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ミカン畑の「時間の果実」2

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月23日
  • 読了時間: 5分


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静岡市の郊外に、大正園と呼ばれる古いミカン畑があった。そこは、一面に広がるオレンジ色のミカンが香ばしく、かつては周囲の村を支えるほどの豊かな収穫を誇ったという。しかし現在は、時代の変化とともに農業が難しくなり、維持するのがやっとの状態にある。

アルバイト青年と不思議な果実

 史也(ふみや)は大学生。長期休みに祖父母の家へ滞在することになり、そこで勧められたのが大正園のアルバイトだった。「人手が足りない農園で作業を手伝ってみないか」と。史也は少し興味をそそられ、気軽な気持ちで引き受けることにした。

 農園では、古い道具や蔵が散らばり、どこか懐かしい空気が漂っている。畑の手入れは地道で汗だくになるが、園主の伊藤さんは優しくて物腰がやわらかく、「若い人の力はありがたい」と歓迎してくれた。史也は毎日、朝早くからみかんの木の手入れや雑草取り、収穫の下準備などに励む。

 そんなある夕暮れ、畑の片隅で1本だけ不思議な雰囲気をまとったミカンの木を見つけた。幹が太く、幾多の傷が見られるが、大きく広がった枝にはみずみずしい葉が茂り、そこにひとつだけ残っている果実が、妙に光を放っているように見えた。

史也「……なんだろう、この実だけ別格に感じる……。」

「時間の果実」と呼ばれるミカン

 思わず手を伸ばして摘みとろうとすると、伊藤さんが背後から声をかけた。

伊藤さん「おや、その実は……。もしかして“時間の果実”かもしれないね。昔から、あの木には何か不思議な力があるって言われてきたんだよ。食べると、昔のこの土地の様子を夢に見る……って。まあ、半分おとぎ話だけどね。」

 史也は半信半疑ながらも、好奇心に駆られてその実を摘んでみる。まるで小さな宝石のように艶やかで、少し酸味を帯びた甘い香りが漂った。 

過去の静岡を夢で体験

 その夜、史也は宿泊先の古民家でそのミカンを食べてみた。甘さの奥にほんのりとした酸味があり、他のミカンとは少し違う深い味わい……。食べ終えると、急に眠気に襲われ、布団に潜り込むと不思議な夢を見始める。

 夢の中、そこは戦国時代なのか、駿府城下と思しき風景が広がり、遠くにそびえる富士山と江戸時代風の町並みが見える。人々が大八車を引き、着物姿の商人たちが行き交っている。静岡の町が今とは違う活気を帯び、みかんらしき果物を売る露店もある。史也はまるで実際にその場を歩いているようなリアルさを感じ、「これは一体……?」と驚く。

 さらに時代が飛び、明治・大正期の街並みや、農園の盛んな様子を走馬灯のように見る。そこでは多くの人が手揉みの技術や伝統的な育て方でみかんを育て、静岡の名産として誇りを持っていたようだ。 

史也(夢の中で)「この農園、昔はこんなに賑やかだったんだ……。どうして今こんなに寂れてしまったんだろう……。」

農園の記憶と自然の声

 朝、目が覚めた史也は、夢があまりにも鮮明だったため、しばらく呆然としていた。昨夜食べた「時間の果実」の影響なのか……と考えざるを得ない。妙に胸が熱くなり、農園に急いで向かい、古い蔵の資料を探すと、まさに夢で見たような写真や記録が山ほど出てきた。そこには多くの人々が働き、笑い合い、みかんを大事にしていた痕跡が残っている。

史也「この農園には、そんな歴史と人の想いが詰まってるのか……。何とか、取り戻せないかな、昔の元気……。」

行動と決意

 史也は意を決して、伊藤さんに「この農園を再び盛り上げるお手伝いをさせてほしい」と申し出る。畑の整理からSNS発信、地元への働きかけなど、思いつく限りの手段を試し始める。地元の学校や住民、観光客向けに「昔ながらの体験」を企画し、みかんの魅力を発信する。

 時には苦労も多いが、夢で見た人々の笑顔が彼の背中を押すのだ。夜になると、また時たま「時間の果実」の記憶が鮮明に蘇り、まるで「この土地にはまだ大切な力が眠っている」と言われているように感じる。

もう一度味わう時間の果実

 ある満月の夜、収穫を終えた後の畑で、またあの特別なミカンを見かける。しかも、数は少し増えている。どうやら農園が生き生きしてきたことが影響しているらしい。史也は再びそれを口にし、眠りにつくと――。

 夢の中では、今度は令和の時代より先、未来の静岡の景色が見えた。そこでは農業がAI化しつつも、自然の大切さを失わない方法を模索している人々の姿があり、かつての農園を守ろうとする若者が増えているように見えた。きっと史也の活動がやがて芽を出し、多くの人に受け継がれる姿を見せてくれたのかもしれない。

史也「過去と未来が、このミカンを通じてつながっているんだ……。ぼくはその橋渡しをしなくちゃ。」

再生する農園と人々の思い

 こうして史也が中心となり、農園が少しずつ活気を取り戻していく。地域の人が参加するイベントを開催したり、昔の写真や資料を展示したりして、「この農園が見てきた時代の移り変わり」を知ってもらう機会を増やした。ミカンの味わいも向上し、「あの農園のミカンはどこか懐かしい甘さがある」と評判が広まりはじめる。

 時には苦難もあるが、「時間の果実」を通じて得た過去や未来の夢が、史也の心を支える。その果実が示すのは、ただの歴史ロマンではなく、人間が自然をどう受け継ぎ、次世代に渡すかという大切なメッセージだったのだ。

結び――ミカンがつなぐ時の流れ

 こうして、富士山を見守る静岡の一角にある古いミカン畑は、過去と未来の記憶を運ぶ**「時間の果実」**を隠し持った場所としてよみがえった。もしあなたがこの農園を訪れ、棚に並ぶミカンのなかでも特別に黄金色に輝く一つを見つけるなら、それがきっと“時間の果実”――過去から未来へ、自然と人間の想いをつないできた証なのだろう。

 噛みしめれば、懐かしくも新しい甘酸っぱさに時の流れを感じ、目を閉じれば、大正の喧噪や昭和の人々の笑顔、令和を超えた先の未来までも、一瞬にして夢に映るかもしれない。そんな奇跡を、このミカン畑はずっと静かに育んでいるのだ。

 
 
 

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