『御門台の一行』
- 山崎行政書士事務所
- 2025年12月27日
- 読了時間: 6分

御門台の停車場の前には、赤い郵便箱が一本立ってゐる。私は去年の師走、その郵便箱の傍で幹夫と云ふ青年に会った。彼は二十を少し越えたばかりらしいのに、顔つきだけは妙に年を取って見えた。頬の肉が薄いせゐか、それとも眼の奥にいつも何かの影があるせゐか――いづれにせよ、彼は「若い」といふ言葉と、どこか噛み合はない男であった。
その晩、風は冷たく、雨は降るともなく降ってゐた。駅前の舗道は濡れ、街燈の光が水溜りの上に細く震へてゐた。電車のベルが遠くで一度、ツンと鳴った。あの音は人間にとって、何かを促すと云ふより、何かを責めるやうに聞えることがある。
幹夫は郵便箱の前に立ち、葉書を一枚、掌の上で押へてゐた。指先は手袋の上からでも分るほど強く白くなってゐる。やがて彼は、私の方へ一歩寄り、低い声で云った。
「すみません。……ペン、ありますか」
私は持ってゐた万年筆を差し出した。すると彼は、ほっとしたやうに笑ひ、しかしすぐにその笑ひを捨てた。捨てたと云ふより、笑ひが凍って落ちたやうである。
「ありがとうございます。――書かなきゃと思って……」
「誰かへ?」
私が訊くと、幹夫は一瞬だけ空を見た。雨雲の底は低く、星など一つも見えない。それでも彼は、そこに何かの答を探すやうな眼をした。
「母です」
私は「お見舞ひですか」とでも云ふべきところを、なぜか云へなかった。彼の口から出た「母」と云ふ音は、温かいはずの言葉なのに、ひどく冷えた鉄片のやうであった。
「母は……もう長くないらしいんです」
幹夫はさう云って、葉書の白い面を見つめた。白い紙は、見つめるほど人を追ひ詰める。そこへ「何かを書け」と迫るくせに、何を書けばいいかは決して教へないからである。
「行かないのですか」
私の口から出た言葉は、思ったよりも冷たかった。私は自分の声に驚いた。だが幹夫は驚かなかった。彼は、驚くことに慣れ過ぎてゐるやうに見えた。
「行けません」
彼は短く云った。短く云ひ切った途端、彼の肩がわづかに震へた。寒さのせゐではない。あれは恐らく、恥の震へであった。
「……いまさら、なんです」
幹夫はやっとさう付け加へた。私はその「いまさら」と云ふ言葉を、彼が誰に向って云ったのか分らなかった。母に向ってか、自分に向ってか、それとも――赤い郵便箱に向ってか。
彼は葉書を裏返し、宛名の欄を見た。そこには既に住所が書いてあった。病院の名も書いてある。書いてあるのに、彼の手は動かない。万年筆の尖が、紙の上でただ震へてゐる。
「何て書くのですか」
私が訊くと、幹夫は、乾いた笑ひを一つ漏らした。
「分りません。……『ごめん』って書いたら、軽くなる気がするんですけど。ごめん、って書くと、今まで行かなかったことが、急に本物になってしまふ気もする」
彼の言葉は理屈の形をしてゐた。しかし理屈の奥で、子供が泣いてゐるのが見えた。大人の理屈は、よく子供の泣き声を隠す布になる。
私は何も云はず、濡れた街燈の光を見た。光は水溜りの上で揺れながら、揺れるだけで責めもしなかった。責めるのは、いつも人間だけである。
幹夫は、やがて大きく息を吐いた。白い息が一瞬立ち、それから雨の中へ消えた。消える時、白い息は、ひどくあたたかいものに見えた。あたたかいものほど消えやすい、と云ふのは人生の妙な規則である。
彼は書いた。たった一行だけ書いた。
「元気でゐてね。」
それだけである。母が元気でゐられないことを、彼自身がいちばん知ってゐるはずなのに。私はその一行に、ひどく胸を刺された。残酷なのは嘘ではない。残酷なのは、嘘が時々ほんたうより優しいことである。
幹夫は署名をしなかった。しないのが意図か、恐れかは分らない。ただ、彼は葉書を裏返し、宛名を確かめ、郵便箱の口へ差し込んだ。
ごとん。
葉書は落ちた。落ちた音は驚くほど生活の音であった。生活の音は、涙を許さない顔をしてゐながら、いつも涙の近くにゐる。
幹夫は郵便箱を見たまま、ぽつりと云った。
「……これで、間に合ふでしょうか」
私は返事をしなかった。間に合ふ、間に合はない――その二つの言葉の間には、いつも人間の手の届かない暗闇がある。
その翌日、私は勤務先の病院で、一人の老女の病室へ呼ばれた。老女はもう殆ど声が出ず、眼もよく見えてゐない。枕元には見舞の品がいくつか置かれてゐたが、どれも封が切られてゐない。看護婦が小声で云った。
「今朝、葉書が届いたんです。息子さんから」
老女の手は布団の上で小さく動いた。何かを探すやうに。看護婦が葉書を手に持たせ、耳元で読み上げた。
「『元気でゐてね』……って」
老女の唇が、ほんの僅かに笑った。私はその笑ひを見て、喉が痛くなった。老女は、元気でゐられないことを知ってゐる。知ってゐるから、笑ったのだ。あの笑ひは慰めではない。たぶん赦しである。赦しは、いつも笑ひの形を借りてやって来る。
老女は、葉書の角を指先でなぞった。紙のざらりとした感触を確かめるやうに。まるで、その一行が夢でないことを、皮膚で受け取らうとするやうに。それから、ふっと息を吐いた。――それが最後の息であった。
幹夫が病室へ来たのは、その少し後である。手には蜜柑の袋を提げてゐた。蜜柑の橙色は、病院の白い廊下で不釣合ひに明るかった。私は彼に「間に合はなかった」と云ふ代りに、ただ「今」と云ふ顔をしただけである。
幹夫は病室へ入ると、すぐ枕元へ寄った。けれど母はもう、返事をしない。返事をしないことだけが、返事であった。
彼はしばらく立ち尽くしてゐた。涙は出なかった。泣くといふ行為は、案外、元気な者にしか出来ない。やがて彼は、看護婦の手から葉書を受け取った。母の指がなぞったせゐか、角が少しだけ柔らかくなってゐる。
幹夫は葉書を胸に押し当て、声にならない声で云った。
「……遅い」
たった二文字である。だが、その二文字の中に、彼の人生の冬が全部入ってゐた。私はその時、はじめて涙が出た。医者と云ふ職業は、泣くことを禁じられてゐるやうでゐて、実は泣くことをいちばん必要とする職業なのかもしれない。
幹夫は帰り際、廊下の窓から外を見た。御門台の方向は曇り、雨がまた降り出してゐるやうであった。彼は私に向って、あの夜と同じ声で云った。
「……書けたのに。行けなかったんです」
私は「行けた」と云へなかった。「行けなかった」と云ふ言葉の方が、彼の胸に正しい重さで落ちると思ったからである。
病院の玄関を出ると、冷たい雨が顔に当った。雨は人を責めない。ただ濡らすだけである。責めるのは、いつも人間の時間の方だ。
御門台の赤い郵便箱は、たしかに「御門」に似てゐる。だが、その門を通って行くのは葉書であって、人間の悔いではない。悔いは門の前に立ち、いつまでも「いまさら」と呟き続ける。――しかも、その「いまさら」が、いちばん遅い。
私はその後、ときどき思ふ。幹夫が書いた一行は、母に届いたのだらうか。届いたと云ふなら、老女の笑ひがその証拠である。届かなかったと云ふなら、幹夫の「遅い」がその証拠である。
たぶん人生とは、届いたものと届かなかったものとが、同じ紙の上に並んでゐるやうなものだ。 そして涙は、その並びを見た時にだけ、こぼれるのである。




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