『蒲原の集魚灯』――(蒲原の漁)
- 山崎行政書士事務所
- 2025年12月27日
- 読了時間: 8分

蒲原の港へ戻って来たのは、私(幹夫)が「帰る」という動詞を、もう何年もまともに使えずにいたからである――帰る、と言ってしまえば、帰らなかった年月が、いっせいに私の背中へ乗りかかってくる(それを避けるために、私はいつも「寄っただけだ」とか「通っただけだ」とか、卑小な副詞を用意してきた)。
兄の修一が電話で言ったのは、驚くほど実務的な一文だった。「今夜、桜えびの漁に出る。乗るか」 私は、断る理由を探し始めていた。――東京に戻る用事がある、体調が、締切が、など。けれどそれらは全部、私の内側で同じ匂いをしていた。逃げる匂いだ。逃げる匂いは、言葉を飾っても結局は逃げる匂いのままだ。
港の防波堤の上に立つと、駿河湾の闇が、ひとつの巨大な器官のように息をしているのが分かった。潮の匂いは薄いのに、骨まで沁みる。闇は音を運び、船のエンジンの低い震えが、遠いところから、私の胸の内側へ直接触れてきた。私はその震えを、「世界がまだ動いている」という事実の手触りとして受け取るしかなかった。
修一は、漁師の手をしていた。手の甲が硬く、指の節が太い。だがその手が私の肩を叩いたとき、叩かれたのは肩ではなく、私が長い年月、手つかずにしてきた“罪悪感の塊”の方だった。
「先生、顔色が悪いな」
兄は、私を昔からそう呼ぶ。私は教員でもなく、ただ言葉を書いて飯を食おうとしてきただけなのに、この港の人間は、言葉にしがみつく人間を「先生」と呼ぶ(それが敬意なのか皮肉なのか、私にはいまだ判別できない)。私は笑おうとしたが、笑いが喉の途中で折れた。
船に乗る前、私はポケットの中で小さな録音機を確かめた。これを持ってきた理由は、修一には言わない。言えばたちまち、私がどれほど臆病に父親をやっているかが露見するからだ。 私の息子(ヒロ)は、言葉をうまく持てない。持てない、というより、言葉が彼の口まで到達する前に、どこかで折れ曲がってしまう。だが彼は音にだけは反応する。規則のある音、繰り返される音、遠くから近づいてくる音――私が蒲原の漁に乗ろうと思ったのは、海の音を、彼の身体の奥へ届けられるかもしれないと思ったからだった(私は、父親としての努力を、いつも「届ける」という比喩でしか語れない。実際には、私はほとんど届けていないのに)。
出港してしばらくすると、港の灯りが背後へ退き、闇が濃くなった。闇は、ただ暗いのではない。闇は“言葉の届かない領域”のように、そこにある。私はその闇を見つめながら、何通も書けずに放置した手紙の白さを思い出していた。白い紙と黒い海は、私にとって同じ種類の恐怖を持っている。
集魚灯が点いた。 白い光が、海面に円をつくる。円の内部だけが昼のようになり、円の外側がさらに深い夜になる。その瞬間、私は理解した。――光とは、優しさではない。光とは、境界を作る暴力である。境界ができると、内と外が生まれる。内にいる者は、外を想像するしかない。
「ほら、浮いてくるぞ」
修一が言った。 桜えびは、闇の底で暮らしている生きものだという。底の闇から、灯りに引き寄せられて、わずかに浮いてくる。私はそれを、哀れだとも、馬鹿だとも言えなかった。灯りに引かれるのは、人間も同じだ。――私はずっと、どこかの灯り(名声、正しさ、立派さ、親らしさ)に引かれようとして、結局どこにも辿りつけず、浅瀬で足を取られてきた。
網を入れる。 エンジンの音が変わり、ロープが軋み、甲板の上に、漁師たちの短い掛け声が落ちる。私はその短い言葉がうらやましかった。短い言葉は、正しさの検閲を受ける前に外へ出る。長い言葉は、出る前に腐る。
網を引き上げるとき、海は一瞬、別の顔を見せる。 桜えびの群れが、濡れたピンク色の粉のように揺れ、集魚灯の白さの下で、まるで“海が吐いた血の息”のように見えた。私は目をそらしかけて、そらせなかった。血のように見えるものを、私は何度も見ないふりをしてきた。見ないふりをするたびに、見ないふりをしている自分の姿だけが、いっそうはっきりしてしまう。
修一は、桜えびを手のひらですくい、私に見せた。
「きれいだろ。だけど、これをきれいって言うと、変だって顔される。海で働くやつは、きれいと汚いの区別が、いつもずれてる」
私は頷いた。 私の“きれい”も“汚い”も、ずっとずれていた。息子のヒロが生まれたとき、私は最初に「かわいい」と言えなかった。言えなかった自分を、私は今でも思い出すだけで吐き気がする。かわいいと言えない父親は、父親ではない。だが私は、その事実を「現実の衝撃」などという立派な言葉で包み、包んだ分だけ、さらに深く逃げた。
漁が一段落したころ、修一がタバコを取り出し、火をつける代わりに、ポケットから小さな写真を出した。防水のビニールに入っている。 修一が、私に見せた。
「ヒロ、会ったぞ。去年、二回」
私はすぐに意味が取れなかった。 会った? 誰が? どこで? なぜ? 私の脳が、質問を整理する前に、胸の方が先に反応した。胸の中で、何かが崩れた。崩れる音はしない。ただ、息が浅くなる。
「……なんで」
私の声は、海風に削られて、情けなく短かった。 修一は、私の情けなさを責めない顔で言った。
「お前が来ないからだよ。お前が来ないなら、俺が行くしかないだろ。親戚だしな。先生の代わりに、海の話でもしてやろうと思って」
私は、言葉を失うというより、言葉の順序が全部ひっくり返った。私は父親で、修一は叔父で、私は言葉で生きてきた人間で、修一は海で生きてきた人間で――その配置が、いま、ただの嘘に見えた。父親の役目を、叔父がしていた。言葉の人間が沈黙し、沈黙の人間が言葉を届けていた。
「ヒロな、録音を喜んだぞ」
「……録音?」
「波の音ってやつ。施設の人が、前にお前の録ったのを流したって言ってた。ヒロ、耳をこっちへ向けてさ。目が、ちょっとだけ笑った」
私はその「目が笑った」という一文で、どうしようもなく、胸が濡れた。濡れるのは涙ではない。涙が出る前の、もっと恥ずかしい液体だ。父親が息子の笑いを、他人の報告で知る。そんなことがあるか。あるのだ。私はそのことを、今夜、蒲原の海の上で知った。
修一は、さらに言った。
「ヒロ、最後にね、声を出そうとしてた。声にならないけど、口の形が“うみ”って言ってた。施設の人も言ってた。――『うみ、って言ってます』って」
私は、その瞬間、集魚灯の光が、いっそう白く見えた。白い光が目に痛い。痛いのは光のせいではない。私の罪のせいだ。 息子が「うみ」と言った。 息子が「うみ」と言ったのに、私は海を連れて行かなかった。私は海を語りながら、海を彼の隣へ置かなかった。
私は録音機を握りしめた。握りしめると、プラスチックの角が掌に食い込んだ。痛みがあると、いまが確かになる。 私は言った。
「……俺は、父親を、やってなかった」
修一は、少しだけ首を振った。
「やってたよ。やってたつもりで、やれなくなったんだろ。人間ってそういうとこある」
兄の言葉は、慰めではなかった。赦しでもなかった。 ただ、海の上で使える最低限の事実だった。――海の上では、余計な美辞麗句は死ぬ。生き残るのは、短い事実だけだ。
帰港すると、夜明けの気配が港の端に薄く差していた。潮の匂いが、さっきよりも少し甘い。桜えびの箱が積まれ、漁師たちが笑いながら、それでも疲れた顔で動いている。私はその「生活の顔」を見て、急に泣きたくなった。生活は、いつも私を置いて先へ進む。
私は、港の公衆電話の前で立ち止まった。携帯電話でいいはずなのに、私はなぜか、公衆電話を選んだ。硬貨を入れるという行為が、罰のように思えたからだ。 施設へ電話をかける。 呼び出し音が鳴る。 この呼び出し音の間に、私は何度も逃げた。呼び出し音の間に、受話器を置いたことがある。呼び出し音の間に、涙が出そうになって、笑ったこともある。――私は、呼び出し音に負ける男である。
だが、その朝は違った。 私の耳の奥に、さっきの海のエンジン音が残っていた。ロープの軋み、網が上がる音、短い掛け声、そして集魚灯の下で、闇から浮いてくる桜えびの群れ。 私はそれらを、全部ひとつの「うみ」という音にまとめたかった。まとめたかったのは、息子のためだけではない。私自身が、崩れずに立つためだ。
「……ヒロに、代わってください」
職員の声が何か言った。 やがて、電話の向こうに、息の音がした。 息の音は、言葉よりも近い。言葉よりも残酷に、存在を知らせる。
私は、受話器を握りしめたまま、言った。
「ヒロ。……父さんだ。いま、蒲原の海の上にいた。桜えびの灯りが、白かった。音、録ってある。今度、持って行く」
私は、そこで一度、言葉が詰まった。 詰まったのは、感動ではない。感動はもっと立派だ。詰まったのは、遅刻の苦しさだ。父親の言葉の遅刻。息子の人生に対する遅刻。母親(私の妻)に対する遅刻。 私は、その遅刻を、今ここで清算できるとは思わない。思わないが、清算できないことを認めることだけは、できた。
「……ごめん。遅かった」
電話の向こうで、声にならない声が出た。 それは泣き声にも、笑い声にも聞こえた。あるいは、海の底で桜えびが灯りに引かれて浮いてくるときの、あの微かな摩擦音に似ていた(私はそう思いたかった)。 そして、職員が、小さく言った。
「……いま、“うみ”って言いました」
私は、その一言で、膝が抜けそうになった。 海は、私の外にあるものではなくなった。息子の口の形が、海を作った。海が、私の遅刻を責めるためではなく、私をもう一度、父親として呼び戻すためにそこにある――そんなふうに、私は勝手に理解した。
電話を切ると、港の朝が、やっと現実の色になっていた。 桜えびの箱のピンクは、血の色ではなく、春の色に近かった。だが私は、その春を、素直に喜べない。春を喜べない人間がいるという事実を、私はこれからも書くだろう。 それでも――私は録音機を胸のポケットにしまい、潮の匂いを一度だけ深く吸った。吸ったからといって、何も解決しない。だが、吸うことをやめたら、私は本当に終わる。
蒲原の漁は、闇へ灯りを落として、闇の底から生きものを浮かび上がらせる。 私は、自分の中の闇へ、ほんの小さな灯りを落としただけだ。 浮かび上がってきたのは、赦しではなく、遅刻の痛みと、それでもなお“うみ”と呼ばれてしまう父親の名残りだった。 私はその名残りを、今度は逃げずに、抱えて歩こうと思った。





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