『白扇』――今川義元
- 山崎行政書士事務所
- 2025年12月28日
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私はいまも、その扇を洗えない。 白い絹に沁みた褐色のしみは、年月とともに薄れもしないかわりに、濃くもならない。まるで、時間そのものが血に触れて、ひるんだまま固まってしまったようである。
扇は、今川義元公のものであった。 私はその扇を、若いころの自分の胸に押し当て、世界が音を立てて崩れるのを聞いた――と書けば、いかにも芝居がかった言い方だろう。しかし、実際に崩れたのは世界ではなく、私の「美しいものにすがりたい」という卑小な願いのほうであった。
あの日、永禄三年五月十九日。桶狭間へ向かう軍の中で、私は小姓として、義元公の背後にいた。背後、と言うが、近い背後である。主君の匂いを嗅ぎ、息の間(ま)を聞き、衣の擦れる音を、心臓の鼓動のように覚える距離。近い背後にいる者ほど、主君を神にも人にもできなくなる。神ならば遠い。人ならば汚い。義元公は、そのどちらにも収まらないところに在った。
義元公は、「公」と呼ばれるにふさわしい、奇妙な静けさを纏っていた。甲冑は立派で、兜の緒も締められているのに、なお、春の儀式のような匂いがした。香の匂いではない。衣の奥に潜む、墨と紙と茶の匂いである。武門の長が、その匂いを持つことは、弱さの証と笑う者もいた。だが私は知っている。強さとは、ただ荒々しいだけではない。荒々しさは、むしろ弱い者にもできる。 義元公の強さは、整えられたものの強さだった。刃を磨き、言葉を削り、歩幅を揃える――その冷たい律動の強さである。
行軍の途中、雨が来た。 雨は、戦を洗って清めるふりをする。実際には、泥を増やし、血をよく染み込ませるだけだ。私たちは松林の陰に入り、陣の小さな幕を張った。義元公は、そこで一服の茶を所望した。
「この雨は、京の雨に似ている」
義元公はそう言って、私の手元を見た。私は茶碗を両手で支え、震えぬように息を止めていた。京――私は一度も見たことのない都の名が、雨粒のように耳へ落ちた。
「お前は、京を見たいか」
問いの形は柔らかかったが、逃げ道はなかった。私は、見たいとも見たくないとも言えないまま、ただ頷いた。頷きは、言葉の代用品である。私は若いころから、代用品で生きてきた。
義元公は、ひとつ微笑んだ。 その微笑みが、恐ろしく澄んでいた。澄んでいるものは、割れる。私はその割れやすさを、胸の奥で感じていた。
「ならば、見せてやる。賀茂川の初夏は、刃のように涼しい」
刃のように涼しい――義元公は、自然をも刃に喩える人であった。 私はそのとき、主君の首筋の白さを見た。雨の湿り気の中で、首筋の白は、あまりに無防備に見えた。私は、不吉な美しさに胸が締めつけられ、目を逸らした。美しさは、いつも死の手前にいる。
やがて、桶狭間の手前で、私たちは勝鬨のような歓声に包まれた。前哨の戦は勝ち、油断は甘い香りのように陣に広がった。酒が回り、笑いが飛んだ。笑いが飛ぶとき、人間は自分が死ぬことを忘れる。忘れるから死ぬ。
義元公は、笑わなかった。 ただ、扇を手に取った。白扇である。絹の白は、あまりに清らかで、あまりに無情であった。白は、汚れの可能性を最初から含んでいる。白は、汚れたときにだけ、真の姿を見せる。
義元公は扇をひらき、ふと口ずさんだ。 それは能の詞章であった。戦の前に能を口ずさむことを、滑稽と笑う者はいる。しかし、義元公の声に、滑稽さは微塵もなかった。声は低く、乾いて、雨よりも冷たかった。私はその声を聞きながら、奇妙な確信を持った。――義元公は、勝つために歌うのではない。死ぬために歌っている、と。
雷鳴が鳴った。 雨が、突然、乱暴になった。 その乱暴さは、天の気まぐれではない。誰かの意志に似ていた。闇が裂け、馬がいななき、陣が騒いだ。 そして、敵が来た。 あまりに急で、あまりに近く、あまりに静かに。
私は義元公の背後へ駆け寄り、扇を――とっさに、扇を庇おうとした。なぜ扇なのか。剣ではない。兜でもない。扇である。 その瞬間、私は自分の卑小さを知った。私は義元公の命を守ろうとしたのではない。義元公の美しさの象徴を守ろうとしたのだ。美しさを守れば、死を遠ざけられると、どこかで思い込んでいた。
「下がれ」
義元公の声が、雨を切った。 私は凍りついた。 義元公は馬を降りた。泥の上に立った。甲冑の重さが、泥に沈む。それでも義元公の立ち姿には、崩れがなかった。崩れない姿は、むしろ哀れである。崩れないから、壊れるときに一気に壊れる。
義元公は、刀を抜いた。 刃が雨を受けて光った。 その光は、茶畑の若葉の露の光に似ていた。私は不意に、駿河の山の茶畑を思い出した。摘み取られる若葉の、あの整えられた死。茶は切られて香る。人間も切られて香るのだろうか――そんな残酷な問いが、胸の内で芽を出した。
敵兵が迫った。 義元公は一歩踏み出し、刃を振るった。 刃の軌道は美しかった。美しすぎた。美しさは、戦には不要だ。戦は生き残るためにある。美しさは、生き残ることを拒む者の選ぶものだ。
義元公は叫ばなかった。 ただ、短く息を吐いた。 息の白が雨に混ざり、見えなくなった。
その次の瞬間、義元公の扇が、泥に落ちた。 白が、泥に触れた。 白は泥を拒まなかった。むしろ、泥を抱きしめるように伏した。 私は、扇に飛んだ赤い点を見た。赤い点はすぐ、褐色になった。血は、白の上でのみ、血であることを思い出す。
義元公が、膝をついた。 膝をついたとき、首筋の白さがいっそう露わになった。 私はその白さに、目を奪われた。 そして、私の背後から誰かが叫んだ。
「――御首!」
人間の声が、最も醜くなる言葉である。 義元公は、その声の方へ顔を向けなかった。 義元公は、ただ、私の方を見た。 その眼差しには、叱責も、恐怖も、祈りもなかった。 あったのは、驚くほど静かな「約束の破棄」であった。
――京は見せられない。 ――賀茂川の涼しさも、見せられない。 ――それでも、お前は生きろ。
義元公は、そう言っているように見えた。 私は叫びたかった。 だが叫ぶ言葉がなかった。私はいつも、言葉が欲しいと願い、言葉を持っているふりをし、肝心なときに言葉を失う。
刃が閃いた。 音はなかった。 音がないのが、いちばん残酷だ。 人間の死は、世界の音を止めるほどの力を持っていない。世界は続く。雨は降る。泥は増える。勝者も敗者も、同じように濡れる。
私は、扇を拾った。 拾ったのは、遺品としてではない。 私が拾わねば、白が泥に埋もれてしまう――その無意味な恐れのためである。 扇は重かった。扇自体は軽いはずなのに、重かった。 重いのは扇ではない。 義元公の「京へ行く」という夢の重さであり、私の「遅れてしまった忠誠」の重さである。
その後、今川は崩れた。 崩れ方は、義元公の立ち姿とは正反対に、あまりに醜かった。人間の群れが壊れるとき、そこには理想も美学もない。あるのは、逃げる足と、追う刃だけだ。 私は生き延びた。生き延びた者は、勝者ではない。生き延びた者は、ただ、残された者である。
私は京へ行かなかった。 行けなかった、という方が正しい。賀茂川の初夏は、私にとって永遠に「見せてもらうはずだった光景」として残った。 そして、白扇は私の手元にある。汚れた白は、どの布よりも潔癖に私を責める。責めるのに、救いもする。救いとは、責め続けてくれるもののことである。責められなくなったとき、人間は完全に腐る。
雨の日、私は扇をひらくことがある。 白絹は、もう白ではない。 それでもひらくと、桶狭間の雨が戻ってくる。義元公の声が戻ってくる。 そして私は、いつも同じところで胸が痛む。
――義元公は、死ぬ瞬間に最も美しかった。 その事実を、私は愛してしまった。 愛してしまったから、私は一生、赦されない。
白扇のしみは、今夜も洗えないまま、私の枕元で静かに乾いている。 乾いた血の匂いはしない。匂いがしないことが、いちばん恐ろしい。 匂いがしないのに、そこに「在った」という事実だけが残る。 人生とは、結局、そういう事実の集まりなのだろう。





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