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『置いてきた言葉』


置いてきた言葉は、たいてい音を持たない。声にしなかったぶん、喉を通らなかったぶん、空気を震わせない。だから「消えた」みたいに見える。けれど実際は、消えない。消えないまま、行き場を失って、ふとしたときに別の形で戻ってくる。

たとえば、畑の畝の間に落ちる影の形で。たとえば、バスの窓に残る自分の息の白さで。たとえば、安倍川の手すりの冷たさで。

六月の終わりの朝、幹夫(みきお)は制服のポケットから、折り目のついた小さな紙を見つけた。くしゃっと丸めた跡が残っている。鉛筆の線が、薄く滲んでいる。

「……」

そこには何も書かれていなかった。正確には、書いたはずの痕跡だけがある。最初の一文字を置こうとして、やめた跡。文字になる前の迷いだけが紙に残っている。

幹夫はその紙を、指先でいちど広げて、また畳んで、ポケットに戻した。捨てない。持ち歩く。それが正しいかどうかは分からないけれど、捨ててしまうほうが、もっと面倒なことになる気がした。

台所から祖母の湯の音がする。やかんの鳴き方はいつも同じで、同じだから家の朝は崩れない。崩れない朝の中で、幹夫だけが少しずつ違うものを抱えている。

居間では父が、作業着の袖をまくっていた。袖の折り返しが几帳面で、指先の癖が出る。父は何も言わないまま、幹夫の方を一度だけ見て、それから視線を外した。見るのに、呼ばない。呼ばないのに、いることだけは確かめる。

祖母が湯飲みを置きながら言う。

「幹夫、遅れるで早よ飲みな」

名前は、湯気みたいに自然に立ち上る。家の中で呼ばれる名前は、体温に近い。叱るでもなく、褒めるでもなく、ただ「ここにいる」を確認する。

幹夫は湯飲みを両手で包んで、ひとくち啜った。苦味のあとに、遅れて甘みが来る。遅れて来るものがある、ということだけが、今朝は少しだけ助けになった。

バスの窓は、外の湿気でうっすら曇っていた。曇りの向こうに、茶畑の緑が流れていく。緑はいつも通りなのに、今日の幹夫は、緑を「見ている」気がしなかった。視線はそこにあるのに、心は別の場所へ置き去りになっている。

置き去り。それも、置いてきた言葉の仲間だと思った。

教室に入ると、窓が少しだけ開いていて、風が黒板の粉っぽい匂いを薄くする。誰かが「もうすぐ夏休みじゃん」と言って笑った。笑い声は軽い。軽いから、こっちの胸の奥の重さが目立つ。

幹夫は机に鞄を置き、ポケットの中の紙のことを思い出した。白紙の紙。言葉が乗らなかった紙。あれは、どこに置いてきた言葉だったのだろう。

先生がプリントを配りながら言った。

「提出、今週中。忘れないように」

忘れる、ということは、置いていくことだ。置いていくことに慣れた人は、忘れたふりが上手い。幹夫はその上手さを、自分の中に見つけてしまうときがある。

放課後、校門の前で俊が声をかけた。

「お前、週末どうすんの」

「……用事」

「用事って何」

俊はいつも、余計なところを突いてくる。突いてくるのに、突き刺さるほど乱暴じゃない。幹夫は答えに困って、目を逸らした。

「……港」

俊が一瞬だけ黙って、すぐに「ふーん」と言った。それ以上聞かない。聞かないのに、分かったふりもしない。そういう距離の取り方ができる人がいることが、幹夫には不思議だった。

「じゃ、暑いで水飲めよ」

それだけ言って俊は去った。雑な優しさが背中に残る。幹夫はその残り方を、言葉の余韻だと思った。

静岡の午後は、光がだんだん斜めになる。午後四時の影が長いのは知っていた。けれど五時に近づくと、世界が少し傾く。傾くのは光だけなのに、心まで同じ角度で傾いてしまう。

安倍川の橋の上で、幹夫は立ち止まった。手すりに指を置く。金属は昼の熱を少し残していて、触れた瞬間に「いま」が掌に貼りつく。熱い。でも、熱さは責めない。熱さはただ、ここにある。

橋の下では、子どもが走っていた。親らしい声が飛ぶ。

「——こっち!」

名前は聞こえない。でも呼び方の高さだけで、「大事なものを呼び戻す音」だと分かった。呼び戻す音。それも、置いてきた言葉の反対側にあるものだ。

幹夫はポケットからスマホを取り出した。母からのメッセージが画面に残っている。

「土曜日、午後で大丈夫? 少し歩けたらと思って」

名前は書いてない。でも、宛先が自分だと分かる。分かってしまうから、怖い。

返信欄に文字を打つ。「大丈夫」打って、消す。「行く」打って、消す。短い言葉ほど、先に出る。先に出る言葉ほど、足りない。

足りないのは、感情じゃない。説明でもない。足りないのは、相手と自分の間に置く“手触り”だ。言葉は、触れ方のひとつだから。

幹夫は、制服のポケットの中の白紙の紙を思い出した。最初の一文字を書けなかった紙。あれは、誰に向けた言葉だったのか。自分にか、父にか、母にか。答えは出ない。出ないのに、答えがないまま歩くしかない日が近づいている。

ふと、橋の下からボールが転がっていって、子どもが追いかけて、転びそうになった。親の声がまた飛ぶ。

「——待って!」

待って、という言葉の強さ。言葉には、身体を止める力がある。幹夫は、自分の中に「待って」を置いてきたまま歩いてきたのかもしれないと思った。待って、と言ってほしかったのか。待って、と言いたかったのか。どちらも、同じところで絡まっている。

そのとき背後で、軽トラの音が止まった。父だ、と音で分かる。言葉より先に匂いとエンジン音が来る人。土と茶と機械油の匂い。

「……いたか」

父が窓を開けて言った。名前は呼ばない。でも探していた感じだけが、短い声に混じる。

幹夫は助手席に乗った。ドアを閉めると、車内の匂いが一気に肺へ入る。匂いは、言葉より先に「帰り道」を作る。

走り出してしばらくして、父が前を見たまま言った。

「……来とるか」

「何が」

「母さんから」

父の口から「母さん」と出ると、車内の空気が少し硬くなる。硬くなるのに、嫌じゃない。硬いものは、壊れにくいときがある。

「……来てる」

「そうか」

父はそれ以上言わない。言わない代わりに、アクセルの踏み方が少しだけ丁寧になる。言葉じゃない返事。父の返事。

幹夫はスマホを見た。そして、返信欄に一つだけ足した。

「母さん」

宛先を書くと、言葉は急に重くなる。重くなるのに、落とせなくなる。落とせなくなるから、手が震える。

幹夫は続けて打った。

「午後で大丈夫。父ちゃんも一緒に行く」

送信。矢印が上へ飛んだ瞬間、胸の奥が一度だけ沈んで、それから浮いた。沈むのは怖さ。浮くのは、ほんの小さな解放。

父は何も言わなかった。けれど「何も言わない」の質が、今日は少し違った。逃げるための黙りじゃなく、同じ車内にいるための黙りに近い。

土曜日、潮の匂いは海が見える前に来た。塩と濡れたコンクリートと魚の影。匂いは皮膚の外側から貼りつく。茶畑の匂いみたいに内側へ入る匂いとは違う。違うから、落ち着かない。

堤防の影に母が立っていた。手提げ袋を両手で抱え、髪を耳の後ろへ戻す。その仕草が丁寧すぎて、見ていると息が少し浅くなる。

幹夫は川根で買った茶の袋を、母へ差し出した。紙のざらつきが指先に残る。母が受け取ると、紙が小さく鳴った。その音が、堤防の上で妙に大きい。

「……ありがとう」

母はそう言って、袋を胸の前で抱えた。抱え方が、落としたくないものを持つ人の抱え方だった。幹夫は「どういたしまして」と言えなかった。言えば軽くなるのに、軽くしたくなかった。

歩こう、と母が言った。三人で堤防沿いを歩く。靴底の音が順番に重なる。揃わないリズムが、いまを確かにする。

母が立ち止まって海面の光の道を見た。触れられないのに続いている道。父が小さく言った。

「……遠いな」

何が遠いのか言わない。言わないから、言葉は空気の中に置かれる。置かれた言葉は、拾う人が拾う。幹夫は拾えなかった。拾えなかったことに気づくだけで精一杯だった。

遠くで防災無線のメロディが鳴った。それは「帰りなさい」にも「ここにいるか」にも聞こえる。音は誰にも説明しない。説明しないから、余韻だけが残る。

母が、何か言いかけてやめた。口が少し動いて、閉じる。言いかけた言葉は、海風の中へ落ちる。落ちた言葉は、たぶん拾いにくい。

幹夫は、その“落ちる”を見てしまって、咄嗟に手を伸ばした。母の手提げ袋の持ち手に、指先をそっと添える。奪わない。支えきらない。ただ、触れていることが分かるくらいの重さで。

母は何も言わなかった。言わない代わりに、袋を握る指の力がほんの少し緩んだ。緩んだことが返事みたいだった。

その瞬間、幹夫は思った。いま、拾えた言葉がある。口に出していないのに、確かに拾えたものがある。それは言葉というより、触れ方だった。

帰りの軽トラの中、夕焼けが滲んでいた。オレンジと薄い紫の境目が、ゆっくりほどけていく。ほどける境目は説明しない。ただ移ろいながら、次の色を連れてくる。

家に着くと、祖母が湯を沸かしていた。湯気の匂いが戸の隙間から漏れて、潮の匂いを少しだけ押し返す。幹夫は玄関で靴を脱ぎながら、制服のポケットの紙を思い出した。

白紙の紙。置いてきた言葉の痕だけがある紙。

父が背中越しに言った。

「……幹夫」

名前だけ。語尾も理由もない。でも、その呼び方には「ここまで帰ってきたか」が入っていた。“帰ってきた”という行為に、言葉が追いつく瞬間がある。追いつかないままでも、声だけが先に来る。

幹夫は、小さく返した。

「うん、いる」

声は大きくない。でも沈まなかった。沈まなかったのは、今日一日の潮風のせいかもしれないし、袋の持ち手に触れた指先のせいかもしれない。どちらでもいい。理由がはっきりしないまま、言葉が立つ瞬間がある。

その夜、幹夫は机の上に白紙の紙を置いた。捨てない。でもポケットにも戻さない。机の上に置く。机の上は、家の真ん中だ。誰かが気づく場所だ。気づかれてもいい場所だ。

紙は白いまま。けれど白い紙の上に、幹夫は一文字だけ書いた。

「い」

それだけで、鉛筆を置いた。続きは書かない。書けないのではなく、今日はそれでいい気がした。“いる”の最初の一文字。今日、口に出せた言葉の、痕。

置いてきた言葉は、消えない。ただ、置き場所を変えることができる。ポケットの奥ではなく、机の上へ。胸の奥だけではなく、紙の上へ。声にならないままではなく、せめて一文字だけでも“形”へ。

その一文字が、朝になったら少し乾いて、昼になったら光を受けて、夕方になったら影を伸ばす。そうして、また別の一文字が来るかもしれない。

幹夫は布団に入り、窓の外の音を聞いた。蝉が一匹だけ鳴いて、途中で途切れた。途切れたあとに、別の虫の小さな声が続く。季節が黙って入れ替わっていく音。

置いてきた言葉も、たぶん同じだ。途切れたあとに、別の小さな音が続く。続く音を拾える日が来たら、そのとき初めて――今日の一文字のことを、ちゃんと「これのことか」と思い出せる気がした。

 
 
 

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