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埋め立て地の亡霊




プロローグ

 都心から少し離れた郊外に、使われなくなった広大な空き地があった。昔は小さな丘と雑木林が広がり、地元の人々が遠足や散歩に訪れる憩いの場だったという。だが今は、周囲を錆びついた金網とトタン板で囲われ、「立入禁止」と赤字で書かれた看板が立ち尽くしているだけ。外から見るとただの荒地にしか見えないその場所は、いつの頃からか“埋め立て地”と呼ばれ、近づく人もほとんどいなかった。

 世間では、ここに新たな産廃処分場が建設されるという噂が流れていた。地元の住民たちは一様に眉をひそめ、「あそこにはよからぬゴミが大量に埋まっている」「昔から奇妙な現象が起きている」と口々にささやく。しかし行政の立場からすれば、産廃処分場の整備は地域課題を解決する手段のひとつ。どこにでもありそうな、地域住民との対立話――そう思われたはずだ。

 この一件に携わることになるのが、行政書士の福永皐月(ふくなが・さつき)である。日々さまざまな許認可業務を請け負う彼女のもとに、「郊外に新設予定の産廃処分場許可申請手続きを手伝ってほしい」という依頼が舞い込んできた。温和な笑顔の依頼主と契約を結んだ福永だったが、まさかこの仕事が、彼女の人生観を根こそぎ揺るがすような恐怖と悲劇に導くとは、夢にも思わなかった。

第一章:不可解な噂

 ある午後、福永は依頼主である「東都エコファクトリー」の担当者に案内され、問題の予定地を視察した。車で脇道を入ると、不自然に土が盛り上がった一帯が広がり、その周囲には雑草が伸び放題だった。 「ずいぶん荒れ地ですね。これが産廃処分場の計画地ですか?」  福永が声をかけると、担当者はわざとらしいほど大きく頷いた。 「そうなんです。ちょっと見た目は悪いけど、ここをしっかり整備して新しく処分場を作りたいんですよ。行政の方針にも沿いますし、許可が下りればいろいろとメリットは多いはずなんです」  しかし、その声の奥に隠されているはずの不穏な気配を、福永はひっそりと感じ取っていた。なぜならその場所には、いやに空気がよどんでいるような感覚があったからだ。

 帰り道、地元住民であるというおばあさんに声をかけられた。 「ねえ、あなた。あんなとこ行くもんじゃないよ……。あそこは昔から変なことばかり起きてるんだからねぇ」  福永が詳しく尋ねると、おばあさんは声を潜めて言った。 「あそこには、違法に埋められたゴミが山ほどあるの。それだけじゃない。夜になると人影みたいなのがフラフラ漂ってるって話もあるし……。若い女の子が、金網のすき間から叫ぶ声を聞いたって人もいるのさ」  どこまでが本当か分からない。でも、ただの噂話にしては異様な生々しさを伴っていた。

第二章:住民説明会の波紋

 市役所の会議室で開かれた住民説明会は、予想以上に荒れた。福永は産廃処分場の許可申請に関連する手続きをわかりやすく説明する役目だったが、住民たちは彼女の話に耳を傾けるどころか、怒号を浴びせた。 「今までだって、不法投棄だの何だの散々苦しめられてきたんだ!」 「またあそこで変な工事するって? 今度は正式な処分場だって? ごまかさないでくれよ!」  そこかしこから批判や不満が噴き出す。どうも住民にとっては、かつての違法廃棄物がすでに大きなトラウマとなっている様子だった。  そのうち、一人の若い男性が立ち上がり、福永に詰め寄った。 「今もあの地下には、何が埋まっているか分からないんだ。噂では人体まで埋めた連中がいるとか……。そんな話、聞いてないのか?」  会場がどよめき、福永は言葉に詰まった。彼女はただ、法の手続きに則って業務をこなそうとしていただけなのに。その視線の冷たさはまるで“よそ者”を見るかのようだった。

第三章:骨の出現

 説明会を終え、気疲れした福永が事務所に戻ると、東都エコファクトリーの担当者から電話が入った。 「実は予定地の土壌調査をしていた業者が、地下から骨のようなものを見つけたらしくて……。警察も呼ぶことになりました」 一瞬、電話を持つ福永の体が凍りつく。たかが骨、それだけなら動物のものかもしれない――そう思いたいのに、妙な悪寒を覚えてならない。 翌日、福永は恐る恐る現場へ足を運んだ。警察の鑑識課が土を掘り返し、何かの骨片を丁寧に回収していく。プラスチックや金属片にまじって、人間のものらしき小さな骨――そう鑑識官がつぶやくとき、福永の胸は痛いほど早鐘を打った。 騒ぎを嗅ぎつけた記者が写真を撮り、さらなる混乱が生まれそうな気配がする。東都エコファクトリーの担当者は青ざめた表情で、 「とにかく今は様子見です。行政手続きは保留にしておいてください。こんなことになるなんて……」  と繰り返すばかりだった。

第四章:聞こえない声の正体

 それから数日後、福永のもとに一通の封書が届いた。差出人は不明。中には古い新聞記事の切り抜きと、手書きのメモが入っている。記事は十数年前のものらしく、「郊外の空き地で不法投棄が疑われる――警察が捜査へ」という見出しが大きく書かれていた。メモにはこうある。

かつて埋め立てたものの中に、人の骨が含まれていたかもしれない。真実を探すなら、地元の古老の話を聞いてみろ。声にならない声が、そこに眠っている。

 福永は背筋が寒くなった。誰が、何の目的でこの情報を送ってきたのか。ともかくメモにある“古老”を探すしかない。 現地を再び歩きまわり、周囲の住民に尋ねてみたものの、みな一様に口をつぐむ。「そんな面倒ごとに関わりたくない」と言わんばかりの態度だ。 最後に訪ねた小さな一軒家で、ようやく重い口を開いたのは、物腰の柔らかい老婦人だった。老婦人によれば、十数年前、あの空き地には怪しいトラックが何度も出入りしていたという。古い工場跡の残骸やら、産業廃棄物らしき袋が山積みになり、その後こっそり埋め立ててしまった。けれどある晩、トラックから人の腕のようなものがぶら下がっているのを、老婦人はちらりと見てしまったのだという。「いまでも夜になると、金網の向こうからかすかに呻き声のようなものが聞こえる。誰かが助けを求めているような、そんな声が……。わたしはあれが“亡霊の声”だと思うのよ」 福永は思わず息をのんだ。空き地でうわさされる“不気味な現象”――それが、あの夜に無残にも埋められた存在の叫びだとしたら……。

第五章:闇に沈む真相

 警察の捜査は遅々として進まない。骨片が人間のものかどうか、身元の特定はさらに困難を極める。こんな状態では、産廃処分場の許可申請も宙に浮いたままだ。 そこで福永は意を決し、東都エコファクトリーの担当者に正直に問いただすことにした。過去に不法投棄に関わったのは誰で、今どこにいるのか。もし事実を知っているなら、隠さずに話してほしい、と。 担当者は最初こそ口ごもったものの、やがて「実は――」と語り始める。十数年前、現経営陣が土地を安く買い叩いた際、すでに大量の廃棄物が埋められていたらしい。さらに社内では、その廃棄物と一緒に“人間の遺体”が混じっているという噂が絶えなかった。しかし、当時の責任者はすでに行方不明だし、警察も不法投棄を立件しきれず、中途半端なまま風化してしまった――。「実は我が社も、このままじゃ大変なことになるって焦ってるんですよ。これ以上無理して計画を進めても、地元の反対は強まるばかりでしょうし……」  苦渋の表情を浮かべる担当者。だが福永は、最初から何もかもが伏せられていたのだと知り、身震いを覚える。まるで“闇”がまわりを覆っているかのように感じた。

第六章:呼び起こされる亡霊

 やがて、再び現場から新たな骨が見つかった。しかも明らかに人骨であり、複数人分の骨らしいとの報道が流れる。現地はマスコミによる過剰取材で騒ぎになり、住民たちは改めて激怒し、処分場計画は白紙撤回を迫られる。 そんなある夜、福永は悪夢にうなされた。金網の向こうで誰かが「返して……返して……」とつぶやいている。あるいは「あきらめたくない……ここにいる……」というような声も混じっている。彼女は悲鳴をあげて目を覚ましたが、なお耳に残る声は消えない。まるで“亡霊”が福永の意識に直接訴えかけてくるようだった。

 数日後、福永は警察から聴取を受ける。行政手続きに携わっていた関係者として、何か知っていることはないかと問われた。福永は正直にこれまでに得た話――違法廃棄物の噂、人の腕のようなものを目撃した老婦人の testimony(証言)、そして担当者から聞かされた過去の事情――を話した。だが、それで警察が動く気配は鈍い。法と現実のすき間で、多くがうやむやに消えていくのだろうか。

第七章:声なき叫び

 それでも福永は、行政書士として自分にできることを模索し続けた。少なくとも、「遺体なき失踪者」の捜索依頼を地元警察や弁護士に繋げ、埋め立て地から発見された骨のDNA鑑定が円滑に進むよう奔走した。地道な書類作業であれ、関係機関との調整であれ、行政書士には法と人を繋げる力がある。 やがて、その骨の一部について身元が判明しそうだという報せが入る。十数年前に行方不明になったある若い女性と、一部の特徴が一致したらしい。もしそれが事実なら、あの空き地が“亡霊”を産み出し続けていた理由にも説明がつくだろう。 同時に、件の処分場建設は完全に中止となり、東都エコファクトリーは撤退を表明。現地には今後、専門機関を入れて土壌汚染や廃棄物の徹底調査を行う予定だという。少しずつではあるが、長年見過ごされてきた闇が解きほぐされるかのようだった。

エピローグ

 ある夕暮れ、福永は最後の用件で埋め立て地を訪れた。まだ重機などは動いていないが、いずれは公的資金を投入して安全対策が行われるという。一面の荒地の先、夕陽が沈んでいく空を見上げながら、彼女はふと気づく。風になびくトタン板のかすかな音が、どこか穏やかになっているように思えた。 再び耳を澄ませても、叫ぶ声はもう聞こえない。 “亡霊”たちは、ほんの少しだけ救われようとしているのだろうか――。 そう思いながら、福永は胸の奥に小さな痛みを抱えつつ、その場を後にした。傷つけられた命、無視された声は決して消えてなくなるわけではない。人々がもう一度向き合うことで、やっと浮かび上がった真実がある。 それはまだ解決の途中にすぎないのかもしれない。それでも、声にならない叫びを放っていた“埋め立て地の亡霊”は、ようやく深い闇の底から微かな光を見出した――そんな風に、福永には感じられたのだった。

 
 
 

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