玉音の白
- 山崎行政書士事務所
- 2025年12月28日
- 読了時間: 8分

八月の東京は、焼け跡の匂いのまま暑かった。暑さは陽射しのせいではなく、燃え残ったものがまだ燃えようとしているせいだと、私は信じていた。炭になった梁は、夜になっても熱を捨てず、瓦礫の隙間の空気は、焦げた布と乾いた土と錆の匂いを混ぜて、喉の奥へねばつくように入り込んでくる。生き残った者の呼吸は、最初から罰だった。
私はその朝、軍服の襟を指先で正した。襟を正すという行為が、戦の末期には妙に卑しい。正しさの形だけを纏っていれば、正しさそのものを持っている気になれる。気になれるだけだ。実際には、正しさは焼け跡のどこにも落ちていない。落ちていないから、私は襟を正した。
隣の部屋で、母が鍋をかき回す音がした。鍋の中身は粥にすらならない芋の皮だ。皮は、食べ物の形をした羞恥である。私は腹が鳴るのを憎んだ。腹は思想を持たない。思想を持たないものほど、ここでは強い。
「今日、何かあるの」
母が言った。声は低く、薄い。薄い声は、悲しみを節約する。節約した悲しみの隙間に、現実が入り込む。
「正午、放送があるそうだ」
そう答えたとき、私は自分の舌が勝手に「そうだ」という語尾をつけるのが嫌だった。——放送。この国の最後を、紙ではなく声で知らせるという。声は軽い。軽いものほど、人を跪かせる。刀より軽い声が、刀を鞘に戻させる。それが私には、ひどく屈辱的で、そしてどこか美しい屈辱に見えてしまう自分が、いちばん怖かった。
机の上には短刀があった。鞘の黒漆が剥げ、柄糸は汗の塩で硬い。私はそれを、何度も抜いては納めてきた。抜けば世界が単純になる。単純さは救いに似ている。救いに似たものほど、こちらを甘く腐らせる。だから私は、抜かずに置いた。抜かないという決意は、抜くより難しい。
部屋の隅に、同じ班の佐伯が座っていた。佐伯は昨夜から煙草を吸っていない。煙草を吸わぬ者の沈黙は重い。重い沈黙ほど、言葉を殺す。
「なあ」
佐伯が言った。
「玉音って、どんな声なんだろうな」
玉音。“玉”という字は、触れられぬものの冷たさを持つ。触れられぬ冷たさほど、こちらの肌に刺さる。
「聞けば分かる」
私は素っ気なく言った。素っ気なさは、恐れの仮面だ。仮面をかぶれば、涙が出にくくなる。
佐伯は笑わなかった。笑わない口元が、ひどく若く見えた。若い者は、死ぬ準備をすると妙に顔が整う。整った顔は、後から物語にされやすい。私は物語にされる死が嫌いだった。嫌いなのに、その整いに憧れる自分がいる。憧れは毒だ。毒は、甘い。
正午が近づくにつれ、外の空気が変わっていった。通りの人の足音が減り、喧噪が薄くなる。薄くなった世界は、音より匂いが濃くなる。焼け跡の匂いが、急に「終わりの匂い」に変わる。終わりの匂いは、いつもどこか清潔だ。清潔な終わりほど、残酷なものはない。
正午。私たちはラジオの前に座った。正しくは、ラジオの前に跪いた。跪くという姿勢は、祈りの姿勢だ。祈りは、現実を変えない。現実を変えないものに跪くとき、人間は一番みじめになる。
ラジオは古く、布のスピーカーは破れかけていた。破れかけた布から、国の最期の声が出てくる。布は柔らかい。柔らかいものが国を終わらせる。私の胸が、理由なく熱くなった。熱さは怒りに似ている。怒りに似ているが、怒りではない。これは、もっと汚い——期待の裏返しだ。終わるという出来事に、身体が勝手に期待してしまう汚さ。
雑音の向こうに、声が現れた。最初は言葉ではなく、響きだけだった。響きは、男の声のはずなのに、肉の匂いがしない。肉の匂いがしない声は、どこか幽霊に似ている。幽霊の声ほど、人を現世に縛るものはない。
言葉は古く、回りくどく、そして遠かった。「朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ……」その文の長さが、私の肺を苦しくした。苦しいのは意味が分からないからではない。意味が分かりすぎるからだ。分かりすぎる意味ほど、人間の喉を絞める。
佐伯が、膝の上で拳を握った。拳の白さが、爪の下の煤と対照になり、ひどく不潔に見えた。白は潔白の色ではない。白は、汚れを際立たせるための背景だ。
「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び……」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが折れた。折れたのは忠義ではない。忠義など最初から折れている。折れたのは、私が密かに抱えていた「美しい終わり方」への執着だった。
耐えろ。忍べ。それは死ね、より残酷だ。死ねと言われれば、刃は単純な仕事をする。だが耐えろと言われれば、刃は行き場を失う。行き場を失った刃は、持ち主の内側へ向かう。内側へ向かう刃が、いちばん危ない。
母の肩が小さく揺れた。泣いているのではない。呼吸が乱れただけだ。乱れた呼吸は、言葉より正直だ。言葉がどれほど高貴な形式を装っても、身体はその形式に従わない。身体は、ただ息をする。息をすることが、戦後の第一義になる。その卑しさが、私には耐えられなかった。
放送が終わった。終わり方があまりに静かで、私は耳が壊れたのかと思った。静かすぎる終わりは、終わりではない。終わりではなく、ただ“続き”への引き渡しだ。引き渡しの瞬間ほど、世界は薄い。薄い世界の中で、人は何かにすがりたがる。すがる対象を失った者は、たいてい自分の刃にすがる。
佐伯が立ち上がり、部屋の隅の柱を殴った。拳が木に当たる音は、乾いた。乾いた音は、血の出ない怒りだ。血の出ない怒りほど、長生きする。
「……終わったんだってよ」
佐伯が吐き捨てるように言った。
「終わった、って何だよ。俺たちの中、何も終わってねえじゃねえか」
私は答えられなかった。答えれば、私も同じ怒りを形にしてしまう。形にした怒りは、次の暴力になる。暴力は簡単だ。簡単なものほど、後から悔いになる。
母が、鍋の蓋をそっと閉めた。その音が、戦争の終わりの音より重く聞こえた。蓋を閉めるという行為は、生活の行為だ。生活は戦争より強い。強い生活が、戦争を飲み込む。その飲み込み方が、あまりに無慈悲で、私は腹が立った。戦争が終わったのなら、せめてもっと劇的に終わってくれればいいのに。劇的な終わりは、説明を省ける。説明は、いちばん重い。
外へ出ると、空が白かった。白い空は、祝福の色ではない。白い空は、何も決めていない色だ。決めていない色の下で、人は一番迷う。
路地の先で、誰かが泣いていた。泣き声は途切れ途切れで、まるで機械の故障音のようだった。泣き声が機械に似るとき、人間は最も孤独だ。孤独は、敗北より冷たい。
焼け跡の広場で、男たちが集まっていた。誰も叫ばない。拳も上がらない。ただ、煙草を吸い、唾を吐き、空を見ている。空を見上げる首の角度だけが、妙に揃っている。揃った首の角度は、屈辱の群像だ。群像は美しい。美しい群像は危険だ。美しさは、敗北をも「様式」に変えてしまう。
私は様式にしたくなかった。敗北を様式にしてしまえば、また誰かがそれを真似て死ぬ。真似される死ほど、無惨なものはない。
足元に、折れた軍刀の鞘が落ちていた。鞘だけがある。中身がない。中身がない鞘は、空っぽの道徳に似ている。空っぽの道徳ほど、よく鳴る。鳴るだけで人を従わせる。私はその鞘を蹴り飛ばした。蹴り飛ばした瞬間、私は自分が卑怯者だと知った。卑怯は、いま一番必要な才能だ。生きるには卑怯が要る。
家へ戻ると、佐伯が短刀を手にしていた。刃は抜かれていない。だが柄を握る手が白い。白い手は、何かを決めた手に見える。決めた手ほど危険だ。決めた手は、迷いを殺すからだ。迷いが残っている間だけ、人は踏みとどまれる。
「佐伯」
私は呼んだ。声が思ったより低く出た。低い声は命令の声だ。命令の声を使う自分が嫌だった。だが嫌っている暇はない。
「それ、抜くな」
佐伯は私を見た。その目に、涙はない。涙は甘い。甘いものを彼は拒んでいる。拒むことで、痛みを硬く保っている。
「抜かねえよ」
佐伯は言った。
「抜いたら終わっちまう。……終わっちまうのが怖いんだ」
その言葉が、胸に入った。終戦が来たのに、終わるのが怖い。この矛盾こそ、私たちの戦後の最初の体温だった。
私は机の上の短刀を手に取った。刃を抜きたい誘惑が来た。抜けば、私も整う。整った姿勢で終われる。終わりは完成だ。完成は美しい。美しさは救いのふりをする。ふりをする救いに、私は負けたくなかった。
私は刃を抜かず、代わりに芋の皮を切った。皮は硬い。硬い皮が、刃に抵抗する。抵抗があると、刃は道具になる。道具になる刃は、殺意を逃がす。逃げた殺意は、どこへ行くのだろう。たぶん、私の胸の底へ沈む。沈んだ殺意は、やがて腐る。腐ったものが、戦後の私になる。
それでも、いまは切る。芋の皮を切り、鍋に入れ、母に渡す。母は受け取り、何も言わずに火を点けた。火は弱い。弱い火は、生活の火だ。生活の火は美しくない。美しくない火ほど、救いに近いことがある。
佐伯が、小さく笑った。笑いは薄い。薄い笑いは、泣きの代わりだ。
「戦争が終わって、最初にやることが芋の皮むきかよ」
私は言った。
「そうだ。……終わりってのは、たぶんこういうことだ」
言いながら、喉が痛んだ。終わりとは、英雄の幕引きではない。終わりとは、冷えた指で鍋を掴むことだ。終わりとは、腹が鳴るのを恥じることだ。終わりとは、死に損ねた身体を、もう一度生に縫い付け直すことだ。
縫い付け直す針は、痛い。痛い針で縫い付けられた生は、決して清潔ではない。清潔でない生だけが、きっと次の戦争を嫌える。
鍋の中で、湯気が上がった。芋の皮の匂いが、部屋に広がる。みそ汁ではない。あの「帰る匂い」ではない。それでも匂いがある。匂いがある限り、私はまだ無関心にはなれない。
窓の外の白い空の下で、焼け跡の都が、黙って続いていた。終戦は、終わりではなかった。ただ、言い訳の終わりだった。言い訳が終わったあとに残るもの――それが私の仕事になる。美しくもなく、潔くもなく、ただ臭く、ただ痛い仕事として。





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