大和出撃12
- 山崎行政書士事務所
- 2025年12月30日
- 読了時間: 61分

第四十九章 平成五年(1993) 雨に匂へる新樹
夕まぐれの雨は、いつも不意に来る。
天気予報では「ところにより」などと曖昧に言ってゐたが、ところにより――の“ところ”に、自分の家が入るかどうかは、空にしか分からない。分からないまま、私は洗濯物を取り込み損ね、軒の下へ駆けて、濡れた手で竿を引き寄せる。そんなことを、平成になっても繰り返してゐる。
その日の雨も、さうだった。
午後の光が少し鈍り、空の端が灰色になったと思ったら、ぽつり、と最初の雫が落ちた。次の雫、次の雫。雫は数を増やし、やがて雨になる。雨は音になる。音が広がると、町全体が一枚の布で包まれたみたいに、輪郭が柔らかくなる。
私は縁側に立ち、雨を見てゐた。
雨を見るとき、私はいつも二つのことを同時に思ふ。ひとつは、生活。――濡れる、冷える、滑る、風邪をひく。もうひとつは、記憶。――匂ひ、若さ、遠い声。
雨の匂ひが、先に来た。
土の匂ひ。木の葉の匂ひ。湿り気が立ち上がって、鼻の奥の古いところをくすぐる匂ひ。その匂ひの中に、今年の新樹の緑が混じってゐた。
新樹――と言ふと、私はどうしても、若いものを思ふ。
芽吹いて間もない葉は、濃い緑ではない。透けるやうな緑だ。雨粒を抱くと、葉の薄い肉がいっそう透けて、光がそこを通り抜ける。見てゐるだけで、胸が少し痛むほど、若い。
私は自分の手を見た。
指の節が太くなり、爪の形が昔より角ばってゐる。皮膚は薄く、皺が細かく刻まれ、年のせゐか、寒いときは爪の際が青くなることもある。この手で、私は母の背をさすり、位牌の埃を拭き、便箋を買ひ、書いて、閉ぢてきた。手は、私の歳月を隠せない。
新樹の葉は、歳月を隠してゐる。隠してゐるのではない。まだ持ってゐないのだ。
まだ持ってゐない緑を見てゐると、私は自然に、君の顔を思ひ出してしまふ。君の頬の張り。軍帽の下から覗く眉。笑ふときに少しだけ目尻が下がる癖。あの頃のあなたは、まだ“持ってゐない歳月”の顔をしてゐた。
持ってゐない顔のまま、海へ行った。
それが、私の中ではいまだに決定になりきらない。決定になりきらないから、私は毎年、書いては確かめてゐる。
雨が少し弱まったところで、私は傘を差し、近くの川沿ひまで歩いた。
この町に来てから、私は川の匂ひに助けられてゐる。海ほど怖くない。けれど、流れは海へ行く。海へ行くと信じられる程度に、川は私に優しい。
土手の道は濡れてゐた。草が雨粒を抱いて、足元へ冷たさを返す。舗装の端で、水たまりが小さく揺れてゐる。揺れる水面に、枝が映る。枝の先に、若い葉が透けて見える。
私の前を、高校生らしい子が二人、走っていった。傘を差さずに、鞄を頭に載せて、笑ひながら。
「濡れるー!」「もうええわ、走れ!」
若い声は、雨音を割って跳ねる。跳ねる声が、私の胸の中の“遠い春”を揺すった。遠い春――戦の終りの春ではない。戦の前の、まだ約束だけが温くて、未来を疑はなかった春。
私は、あの頃の自分を責める気にはなれない。疑へ、と言はれても疑へなかった。疑ふ術を持たぬほど、私たちは若かった。
若いといふのは、透けることだ。透けるほど、世界はまっすぐ入ってくる。入ってくるから、傷も深く入る。
高校生の背中が曲がり角へ消えると、雨音が急に大きく聞こえた。さっきまでの笑ひ声が、嘘みたいに遠い。
私は立ち止まり、欅の枝を見上げた。新樹の葉は、雨粒を抱いて重さうなのに、なお光を透かしてゐる。葉の裏側がちらりと見える。裏側は少し白い。その白さが、また若さの匂ひをする。
若さの匂ひは、痛い。痛いのに、嗅がずにゐられない。
「……篤志さま」
私は口の中だけで名を呼んだ。声に出さなかったのは、誰かに聞かれたくないからではない。雨に溶けてしまひさうで、怖かった。
雨の匂ひの中で、君の名まで薄くなったら、私は立ってゐられない。だから名は胸の中に置く。胸の中でだけ、濃く呼ぶ。
若い葉の透け方を見てゐると、君の顔がいっそう若くなる。若くなって、私はふいに、胸の奥がざわついた。
——若いままでゐてほしい。
そんな願ひは、残酷かもしれない。人は本当なら、歳を取って、皺を得て、背が少し丸くなって、冬を越えていく。その“当たり前”を奪はれた人に向かって、「若いままでゐてほしい」と願ふのは、ひどいかもしれない。
けれど、私はあなたの老いを想像出来ない。想像出来ないのは、情が薄いからではない。老いを想像するとき、そこには必ず、あなたが生き延びたはずの四十年が映る。映る四十年のどこにも、あなたの姿がないことが、耐へられないのだ。
あなたの老いを想像するたび、私は「奪はれたもの」を数へてしまふ。数へ始めると、私は止まらなくなる。止まらなくなれば、私は生活へ戻れない。
だから私は、若いあなたを守ってしまふ。若いあなたのまま、胸の中へ置いてしまふ。それが、私の自己防衛であり、祈りであり、罪でもある。
雨がまた強くなり、葉が小さく震へた。震へた葉の表面で、雨粒が弾ける。弾けた雨粒が、きらりと光って落ちる。落ちる光が、まるで――あなたの笑ひの欠片みたいに見えた。
私は目を瞬いた。瞬くと、睫毛に雨が付く。付いた雨が頬へ落ちた。それが涙なのか雨なのか、分からないまま、私はただ呼吸を整へた。
「……君よ、若かれ」
声に出さず、胸の中で言ひ切った。言ひ切ると、少しだけ痛みが収まる。収まると、また息が出来る。
私は雨の中を戻った。
家へ帰ると、仏間が薄暗く待ってゐた。
父と母の位牌。灯を点けると、金文字が静かに光る。線香に火を点ける。煙が上がる。煙は、雨の匂ひと混じり、部屋の中に薄い膜を作る。
「……今日は、雨が匂ふよ」
私は位牌に向かって言った。言ったあと、胸に手を当てる。あなたの位牌は、まだここにある。ここにあるから、私は雨を匂へる。
机に向かい、濡れた袖を少し乾かしてから、帳面を開いた。平成五年。頁の白が、雨あがりの空みたいに薄く光ってゐる。
私は、今日の匂ひを逃がさぬやうに、鉛筆を握った。匂ひは形にしないと消える。消えるものを追ふ癖が、私にはある。追ふより先に、置きたい。
夕まぐれの雨。新樹の緑。透ける若さ。そして、若いままのあなた。
私は、今年の一首を置いた。
ゆふまぐれ 雨に匂へる 新樹のみどり透けつつ 君よ若かれ
書き終へたとき、胸の奥が少しだけ温かくなった。温かいのは救ひではない。痛みの形が、今年の頁の上に落ち着いたといふだけだ。けれど、その“落ち着き”があるから、私はまた次の年へ行ける。
窓の外では、雨が止みかけてゐた。葉の先から、最後の雫が落ちる。落ちた雫が、土に吸はれる。吸はれた雫が、また芽を育てる。
若い緑は、毎年生まれる。あなたの若さは、毎年、私が呼び起こす。
来年、私はまた“石”に話しかけに行くことになるだらう。風の強い埠頭で、髪を乱しながら、「よう帰られた」と言ってしまふ一年が来る。石は返事をしない。返事をしない石に向かって、私は話しかける。
返事のない言葉で、私は生きてゐる。
第五十章 平成六年(1994) 埠頭の風
埠頭の風は、遠慮がない。
髪を整へて来たことなど、最初の一吹きで忘れさせる。襟元を揃へたことなど、次の一吹きで崩してしまふ。海の風は、こちらの「きちんと」を笑ふやうで、けれど笑ひながらも、嘘を許さぬ。
平成六年の春、私はその風に髪を乱されながら、石に話しかけた。
二月の終り、薄い封筒が届いた。
差出人は「大和会」。見慣れぬやうで、どこか懐かしい字面だった。“大和”の二文字は、私の人生のど真ん中に刺さったまま、抜けない釘だ。抜けない釘に、また新しい紙が触れてきた。
封を切ると、式次第と、会の案内が入ってゐた。
「慰霊祭」「献花」「黙祷」
それらの文字を見た瞬間、胸の奥の海が、ふっと動いた。動いた海は、いつも私を沖縄へ引っ張る。沖縄の海――坊ノ岬沖。あなたが沈んだ青。あの青は、平成になっても変はらない。
私は案内状を膝の上に置き、しばらく動けなかった。
行くべきか。行けるのか。行って、私は何者としてそこに立つのか。
遺族会の列に紛れた平成四年のあの日以来、私は「形」といふものの厄介さを、また思ひ知らされてゐた。形は人を救ふ。けれど形は、人を外にもする。外にされる怖さを知ってゐる女は、形の場へ行く前に、息を詰める。
——私は妻ではない。——私は母ではない。——私は、ただ許嫁だった。
ただ、と言ふには長すぎる歳月を、私は抱へてゐる。けれど、制度の紙の上では、許嫁は薄い。薄すぎる。
案内状の端に、小さく書いてあった。
「どなた様もご参列ください」
その一文が、救ひにも見え、また余計に胸をざわつかせた。“どなた様も”と書いてあるのに、現実の場では、席順があり、呼び方があり、名前の並びがある。その並びの中で、私はいつも、少しだけ息が浅くなる。
それでも私は、行くことにした。
行かないと、紙の外側に立つことになる。紙の外側に立つのは、もう慣れてゐる。慣れてゐるのに、慣れたまま老いていくのが、急に怖くなった。怖くなったのは、私の身体が少しずつ弱くなってゐるのを、自分が知ってゐるからだ。弱ると、人は「行けるうちに行かねば」と思ふ。思ひは、時々、老いの背中を押す。
私は案内状を仏壇の前に置き、線香を一本焚いた。
「……行ってくるよ」
父と母に言ふやうに言ひ、胸にも言った。
——篤志さま。——あなたの“大和”の会じゃて。——行ってみようかね。
返事はない。返事はないけれど、紙の上の黒い文字が、じっとこちらを見てゐた。
当日、私はまだ暗いうちに起きた。
目覚ましが鳴る前に目が覚める癖は、退職してからも抜けない。抜けない癖は、私の“生き残り方”のひとつだ。早く起きて、余計な考へが来る前に手を動かす。手を動かせば、胸の奥の海が静まる。
湯を沸かし、少し熱い茶を飲んだ。熱い茶は、喉を焼くほどがいい。焼くほどの熱さがあると、「生きてゐる側」に戻れる。
鏡の前で髪をまとめた。地味な黒に近い紺のスーツを着た。襟元に、何も飾らない。飾らないのが、私の礼儀だ。礼儀といふより、癖だ。癖は、女を守る。
鞄には、白い花を一本入れた。菊ではない。菊は、母の葬儀の白さを呼ぶ。今日は、別の白を持ちたかった。春の白――まだ咲ききらぬ桜の白に似た白。
そして、桜袋も。
桜袋は、どこへ行くにも持つやうになった。これはもう恋ではなく、護符だ。護符がないと、私は人の多い場で息が乱れる。
電車を乗り継ぎ、港のある町へ向かった。窓の外に瀬戸内が見え始めると、胸の奥が少し固くなる。海は、私にとって慰めでもあり、刃でもある。刃を持ちながら、海は平らな顔をする。平らな顔が、平成といふ言葉と似てゐる。
港へ着くと、潮の匂ひがした。鉄の匂ひも混じる。船の油の匂ひ、ロープの湿り気の匂ひ。港の匂ひは、戦後の匂ひとも違ふし、平和な観光地の匂ひとも違ふ。どこか、仕事の匂ひがする。仕事の匂ひは、生き延びた匂ひだ。
会場へ向かふ道で、背広の男たちが何人も歩いてゐた。年配が多い。背が丸く、歩幅が小さい。それでも、靴だけはきちんとしてゐる。きちんとした靴は、昔の“軍靴”の影を引く。影が引くたび、私は肩を少しだけすくめた。
埠頭に出た。
風が、いきなり来た。
「——!」
声にならない息が漏れた。髪が頬へ張りつき、襟が少しめくれ、スカートの裾が膝へ絡む。私は慌てて髪を押さへた。押さへても、風はまた来る。風は、こちらの手のひらより強い。
——ああ。——大和は、こんな風の中を出て行ったのか。
そう思った途端、喉の奥が熱くなった。出て行った日の風を、私は知らない。けれど、港の風に当たると、知らないはずの風が、知ってゐるやうに胸へ入ってくる。
埠頭の端に、石碑があった。石の色は灰色で、潮風に磨かれてゐる。文字が刻まれてゐる。刻まれた文字の溝に、影が溜まる。影が溜まるところが、海底の影に似る。
石碑の前には、すでに花がいくつか供へられてゐた。白、黄、薄紫。花があると、石が“場”になる。場になると、人が集まる。集まった人の息が、海の匂ひに混じる。
係の人が案内をし、名前を書き、胸に札を付けた。札には「参列者」とだけある。それだけで、私は少し救はれた。妻でも遺族でもなく、ただ参列者。参列者なら、私はここに立てる。
式が始まるころには、風はいっそう強くなった。波が堤防へぶつかり、白い泡が見える。泡の白さが、航跡の白さを思ひ出させる。航跡は消える。消えるものほど、私は目に焼きつけたくなる。
誰かが挨拶をした。“英霊”といふ言葉が聞こえた。“御霊”といふ言葉も。私はその言葉を、胸の中で一度だけ噛んで、すぐ脇へ置いた。言葉は便利だ。便利すぎて、個々の名を薄めることがある。私は、薄められるのが怖い。
黙祷になった。
皆が頭を垂れる。背広の布が擦れる音が、風に混じって消える。海の音だけが残る。海の音は、砲声にも、心臓の音にも似てゐる。
私は頭を垂れながら、胸の中でだけ名を呼んだ。
——篤志さま。——ここだよ。——風が強いよ。
返事はない。返事はないけれど、風が髪を引っ張った。引っ張られるたび、私は「いま、ここにゐる」と思ひ知らされる。ここにゐる私と、ここに居ないあなた。その差が、風の冷たさみたいに頬へ触れた。
献花の順になり、人が列を作った。
私は列の後ろに立った。前へ行く勇気はない。勇気がないのではない。前へ行けば、「あなたは誰の何か」と問はれさうで怖い。問はれないとしても、自分で自分に問ひを投げてしまふのが怖い。
私の順が来た。花を胸に抱き、石碑の前へ進む。足元のコンクリートは少し湿ってゐる。潮が跳ねたのだらう。湿り気が、海の近さを告げる。
私は花を供へた。供へるとき、指先が震へた。震へは老いの震へか、気持ちの震へか。分からない。分からないまま、私は手を合わせた。
手を合わせてゐる間にも、風が来た。髪がほどけ、頬に当たり、目に入りさうになる。私は一度、手を離して髪を押さへた。押さへた姿勢が、妙に情けない。情けないのに、その情けなさが、今日は許される気がした。
許されるのは、海の前だからだ。海の前では、人はみな小さい。小さいから、格好つけなくていい。格好つけなくていいのに、私はずっと格好をつけて生きてきた。格好――迷惑をかけない格好。泣かない格好。恋を隠す格好。
風は、その格好を乱す。
乱されると、私はふいに楽になった。乱れた髪のまま、私は石碑を見た。石は黙ってゐる。黙ってゐるのに、石の肌は確かだ。確かなものに触れたくなった。
私は、そっと石に掌を当てた。
冷たい。
石の冷たさは、位牌の冷たさと似てゐる。似てゐるのに、どこか違ふ。位牌は家の中の冷たさ。ここは海の風を吸ひ込んだ冷たさだ。冷たさの中に、潮の匂ひが混じってゐる。
私は、掌を当てたまま、小さく言ってしまった。
「……よう帰られた」
声は風にすぐ攫はれるほど小さかった。けれど、自分の耳にははっきり聞こえた。“帰られた”と丁寧に言ってしまふところに、私の癖が出る。生きてゐる人にも、死んだ人にも、丁寧に言ふ癖。丁寧に言へば、乱暴に奪はれたものが少しだけ整ふ気がするからだ。
よう帰られた。帰ってゐない。帰ってゐないのに、私は帰られたと言ふ。
帰ったのは石だけかもしれない。帰ったのは名だけかもしれない。帰ったのは、私の胸の中に座るあなたの影だけかもしれない。
それでも、よう帰られた。
言ってしまったあと、喉の奥が熱くなった。熱くなっても泣かなかった。泣かなかったのは、泣くと風が涙を乾かしてしまひさうで、悔しかったからだ。涙を乾かされるくらいなら、私は涙を胸の内側へ戻す。胸の内側なら、乾かない。
私は石から手を離し、深く頭を下げた。頭を下げると、髪が前へ落ちた。落ちた髪を、私は直さなかった。直さないまま、石の前を離れた。
式が終はると、人々は少しずつ散っていった。
背広の列がほどけ、靴音がばらばらになる。ばらばらになると、場の緊張が緩む。緩むと、急に“日常”が戻ってくる。「昼飯をどうする」「駅まで一緒に」「足元に気をつけて」
そういふ言葉が、風に混じる。生活の言葉は、死の場をも片づけてしまふ。片づけてしまふから、人はまた明日を生きられる。
私は、人の流れに混じらず、もう一度だけ海を見た。瀬戸内は光ってゐた。平らな光の下に、底は見えない。底が見えないことが、今日は少し救ひだった。底が見えないから、私は想像であなたを抱ける。
帰りの電車で、窓に映る自分の髪が、まだ少し乱れてゐるのが見えた。乱れた髪の女が、黒いスーツで座ってゐる。その姿が、どこか自分の母に似てゐて、胸が痛んだ。母もまた、風に乱されながら暮らしてきた女だった。乱されても、整へ直して生きた女だった。
家へ戻ると、仏壇の灯が静かに待ってゐた。父と母の位牌。そして、胸の中の位牌。
私は線香を一本焚き、今日の潮の匂ひを、家の中の匂ひに混ぜた。
——篤志さま。——埠頭の風は、強かったよ。——髪が乱れて、直しても直しても駄目じゃった。——でもね、石に手を当てて、言うてしもうた。——「よう帰られた」って。
返事はない。返事はないのに、言へたことで今日が終はる。
机に向かい、帳面を開いた。平成六年。白い頁に、埠頭の風の冷たさがまだ残ってゐる。
私は鉛筆を握り、あの瞬間をそのまま置いた。
大和会 埠頭の風に 髪乱れ「よう帰られた」と 石に語りぬ
書き終へると、胸の奥の海が、少しだけ静まった。静まったのは、あなたが近づいたからではない。遠いままでも、今日の“形”が出来たからだ。
風は乱す。乱したあとに、言葉だけが残る。残る言葉を、私はまた来年も拾ふだらう。
来年、テレビは別の瓦礫を映す。遠い町の瓦礫が、戦後の瓦礫を呼び戻し、私は二重の喪失を抱へることになる——。
第五十一章 平成七年(1995) 瓦礫の報
冬の朝は、息が白くなる前に、胸の奥が白くなる。
起き抜けの身体はまだ眠りの縁を引きずってゐるのに、耳だけが先に世界を拾ひ始める。遠い車の音、湯の沸く前のやかんの気配、柱時計の小さな刻み――そういふものに混じって、時々、**「急ぎの声」**が混ざる朝がある。
平成七年一月十七日、その朝が来た。
目が覚めたのは、いつも通り目覚ましのベルが鳴る少し前だった。
母が居なくなってから、私は「起こされる」より「目が覚めてしまふ」朝が増えた。眠りは浅く、夜は短い。短い夜の終りに、まだ暗い天井を見上げて、私はしばらく息を整へてゐた。
——今日も、動ける。——今日も、湯を沸かせる。
さうやって、自分に小さく言ひ聞かせる。言ひ聞かせないと、朝の静けさに飲まれてしまふからだ。
台所へ行き、火をつける。青い炎が立つ。やかんへ水を入れる。水の音が澄んでゐた。仏間へ行き、父と母の位牌の前の水を替へる。線香を一本だけ焚く。煙が細く上がる。
そこで、ラジオをつけた。
いつもなら、天気予報か、交通情報か、朝の歌。そのはずの時間に、低い男の声が、息を詰めたやうな調子で言った。
「――兵庫県南部で、大きな地震。強い揺れが――」
地震。
その一語だけで、私は手が止まった。やかんの取っ手を握ったまま、動けない。地震は、この土地でも何度かあった。揺れるたび、棚の皿が鳴り、仏壇の灯が揺れ、私は桜袋を押さへる。けれど、今の声は、いつもの“地震”の声ではなかった。声の底に、**「大事」**が沈んでゐる声だった。
ラジオが続ける。
「神戸市、淡路島――」「火災が――」「高速道路が――」
高速道路が。そこで言葉が切れ、別の声が重なる。声が重なるのは、現場が混乱してゐる証拠だ。混乱の声を聞くと、胸の奥の記憶が勝手に動き出す。
私は急いでテレビをつけた。
画面が白く光り、ノイズが走り、やがて映像が出た。冬の朝の青白い光の中に、崩れた家、折れた電柱、火の手。火の色が、画面の中でやけに鮮やかだった。
「……瓦礫じゃ」
口から、勝手に言葉が落ちた。言ってしまった瞬間、胸がひくりとした。瓦礫、と口にした途端、私はもう一つの瓦礫町へ引き戻される。
昭和二十年。焼け跡。煤の匂ひ。崩れた壁の石灰。鉄の焦げる匂ひ。掌に刺さるガラス。つちくれを抱いて、「君」と呼んだあの町。
テレビの中の瓦礫は、戦で崩れた瓦礫ではない。けれど、瓦礫の匂ひは、画面越しでも胸の奥へ来る。匂ひは、記憶の鍵だ。鍵が回ると、扉が勝手に開く。
画面の端に「午前五時四十六分」と出た。夜明け前の地震。まだ眠りの中の町を、いきなり叩き割る揺れ。
私は、息を呑んだ。
——眠りの中で奪はれる。——何の準備もなく、奪はれる。
その奪はれ方は、戦の奪はれ方とよく似てゐる。似てゐることが、悔しくて、怖かった。
昼になるころ、町の空気が変はってゐた。
商店街の魚屋の前にも、八百屋の前にも、人が立ち止まって、同じ映像を話してゐた。「神戸が燃えとる」「淡路がえらいことになっとる」「親戚おるけえ電話したが、繋がらん」
繋がらん――。
その言葉を聞くと、私の胸はまた古い記憶へ触れる。繋がらない電話。届かない手紙。戻らない返事。あのころの「繋がらん」は、日常だった。今の「繋がらん」は、異常だ。異常が起きると、人はすぐ昔の癖へ戻る。「隣に声を掛ける」「水を汲む」「毛布を持っていく」
私は買い物籠を下げたまま、立ち尽くしてゐた。助けたいと思ふ。助けたいのに、身体がすぐ動かない。若いころなら、私は瓦礫を運べた。土嚢も積めた。いまは、膝が痛む。腕も長くは持たない。助けたいのに、助け方が変はってしまったことが、悔しい。
家へ戻ると、房子が来てゐた。
「百合ちゃん、見た? 神戸……あれは、たまらん」
房子の声が少し掠れてゐる。房子はいつも強い女だ。孫を抱いても、娘の愚痴を聞いても、笑って受け流す女だ。その房子が掠れてゐると、私は事の大きさをはっきり感じた。
「見たよ……瓦礫じゃね」
私が言ふと、房子は大きく息を吐いた。
「うちの知り合いが向こうにおるんよ。連絡がつかん。……電話が、全然」
房子の手が震へてゐた。震へは、怖さの震へだ。怖さの震へを見せる房子を、私は初めて見た気がした。
「お茶、淹れよう」
私は言って、湯を沸かした。こういふ時、女はまず湯を沸かす。湯を沸かせば、手が動く。手が動けば、心が崩れにくい。崩れにくくする癖で、私たちは戦後を渡ってきた。
房子は湯呑を握りしめながら言った。
「若いもんが、向こうへ手伝いに行くって言うとる。……“ボランティア”言うて。いまは、そう言うんじゃね」
ボランティア。その言葉は、私にはまだ少しよそよそしい。戦後すぐの助け合いは、言葉で飾るものではなく、ただ隣に手を出すことだった。戦時の「隣組」は命令の顔をしてゐた。けれど、いまの若い人の「行く」は、命令ではない。自分で決めて行く。
自分で決めて行ける時代になった――と思った瞬間、胸が少しだけ温かくなった。温かくなったのに、すぐにまた冷えた。自分で決めて行けるのに、行った先で瓦礫が待ってゐる。瓦礫が待ってゐることは、時代が変はっても同じなのだ。
房子が続けた。
「百合ちゃんも、なんか送る? 毛布とか、タオルとか。町内で集めるって」
送る。送るなら出来る。運ぶ腕がなくても、送る手はある。私は頷いた。
「……タオル、あるよ。母さんの分も、まだ綺麗なのが残っとる」
母のものを送る、と言った瞬間、胸がちくりとした。母のものを、知らない誰かのために手放す。手放すことで、母が遠くなるやうで怖い。怖いのに、手放さなければ、母の死も、ただ家の中で眠るだけになる。眠るだけなら、灯が勿体ない。
「送ろう」
私は小さく言った。言ってしまへば、手は動く。
その夜、私は押し入れを開け、タオルの束を出した。
白いタオル。薄い柄のタオル。母が好きだった、少しだけ青の入ったタオル。触ると、母の指の形が残ってゐる気がする。気がするだけで、胸が痛む。痛むのに、私は畳の上に並べた。
並べながら、テレビの映像が頭の中で反芻される。
崩れた家の前で泣く人。毛布を被って座る人。火の手の上がる夜。煙の中で走る消防車。瓦礫の隙間から手を伸ばす人。
その「手」を見たとき、私は自分の手を思ひ出した。昭和二十年、瓦礫の下から何かを掘り出す手。掘り出しても、出てくるのは鍋の底や、焦げた木片や、割れた茶碗。出てきてほしいものは出てこない。出てこないのに、手は動く。動かないと、胸が壊れるから。
——篤志さま。——今も、瓦礫の下で人が呼ばれてゐるよ。
心の中でそう言った瞬間、喉が詰まった。詰まった喉の奥から、あの年の「呼ぶなり」が湧き上がる。
君を呼ぶ。瓦礫の町で。土くれ抱きて。あの呼び方を、私はいまだに終はらせられない。
テレビは「救助活動」「懸命の捜索」と言ひ、アナウンサーは言葉を慎む。慎む言葉の向うで、瓦礫は黙ってゐる。瓦礫は、言葉を返さない。
言葉を返さないものの前で、私はまた君の沈黙を思ふ。海の底も言葉を返さない。返さないから、私は自分で言葉を作ってきた。
作ってきた言葉が、今夜は少し重い。
私はタオルを畳み、段ボールに詰めた。箱の隙間に、使ひ捨てのカイロも入れた。冬の神戸は寒からう。寒さは人を黙らせる。黙らせたままでは、泣くことも出来ない。泣けぬままの冬ほど辛いものはない。
箱を閉ぢる前に、私は小さなメモを一枚入れた。名前は書かない。書けば、受け取る人が気を遣ふ。気を遣はせたくない。ただ、短い言葉だけ。
「どうかご無事で」
それだけでいい。余計な言葉は、瓦礫の前では軽くなる。
数日後、町内会の集荷の日、若い人が何人も集まってゐた。
背中にリュックを背負った学生。作業着の男。髪を束ねた女。皆、目が少し赤い。寝不足の赤さだ。寝不足でも行かうとする目。
房子が孫を抱きながら言った。
「若いもんは、よう動くねえ」
その言葉に、私は頷いた。頷きながら、胸の中で思った。
——戦時の若さは、命令で動かされた。——今の若さは、自分で動いてゐる。
自分で動く若さを見ると、私は少しだけ救はれる。救はれるのに、同時に、君の若さが思ひ出される。君も、自分で動いたのだらうか。それとも、命令に従っただけなのだらうか。
そんな問いは、海の底へ落ちていくだけだ。落ちていくだけでも、問いが浮かぶことが、私の生きてゐる証拠だ。
箱が運ばれていくのを見送りながら、私はふいに、昭和二十年の春を思ひ出した。大和が出撃した日。私はその日、何をしてゐただらう。空の色。風の匂ひ。そのとき、私はまだ「帰ってくる」と思ってゐた。思ってゐたことが、いまになって胸を刺す。
神戸の瓦礫の映像は、私に「信じてゐた朝」を思ひ出させる。信じてゐた朝が、五時四十六分で割れる。割れたあと、人は瓦礫の中で自分の名を探す。探す名の中に、きっと「まだ会へる」の希望が混じってゐる。
その希望があるうちに、助けが届くことを祈った。祈りはいつも遅い。遅いのに、祈らずにゐられない。
春になっても、テレビは時々、瓦礫を映した。
片づけられていく街。仮設住宅。「がんばろう」と書かれた旗。旗の言葉は強い。強い言葉がないと、人は立てない。
私はその強い言葉を見ながら、胸の中でだけ、別の言葉を繰り返してゐた。
——篤志さま。——瓦礫は、まだあるよ。——戦は終はったはずなのに、瓦礫はまた来るよ。
瓦礫が来るたび、私はあなたの死の日を思ひ出す。思ひ出したくなくても、思ひ出す。海に沈む艦。海の底の青。深い底の静けさ。静けさの中の、戻らぬ声。
震災の瓦礫は、音がある。人の声がある。救急車の音がある。泣き声がある。音がある瓦礫は、まだ生に繋がってゐる。生に繋がってゐるから、希望がある。希望があるほど、失はれた命の重さもまた、ずしりと来る。
私は、希望と重みの両方に耐へられるほど、もう若くない。若くないから、私はまた机に向かふ。机に向かへば、言葉だけはまだ動く。言葉が動けば、胸の奥の瓦礫が少し整ふ。
八月六日の鐘を聞いた年も、埠頭の風に髪を乱された年も、私は結局、帳面へ戻ってきた。今年も同じだ。瓦礫の報を耳にして、私は帳面の前に座る。
そして、今年の頁に置くべき言葉を、私はやっと見つけた。
夜、仏壇の灯を点け、線香を焚いた。
父と母の位牌の金文字が、静かに光る。灯の揺れを見ながら、私は胸に手を当てた。あなたの位牌は、まだ胸の中だ。胸の中の位牌があるから、私は今日の瓦礫を受け止められる。
鉛筆を握る指は、少し硬くなってゐた。硬い指で、ゆっくり書く。ゆっくり書けば、痛みもゆっくり形になる。
震災の 瓦礫の報を 耳にして君逝きし日を ふたたび想ふ
書き終へたとき、胸の奥で何かが静かに落ち着いた。落ち着いたのは、震災が理解できたからではない。理解など出来ない。ただ、瓦礫が呼び起こした“二重の喪失”を、今年の場所へ置けたからだ。
窓の外では、春の風が少し温くなってゐた。新樹の緑が、もうすぐ匂ふ季節が来る。来年、菜の花の黄が鉄路沿ひに広がり、その黄の中で、私の恋の色――薄紅がまだ残ってゐることを確かめる一年が来る。
第五十二章 平成八年(1996) 菜の花の黄
鉄の音は、腹の底まで来る。
線路の継ぎ目を越えるたび、たん、たんと小さく跳ねる振動が、座席の尻から背骨へ伝はる。その振動が、眠ってゐた記憶まで揺すってしまふことがある。
けれど平成八年の春、私はその振動を嫌がらなかった。むしろ、あの震災の年を越えたあと、**“つながってゐる音”**が欲しかったのかもしれない。
一月十七日から一年が過ぎて、街は「戻った」と言ふやうになった。
戻った――と皆が言ふ。戻ったと言へるのは、戻らぬものを見ないふりが出来るからだ。戻らぬものを見ないふりは、暮らしの技術だ。技術がないと人は毎日倒れてしまふ。
テレビは「復興」と言ひ、新聞は「再建」と書き、募金箱は店先に並び続けた。駅の掲示板には、復旧工事の案内がまだ貼られてゐる。「一部区間、徐行運転」「架線工事」「安全確認」安全確認――といふ言葉が、去年より重く聞こえるのは、私が“安全ではない朝”を画面で見てしまったからだ。
私は自分の暮らしへ戻りながらも、戻りきれぬ部分を抱へてゐた。戻りきれぬ部分は、胸の中の海と同じやうに、平らな顔をしてゐて、底が深い。
そんな私のもとへ、遺族会の折に声をかけてくれた女から、短い葉書が届いた。
「今年も、春の集ひがあります。無理のない範囲で」
それだけの文面。押しつけも、励ましもない。ただ「今年も」と「無理なく」。その言葉に、私は救はれた。
“今年も”といふのは、死者を過去に追ひやらない言ひ方だ。“無理なく”といふのは、生きてゐる者の足腰を、ちゃんと数へてくれる言ひ方だ。
私は葉書を仏壇の前に置き、線香を一本焚いた。
「……行けるかね」
父と母に言ふやうに言ひ、胸にも言った。
——篤志さま。——春が来るけえ、また行ってみるよ。
返事はない。返事はないのに、私は今年は“列車”に乗りたくなった。車やバスではなく、鉄路で行きたかった。鉄路は、戦後の復興の象徴みたいに見えるからだ。焼け跡の頃、線路が直ると、町は「明日」が来る気がした。明日が来る気がしただけで、人は生き延びた。
出かける朝、私は少し早く家を出た。
杖はまだ要らない。けれど膝は時々、天気の前触れみたいに痛む。痛むたび、私は母の言ひ方を思ひ出す。
「年じゃけえ」
年じゃけえ、で片づける言ひ方。片づけることで、また台所へ立てる言ひ方。私はまだ、その言ひ方を借りてゐる。
駅へ向かふ道は、春の匂ひが薄く混じり始めてゐた。梅の匂ひではない。もっと淡い、土がほどける匂ひ。その匂ひの向うに、菜の花の黄が待ってゐる匂ひがした。
ホームに立つと、風が冷たい。風はまだ冬の尖りを持ってゐる。けれど、日差しだけは少し柔らかい。柔らかい日差しの中で、学生が二人、笑ってゐた。鞄の中から、色のついたパンフレットがはみ出してゐる。旅行か、就職か、何か未来へ向かふ紙だらう。
未来へ向かふ紙を見ると、私は一瞬、胸がざわつく。ざわつくのに、私は目を逸らさなかった。逸らさずに見られるだけ、私は少しだけ強くなったのかもしれない。
列車が来た。ドアが開き、私は足を上げて乗り込んだ。足を上げる動きが、若い頃より少し遅い。遅いのに、私は遅いまま乗った。急がない。急ぐのは、もうやめた。急いでも、君へ追ひつけないことは、とうに知ってゐる。
座席に座ると、列車は動き出した。
がたん、と一度大きく揺れて、線路の上へ自分の重みを乗せる。その瞬間、私は腹の底で「行く」と思った。行く、と言へるのは、列車が連れていってくれるからだ。自分の足だけでは、行く気持ちが途中で折れることがある。列車は折れさせずに、淡々と運ぶ。
町を抜けると、窓の外の景色がひらけた。
畑。低い山。川。電柱の列。そして、線路沿ひの土手に、黄色いものが見え始めた。
菜の花だった。
最初は点だ。黄色い点が、ところどころに見える。次の駅を過ぎるころには、点が線になる。線になって、面になる。面になった黄が、視界の端まで広がる。
黄は、まぶしい。
太陽の色に似てゐる。けれど太陽より近い。近い黄が、土の上からふわりと立ち上がってゐる。立ち上がってゐる黄は、寒さを押し返すやうに見えた。
去年、瓦礫の映像ばかり見てゐた目には、この黄が少し痛いほどだった。痛いほどの黄は、**“生き延びる”**といふことを押しつけるやうに見える。押しつけに見えるのに、私はその押しつけに救はれもした。
生き延びろ。春は来る。線路はつながる。花は咲く。
そういふ、当たり前の言葉が、菜の花の黄には詰まってゐる。
列車が速度を上げると、黄は後ろへ流れていく。流れていく黄の中に、ところどころ、白いビニールハウスが見えた。白と黄。白と黄の並びは、何だか祭りの提灯のやうでもあり、病院の廊下のやうでもある。人の暮らしは、いつでもその二つを行き来する。
私は、懐の桜袋を指で押さへた。
刺繍の凹凸。薄紅の糸。黄の世界の中で、薄紅を持ってゐることが、妙に心強かった。
菜の花の黄は、世の中の色だ。皆で見る色だ。誰の目にも同じやうに眩しい色だ。それに対して、薄紅は――私だけの色だ。君だけの色だ。
黄がいくら広がっても、私の胸の中の恋ひ色は黄にはならない。黄にならないで、ずっと薄紅のままだ。薄紅のままだといふことが、嬉しいのか、哀しいのか。その二つは、私の中でいつも混じってゐる。
黄は、明るい。明るいから、影を作る。影を作るから、薄紅がいっそう薄く見える。薄く見えるのに、消えない。消えない薄紅が、私のしぶとさだ。
途中の駅で、若い母親が小さな子を連れて乗ってきた。
子は眠たげで、母親の肩に額を寄せてゐる。母親は、慣れた手つきで子の背中を撫でる。撫でる手の動きが、房子が孫をあやすときの手つきに似てゐた。
子が少し目を開け、窓の外の黄を見て「きいろ」と言った。母親が笑って、「そう、菜の花よ」と返す。
“きいろ”といふ言葉の軽さに、私は思はず目を瞬いた。色の名を、こんなに軽く言へる時代になったのだ。私の若いころ、色の名はもっと重かった。赤は炎で、黒は煤で、白は骨で、青は海の底だった。
いまの子の「きいろ」は、ただ花の色だ。ただ花の色であってほしい。その“ただ”を守るために、どれだけの人が死んだのか、といふことを私は知ってゐる。知ってゐるから、ただ花の色を「ただ」と言へることが、尊い気がした。
尊い気がするほど、私は君の若さを思ふ。君は、黄を黄と言へただらうか。戦の色の中で、黄はどんな意味を持ってゐただらうか。
列車が揺れ、子がまた眠った。母親は背中を撫で続ける。撫でる手は、未来へ向かふ手だ。
私は、自分の手を膝の上に置いた。私の手は、過去を撫でる手だ。便箋を撫で、名簿を撫で、石を撫で、桜袋を撫でる。過去を撫でて、なんとか今日へ繋ぐ手だ。
未来へ向かふ手と、過去を撫でる手が、同じ車両に並ぶ。それが、平成の車内の静けさだった。
会場へ着くころ、空が少し晴れてゐた。
総会だの追悼式だのは、結局、去年と同じやうな丁寧な言葉で進んだ。丁寧な言葉は、私を落ち着かせる。落ち着かせるのに、そこへ“正しさ”が混じると、胸の奥がざらつく。私はざらつきを、桜袋で押さへながら、今年も黙祷をした。
式のあと、少しだけ話をした。同じやうに年を取った女たち。同じやうに「もう三月ねえ」と言ひ、同じやうに「今年も咲くかしら」と言ふ。咲く、と言ふとき、何が咲くのかは言はない。言はなくても分かる。桜。そして、胸の中の名。
帰りの道、また列車に乗る。
窓の外は、まだ黄だった。黄は昼の光を吸ひ、さらに濃く見えた。濃い黄は、世の中の元気のやうで、時々腹立たしい。元気があるなら、なぜ君は戻らないのか、と問ひたくなるからだ。
けれど問ひたくなった瞬間、私は気づいた。私は黄に腹を立ててゐるのではない。黄に照らされて、自分の薄紅がまだ消えてゐないことが、怖いのだ。三十年以上経っても、薄紅が残ってゐる。残ってゐるといふことは、終はってゐないといふことだ。終はってゐない恋を抱へて老いていくことが、時々怖い。
怖いのに、薄紅を捨てられない。捨てられないから、私は薄紅を大事にする。大事にするために、毎年、言葉にして置く。
私は鞄から帳面を出さなかった。車内で書くと揺れて字が乱れる。乱れる字は嫌ひではない。けれど今日は、まっすぐに書きたかった。黄の中で、薄紅をまっすぐに置きたかった。
家へ戻ると、仏間の灯がいつも通り待ってゐた。
父と母の位牌。灯。線香の煙。家の匂ひ。
私は窓を少し開け、外の空気を入れた。入ってきた空気の中に、菜の花の匂ひが少し混じってゐる気がした。匂ひは幻かもしれない。けれど幻でもいい。幻が、胸を整へるなら。
机に向かい、帳面を開く。平成八年。白い頁に、今日の黄を思ひ浮かべる。
黄に満ちた線路沿ひ。流れていく黄。車内の子の「きいろ」。母親の手。そして、胸の中の薄紅。
私は鉛筆を握り、今年の一首を置いた。
鉄路沿ひ 菜の花咲きて 黄に満ちぬ我が恋ひ色は 未だ薄紅
書き終へると、胸の奥が少しだけ静まった。黄に押されて薄く見えても、薄紅は消えない。消えないことを、私は今年、確かめたのだと思ふ。
窓の外では、夕方の光が少しずつ傾いてゐた。黄の季節が過ぎれば、桜が来る。桜が来れば、また君の名が濃くなる。濃くなる名を抱へながらも、世の中は数字の方へ騒がしくなるらしい――税がまた増える、と誰かが言ってゐた。
けれど、どれほど税が増えても、私の恋の“元本”は減らない。減らないものだけが、私の中で静かに増えていく。
第五十三章 平成九年(1997) 恋の預金
数字は、静かに人を追ひ詰める。
怒鳴りもせず、殴りもせず、ただ「こうなりました」と印刷された顔で届く。封筒の中の通知。レジの横の貼り紙。新聞の小さな欄。そのどれもが、こちらの胸の奥まで覗き込むやうで、私はいつも少しだけ身構へる。
平成九年の春、数字はまた増えた。
消費税が上がる、と言ふ。三%が、五%へ。
たった二つ増えるだけ――と人は言ふ。けれど、たった二つの増え方が、暮らしの端をきゅっと締める。締められると、息が浅くなる。浅くなる息を、私はまた「手順」で整へるしかない。
朝、仏壇の水を替へる。線香を一本。湯を沸かし、茶を飲む。それから財布を開き、家計簿の端をなぞる。
家計簿は、私の身体の裏側みたいなものだ。食べたもの、買ったもの、灯油の量、病院の領収書。領収書は、紙なのに、肉の痛みを持ってゐる。痛みが紙になって並ぶと、私は時々、自分の人生が「数」で出来てゐるやうに感じて息苦しくなる。
息苦しくなると、私は桜袋を触る。桜袋の中には、数にならないものが入ってゐる。数にならないもの――君の名、押し花、出さぬ文。数にならないものがあるから、数の世界で私はまだ息をしてゐられる。
商店街へ行くと、もう貼り紙が出てゐた。
「本日より消費税5%」「税込表示」「税抜価格」
字は大きい。大きい字で言はれるほど、こちらは小さく縮む。縮むのに、買ひ物はしなければならない。米も醤油も、灯油も、薬も。買はずにゐれば、身体が先に壊れる。
魚屋の前で、女たちが言ひ合ってゐた。
「また上がったんかいねえ」「年金は増えんのに」「うちの嫁が言うとった。レシートがえらい長うなるって」
笑ひながら言ふ。笑ひながら言へるのは、笑はないと苦しくなるからだ。苦しさを笑ひで包むのは、戦後の女の知恵でもあった。
私はその輪に入らず、豆腐と葱を買った。レジの数字が少しだけ違ふ。違ふだけなのに、胸の奥がざらつく。
次に、文房具屋へ寄った。
便箋を買ふ日は、私は少し背筋を伸ばす。便箋は、私の“贅沢”であり、“呼吸”だ。贅沢でも、呼吸でもあるものを買ふとき、私はいつも少しだけ罪悪感を抱く。罪悪感があるのに、買はないと胸が詰まる。
棚に、薄桃の便箋があった。端に桜の枝が刷られてゐる。去年と同じ柄だ。同じ柄があることが嬉しい。同じものが続くと、人は安心する。安心があるから、老いは倒れずに済む。
値札を見た。
「本体価格 二百円」「税込 二百十円」
十円。たった十円。たった十円なのに、私は十円玉の重さを知ってゐる。十円玉は、昔、子どもの駄菓子の笑ひだった。戦後の闇市では、十円が命綱になることもあった。いまの十円は、生活の端を締める金だ。
私は便箋を手に取ったまま、少し迷った。迷ふほどの金ではない。迷ふほどの金ではないのに、迷ふといふことが、いまの暮らしの現実だ。
“便箋より、薬を”“便箋より、灯油を”そんな声が、胸の中で時々する。
けれど、別の声もする。
“便箋があるから、薬を飲める”“便箋があるから、灯油の寒さを越えられる”
便箋は、私の恋文の紙であり、私の生存の紙だ。生存の紙に税がかかっても、私は買ふ。
レジで十円を足しながら、私は思った。
税は、世の中の仕組みのために払ふものだ。道路を直す、学校を建てる、病院を支へる。それは分かる。分かるのに、胸の奥のものに税の数字が触れてくるのが嫌なのだ。
恋に税をかけられるやうな気がするのが嫌だ。
もちろん、実際に恋に税はかからない。恋にレシートは出ない。恋に領収書はない。恋に通知は届かない。届かないから、恋は私の最後の自由だ。
私は便箋を鞄に入れ、商店街を出た。
帰り道、川沿ひの土手を歩いた。
春の風が、少しだけ温くなってゐる。菜の花の黄は、もう少し先だ。けれど土の匂ひがする。匂ひがすると、桜の蕾が膨らむ気配も分かる。蕾は、まだ硬い。硬い蕾を見ると、胸が少し落ち着く。硬いものは、まだ割れてゐないからだ。割れてしまったもの――瓦礫の映像、海の底の青――を思ふと、硬さは救ひになる。
土手のベンチに座り、私は鞄から財布を出してみた。紙幣の端が少し擦れてゐる。硬貨が数枚。硬貨の冷たさが、数字の冷たさに似てゐる。
私はふっと笑ひたくなった。
税が増える。暮らしが厳しい。皆が騒ぐ。その騒ぎの中で、私は結局、便箋を買ってゐる。節約しろと言はれても、私は便箋だけは削れない。
削れないのは、意地かもしれない。意地――といふほど立派なものでもない。ただ、便箋を削れば、私は自分の“持ってゐるもの”が何もなくなる気がするのだ。
房子には孫がある。世間の女には家族がある。私は――文と桜だけだ。
文と桜を削れば、私は空になる。空になれば、私は時代の数字に飲まれてしまふ。飲まれたら、君の名まで薄くなる気がする。それだけは、嫌だ。
だから私は、税が増えても便箋を買ふ。便箋の十円は、私の抵抗だ。抵抗と言ふほどの大きな声は出せないけれど、小さな十円で、私は自分を守る。
そして、私は気づいた。
税で減るのは、財布の中の金だ。けれど、私の恋は減らない。むしろ、年を重ねるほど増える。
増える――といふのは、君が増えるのではない。君の不在が増えるのだ。不在が増えるほど、私は名を呼ぶ回数が増える。呼ぶ回数が増えるほど、恋は濃くなる。濃くなる恋は、誰にも課税できない。
恋は、預金のやうなものだ。預金なら、通帳がある。私の恋の通帳は、帳面だ。帳面に一首ずつ積み立ててきた。積み立てたものは、引き出せない。引き出せないのに、残高だけが増える。増えた残高が、私の老いを支へる。
私は、ベンチの上で桜袋を押さへ、胸の中で小さく言った。
——篤志さま。——税が増えるんじゃと。——けれど、私の恋は増えるばかりよ。
返事はない。返事はないのに、胸の奥が少し温かくなる。温かくなるのは、恋が“まだ動いてゐる”からだ。
家へ戻ると、仏壇の灯が静かに待ってゐた。
父と母の位牌の金文字が、いつも通り光る。線香の匂ひ。家の匂ひ。その中へ、文房具屋の紙の匂ひが混じる。
私は机に向かい、帳面を開いた。
平成九年。白い頁の上に、今日の「五%」の貼り紙がちらつく。貼り紙の黒い字は、世間の声。世間の声が大きいほど、私は自分の声を小さく整へたくなる。
鉛筆を握り、ゆっくり書く。数字で締められた暮らしの中に、数字の外の言葉を置く。
税ふゆる 暮しきびしく なりしかど恋の預金は 減らず増えゆく
書き終へると、胸の奥がすうっと静まった。静まるのは、税の現実が消えたからではない。消えない現実の横に、消えない恋を置けたからだ。
窓の外で、春の夜の匂ひがした。少し湿り気を含んだ空気が、遠い雨を予告してゐる。長雨の年になるかもしれない。長雨は膝を痛める。膝が痛めば、私は「あと何度か」と数へてしまふだらう。
数へる癖は、税の数字だけではない。老いの数字もまた、私を追ひ詰める。
来年、私は膝の痛みを抱へながら、筆を置く回数を数へることになる。けれど、数へても、私はきっとまた書く。書くことでしか、恋の預金は守れないのだから。
第五十四章 平成十年(1998) 長雨の膝
膝は、空を先に知る。
天気予報より早く、新聞の天気欄より早く、外の湿り気がまだ窓の外にしかないうちから、膝の奥が、じわりと重くなる。重くなると、私は「今日は降るな」と思ふ。降ると分かってゐても、雨はやはり鬱陶しい。鬱陶しいのに、雨は、こちらの都合など聞かない。
平成十年の梅雨は、長かった。
「梅雨明けはもう少し先」テレビの女の声が、毎日同じやうに言ふ。同じやうに言はれるたび、私は自分の膝を撫でる。撫でても、膝は変はらない。変はらない膝を撫でることが、いまの私の祈りの形になってしまった。
朝、起き上がるときが一番つらい。
布団の中で膝を少し曲げ、足の裏を畳に付け、体重を移す――その「当たり前」が、少しずつ難しくなる。難しくなるほど、人は「当たり前」を意識してしまふ。意識してしまふと、当たり前が急に遠いものになる。
私は息をひとつ吐き、ゆっくり立ち上がった。立ち上がれた。立ち上がれたことが、もう今日の勝ちのやうに思へる。
台所へ行き、やかんに水を入れる。火を点ける。青い炎が立つ。炎の色を見ると、私は少し落ち着く。落ち着いたら、仏間へ行く。
父と母の位牌の前の水を替へる。線香を一本。煙が細く上がる。
線香の匂ひと、雨の匂ひが混じる日がある。まだ降ってゐなくても、空気が湿ってゐると、線香の煙がどこか重い。重い煙を見ると、私は海の底を思ってしまふ。海の底の青も、湿り気のやうに、胸へ来る。
——篤志さま。——今年の雨は、長いよ。
胸の中でだけ言って、私はまた膝をさすった。さすっても、膝は変はらない。変はらないのに、さすらずにゐられない。手を動かしてゐないと、心が先に崩れるからだ。
昼前、雨が強くなると、私は病院へ行くことを決めた。
我慢してゐればいい、と昔は思ってゐた。我慢してゐれば、いつか治る、と。けれど、我慢しても治らぬものがあることを、私はもう知ってゐる。君の不在も。母の死も。そして、自分の膝も。
雨の中、傘を差して歩くと、足元が怖い。濡れた舗装は滑る。滑れば転ぶ。転べば、もう一段、老いが進む。
私は杖を持った。杖はまだ「常に」ではない。けれど、雨の日だけは持つ。持つことが恥づかしい日もあった。いまは、恥より安全のほうが勝つ。恥は、若い女の贅沢だ。
整形外科の待合室は、湿布の匂ひがした。薄い薬の匂ひ。人の身体の匂ひ。濡れた傘の匂ひ。テレビが小さく鳴ってゐて、誰かが「景気が」と言ってゐる。銀行がどうだ、会社がどうだ。若い人が仕事がない、という話も聞こえる。
私はその言葉を、どこか遠いものとして聞いてゐた。景気が悪いと言はれても、私の暮らしは、もう何十年も「余裕」の外にある。余裕の外で生きてきた女は、余裕が減ることに慣れてゐる。慣れてゐる分、別のところで痛む。
呼ばれて診察室へ入ると、若い医者がレントゲンの写真を掲げた。白い骨の影が写ってゐる。
「軟骨がすり減ってますね。変形性膝関節症、というやつです」
医者の言ひ方は淡々としてゐた。淡々としてゐるのが、かへって怖い。怖いけれど、私は頷いた。
「治りますか」
と、口が勝手に訊いてゐた。訊いた瞬間、自分で自分に笑ひさうになった。治る、といふ言葉を、私はいまでも欲しがってゐるのだ。
医者は少しだけ間を置き、
「上手く付き合っていきましょう。痛い時は注射もありますし、湿布も。あと、リハビリを――そうですね、あと何回か通ってみましょう」
と言った。
あと何回か。
その言葉が、私の胸へすっと入ってきた。膝の治療の回数の話なのに、私の胸の奥では別のものが動く。
あと何回か。あと何度か。あと何度、私は春を迎へられるのか。あと何度、桜袋を胸へ押し当てられるのか。あと何度、君に宛てて筆を置けるのか。
医者は、私の顔色が変はったことに気づいたのか、少しだけ柔らかい声で言った。
「無理はしないでくださいね。雨の日は特に」
雨の日は特に。
雨の日は、膝だけではない。心も痛む。私は「はい」とだけ答へ、処方箋を受け取った。
帰り道、雨はさらに強くなってゐた。
傘を叩く雨音が、ざあ、ざあと続く。雨音は、昔のタイプライターの音に似てゐる、と誰かが言ってゐた。私の人生にはタイプライターはなかった。けれど、雨音が「書け」と言ってゐるやうに聞こえることはある。
家へ戻ると、靴下が少し濡れてゐた。濡れた靴下を替へ、湿布を貼る。湿布の冷たさが皮膚に来て、その冷たさが骨へ沁みる。冷たさは痛みを一瞬だけ薄くする。薄くなると、私はその隙に息が出来る。
居間の窓の外は、灰色だった。灰色の空。灰色の雨。灰色の電線。色が少ない日は、胸の中の薄紅がいっそう浮く。浮く薄紅が、痛いほど鮮やかになる。
私は机に向かった。
机に向かふとき、膝がきしむ。きしむ膝を庇ひながら座ると、畳の匂ひが上がってくる。畳の匂ひは、戦後の家の匂ひでもある。戦後の匂ひは、君の名を連れてくる。
便箋を出す。去年買った桜の柄のもの。角が少し丸くなってゐる。丸くなった角に、私の年月が出る。
筆ペンを握ると、指が少しこわばってゐるのに気づいた。膝が痛むと、身体全体が「守り」に入る。守りに入ると、手の先まで硬くなる。
私は息を吐き、ゆっくり書き始めた。
「篤志さま」
その四文字を書くたび、私はいまでも少し背筋を正す。背筋を正すと、膝が痛む。痛むのに、正したくなる。正した姿勢でしか、あなたに向き合へない気がするからだ。
雨は降り続ける。降り続ける雨の中で、私はふと、書く手を止めた。
止めたのは、膝が痛んだからではない。医者の言葉が頭の中で反芻されたからだ。
あと何回か。
私は便箋の上に、しばらくペン先を置いたまま、動けなかった。動けないまま、胸の中で数へ始めてしまふ。
今年の桜は見た。来年も見られるか。再来年も。……あと何度か。
数へると、怖くなる。怖くなるのに、数へずにゐられない。老いは、勝手に数を持ち込んでくる。税の数字より厄介だ。税は払へば終はる。老いの数字は、払っても終はらない。
私は、便箋の上で小さく呟いた。
「……あと何度か」
声に出した途端、胸がきゅっと縮んだ。縮んで、次の瞬間、私は急に腹が立った。
何を数へてゐる。数へたところで、答へなど出ない。出ない答へを数へて、君の名まで薄くしたら、私は自分を許せない。
私は、ペンを置いた。置いて、桜袋を胸へ押し当てた。刺繍の凹凸が、冷えた指先に触れる。触れた感触が、「まだ」と言ふ。まだ書ける。まだ呼べる。まだ歩ける。
私はもう一度、便箋に向かひ、少しだけ続きを書いた。
今日の雨の話。膝が痛む話。病院で「あと何回か」と言はれた話。そして、その言葉が、あなたに向けた「あと何度か」へ変はってしまったこと。
本当は、こんな弱音をあなたに見せたくない。見せたくないのに、見せずにゐると、私は自分を飾ってしまふ。飾った言葉は、紙の上ではきれいでも、胸の奥では嘘になる。嘘にしたくない。嘘にしないために、私は書く。
書くことで、私は生き残ってきた。これからも、たぶんそれしかない。
夕方になっても雨は止まず、夜になっても止まなかった。
雨音が屋根を叩き、雨樋を流れ、庭の隅で小さな川のやうな音を立てる。その音を聞きながら、私は仏壇の灯を点けた。灯の小さな揺れが、雨の大きな揺れに負けずにゐる。
「……今日も、ありがとう」
と、母に言ふやうに言った。そして胸へ言った。
——篤志さま。——雨が長いよ。——膝が痛いよ。——でも、まだ書くよ。
返事はない。返事はないのに、言へたことで呼吸が戻る。
机に向かい、帳面を開いた。平成十年。白い頁は、雨の日の灯のやうに、少しだけ暗く見えた。
私は鉛筆を握った。鉛筆なら、筆ペンより力が要らない。力が要らない道具へ、私は少しずつ移り始めてゐる。移りながらも、言葉はまだ私の中にある。
長雨。膝の痛み。医者の「あと何回か」。私の「あと何度か」。
そして、君へ筆を置く――その瞬間。
私は、今年の一首を書いた。
長雨に 膝の痛みを 抱へつつ「あと何度か」と 君へ筆を置く
書き終へたとき、胸の奥の海が少しだけ静まった。静まったのは、雨が止んだからではない。雨はまだ降ってゐる。膝もまだ痛い。けれど、「あと何度か」と思ひながらも筆を置いた――その事実を、今年の頁に残せたからだ。
残せたなら、来年が来る。来年が来たら、世間は世紀末の騒ぎでざわつくらしい。けれど私は、遠目に眺めるだけだらう。私は人波の外側で、桜の蕾を見て、君に見せたいと思ふだけだらう。
雨の音の中で、私は桜袋を胸へ押し当て、もう一度だけ、名を呼んだ。
——篤志さま。
名は雨に濡れない。胸の中なら、いつも乾いてゐる。
第五十五章 平成十一年(1999) 世紀果つ
「世紀末」といふ言葉は、どこか砂糖菓子みたいだと思った。口に入れれば甘い、けれど喉の奥に残るのは、ざらつく粉のやうな不安。
平成十一年、町はその砂糖菓子を舐めながら歩いてゐた。駅前の書店には「世紀末特集」の札が立ち、テレビは「二千年問題」とか「ミレニアム」とか、横文字を忙しさうに並べる。街角の若い子が「カウントダウン、渋谷すごいらしいよ」と笑って言ふ声が、買ひ物袋の間をすり抜けていく。
私はその声を、遠くで聞いた。
遠くで聞いた――といふより、わざと遠くへ置いた。近づければ、心が乱れることを、私は知ってゐる。乱れると、膝が痛む。膝が痛むと、暮らしの手順が崩れる。手順が崩れると、私は急に“ひとり”になる。
ひとりは慣れてゐる。けれど慣れたひとりほど、油断すると深い。
春のはじめ、土手の桜はまだ固かった。
去年の長雨で、膝はすこし癖になった。晴れてゐても、朝に冷えが残る日は、骨の奥が「きし」と鳴る。痛みは、音としては聞こえないのに、身体の中では確かに鳴る。鳴るから、私は歩く速度を自然に落とす。
土手へ行く道で、房子に会った。房子は、相変はらず孫を抱いてゐた。孫はもう、よちよち歩けるくらいになってゐて、房子の手を振りほどいて走らうとする。
「こら、待てぇ!」
房子の声が弾み、孫の笑ひ声が跳ねた。その跳ね方が、春の光と一緒になって、眩しかった。
「百合ちゃん、土手行くん? 桜、まだじゃろ」
「まだじゃね。……でも、蕾を見に」
蕾を見に――と自分で言って、少し可笑しかった。花が咲いてから見るものを、わざわざ蕾のうちに見に行く。若いころなら、そんな暇はなかった。忙しくて、生活に追はれて、花は“咲いてゐるときだけ”目に入った。
いまは逆だ。咲いてしまへば、散ってしまふ。散るものを見てしまふのが怖いから、私は蕾を見に行く。
房子が、孫の帽子を直しながら言った。
「今年が最後の世紀末なんじゃってねえ。テレビがよう言うとる。なんか、七月に世界がどうのこうの、って昔から言うて……」
「ノストラダムス、言うやつ?」
私が言ふと、房子は「それそれ」と笑った。
「怖いねえ、って若いもんが言いよった。百合ちゃんは、どう思う?」
どう思う。私は一瞬、言葉を探した。
怖い話は、若い人にとっては“未来の怖さ”だ。けれど私の怖さは、未来より、過去が今へ戻ってくる怖さだ。未来が崩れるより、過去がほどけて足元へ絡みつくほうが怖い。
「……怖いのは、昔の方がよう知っとるけえね」
私がそう言ふと、房子は少しだけ目を伏せた。伏せて、すぐ孫の背中をぽんぽん叩いた。それ以上は踏み込まない。踏み込まない優しさを、房子はいつも持ってゐる。
「まあ、何も起きんかったらええねえ」
「うん。……何も起きんかったら」
私は頷き、土手へ向かった。
桜並木の下は、まだ春の匂ひが薄かった。
花はない。けれど枝先を見ると、小さな膨らみがいくつも並んでゐる。蕾。茶色い枝の先に、ほんの少しだけ、柔らかさが乗ってゐる。柔らかさが、これから薄紅になる。
私はその蕾を見上げて、ふいに、胸の奥がきゅっと縮んだ。
――見せたい。
誰に。言ふまでもない。
篤志さまに。
花が咲いたら、見せると言ってゐた。戦が終はったら、桜の下を一緒に歩かうと言ってゐた。言ってゐたのは、私だけだったかもしれない。でも、私の中では、あなたも頷いてゐた。
蕾は固い。固いのに、確かに“春へ向かふ力”がある。その力を、私はあなたに見せたかった。
“見せたかった”といふ過去形が、胸に引っかかる。私はいまでも、心の中では未来形で言ひたいのだ。見せたい。見せる。見せられるはずだ、と。
私は桜袋を懐の上から押さへた。刺繍の凹凸が指に当たる。凹凸が、「今年も書け」と言ふ。言はれるほど、私は蕾を見つめた。
蕾は返事をしない。返事をしないものに、私は慣れてゐる。
その帰り道、私は枝を折らなかった。折れば持ち帰れる。持ち帰れれば、机の上で“見せる”ことが出来る。けれど、折ることが出来なかった。蕾は蕾のまま、枝の上で春を待つべきだ。私の都合で、春を引きちぎるのは違ふ。
私は見上げるだけで帰った。見上げるだけで、胸の中の蕾はもう一つ膨らんだ。
七月。
結局、世界は終はらなかった。町の空はいつも通り青く、夕立は降り、蝉は鳴き、房子の孫はますますうるさくなった。
テレビの中で「大予言は外れた」と笑ふ人がゐた。外れたことを笑へるのは、よかった。笑へるのは、平和の証拠だ。
けれど私は、あまり笑へなかった。外れる予言より、外れない現実を、私は知ってゐるからだ。
“戻らない人は戻らない”それだけは、外れない。
外れないことを胸に抱へてゐる女は、世の中の冗談に混じりきれない。
秋が過ぎ、十二月。
町は急に忙しくなった。店先に「ミレニアム・セール」と貼られ、コンビニの棚に「カウントダウン」と書いた菓子箱が並ぶ。新聞は「二千年問題」の点検だの、銀行だの、電車だの、いろいろ書いてある。「コンピュータが止まるかもしれない」と真面目な顔で言ふ人もゐた。
私はよく分からないまま、「止まったら困るねえ」とだけ言った。止まると言われても、私の暮らしは毎朝、手で動かしてゐる。湯を沸かす。水を替へる。線香を焚く。便箋を開く。私の暮らしの機械は、せいぜい炊飯器とテレビくらゐだ。
そして大晦日。
夕方、房子がやって来て、笑ひながら言った。
「百合ちゃん、今夜、渋谷がすごいんじゃって! 若いもんが押し合いへし合いで、危ない言うとる。うちの娘も、テレビで見る言うてた」
「……見るだけでええね」
「じゃろ。百合ちゃんも見る? カウントダウン」
「……うん。見るかもしれん」
見るかもしれん――と言ひながら、私は心の中で決めてゐた。私は人波へは行かない。行けないのではなく、行かない。押し合いへし合いの熱は、私の膝にも、胸にも、もう負担が大きい。
それに、人波の中へ行けば、私はきっと思ってしまふ。
――あなたが居ないのに、何を数へる。
世紀が変はることより、私にとっては、あなたが戻らないことの方が大きい。大きいものの横で、小さい騒ぎに混ざるのが、苦しい。
房子は「まあ、家でぬくぬくが一番じゃ」と言って帰った。
私はその夜、いつもより早く風呂へ入り、湯を少し長めに肩へかけた。湯の熱で膝が緩む。緩むと、心も少し緩む。
仏壇の灯を点け、水を替へ、線香を一本だけ焚いた。
「……今年も終はるよ」
父と母に言ふやうに言って、胸にも言った。
——篤志さま。——世紀が終はるんじゃって。——でもね、私の中の時間は、相変はらずじゃよ。
テレビをつけると、画面の中は眩しいほどの光だった。東京の交差点。人、人、人。皆が笑ひ、叫び、旗を振り、数字を数へる。九九、九八、九七――と、若い声が渦になる。
私はその渦を、遠目に見た。遠目に見る、とは、距離のことだけではない。心が、そこへ入らないやうに、そっと線を引くことだ。
私は湯呑に茶を注ぎ、こたつに足を入れ、背中を丸めた。背中を丸めたまま、画面を見た。
「ハッピーニューイヤー!」
と叫ぶ声が響き、紙吹雪が舞ひ、誰かが泣いてゐた。泣く理由が「嬉しい」なのか「怖い」なのか、画面からは分からない。けれど人は、節目で泣く。節目で泣けるのは、節目を生きてゐるからだ。
私は、画面の騒ぎを見ながら、ふいに春の蕾を思ひ出した。
世紀末の騒ぎ。カウントダウンの人波。そのどれもより、私の胸に残ってゐるのは、土手の桜の枝先の、あの小さな膨らみだった。
蕾は、静かだった。誰も数を数へない。誰も叫ばない。ただ、春へ向かって膨らむ。
私は、画面の光を少し眩しく感じて、音量を下げた。音を下げると、部屋の中の静けさが戻る。静けさが戻ると、あなたの名が浮かぶ。
——篤志さま。——見せたかったよ。——あの蕾を。
見せたし。見せたし、と言ふ古い言ひ方が、自然に胸の中へ来た。見せたい、ではなく、見せたし。願ひのかたち。叶はぬことを知ってゐる者の、願ひの言ひ方。
人波の中の新年が、遠い。けれど、桜の蕾は、近い。近いのに、あなたには見せられない。その矛盾だけが、私の中で年を越えていく。
深夜、テレビを消した。
外は静かだった。近所の家から、遠くに笑ひ声が少し漏れただけで、町はいつも通り眠ってゐる。“世紀が変はった”と言っても、私の家の柱時計は、淡々と針を進めるだけだ。
私は机に向かった。帳面を開く。平成十一年。白い頁が待ってゐる。
今年の私の中には、二つの景色がある。光の渦の人波。そして、春先の桜の蕾。
渦は、遠い。蕾は、近い。近いものを、あなたに見せられない。それでも、私は見せたかった、と言葉にして置く。
鉛筆を握り、ゆっくり書いた。
世紀果つ 騒ぐ人波 遠目にて桜の蕾 君に見せたし
書き終へると、胸の奥がすこしだけ整った。整ったのは、世紀の終りを受け入れたからではない。受け入れたのは、私が今年も「蕾」をあなたへ差し出した、といふ事実だ。
差し出しても、届かない。届かないと知ってゐても、差し出す手だけは、まだ動く。
そして、次の年――二千年。
千年、また重ねし春の第一日。世は大騒ぎするだらう。けれど私は、千年といふ数字の大きさの中でも、あなたの面影だけは小さくならぬことを確かめにいく。
第五十六章 平成十二年(2000) 千年の第一日
除夜の鐘は、数へるほどに静かになる。
最初の一打は、町じゅうの空気を震はせる。二打、三打と続くうち、耳は慣れ、心は整ひ、そしてある時から、鐘の音は外の音ではなく、こちらの胸の奥の音になる。胸の奥の音になると、私はいつも同じことを思ふ。
——人は、節目で自分を支へる。
節目があるから、年を越せる。節目があるから、喪失を抱へたままでも暮らしを続けられる。節目がなければ、私はきっと昭和二十年の春の前で立ち尽くしてゐただらう。
平成十一年の大晦日、テレビは眩しいほどの人波を映してゐた。「カウントダウン」と叫ぶ声、紙吹雪、笑ひ、泣き。世紀が終はる、と皆が言ふ。その言葉の賑やかさが、私には少し眩しすぎて、私は早めにテレビを消した。
消して、灯を落として、こたつに足を入れ、耳だけを外へ向けた。
遠くの寺から、鐘が聞こえた。
ごぉん。ごぉん。
風の向きで、鐘の音は太くも細くもなる。太い音の日は、胸の底へ沈む。沈む音は、海の底の青に似る。青に似ると、私は無意識に懐の桜袋を押さへた。
桜袋の刺繍の凹凸は、冬の指先にも確かだ。確かなものがあると、私は安心する。安心しながら、鐘を聞いた。
百八つ。百八つも煩悩があるのなら、私はその中に「待つ」といふ煩悩を持ってゐる。待つ煩悩は、鐘をついても消えない。鐘が百八つ終はっても、私はまだ待つ。
零時を過ぎ、町が一段静かになったころ、私は布団へ入った。眠りは浅い。それでも、鐘の余韻の中にゐると、心が少しだけ丸くなる。丸くなった心で、私は胸の中へ言った。
——篤志さま。——年が変はるよ。——世紀も変はるんじゃって。
返事はない。返事がないことに慣れたまま、私は眠った。
元旦の朝、目が覚めたのは、やはり目覚ましのベルより先だった。
冬の朝は冷たい。冷たさは膝へ先に来る。去年の長雨で痛んだ膝が、今朝も少し重い。重い膝をかばひながら、私はゆっくり立ち上がり、台所へ行った。
やかんに水を入れ、火を点ける。青い炎が立つ。炎の色だけは、昭和も平成も変はらない。変はらない色を見ると、人は落ち着く。
仏間の灯を点け、水を替へ、線香を一本。煙が細く上がる。元旦の煙は、いつもよりまっすぐに見える。まっすぐに上がる煙を見てゐると、私の心も少しまっすぐになる。
そこへ、新聞受けの音がした。配達の人の足音が遠のく。私は玄関で新聞を取り、居間のこたつに広げた。
一面の大きな字。
「2000」
二千、といふ数字が、紙の上で太く光ってゐた。その太さが、どこかよそよそしい。二千、といふのは、私の暮らしの尺度ではない。私が数へてきたのは、毎年の桜と、毎年の手紙と、毎年の不在だ。二千年、と言はれても、私はそこへ身体が届かない。
それでも、紙の上の二千は、こちらへ来る。来て、「新しい」と言ふ顔をする。新しい顔の数字を見てゐると、私はふいに思った。
——千年といふ重さの前でも、君は変はらない。
君は老いない。老いないから、千年といふ言葉にも負けない顔をして、私の胸の中に居る。居ることが、救ひであり、痛みでもある。
湯が沸き、湯呑に注いだ。湯気が立つ。湯気の白さの向うで、新聞の二千の字が少し滲んで見えた。
テレビをつけると、アナウンサーが「ミレニアム」と言ってゐた。横文字が、元旦の朝から忙しさうに飛ぶ。「二千年問題」「コンピュータ」「誤作動」――そんな言葉も聞こえた。
機械が止まるかもしれない、と皆が騒ぐ。私は、少しだけ苦く笑った。
止まる怖さを、私は知ってゐる。電気が止まる。水が止まる。電話が止まる。交通が止まる。そして、人の“戻る”が止まる。
昭和二十年の春、私の時間は止まった。止まった時間は、どんな機械より手強い。直そうとしても直らない。再起動など出来ない。
だから私は、機械の誤作動より、胸の奥の止まり方のほうが怖い。怖いのに、止まったまま生きるしかない女が、ここに居る。
テレビの中で、初日の出の映像が流れた。海から上がる光。波の縁が金色になる。金色の縁を見た瞬間、私は胸がきゅっと縮んだ。
海。海は、祝ひの顔も出来る。けれど、私にとって海は、いつも底を持つ。底の青を思ってしまふ。
私はテレビを消した。消して、窓を少し開けた。
外の空気は冷たい。冷たい空気の中に、どこかの家の雑煮の匂ひが混じってゐる。味噌と出汁の匂ひ。暮らしの匂ひ。暮らしの匂ひを嗅ぐと、私は「今日も生きてゐる」と思へる。
生きてゐるなら、今日を言葉に置かねばならない。置かなければ、二千といふ数字の太さに呑まれる気がした。
私は机に向かい、帳面を開いた。
平成十二年。二千年。字を書くだけで、少し手が震へる。震へは、老いの震へか、節目の震へか。分からないまま、私は鉛筆を握り直した。
「春の第一日」
と、私は心の中で言った。
昔の暦では、新年は春だ。いまは冬のはずなのに、新年は「新春」と言ふ。新春――といふ言葉に、私は助けられてきた。寒い中にも春を呼ぶ。春を呼ぶことで、人は先へ行ける。
千年また重ねし春の第一日。千年の重さを背負っても、春はやって来る。春が来るなら、私の恋もまた、来てしまふ。
私はその重さを、受け止めるより先に、紙の上へ置いた。
その年の夏、郵便局で順番を待ってゐたとき、窓口の人が「新しいお札です」と言って、見慣れぬ紙を渡した。
二千円札。
手に取ると、紙が新しく、硬い。新しい紙は匂ひが違ふ。そして、その紙の絵柄に、私は思はず息を止めた。
沖縄の門――と、誰かが言ってゐた。守礼門だと。
沖縄。その二文字が胸へ来る。坊ノ岬沖。あなたの沈んだ海。沖縄の地名は、私の喉の奥をいつも少し熱くする。
私は財布へ入れず、その二千円札をそっと鞄の内側の布へ挟んだ。紙を折りたくなかった。折れば、生活の金になる。生活の金になるのは当たり前なのに、私はその当たり前が嫌だった。
沖縄の絵のある紙を、生活の釣銭にしたくなかった。馬鹿げてゐる。けれど馬鹿げたこだはりで、私は自分の胸を守ってゐる。
家へ戻り、その札を帳面の間に挟んだ。ちょうど、平成十二年の頁のところ。千年の春の頁のところ。
紙の上の沖縄が、紙の上の歌と並ぶ。並ぶと、私はふいに思った。
——千年だらうが、二千だらうが、結局、私が抱くのは「君の面影」だけだ。
国の数字が変はっても、札が変はっても、年号が変はっても、君の顔は、胸の中で変はらない。
変はらないことが、救ひでもあり、痛みでもある。けれど、救ひと痛みの両方があるからこそ、私は今日も湯を沸かし、線香を焚き、紙を開く。
年の暮れ、私は元旦に書いた頁をもう一度開いた。
鉛筆の線は少し薄くなってゐる。指の油と、年月の湿り気で、紙の白が少し黄ばんでゐる。黄ばんだ白は、時間の色だ。時間の色の上に、二千円札の紙の新しさが挟まれてゐる。新しさと古さが、同じ頁の中で同居してゐる。
それが、平成十二年の私だ。
私は深く息を吸ひ、胸の中で君の名を呼んだ。
——篤志さま。
呼べば、面影が来る。来れば、私はまた書ける。
元旦に置いた言葉を、私は今年の一首として、改めて整へるやうに書き直した。
千年また 重ねし春の 第一日時代を越ゆる 君の面影
書き終へると、胸の奥が少しだけ静まった。静まったのは、千年の重さを理解したからではない。理解など出来ない。ただ、その重さの中でも、君の面影だけは小さくならぬことを、今年も確かめられたからだ。
窓の外で、冬の風が鳴った。風の音は、遠い波音に似てゐる。似てゐる音を聞きながら、私は桜袋を胸へ押し当てた。
千年を越えても、あなたの顔は、私の胸の中に居る。それが私のミレニアムだ。
そして、来年。遠い国の塔が崩れる映像を、また私たちはテレビで見ることになる。戦は終はらないのだと、私はまた思ひ知ることになる――。
第五十七章 平成十三年(2001) 塔の沈む夜
塔は、海のない町でも沈む。
沈む、といふのは本当は船の言葉だ。けれど、空へ伸びたものが、ある瞬間ふっと力を失ひ、下へ下へと崩れていくさまを見たとき、私はそれを「沈む」としか言へなかった。沈む音の代りに、テレビの向うで灰が波になった。
平成十三年の九月、その夜が来た。
九月は、蝉が消え、虫の声が戻り、空気の端が少し乾く。乾き始めた夜は、線香の煙が軽く見えるから好きだった。軽い煙は、胸の奥の海を少しだけ遠ざけてくれる。
その日も、いつもと同じやうに一日を終へようとしてゐた。
夕餉を済ませ、湯呑の茶を替へ、仏壇の灯を点け、水を替へ、線香を一本だけ焚く。父と母の位牌の金文字が、小さな灯に照らされて静かに光る。光るものがあると、心がほどける。ほどけた心で、私は居間のテレビをつけた。
番組は、たしか旅の番組か何かだった。海の映像が流れてゐて、私は無意識に音量を下げた。海は祝ひの顔も出来る。けれど私にとって海は、いつも底を持つ。
そこへ、画面が急に変はった。
派手な音。赤い文字。「速報」といふ字。
速報、といふ字を見た瞬間、胸の奥が固くなる。戦時中、赤い紙が貼られると、皆が黙った。赤は、こちらの生活を一瞬で奪ふ色だ。平成になっても、赤い字は同じ働きをする。
アナウンサーが言った。
「アメリカ・ニューヨークで――」
ニューヨーク。地図の向うの街。海の向うの国。遠いはずの場所。
けれど画面に映ったのは、遠い景色ではなかった。高い高い建物。空へ突き刺さるやうな二本の塔。その塔から、黒い煙が出てゐた。
黒い煙を見ると、身体が先に匂ひを思ひ出す。煤の匂ひ。焼けた木の匂ひ。焦げた鉄の匂ひ。昭和二十年の町が、鼻の奥から立ち上がる。
「……火事かね」
私は、思はず独り言を言ってゐた。火事、と言へば、まだ生活の言葉で済む。火事なら、人は水を持って走る。火事なら、いづれ鎮まる。
けれど次の瞬間、画面の中で、もう一つの飛行機が塔へ突っ込んだ。突っ込む瞬間が、はっきり見えた。
——え。
声が出なかった。胸が空気を吸ひ損ねた。吸ひ損ねたまま、私はただ画面を見てゐた。
飛行機。民間機。旅客機。それが、塔へ突っ込む。
その形が、私の胸の奥の別の形に触れた。特攻。あの言葉を、私は口にしたくない。口にすれば、戦時の空気が戻る。戻ってしまふのが怖い。
画面の向うで、炎が広がり、煙が濃くなる。アナウンサーの声が震へた。「テロ」といふ言葉が出た。テロといふ横文字が、急に現実の重さを持ってこちらへ来る。
私は、リモコンを握る手に汗が出てゐるのに気づいた。汗は冷たい。冷たい汗は、胸をざらつかせる。
そのとき、電話が鳴った。
房子だった。
「百合ちゃん、見とる!? テレビ! えらいことになっとる!」
房子の声も震へてゐた。震へてゐる房子の声を聞くと、私はさらに現実へ引き戻される。これは夢ではない。夢なら、房子の声は鳴らない。
「見とるよ……なんね、これ……」
「飛行機が突っ込んだ言うとる! なんで……」
なんで。その問いに答へはない。答へのない問いが、戦の始まりだ。答へのない問いの上に、言葉だけが積み上がり、いつの間にか人が死ぬ。
私は電話を切り、もう一度画面を見た。塔の周りに人が集まってゐる。救急車の音。泣き声。遠い国の声なのに、声の質は同じだ。人が怖いときの声は、国が違っても同じになる。
しばらくして、塔が崩れ始めた。
崩れる、といふより、上から上から、沈むやうに消えていく。煙と灰が、一気に街へ流れ出す。灰が波になる。波のやうに押し寄せ、道を埋め、人を飲む。
——沈む。
私は、心の中でそう言った。あなたが沈んだのは海の底。塔が沈むのは灰の底。底の色は違ふのに、底へ消えるといふことだけが同じで、私は喉の奥が熱くなった。
もう一本の塔も、やがて同じやうに沈んだ。
二本の塔が沈んだあとの空は、ただの空だった。ただの空の下で、街が灰になっていく。灰の匂ひは、画面の外にも漂って来る気がして、私は何度も鼻を擦った。
擦っても匂ひは消えない。匂ひは、記憶の扉を開けたままにする。
夜が更けても、テレビはその映像を繰り返した。
崩れる塔。走る人。泣く人。灰をかぶった人。
繰り返されるたび、胸の奥が痛むのに、目は逸らせなかった。逸らせないのは、好奇心ではない。私は戦後、ずっと「見届ける」ことで生き延びてきた。焼け跡も、闇市も、復興も、震災の瓦礫も。見届けなければ、私の中で出来事が嘘になる。嘘にしてしまへば、君の死まで嘘になりさうで怖い。
けれど、言葉が出始めると、私はさらに怖くなった。
「報復」「開戦」「対テロ」「戦争」
戦争。
また、その言葉が出る。平成になっても、二千年になっても、戦争の二文字が消えない。消えない二文字を聞くたび、私は思ってしまふ。
——あなたは、何のために沈んだのか。——何のために、あの海の底へ行ったのか。
問いは胸へ戻ってきて、また答へを持たない。答へのない問いの上で、世界は次の戦の準備を始める。準備を始める空気が、テレビの向うからこちらへ滲み出て来るのが分かった。
私は、ふいに居間の灯を消した。湾岸の夜のときと同じやうに。
暗くすると、テレビの画面だけが浮く。浮いた画面の中で、灰の波がより冷たく見える。冷たく見えると、私は少しだけ落ち着いた。落ち着くのが、皮肉だ。灯火管制の闇に慣れてゐる身体が、暗さで息を整へてしまふ。
こたつの上に、湯呑を二つ置いた。片方は空のまま。
二つ置く癖は、まだ治らない。治らない癖が、私の生き方になってゐる。
私は、空の湯呑に向かって、胸の中で言った。
——篤志さま。——見とる?——また、空から落ちてくる。——また、人が灰になる。
返事はない。返事はないのに、私は言はずにゐられない。
あの夜、私は最後までテレビを見てしまった。見てしまってから、身体が冷えてゐるのに気づいた。肩が固い。手が冷たい。膝が重い。
けれど冷たいのは身体だけではなかった。心のどこかが、昭和へ戻ってゐた。戻ってゐる自分が、怖かった。
布団へ入っても眠れず、私は起き上がって仏間へ行った。仏壇の灯を点け、線香をもう一本焚いた。一本でいいと決めてゐるのに、二本目を焚いてしまふ夜がある。二本目は、心がほどけきらない夜だ。
煙が上がるのを見ながら、私は小さく呟いた。
「戦は……終はらんのう」
その瞬間、胸の中で、あなたの沈黙が重くなった。あなたは戦の中で逝った。逝ったあなたは、「もう終はってくれ」と思ってゐただらうか。それとも、「終はらん」と知ってゐたのだらうか。
私は知らない。知らないから、あなたの嘆きを勝手に想像してしまふ。想像してしまふことが、私の罪かもしれない。けれど、想像しないと、私はこの世界の戦を受け止められない。
秋が深まるころ、テレビはまた別の映像を流した。
砂埃。乾いた大地。軍服。爆音。「報復」から「戦争」へ、言葉が形になるのは早かった。
私はその映像を見るたび、目を伏せた。伏せても耳は拾ふ。耳が拾ふ言葉が、胸の奥へ落ちる。落ちる言葉の重みで、私はまた、帳面へ向かふしかない。
帳面へ向かふと、紙の白さが、灰と反対の色に見える。白い紙は、灰を払へる気がする。払へる気がするだけでも、私は書かずにゐられない。
今年は、塔が崩れた。新しい時代の象徴みたいな塔が、あんなふうに沈んだ。沈んだあとに残ったのは、灰と、言葉と、次の戦の気配。
私は、紙の上でだけは、気配を「嘆き」に戻したかった。戦争の言葉にすると、世間の声になってしまふ。嘆きにすると、ひとりの胸の声になる。
あなたの嘆き。私の嘆き。遠い国の人の嘆き。どれも同じ重さを持つ夜だった。
年の暮れ、私は机に向かって帳面を開いた。
平成十三年。九月の夜の灰が、まだ目の裏に残ってゐる。塔が沈む映像。灰が波になる街。報復、開戦といふ言葉の冷たさ。
そして、胸の中のあなたの沈黙。
鉛筆を握り、息を整へる。私は今年の言葉を、短く置くしかないと思った。短いほうが、嘘が混じらない。
新しき 塔崩れ落つ 映像に戦は終らず 君の嘆きを
書き終へると、胸の奥が少しだけ静まった。静まったのは、世界が落ち着いたからではない。世界はまだざわついてゐる。ただ、私の中で今年の灰が、ひとまず紙の上へ落ち着いたからだ。
窓の外では、冬の風が鳴った。風の音は、遠い波音に似てゐる。似てゐる音を聞きながら、私は桜袋を胸へ押し当てた。
戦は終はらない。終はらないなら、せめて私は、あなたの名だけは終はらせない。
そして来年は、街が別の歓声で満ちる。ワールドカップといふ祭りの声が夜更けまで続き、私はその歓声の外側で、独りの部屋から君を応援することになる――。





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