外商と顧客のインセンティブ
- 山崎行政書士事務所
- 2025年2月2日
- 読了時間: 7分

1. 外商部の「インセンティブ地獄」
「あと○○万円の受注が取れたら、夢のハワイ旅行が手に入る…!」
デパート外商部のエース(と自称する)佐藤は、現在、年に一度のインセンティブキャンペーン最終週を迎えていた。年末恒例の大口契約獲得レースで、トップ営業マンには豪華海外旅行がプレゼントされるのだ。しかし今期、佐藤はライバルである小山に負け続け。残り7日で小山に追いつかねば、彼の夢のバカンスは泡と消える。「何としてでも受注をかき集めるしかない!」佐藤は目を血走らせながら外回りの準備をしていた。
2. 顧客A・「また来たわね、佐藤さん」
最初に訪れたのは、毎度あらゆる高額商品の取引をしてくれる大口顧客の藤枝(ふじえだ)夫人。豪邸のリビングに招き入れられた佐藤は、いつになく落ち着かない。「奥様、今年は素晴らしいジュエリーコレクションが出まして…!」ソファに優雅に腰かけた藤枝夫人は、ティーカップを傾けながら小首をかしげる。「それは素敵だけど、私、昨年似たようなの買ったわよねぇ? そんなにしょっちゅう買い足すものかしら?」「いやいや奥様、同じ宝石でもデザインが全く違うんですよ! 今回はフランスのトップデザイナーが手がけた限定モデルでして…」目を輝かせてまくしたてる佐藤に対し、夫人はやや呆れ顔だ。「佐藤さん、前はもうちょっと落ち着いていたのに。最近どうしたの? まるで焦っているみたいじゃない?」「い、いえ、奥様のために最先端の品をいち早くお勧めできればと思って…!」そう口を濁す佐藤の背中には、はっきりと「インセンティブ」の文字が見えそうなほど必死のオーラが漂っていた。
3. 顧客B・「いつもは頼まない変なものまで…」
次に訪れたのは、高級食材を頻繁にお取り寄せすることで有名な大槻(おおつき)氏。こちらは「一度気に入るととことん買い込む」というクセがあり、外商にはありがたい客だった。「どうも、佐藤さん。今日はどんな新作グルメを持ってきてくれたのかな?」純粋に新しい味を楽しみにしている様子の大槻氏に、佐藤は勢い込んで様々なカタログを繰り出した。フランス産の高級チーズやイタリア直送のオリーブオイル、さらには希少なキャビアまで。しかし、いつもなら大槻氏が「それも頼んじゃおう」「それもいいね」と歯止めなく注文を出すところ、今日はなぜか渋い表情をしている。「いやぁ、さすがに最近は買いすぎて、冷蔵庫がもうパンク寸前なんだよ。家族にも『いったいどうするの?』って呆れられていてね」「そ、そうですか…! あ、でも大槻さん、昔コレクションされていた骨董品とかどうです? 今、江戸期の焼き物の良い出物が…」「あまり興味はないけど…何だか佐藤さんが熱心だから、ちょっと考えてみるか…」(よし、食材がダメなら骨董品だ!)完全に手当たり次第の佐藤に、大槻氏は微笑みつつも、どこか困惑の色を浮かべていた。
4. まさかの“どちらも買え”作戦
三軒目、四軒目と回るうち、佐藤はどんどん営業トークが過熱していく。「ご予算はいくらでも大丈夫です!」「さらにまとめ買いなら特典も付けちゃいます!」と、本人ですら何を言っているか分からなくなるほど。そんな佐藤の熱量に振り回される顧客たちは、つい「そんなに言うなら買っておこうかしら…」と折れかけるものの、商品の使い道を想像しては尻込みする。「佐藤さん、私の家にエステマシンと大型マッサージチェアを両方置くスペース、ないのよ?」「そこをなんとか! マッサージチェアはリビングに、エステマシンは寝室になんていかがでしょう!」「寝室に置くとか、私、寝られなくなるわ!」
5. 小山からの冷やかしコール
その頃、ライバルの小山は絶好調。顧客リストを見直しながら、余裕たっぷりの電話をかけてくる。「佐藤くん、調子どう? 俺の方は昨日も大口取引が決まってね、もうハワイは確定みたいだよ」「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 僕だって…まだチャンスはありますから!」「まあせいぜい頑張ってよ。スコアボードの更新が楽しみだな」優雅に笑う小山を想像しながら、佐藤は悔しさで受話器を握りしめる。「くそぉ…! こうなったら最後の手段だ!」
6. とんでもない顧客訪問
「最後の手段」として向かった先は、かつて佐藤が対応して“とんでもない金額”を購入してくれたレジェンド級顧客、亀山(かめやま)博士の邸宅。博士は変わり者で、宇宙開発やロボット開発に興味を持っており、珍品・怪品を大量に所蔵している。佐藤が初めて出会った時も、旧ソ連時代の宇宙食を30箱まとめ買いしていたほど。「博士、ご無沙汰しております! 新作のハイテク家電、いかがでしょうか?」しかし邸内へ入ってみると、いかにも怪しい装置が所狭しと並んでいる。博士は工具片手に、ご機嫌な様子。「おお佐藤くん、よく来たね! いまちょうど自動炒飯マシーンを改造していたところなんだ。新しい家電を買う余裕はないかなぁ」「そ、そんな…! でも、こんな面白い最新ロボット掃除機がありますよ! しゃべる機能付きで、博士好みかと…!」「ふむ。掃除機はもう20台ほどあるが…しゃべるとなると確かに興味深い」「いえ、これはただしゃべるだけじゃなくて、AIが感情を学習して…」必死にアピールする佐藤と、それをじっくり聞く博士。すると、別室から助手らしき人物が慌てて走り込んできた。「博士! ロボット掃除機たちが同時に起動して暴走してます! 床のコードを勝手に巻き取って大変なことに…!」「なんだと!? すまん佐藤くん、ちょっと見てくるよ!」
結局、博士の家は自作や既存のハイテクロボットが大量稼働して混線を起こしており、新型掃除機を導入する余裕どころか、今あるロボットの暴走を止めるのが先決という状態。ドタバタの末、博士は散乱する部屋を見渡しながら静かに言った。「すまない佐藤くん。今は何も買えそうにないよ。掃除機がこんなにあるからね…」「しょ、正直にありがとうございます……」
7. インセンティブの行方
日も暮れて、佐藤は打ちひしがれて外商部に戻ってきた。机に倒れ込むようにして肩を落とす。「もう、だめだ…。小山に追いつくなんて無理だった…」そこへ、さっきまで散々渋っていた大槻氏から一本の電話が。「もしもし、佐藤さん? 先程の骨董品、やっぱり気になってしまってね。まとめて5点ほど購入したいんだけど、まだ間に合うかな?」「えっ! 本当ですか!? もちろん間に合いますとも! ありがとうございます!」ガバッと立ち上がる佐藤。すぐに受注書類の準備を始める。さらに続けて別の電話が鳴る。「佐藤さん? 藤枝夫人の秘書です。実はご主人が『新しいジュエリーコレクションなら買ってあげればいいじゃないか』と後押ししてくれて…本日中に注文したいそうです」「まじですか!? ありがとうございます! はい、はい、すぐに手配いたします!」
まさに土壇場の逆転劇。しかも、その合計金額は小山の成績に迫る勢いだ。慌てて受注を入力する佐藤に、小山は苦笑いを浮かべつつ一言。「ホント、なんだかんだで毎年ギリギリに追いつくよな、佐藤は…」
8. フィナーレ―残念なのに、なぜか笑顔
こうして最終日、佐藤は滑り込みでインセンティブ目標をほぼクリアした。だが、残念ながら小山にあと一歩及ばず、海外旅行は小山の手に。「ほんの数万円差か…。惜しかったなぁ」部長や同僚たちは悔しがり、佐藤本人も肩を落とすが、顧客たちが何だかんだで商品を喜び、デパートの売上に貢献できたのは大きな成果だった。「佐藤くん、これだけ動いてくれる営業マンはなかなかいないよ。インセンティブは逃しても、顧客満足度は十分だ」そう言って部長が肩を叩くと、佐藤は苦笑しながらおどけてみせる。「お客様に振り回されてるようで、実は僕が振り回してた部分もあるかもしれませんけどね…。来年こそはトップを狙います!」
その頃、藤枝夫人は購入したジュエリーを眺めながら微妙に首を傾げ、大槻氏はリビングに届いた大量の骨董品をどこに置こうか困り果てていた。「ええい、佐藤さんめ…。でも、つい買わされちゃうのよねぇ」「ま、まあいつか使う日が…来るかもしれないし…」
デパート外商部のインセンティブ争奪戦は毎年こんな調子で、顧客も巻き込んだドタバタ劇を引き起こす。そして気づけば、また次のキャンペーンが始まるのだ。なぜか嫌いになれない、佐藤の暑苦しくも真っ直ぐな営業スタイル。――こうして今日も、彼はお得意様の家へと奔走していく。





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