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オリエンタル夜間飛行――静岡空港と皇国の幻想




〔空港の灯り、夜間に映える近未来〕

静岡市から少し離れた高台にある駿河空港(作中名)。昼間ならば富士山を背景に離着陸する飛行機が見られ、観光や地元経済の発展に寄与するはずの新しい玄関口――と、行政や商工会は大々的にアピールしている。しかし夜になると、乗客の少ないターミナルビルはガランとして、ほとんどの便が飛ばない。広い滑走路の夜間照明だけが、黄味を帯びた電光の道筋を描(えが)いている。その光はまるで現代の“祭壇”のようにも見えるが、果たして何を奉(たてまつ)り、何を得ているのか。ここに一人の学者がやってきた。

〔公共政策学者・一柳(いちやなぎ)の視線〕

一柳(いちやなぎ)は戦後日本の公共事業とインフラ政策を研究する公共政策学者。50代半ばの落ち着いた物腰だが、その内面には「なぜ日本人は政治や経済に踊らされ、文化の根幹(こんかん)を見失(みうしな)うのか」という熱い疑問(ぎもん)を抱(いだ)いている。駿河空港のターミナルロビーに降(お)り立ち、彼は硬(かた)い表情(ひょうじょう)で薄暗い到着ロビーを見渡す。「ここもまた、国や自治体が莫大(ばくだい)な予算(よさん)を投じた“箱物(はこもの)”だが、本当に地域のためになっているのか?」と心のなかで問いかける。彼の脳裏(のうり)には、戦後日本がたどってきた“経済至上主義(けいざいしじょうしゅぎ)”への疑念(ぎねん)が渦巻(うずま)いている。人々の精神(せいしん)を高めるどころか、逆に空虚(くうきょ)な利潤(りじゅん)追求(ついきゅう)に呑(の)まれてはいないか――。

〔元パイロット・柴野(しばの)とその危うい理想〕

一方、この空港で働く民間会社の職員で、まだ20代後半と若いが、元航空自衛隊のパイロットだった経歴(けいれき)を持つ男がいる。名を柴野(しばの)。彼は夜勤(やきん)の合間、管制塔(かんせいとう)の外階段に腰掛(こしか)けて夜風を受けている。その姿は、かつて軍服(ぐんぷく)に袖(そで)を通したころの誇り(ほこり)をまだ失(うしな)わず、背筋(はいきん)をピンと張る。空を見上げる柴野の眼差(まなざ)しには、現代の航空機をただの“移動手段(いどうしゅだん)”と捉えるには収まりきらない、ある種の**“神聖なる翼(つばさ)”という思想がうずめいている。“国家と武士道を近代にどう甦(よみがえ)らせるか”という衝動(しょうどう)を、彼は航空機に投影(とうえい)しているらしい。夜の滑走路を見下ろせば、静かだが闇(やみ)の下に“力”が潜(ひそ)んでいるようにも感じる。彼は心の中で呟(つぶや)く。「この空港こそ、新たな皇国(みくに)の翼となるべきなのに……経済論だけで語られるとは悲しい」**――その声は誰にも聞かれていないが、彼の胸には“空こそが武士道の延長(えんちょう)”という過激(かげき)な理想(りそう)がくすぶっている。

〔空港をめぐるインタビューと衝突(しょうとつ)〕

一柳は研究のためにこの空港へ足繁(あししげ)く通い、関係者から話を聞いていた。自治体(じちたい)の職員は「今後は更なる国際線(こくさいせん)の誘致(ゆうち)が必要だ」とやたらに経済効果(けいざいこうか)を強調(きょうちょう)する。地元議員(ぎいん)は「空港は地域振興(ちいきしんこう)の切り札(きりふだ)」と胸を張るが、具体的な将来像(しょうらいぞう)は曖昧(あいまい)だ。その時、偶然(ぐうぜん)知り合ったのが柴野である。彼は**「公共事業の面倒(めんどう)な話なんて興味ない。俺は、この飛行場(ひこうじょう)を新時代の皇国(みくに)の象徴にしたいだけだ」**と口走(くちばし)り、一柳を面食(めんくら)わせる。一柳は“皇国(みくに)”という単語に警戒(けいかい)を感じつつも、その背後に潜(ひそ)む純粋な情熱(じょうねつ)に惹(ひ)かれるものを感じ、「なぜそこまで空にこだわるのか?」と問いかける。柴野は「ここはただの空港じゃない。日本が再び自立(じりつ)を取り戻す象徴(しょうちょう)だ」と迫真的(はくしんてき)に語る。

〔夜の管制塔、語られる“美と死”の秘密〕

ある夜遅く、一柳は柴野に誘(さそ)われて管制塔(かんせいとう)の展望室(てんぼうしつ)へ足を運ぶ。窓の下には滑走路のランプが一直線(いっちょくせん)に伸び、その先(さき)にかすかに富士山のシルエットが浮かぶ。静寂(せいじゃく)のなか、遠くから旅客機が降下(こうか)してくるかもしれないが、現在は運航(うんこう)がほとんどない時間帯だ。柴野が言う。「この場所は、美しくもあるが、死の香(かお)りが漂っている。飛行機とは人を運ぶものというより、もとは軍事(ぐんじ)の延長(えんちょう)であり、命を懸(か)けて空に飛(と)ぶ行為には“死と隣(とな)り合わせの美”があるはずだ」彼は航空自衛隊在籍(ざいせき)時代、いざというときは特攻(とっこう)的な覚悟(かくご)をも念頭(ねんとう)に入れて訓練(くんれん)していたという。**「この空港が利潤(りじゅん)や海外観光客の呼び込みだけで語られるのは、あまりにも薄(うす)っぺらい……」**とつぶやく。その表情(ひょうじょう)は、どこか危(あや)うい“死の賛美(さんび)”を秘(ひ)めている。

〔インフラと精神の乖離(かいり)――一柳の疑問(ぎもん)〕

一柳は柴野の言葉に強い衝撃(しょうげき)を受ける。戦後日本の公共事業をただ効率(こうりつ)や利便(りべん)でしか語らず、精神性(せいしんせい)を切り捨ててきたという自身(じしん)の研究テーマと、柴野の“武士道×航空”という過激(かげき)な理想(りそう)が、妙(みょう)に接点(せってん)を持つように思えてくる。彼は夜の管制塔から見下ろす滑走路に、まるで“祭壇(さいだん)”のような威厳(いげん)を感じ始め、**「戦後日本が忘れた何かが、ここに潜(ひそ)んでいるのかもしれない……」**と胸がざわつく。

〔クライマックス:セスナの夜間離陸(りりく)か、あるいは破滅(はめつ)か〕

そしてある晩、柴野が姿を消す。滑走路付近の格納庫(かくのうこ)から小型セスナが無断(むだん)で動かされた形跡(けいせき)があり、警備員が騒(さわ)ぎだす。一柳は“まさか”と胸騒ぎを覚え、管制塔(かんせいとう)へ飛び込む。モニターには滑走路に赤いランプだけが映るが、その先(さき)にセスナの小さな灯(ひ)がにじんでいるのが見える。管制官(かんせいかん)は必死に「そこにいる機体(きたい)、応答(おうとう)せよ!」と呼びかけるが、静寂(しじま)の無線(むせん)が返ってくるだけ。夜間照明(しょうめい)を最大(さいだい)にして滑走路を照らした瞬間、セスナのシルエットがゆっくりと動き始める。まるで儀式(ぎしき)でも行うかのように、滑走路を疾走(しっそう)し出す。「これは俺の皇国(みくに)への献身(けんしん)だ」 という柴野の声が微かにスピーカー越しに聞こえる。一柳は愕然(がくぜん)とし、マイクを奪(うば)い取って「やめろ、それはただの自己犠牲(じこぎせい)に過ぎない。そんな形では何も変えられない!」と叫(さけ)ぶが、セスナはもう離陸速度に入っているようだ。

〔曖昧(あいまい)な結末:輝く光か、墜落(ついらく)の音か〕

突如(とつじょ)、空港の外灯(がいとう)が一斉(いっせい)に閃光(せんこう)のように輝(かがや)き、闇(やみ)を断ち切る。遠くに富士山の稜線(りょうせん)がかすかに映(うつ)り、夜の雲が薄紅(うすべに)に染まっているようにも見える。セスナが離陸(りりく)したのかどうか――それをはっきりと確認(かくにん)できる者は誰もいない。轟音(ごうおん)や衝撃音(しょうげきおん)が聞こえたようにも感じられるが、管制塔の窓からは何も見えない。ただ静かに赤いランプが滑走路に点々(てんてん)と灯(とも)り、あっという間に消え、後には深(ふか)い暗黒(あんこく)だけが残る。一柳は呆然(ぼうぜん)と立ち尽(つ)くし、「果たしてあの男は本気で飛び立ったのか、それとも……」と思考(しこう)を巡(めぐ)らすが、答えは得られない。翌日の新聞には「空港でセスナ盗難(とうなん)騒ぎ――テロ未遂(みすい)か?」と小さく報じられる程度。メディアは話題性(わだいせい)を求めるが、大きく報道されることはなかった。空港の赤字や利用客数の伸び悩(なや)みがしれっと話題に上(あ)るだけで、柴野の行動の真意(しんい)など誰も気づいていないようだ。

〔終幕:空港ビルから見下ろす駿河湾(するがわん)〕

一柳は翌日も空港ビルの展望デッキへ足を運び、朝日に照らされる駿河湾と富士山を見つめている。「この場所は、本来“日本”という国の精神性(せいしんせい)を示す新しい象徴(しょうちょう)になり得たのかもしれない。だが結局、経済合理性しか語られず、若者の破滅(はめつ)的衝動(しょうどう)も見過ごされ……」彼の頭には、柴野の言葉がこびりついて離れない。「飛行こそ近代の武士道……」 その極端(きょくたん)な理念(りねん)には危険(きけん)があるとしても、戦後の主流(しゅりゅう)が見落(みお)としてきた何か重要(じゅうよう)な点がある気がしてならない。静岡の街は、きらびやかな平和(へいわ)と発展(はってん)を装(よそお)いながら、その奥底(おくそこ)で“皇国(みくに)”を夢見る狂気(きょうき)や、“美と死”を志向(しこう)するエネルギーを抱(いだ)いているのだろうか。一柳は空港ビルのカフェでコーヒーをすすりながら、そう思いをめぐらせる。遠くの滑走路には、旅客機(りょかくき)が一機、淡々(たんたん)と離陸(りりく)していく。そこに柴野の姿はない。白い朝の光に包まれた機体を、彼はただ黙(だま)って見送(みおく)る。かくして“オリエンタル夜間飛行――静岡空港と皇国の幻想”は、(「文明論の警鐘(けいしょう)」と、「死と美の追求」)の視座(しざ)が交錯(こうさく)したまま、鮮やかな余韻(よいん)を残して幕を閉じるのである。

 
 
 

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