは短い。短いうなずきには、言葉を節約する癖がある。節約された言葉の隙間に、人は勝手に物語を差し込む。物語は、最も安価な慰めだ。

「君は、旗を見たことがあるか」

唐突だった。私は息を止めた。旗――学習院の校旗なら知っている。しかし乃木が言う旗は、布でありながら骨であり、骨でありながら呪いだ。

「…連隊旗、でしょうか」

乃木は、桐箱の上に指先を置いた。置いただけで、箱が微かに鳴った気がした。木が鳴いたのか、私の胸が鳴ったのか分からない。分からないものが、人を支配する。

「西南で、私は旗を失った」

淡々とした声だった。淡々としているからこそ残酷だ。残酷な告白ほど、飾らない。

「失った旗は、取り戻せぬ。取り戻せぬものを、取り戻したふりをして生きるのが、いちばん卑怯だ。だが、私は生きた。生きろと言われたからだ」

“生きろと言われた”。その言い方には、命令の形をした赦しが混じっていた。赦しは甘い。甘い赦しほど人を腐らせる。腐ったところへ、次の戦争が入り込む。

乃木は続けた。

「旅順で、私は勝った。勝って、二人の子を失った」

私は、何も言えなかった。「お気の毒です」という言葉ほど薄いものはない。薄い言葉は、血を薄める。血を薄めれば、死は軽くなる。軽い死は、また消費される。

乃木の視線が、障子の外へ向かった。外では、どこかで太鼓の音が鳴り始めていた。儀式の音だ。儀式は、世界の悲しみを一定の拍に揃える。揃えられた悲しみは、整って見える。整った悲しみは、美しい。美しい悲しみは、危険だ。人は美しさに酔い、現実の臭さを忘れる。

「勝ったのに、勝ってしまった」

乃木はそう言った。その「しまった」の一音が、私の胸を刺した。勝利が偶然の過失のように響く瞬間、勝利はすでに罪の形をしている。

「数字は、旗より重い。死者の数だ。旗は布だが、数は骨だ。骨は燃えない。燃えないものが、胸の中に積もる」

私は、先生の手を見た。手は大きくない。だが、その手が握ったものを想像すると、部屋の空気が急に狭くなる。命令書、辞令、報告書、地図、そして――弔電。紙は軽い。軽い紙が、どれほど多くの骨を動かすか。紙の軽さは、いつでも人間の卑しさを照らす。

「君」

乃木は、突然こちらを見た。目は澄んでいなかった。澄んだ目は正義の目だ。乃木の目は、濁っている。濁りは、責任の色だ。責任は濁る。濁らねば責任ではない。

「人は、責任を“背負う”と言う。だが背負える責任など、実は小さい。背負えぬ責任は、背中ではなく――皮膚の下へ入る。皮膚の下へ入った責任は、取れない。取れないものを、どうすると思う」

私は、唇の裏を噛んだ。答えなど出せない。答えを出せば、先生の苦しみを“理解”したふりをしてしまう。理解したふりは、最も残酷な慰めだ。

障子がすっと開き、静子夫人が入って来た。声を立てない歩き方だった。声を立てない歩き方は、すでに別れの歩き方に似ている。夫人は盆に茶を載せ、置き、乃木と私の間に、薄い湯気の壁を作った。

乃木は夫人を見なかった。見れば、情が出る。情は美しい。美しい情は、人を甘くする。甘くなった瞬間、決意は崩れる。崩れた決意は、次の後悔を呼ぶ。後悔ほど長生きするものはない。

外の太鼓が、少し近づいた。帝の葬列が動き始めたのだ。音が近づくにつれ、家の中の静けさが異様に濃くなる。濃い静けさは、息を苦しくする。息が苦しくなると、人は自分の身体が「ただの肉」であることを思い出す。肉を思い出した瞬間、武士の理念は一度崩れる。

乃木は立ち上がった。立ち方が、驚くほどゆっくりだった。ゆっくり立つ者は、すでに急ぐ必要を失っている。

「君に預ける」

乃木は机の上の封書を一通、差し出した。封は硬く、紙は厚い。厚い紙は、言葉の重さをごまかす。ごまかさない言葉ほど危険だ。私は両手で受け取った。

「子どもたちへだ。…生きよ、と書いた。だが生きよという言葉は、いつも無責任だ。無責任だからこそ、必要なこともある」

乃木は小さく息を吐いた。吐いた息が、湯気と混じって消える。消えるものほど、後で胸に残る。

私は、声が震えるのをこらえながら言った。

「先生は…明日も、学習院へ…」

乃木は答えなかった。答えぬことが、答えだった。

太鼓の音が最高潮になり、やがて遠ざかっていった。遠ざかる音は、すべてを置き去りにする。置き去りにされた者だけが、現実を拾い集めねばならない。

私は礼をして立ち上がり、座敷を出た。廊下の木が、微かに軋んだ。その軋みが、どこか旗竿の鳴る音に似ていた。旗は風がなければ動かない。だがこの家の中では、風の代わりに時間が動いている。

門を出ると、空が少しだけ明るくなっていた。明るさは希望ではない。明るさは、ただ「続く」という事実の色だ。続くことは、慰めではなく刑罰であることがある。私はその刑罰の中へ戻っていくのだと、足の裏で理解した。

夜、知らせは短かった。乃木大将夫妻、自刃。人は簡単に言う。簡単な言葉ほど恐ろしいものはない。簡単な言葉は、死を整えてしまう。整えられた死は、すぐに美談になる。美談は、次の若者を殺す。

私は封書を胸に抱えたまま、乃木邸の門前に立った。中は暗い。暗さが深い。深い暗さは、世界がひとつ消えた暗さだ。誰も泣いていない。泣き声がない。泣き声のない死ほど、胸を締めつけるものはない。

私は思った。先生は、責任を終わらせたのか。それとも、責任の形を、私たちの胸へ移しただけなのか。

風が吹き、門の上の松が鳴った。松は何も言わない。松の沈黙は、いつでも正しい。正しい沈黙ほど、こちらを責めるものはない。

私は封書の角を指で押さえた。紙は硬い。硬い紙は、皮膚の下へ入り込まない。入り込まない代わりに、掌に痛みを残す。その痛みだけが、今の私には救いだった。痛みがある限り、死を美しくしてしまう誘惑に、少しだけ抵抗できる気がしたからだ。

乃木の雪は、白く降って世界を覆い隠す雪ではない。むしろ、燃え残った灰の上に落ちて、血の色を際立たせる冷たい雪だ。

私はその雪を、栄光の粉にしないまま覚えていようと思った。栄光にしてしまえば、また旗が立つ。旗が立てば、誰かが風になり、誰かが布になり、誰かが骨になる。

夜の空は低く、黒かった。黒の中で、私は歩き出した。歩くという行為だけが、生き残った者に課された、もっとも醜く、もっとも誠実な礼だった。

 
 
 

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