【クラウド法務】「SLA」と「約束された復旧」を同じ意味で使ってはいけない理由― “稼働率の話”と“復旧の約束”を混ぜた瞬間、監査・取引先・経営説明が崩れる ―
- 山崎行政書士事務所
- 2025年12月22日
- 読了時間: 7分
※本記事は一般的な情報提供であり、個別案件の法的助言ではありません。
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はじめに
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クラウド導入の説明で、よく起きる“危ない会話”があります。
情シス:「AzureはSLAがあるので大丈夫です」
経営:「じゃあ止まってもすぐ戻るんだね?」
営業:「取引先に“復旧は保証されてます”って言っていい?」
このやり取り、技術的にはそれっぽく聞こえます。
しかし実務・契約・説明責任の観点では、かなり危険です。
結論から言うと、「SLA」と「約束された復旧(RTO/RPO)」は別物で、同じ意味で使うと、事故時・監査・取引先審査・経営説明の場面で確実に詰みます。
本記事では、なぜ混ぜてはいけないのか、どう言い換えれば事故らないのかを整理します。
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技術構成の“事実整理”:SLAと「復旧の約束」が指している対象が違う
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まずは用語を、技術の言葉で整理します。
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SLAとは何か(多くの場合のイメージ)
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SLAは、サービス提供者が提示する 稼働率(可用性) を中心とした指標・合意です。
一般的には
・稼働率(例:月間99.9%等)
・計測条件(どこから見て“稼働”とみなすか)
・免責や除外(計画停止、顧客側要因など)
・未達のときの救済(多くはサービスクレジット等)
がセットです。
ポイント
SLAは「落ちないこと」を示す指標ではなく、**落ちた場合の“評価の枠”**に近いです。
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「約束された復旧」とは何か(RTO/RPO)
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一方、取引先や経営が本当に聞きたいのは、復旧の約束です。
代表がRTO/RPOです。
・RTO(Recovery Time Objective)
止まったとき、どれくらいの時間で業務を復旧できるか(復旧までの目標時間)
・RPO(Recovery Point Objective)
どこまでデータが戻る想定か(許容されるデータ損失量)
これはクラウド事業者のSLAだけで決まりません。
自社の設計・運用・復旧手順・復旧テストで決まります。
(ここまでは技術の話。ここからが法務・説明責任の話です。)
SLAと復旧の約束を混ぜると危険なのは、
「対象」「責任主体」「根拠」「救済」が全部違うからです。
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2. 「SLA」と「約束された復旧」を同じ意味で使ってはいけない理由(4つ)
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理由①:SLAは“稼働率の条件”であって、“復旧時間の約束”ではない
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SLAは、稼働率の測定・評価の枠です。
稼働率が高いことと、復旧が早いことは関係はありますが、同義ではありません。
落とし穴
「99.9%だから、止まっても短いはず」
→ 取引先が欲しいのは「何時間で戻るか」であり、稼働率ではありません。
特にクラウド事故では
・依存関係(ID、ネットワーク、DNS、鍵管理、ログ)
・自社設定ミス(NSG、条件付きアクセス、権限、ルーティング)
・運用委託の連絡遅延
などで復旧が遅れることが多く、SLAだけでは説明できません。
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理由②:SLAの“救済”は、たいていサービスクレジットで、あなたの損害を補填しない
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SLA未達時の救済が、実損補償ではなく「サービスクレジット(料金減額等)」であることは珍しくありません。
つまり、取引先に対する損害賠償や、売上損失、信用毀損を直接カバーしません。
危険なすり替え
「SLAがある=損害がカバーされる」
→ 実務では、事故後に“会社としての損失”は残ります。
経営の顔色が変わるのはここです。
SLAがあっても、事業損失は埋まりません。
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理由③:「復旧の約束」は、自社の体制(BCP)と委託契約(SOW)で決まる
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RTO/RPOは、クラウド事業者のSLAだけでは決まりません。
・バックアップ設計(保持、世代、復旧点)
・冗長化構成(ゾーン、リージョン、複数系統)
・復旧手順書(誰が何をするか)
・復旧テスト記録(本当に戻るか)
・委託先(MSP/SOC)の対応時間、夜間休日体制
・ログ提出や保全の体制(事故対応の速度)
これらが無い状態で「SLAがあるので大丈夫」と言うと、
取引先に対して“復旧を約束したように聞こえる”のに、根拠がない、という危険な状態になります。
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理由④:契約・監査の場面では「SLA」より「RTO/RPOを根拠付きで言えるか」が問われる
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監査や取引先審査が成熟してくると、質問はこう変わります。
・「停止時の復旧目標は?(RTO)」
・「データ損失の許容は?(RPO)」
・「その根拠は?(復旧テスト記録、手順書)」
・「委託先を含む体制は?(RACI)」
・「事故時の一次通知は何分以内?」
ここでSLAの説明をしても、質問に答えたことになりません。
SLAと復旧の約束を混ぜると、説明が噛み合わず、信頼が落ちます。
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3. どう説明すれば事故らないか:言い換えテンプレ(情シス・営業・経営向け)
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ここからは、そのまま社内で使える言い換えの型です。
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(A)情シスが言うべきテンプレ
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悪い例
「SLAがあるので大丈夫です」
言い換え(安全)
「SLAは稼働率の指標で、復旧時間を直接約束するものではありません。
復旧の目標(RTO/RPO)は、当社の設計と運用・復旧手順で決まります。
現時点の目標はRTO○時間/RPO○時間(または○世代)で、根拠は復旧手順書とテスト結果です。」
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(B)営業が取引先に言うべきテンプレ
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悪い例
「クラウドなのでSLAがあります。復旧も保証されます」
言い換え(安全)
「クラウド事業者のSLA(稼働率指標)とは別に、当社としての復旧目標(RTO/RPO)を定義しています。
障害時の対応手順・体制、復旧テストの記録に基づいて説明可能です。
必要であれば、提出可能な範囲でその概要を共有します。」
※ここで「保証」という言葉は、契約とセットでない限り危険なので避けるのが無難です。
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(C)経営に説明するときのテンプレ
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「SLAは“落ちにくさの指標”で、事業継続の約束そのものではありません。
当社としてのBCPはRTO/RPOで管理し、復旧手順書・復旧テスト・委託先を含む体制(RACI)で担保します。
取引先に約束する場合は、その根拠(成果物)と契約表現をセットで整えます。」
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4. 「約束された復旧」を作るために最低限必要な成果物(3点)
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RTO/RPOを“言える”だけでは足りません。
監査や取引先に耐えるには、最低限この3点が必要です。
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成果物①:RTO/RPO一覧(システム別の目標と根拠)
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・システムごとの目標(RTO/RPO)
・根拠(バックアップ設計、冗長構成、手順書、テスト)
・例外(手作業が必要、外部依存がある等)
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成果物②:復旧手順書+復旧テスト記録(根拠の中身)
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・誰が(責任者・実行者)
・何を(復旧手順)
・どの順番で(依存関係)
・どれだけ時間がかかったか(テスト結果)
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成果物③:委託先を含むタスク別RACI(事故対応まで)
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・一次通知(何分以内)
・封じ込め
・ログ保全
・復旧判断
・対外説明の承認
・委託先の対応範囲(SOWで義務化されているか)
これが揃うと、「SLAの話」と「復旧の約束の話」をきれいに分けて説明できます。
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5. ケーススタディ(匿名化):SLAを復旧保証のように説明して取引先審査で止まった例
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背景
・Azure移行中。経営説明で「SLAがあるので止まらない」的な表現が混ざる
・取引先審査でBCPの質問が入り始める
取引先の質問
・RTO/RPOは?根拠は?
・復旧テストは?
・委託先を含む体制は?一次通知は?
・ログ提出は何営業日以内?
詰まった理由
・SLAの説明はできるが、RTO/RPOを根拠付きで言えない
・復旧手順書・復旧テスト記録が整っていない
・委託先の対応時間や範囲がSOWで固定されていない
立て直し
・RTO/RPOをシステム別に定義し、復旧テストで根拠化
・タスク別RACIを作成し、委託先の義務(通知、復旧支援)をSOWに落とす
・対外説明では「SLA」と「復旧目標」を分けて話す運用へ
結果
・説明が安定し、取引先審査での質疑が収束した
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6. すぐ使えるチェックリスト
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□ 社内で「SLA」と「復旧目標(RTO/RPO)」が混ざった表現をしていない
□ 取引先に出す説明で「保証」という言葉を安易に使っていない
□ システム別にRTO/RPOが定義されている(根拠がある)
□ 復旧手順書と復旧テスト記録がある
□ 委託先を含む事故対応RACIがある(一次通知、復旧、保全)
□ 復旧に必要な前提(権限、手順、連絡経路)が整っている
□ 監査・取引先向けに、提出できる範囲のBCP説明資料がある
YESが揃わない場合、「SLAがあるので大丈夫」は言わない方が安全です。
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7. 全国からのご相談について
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山崎行政書士事務所では、Azure / M365 等のクラウド運用について、
技術構成(バックアップ・復旧設計)と、契約・規程・監査対応をセットで整理し、
「SLAの説明」ではなく「約束された復旧(RTO/RPO)を根拠付きで説明できる」状態に整えるクラウド法務支援を行っています。
・取引先にRTO/RPOをどう説明すべきか整理したい
・復旧手順書・復旧テスト記録を“約束の根拠”として整備したい
・委託先(MSP/SOC)を含めた責任分界(RACI)とSOWを固めたい
・BCPを“技術の話”から“説明できる約束”に変換したい
といったお悩みがあれば、オンライン(全国対応)でご相談を承っております。
お問い合わせの際に「SLAと復旧の違いの記事を見た」と書いていただけるとスムーズです。





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