『蒲原の畑の小瓶』
- 山崎行政書士事務所
- 2025年12月27日
- 読了時間: 7分

施設の職員からの電話は、いつも私(幹夫)の胸の奥の、いちばん手前に出してはならない箱――そこには「父親としての私の不在」が、何年分も折り畳まれて入っている――の蓋を、いとも簡単に開けてしまう。 「ヒロくんが、土に反応するようになって。園芸の時間、手で土を触ると落ち着くんです」 その声は事務的で、善良で、そして私には残酷だった。善良な声は、責めないのに、私を正確に責める。
私は、電話口で頷いた(頷きは便利だ。言葉のように責任を引き受けた気分になれるのに、実際には何も引き受けない)。職員は続けて言った。 「もし、可能なら……お父さんの“故郷の土”を、少し持ってきてもらえませんか。土に匂いがあると、記憶が結びつくことがあるんです」 故郷の土――その言い方が、私の内側で、ひどく古い痛みを呼び起こした。私は、故郷を語ることはできても、故郷へ帰ることはできない人間なのだ(語ることで帰った気になり、帰らないことで語り続ける余地を確保してきた)。
蒲原。 蒲原の畑。 母が、冬でも手袋をしないで土を触っていた畑。 私が、泥を嫌い、泥を嫌う自分を誇り、泥を嫌う自分を恥じる、その矛盾を丸めて飲み込んできた畑――。
私は、その電話を切ってから、しばらく机の前で動けなかった。机の上には未返信のメールが積み上がっている。返すべき言葉が、返せないまま、白い画面の中で乾いている。私は、ヒロに対しても、同じことをしてきた。 「会いに行く」――そう言ったまま、行かなかった。 行かなかった理由は、いくらでも語れた。語れたが、語った理由の一つひとつが、私をいっそう卑小にした。卑小にしたまま、私は父親という名だけを名乗っていた。
翌朝、私は東海道線に乗った。 車窓の外に、駿河湾が見えた。海は、こちらが見ようと見まいと、そこにある。私は海を見て、昨夜、修一(兄)と漁に出た夜のことを思い出した。集魚灯の白さ、闇の底から浮いてくる桜えびの群れ、それを見ながら私が感じた罪の白さ――白さは、優しさではなく境界である、と私はその時知った。 畑の土もまた、境界を作る。乾いた靴と濡れた泥、きれいな手と汚れた爪、その境界を。
蒲原の駅で降りると、潮の匂いが薄く鼻に触れた。薄い匂いほど、骨に届く。駅前から少し歩けば、海の方へは下り、山の方へは上る。畑は山の斜面にある。あの畑へ行くには、上らなければならない。私は上ることが嫌いなのだ(上るとは、逃げ場が少なくなることだと、私はどこかで信じ込んでいる)。
畑へ行く途中で、軽トラックが停まっていた。修一が運転席から顔を出し、私を見ると、手を上げた。 「来たか。……遅い」 兄の「遅い」は、叱責ではなく事実である。事実は、言い訳を許さない。私は、言い訳を捨てる準備ができていないのに、事実だけを突きつけられる。
畑は、以前より狭く感じた。畝(うね)は崩れ、雑草が増え、ところどころに黒いマルチの破れが見えた。母が畑に立っていた頃は、畑が畑として整っていた。畑が整っていたのではない。母の目が畑を畑にしていた。 修一は言った。 「母さん、亡くなる前の年な、ここでずっと作ってた。『ヒロにやらせたい』って。――お前じゃない。ヒロに」 私はその一言で、胸の奥がひくりと痙攣した。母は、私の“父親としての不在”を見抜いていた。見抜いたうえで、私を責めなかった。私を責めず、ヒロに畑を渡そうとした。そのことが、私にはいちばん痛い。
畑の端に、小さな小屋がある。道具小屋だ。扉を開けると、土と鉄と、古い木の匂いが一度に立ち上がった。私はその匂いの中に、母の声の代わりを探した。 棚の上に、ガラスの小瓶があった。ジャムの空き瓶のようなもの。瓶の口は、布で覆われ、輪ゴムで留められている。 瓶の側面に、母の字で紙が貼ってあった。
「ヒロへ はたけのつち」
私は、その四文字(“つち”)の前で、動けなくなった。母は、私が「故郷の土」を持って来られない父親になることまで、見越していたのだろうか。母は、私の代わりに、すでに土を“ヒロへ”準備していた。 私は、瓶を持つ手が震えるのを止められなかった。涙が出る前に、胸の中で何かが、重く崩れる。崩れるが音はしない。音がしない崩壊は、いつも遅れて涙になる。
修一が背後で言った。 「それ、母さんが“お前に渡すな”って言ってたやつだ。『幹夫に渡すと、言葉にして終わらせる』って」 兄の言葉は刺さった。私は、終わらせるのだ。言葉にして。言葉で、現実を片づける。片づけて、訪れない。私は、そんな人間だった。
私は瓶を持ったまま、畑へ出た。 土は、冬の名残の冷たさを持っていたが、冷たいだけではない。指先を入れると、奥にぬるい層があった。土の奥は、まだ生きている。生きているものは、ぬるい。 私は鍬を持ち、雑草を起こした。雑草の根が切れる感触が、掌に伝わる。掌の皮膚が薄い私は、その感触を痛みとして受け取った。痛みは、いまを作る。私は長いあいだ、痛みを避けて、いまを避けてきた。 雑草を抜きながら、私は思い出した。幼い私が泥だらけになって泣いた日のこと。母が井戸水で私の足を洗いながら言った言葉。 「泥はね、あったかいよ。生きてるから」 私はその言葉を、ずっと嫌っていた。泥が生きているなら、私も生きなければならない。生きることは、私にとって“責任”の別名だったからだ。
夕方、私は畑の土を小瓶に移した。母の小瓶はそのままにして、私の小瓶を作った。私は“母の用意した土”を、そのまま持って行く勇気がなかった。勇気がないことを、私はよく知っている。そして、勇気がないまま、何かを“自分でやったこと”にしたがる卑しさも、よく知っている。 それでも私は、私の小瓶を作った。土を掬うたび、指の爪の間に黒い線が入った。その黒い線は、どんな石鹸でもすぐには落ちない。落ちないものが、私には必要だった。落ちない痕がなければ、私はまた逃げる。
翌日、私は施設へ行った。 面会室の白いテーブルの向こうに、ヒロが座っていた。身体は大きくなっているのに、視線はどこかで揺れて、言葉は口に届かない。私は、その“届かなさ”を、何度も理由にして距離を取ってきた(届かない相手には、自分の言葉の無力が露呈するからだ)。 職員が鉢とスコップを持ってきた。私は小瓶の蓋を開け、土を鉢に落とした。
土が落ちる音は、小さかった。 けれど私は、その音が畑の冬の音と同じだと思った。生活の音。逃げることも、語ることも許さない、ただの現実の音。
ヒロは、土の匂いを嗅ぐように顔を近づけた。鼻の翼が動いた。私はそれを見るだけで、喉が詰まった。 職員が言った。 「ヒロくん、好きなんですよ、匂い。触ると、落ち着きます」
ヒロは、ゆっくりと手を伸ばした。 指先が土に触れた。 土は指の腹にまとわりつき、爪の下へ入った。ヒロの手は、私の手より柔らかい。柔らかいのに、土を押す力は確かだった。 私は、その確かさに耐えられなかった。耐えられないのは、感動のせいではない。私の“不在”が、いま、手触りになって突きつけられているからだ。
ヒロが、口を動かした。 声にはならない。 だが職員が、息を呑むように小声で言った。
「……いま、“つち”って言いました」
私は、その瞬間、何かを言おうとして、言えなかった。 言えないまま、涙が出た。涙は、恥ずかしい。私はずっと、泣くことを避けてきた。泣くのは、弱さの証明だと思っていた。だが、父親が息子の口から“つち”を受け取るとき、泣かない方が不自然だ――そういう事実の前に、私は初めて立たされた。
私はヒロの手の上に、そっと自分の手を重ねた。 土で汚れた手と、土で汚れた手。 汚れは境界を消す。 境界が消えると、私が父親であることが、やっと現実の形になる。
「……蒲原の畑の土だ」
私は、やっとそれだけ言った。 長い説明はしなかった。長い説明をすると、私はまた逃げる。短い事実だけが、逃げ道を塞ぐ。
「遅かった。……ごめん」
ヒロは、私の言葉を理解したかどうか分からない。だが彼は、土を握ったまま、ほんの少しだけ目の角を上げた。笑ったのかもしれない。笑いではないかもしれない。 しかし私にとっては、それが赦しの形に見えた。赦しは、いつもこちらの都合で解釈される(その危険を私は知っている)。それでも、いまはそれでよかった。赦しが本物でなくても、私は今日、逃げなかった。
帰り道、私は思った。 母の小瓶は、まだ蒲原の道具小屋にある。 母は私を通さずに、ヒロへ土を渡そうとした。だが私は今日、その途中に立った。途中に立つことでしか、私は父親になれないのだろう。 私は父親として完成しない。完成しないまま、畑の土のように、何度も掘り返され、何度も混ざり、何度も固まり、何度もほぐされる――その繰り返しの中で、やっと“生きている”と言える温度を持つのだろう。
蒲原の畑の土は、今日、施設の白い鉢の中にある。 その土は、故郷の記念品ではない。 私が遅刻し続けてきた時間の、重い証拠であり、同時に、まだ間に合うかもしれない“これから”の、ぬるい塊である。





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