タルトと忘れられた手紙
- 山崎行政書士事務所
- 2025年1月12日
- 読了時間: 5分

第一章:見つけた紙切れ
新静岡セノバのカフェは、忙しい街の合間にも、なぜかゆったりとした時間が流れる不思議な空間だった。カウンターの奥から甘い香りが漂い、オーダーごとに焼きたての生地やフレッシュな果物が運ばれてくる。 瑞樹(みずき)がそのカフェに立ち寄るのは、自分への小さなご褒美のつもりだった。とりわけイチゴタルトを頼むのが楽しみ。サクッとしたタルトの上に甘酸っぱいイチゴがのり、生クリームの白との対比が美しく、食べる前から心が弾むような気持ちになる。 ところが、この日、イチゴタルトを平らげて皿を何気なく持ち上げた瞬間、裏側に小さな紙切れが挟まっているのを見つけた。そこには、黒いペンで「ごめん」とだけ一言。 「ごめん……?」 たったそれだけの言葉だが、妙に胸に引っかかる。店のスタッフに尋ねても「そんな紙は見たことがありませんね……」と戸惑うばかり。おそらく誰かがイタズラで残したのか、あるいはメモを間違って落としてしまったのか……。瑞樹は釈然としないまま、紙切れをポケットに入れて店を後にした。
第二章:カフェのスタッフの告白
数日後、瑞樹は再び同じカフェを訪れた。イチゴタルトの美味しさもさることながら、あの紙切れの正体が妙に気になって仕方がない。どこかで自分に関係する言葉のようにも感じられた。 そこで、店のスタッフ・笹本が皿の裏の紙切れの件を思い出したのか、声をかけてきた。「実は、少し気になることがあります……。数年前にここで働いていた先輩が、何か手紙のようなものをタルト皿に隠していたという噂があって……」 その先輩は穏やかな人柄で、お客さんにも人気があったという。しかし何か事情があったらしく、ある日突然退職し、その後は行方知れず。確証はないが、タルト皿を使ってお客さんに“謝罪”を伝えようとしていた……という噂を笹本は聞いたことがあるらしい。 「謝罪……?」 と瑞樹は引っかかる。たった一言の「ごめん」が、何か重大な意味を持っているのかもしれないと思うと、胸の奥がざわついた。
第三章:謎の女性の背景
そこで瑞樹は好奇心を押さえきれず、過去に在籍していたスタッフの名簿を笹本に見せてもらった。そこには十数名の名前が並ぶが、その中で**「浅川(あさかわ)」**という女性が該当するかもしれないという。 浅川は3年前に入社し半年ほど勤めたあと突然辞め、連絡も取れなくなったという。他のスタッフからも「あまり自分のことを話さない人だった」「でも仕事は丁寧で、お客さんにも評判がよかった」と言われるだけで、プライベートは謎のまま。 瑞樹は「どうしてそんな人が“謝罪”のメモをタルト皿に忍ばせるのか」不思議でならない。もしかして店に恨みを抱えていたとか、罪悪感を持っていたとか……。考え始めると、どんどん深みにはまるようだった。
第四章:小さな奇跡の記憶
さらに調べると、カフェの常連客の中で、一時期「イチゴタルトを食べたら、なぜか涙が出た」とか、「食べ終わったあと、皿の裏を覗いたら、走り書きのメッセージがあった」といった証言がちらほら聞こえてくる。 しかし、それらは皆「気のせい」程度に受け流され、確固たる噂にもならず消えてしまったようだ。あまりにも淡い出来事で、お客さんも驚きはしても店員に言えずじまいだったらしい。 だけど、そっと忍ばされたメモを読んだお客さんは、**「誰かの後悔や謝罪の気持ちを飲み込んだような気分」**になったという。逆に少し心が軽くなったという感想もあったらしい。 不思議な話だが、その一連の“小さな奇跡”の記憶がいくつも重なって、浅川という女性スタッフの存在をかすかに浮かび上がらせる。
第五章:浅川の動機
瑞樹は、もしかすると浅川がイチゴタルトを通じて“謝罪”を伝えようとした背景には、彼女自身の人生の苦悩や大切な人への想いがあったのでは、という予感がする。 この町に残る名簿やSNSの断片を辿り、ようやく浅川がかつて住んでいたアパートを突き止める。しかし、既にそこには新たな住人が入り、浅川の消息は分からない。大家の話では、「彼女は何か深い心配ごとがあったように見えた」とのこと。 もしかして浅川は、自分が直接言えない相手に向けて、“ごめん”という言葉を何度も伝えようとしていたのか。その相手が誰で、どんな形で読んでくれるかは分からないが、せめてメニューの片隅にその気持ちを託したのかもしれない。
第六章:瑞樹自身の過去
そんな浅川の行動を想像するうち、瑞樹自身も自分の過去を考え始める。彼女にも、言えなかった“ごめん”がある。昔、親友と些細なすれ違いで仲違いして、今もぎくしゃくしたまま連絡が取れていない。 「自分も誰かに、あのひとことを伝えられず、心が晴れないままだ」と気づき、胸がチクリと痛む。 もし、浅川が“ごめん”をタルトに載せたように、自分も何かの形で思いを伝えられたら——そんな突飛な考えが頭をよぎるが、もしかしてそれが今回の出来事のヒントなのかも、と感じる。
第七章:再生の味
ある日、瑞樹はふと一枚の紙切れを用意し、「ごめん」と書く。その紙を、イチゴタルトの皿の裏に挟むわけではないが、そっとポケットにしまってカフェに向かう。 そこで注文したイチゴタルトを食べる。ふわりと甘い匂いがして、スプーンを入れるたびに苺の酸味とクリームのまろやかさが溶け合う。浅川が残そうとしたメッセージは、こんな穏やかな時間に混じっていたのだ。 そして、一口かじり終わると、意を決してスマホを取り出し、かつての親友の連絡先を呼び出す。「ごめんね」——ただそれだけでも、伝えれば何かが変わるかもしれない。 店内には落ち着いた音楽が流れ、光が差し込む窓から街の景色が見える。瑞樹は心を落ち着けると、画面に指を伸ばしてメッセージを打ち始める。あの小さな紙切れの言葉を思い浮かべながら。 「ごめん」——それを伝えたい相手がいるのは、決して不幸なことではない。むしろ、その一歩を踏み出すことで、人は過去のわだかまりから自由になれるのだろう。 そんな思いを抱えながら、瑞樹はそっと送信ボタンを押す。そして、イチゴタルトを最後のひと口まで味わい尽くした。まるで心に小さな灯りがともったように、温かい気持ちが広がっていく。 こうして、**「ごめん」**というひとことを巡る不思議な出来事は、カフェの片隅で静かに完結する。しかし、浅川のメッセージも、瑞樹の思いも、そしてここを訪れる人々のささやかな“ごめん”が、いつか誰かの心に優しい灯をともすのかもしれない。





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