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大和出撃15


第七十五章 令和元年(2019) 桜風のはじめ

御代が改まる――といふ言葉には、昔から、どこか畏れが混じってゐる。年が明けるのとは違ふ。春が来るのとも違ふ。同じ空の下、同じ家の畳の上で、ただ“名”だけが替はるのに、替はった途端、世の中の呼吸まで変はるやうに見える。

 

私は大正の終りに生まれ、昭和で恋を失ひ、平成で老いを重ね、そして九十路を越えて、また新しい字を迎へることになった。

 

新しい字――「令和」。

 

あの二字が、私の胸へ最初に入って来たとき、私は素直に喜べなかった。「令」といふ字が、どうしても、命令の匂ひを連れてきたからだ。

 

命令。召集。出撃。帰還せず。

 

私はその言葉の並びを、身体で覚えてゐる。

四月一日、雨のやうに冷たい朝だった。

 

台所で湯を沸かし、仏間の水を替へ、線香を一本――いつも通りの手順を踏んでから、こたつの前に座った。テレビは朝から騒がしかった。役所のような会議室、背広の列、カメラの列。そして、白い額縁の中の紙に、黒々と書かれた二字。

 

「令和」

 

画面の向うで、皆が息を呑む。紙の上の墨が、まるで生き物のやうに見えた。字はただの記号のはずなのに、あの瞬間だけは、字が国を動かす。

 

私は湯呑を握りしめた。指の皺が、湯呑の熱を吸ふ。

 

「……れいわ」

 

口に出してみると、音は柔らかい。柔らかいのに、「令」の字が胸の奥でひくりとした。命令の「令」。上から降ってくる「令」。従ふしかなかった「令」。

 

――また、命令の字が来るのか。

 

そんなことを思ってしまふ自分が、嫌だった。今は戦ではない。御代が変はるのは、めでたいことだ、と皆が言ふ。言ふのに、私は一度、戦の影を引きずってしまふ。

 

そのとき、アナウンサーが続けた。

 

「出典は『万葉集』で、『令月にして、気淑く風和ぎ…』――」

 

万葉集。

 

私は、そこで少しだけ息を戻した。万葉集の言葉なら、私は知ってゐる。若いころ、女学校で古典の時間があった。戦時中の授業は、天皇陛下の御写真の前で頭を下げるやうな時間も多かったが、それでも、古い言葉は古いまま、私の中に残ってゐる。

 

令月――よい月。命令の令ではなく、「よい」の令。

 

「……そうか」

 

私は小さく呟いた。胸の奥の固いものが、ほんの少しだけ解けた。

 

命令の令ではない。よい月の令。風が和ぐ和。風が和ぐ――その言ひ方が、妙に胸へ沁みた。

 

私はずっと、風の中で名を呼んできた。桜の風。潮の風。瓦礫の風。黄砂の風。不況の風。言葉の刃の風。

 

風が和ぐなら、少しだけ生きやすい。少しだけでもいい。九十路を越えた身には、少しだけがありがたい。

その春、土手の桜は「平成最後」と言はれて、人がいつもより多かった。

 

若い者は、花の下で携帯を構へる。今はもう携帯ではなく、薄い板みたいな電話を皆が持ってゐる。画面を上に向け、笑って、撮って、すぐ送る。送る先がある暮らし。

 

私はその群れの外側を、杖を突きながら、ゆっくり歩いた。歩幅は小さい。けれど、歩く速度が遅くなっても、桜の下へ行きたくなる癖は変はらない。

 

花は、もう盛りを少し過ぎてゐた。枝の先に残る薄紅と、地面の上の花びらの絨毯。踏めば崩れる花びらを踏まぬやうに――と言ひたいところだが、もうそんな器用な足ではない。それでも私は、なるべく静かに踏んだ。静かに踏むと、花びらは音を立てずに沈む。沈む沈黙が、坊ノ岬沖の底の青を思ひ出させた。

 

風が吹いた。

 

桜風。花びらがふっと持ち上がり、私の頬を掠めて行った。掠めて行く薄紅は、若いころの手紙の紙片みたいに軽い。軽いのに、胸はきゅっと縮む。

 

私は桜袋を懐の上から押さへて、立ち止まった。そして、誰にも聞こえない声で言った。

 

——篤志さま。——平成が終はるねえ。——また、御代が変はるよ。

 

返事はない。返事はないのに、風がもう一度、枝を揺らした。枝が揺れると、花びらがまたひとつ舞った。舞ひは、返事の代りに見えた。

 

私は、落ちた花びらを一枚だけ拾った。拾った花びらは、薄く、すぐに指の皺に貼りついた。貼りついたまま、私は言った。

 

——これが、平成の終りの桜じゃ。——次の御代でも、桜は咲くかね。

 

桜は咲く。世の中がどう変はっても、桜は咲く。咲くから、私は生き残ってきた。咲くから、あなたの名を毎年呼べた。

四月三十日。

 

テレビは「譲位」の儀式を映した。天皇陛下のお言葉。丁寧で、静かな声。「国民に寄り添い…」といふやうな言葉が、柔らかく流れた。

 

私は、画面の前で背筋を少し正した。戦時の教育が骨に残ってゐる。残ってゐる自分を責める気にはなれない。あの時代に生きた者の癖だ。癖は、簡単には抜けない。

 

画面に頭を下げたあと、私はふと、胸の奥で別の頭を下げてゐた。

 

——篤志さま。——御代が変はるよ。——あなたは、昭和の海の底に居るのにね。

 

昭和の海の底。その言ひ方をすると、あなたが遠くなる。遠くなるのが嫌で、私はすぐ続けた。

 

——でも、私はここで、ずっとあなたを抱へとるけえ。——御代が変はっても、抱へたまま行くよ。

 

湯呑を二つ並べた。片方は空。空の湯呑に、私は茶を注がない。注げば、あなたが帰ってきたみたいで怖い。怖いから、空のまま置く。空のまま置いて、私は「空」を抱へて生きる。

 

夜が明けて、五月一日。

 

テレビが「令和元年」と言った。元年――といふ言葉の響きは、どこか若い。若い響きの中に、九十路を越えた私がゐる。その不釣合ひが、少し可笑しく、少し寂しい。

 

けれど、窓を開けると、風が入った。春の匂ひのする風。桜はもう葉桜になってゐるのに、風の匂ひの底には、まだ薄紅が残ってゐる気がした。

 

私はその風に向かって、言った。

 

「……篤志さま」

 

声は、昔より細い。細いのに、まだ出る。出るうちは、呼ぶ。呼べるうちは、生きる。

施設でも「令和」が話題になった。

 

談話室の掲示板に、若い職員が筆で大きく書いた紙を貼った。「祝 令和」金色の折り紙の飾りもついて、少し賑やかだ。

 

「百合さん、これ、読めます?」と若い職員が笑った。

 

「読めるよ。……令和じゃろ」

 

「“令”って、命令の令ですよね? なんか強そう」

 

その言ひ方に、私は一瞬、胸がちくりとした。若い者にも、同じ引っかかりがある。あるのに、彼女は軽く口にする。軽く口に出来るのは、戦を知らない世代だからだ。それは幸いだ。幸いなのに、少しだけ羨ましい。

 

私はゆっくり言った。

 

「命令の令もあるけどね、“よい”って意味もあるんよ。令月の令。万葉集から取った言うとったろ。……よい月、風が和ぐ、いうて」

 

若い職員は「へえ」と目を丸くした。その顔が、可愛らしかった。知らないことを「へえ」で受け取れる若さは、世界を柔らかくする。

 

「じゃあ、なんか優しい感じですね」

 

「そうじゃ。……優しい世になればええねえ」

 

私はそう言って、ふいに、胸の底の火を確かめた。優しい世――その言葉は、私にとって、ずっと願ひだった。あなたが死んだ世は、優しくなかった。優しくなかった世の中で、優しさを願ふのは、時に贅沢だった。

 

今は願へる。願へる時代になった。それだけで、あなたの死が少しだけ、報はれる気がした。

その年の春は、八重桜が長く残った。

 

施設の中庭にも、遅咲きの桜が一本あった。花びらが重く、ふっくらして、風に舞ひにくい。舞ひにくい八重桜は、どこか「粘り強い」。粘り強さが、九十路の私に似てゐて、私はよく窓のところへ行った。

 

ある日、八重桜の下で、若い職員が利用者の写真を撮ってゐた。「はい、笑ってくださーい」笑ふ声が、花の下で明るい。

 

私はその少し後ろから、桜を見上げた。重い花が、風に揺れてゐる。揺れの中で、花の影が、地面の上でゆっくり動く。その影を見てゐると、ふいに、坊ノ岬沖の底の青の中で揺れる「桜の影」を思ひ出した。

 

昭和二十年の一首の、あの影。私はそこからここまで来た。ここまで来て、令和の桜風を吸ってゐる。

 

私は桜袋を胸へ押し当て、そっと言った。

 

——篤志さま。——新しい御代のはじめの風じゃ。——九十路を越えても、私は呼ぶよ。

 

呼ぶ、と言ふ言葉は、誓ひより柔らかい。歩む、と言ふほど足は強くない。けれど、呼ぶことなら出来る。呼ぶことだけは、私の仕事だ。

秋、即位の儀式の映像が流れた。

 

車列がゆっくり進み、人々が旗を振る。私はその映像を、空の湯呑を横に置いて見た。祝ひの空気は、私の世代には複雑だ。祝ひの裏に、いつも死者が見えるからだ。

 

それでも、私は画面に向かって小さく手を合わせた。合わせたのは、国のためではない。どうか、これ以上、若い命を海へ沈めない世でありますやうに――そのためだ。

 

若い命を沈めない世。それが、私の祈りの芯になってゐる。芯は変はらない。御代が変はっても、芯は変はらない。

年の終り、帳面を開いた。

 

「令和元年」と書く。筆が少し震へる。震へるのは老いのせゐか、字の新しさのせゐか。分からないまま、私は息を整へて、今年の風を思ひ出した。

 

令和といふ字。命令の影を連れてきた字が、万葉の「よい月」の字だと知って、少しだけ胸が和いだ日。土手の「平成最後」の桜。施設の遅咲きの八重桜。そして、風に向かって名を呼んだ瞬間。

 

私は鉛筆を握り、今年の一首を置いた。

新しき 御代のはじめの 桜風九十路越えて 君を呼ぶなり

書き終へると、胸の底の火は、相変はらず静かに燃えてゐた。燃え上がらない火。けれど消えない火。その火がある限り、私は次の年も呼ぶ。

 

窓の外では、冬の風が鳴ってゐた。その風は、来年、思ひもよらぬ形で人々の口元を覆ふことになる。春が来ても、皆がマスクで口を隠す世になる――まだこの時は、私は知らない。

 

知らないまま、私はただ、桜袋を胸へ押し当てて息をした。

第七十六章 令和二年(2020) 春の口

口は、息の出口だ。声の出口で、笑ひの出口で、祈りの出口でもある。

 

けれど令和二年の春、人の口は布で隠れた。隠れて、息は白くならず、声は籠り、笑ひは目尻にだけ残った。

 

私は思った。――口が隠れたら、人はどこで春を確かめるのだらう、と。

年のはじめ、私はまだ「遠い国の病」のやうに聞いてゐた。

 

新聞の片隅に、小さな字で「肺炎」「感染」「海外」といった言葉が並び、テレビは地図を映し、知らない街の映像を流してゐた。私は湯を沸かし、薬を飲み、仏間へ行って水を替へ、線香を一本――いつも通りの手順を先にした。

 

いつも通りが出来るうちは、世の中の騒ぎはまだ他所のことに出来る。戦後の焼け跡の頃から、私は「いつも通り」を命綱にして生きてきた。いつも通りが崩れる前に、心が先に崩れてしまふからだ。

 

ところが二月になると、「他所」は急に近づいた。

 

横浜の港に停まる船。船の中の人。検査。隔離。

 

画面の中の白い防護服が、やけに目に刺さった。白は清潔の色のはずなのに、あの白は、怖さを連れてゐた。病院の白い廊下で足を取られた日の、あの白とも重なった。

 

房子から電話が来た。

 

「百合ちゃん、マスクある? 店、どこもないんよ。朝から並んどる言うて」

 

マスク――。その言葉は、花粉の季節の道具くらゐにしか思ってゐなかった。けれど、房子の声は深刻だった。

 

「箱に、まだ少しあるよ」

 

私はそう答へた。去年の黄砂の頃に買っておいたものが、押し入れの奥にあった。戦後の女の癖だ。“いざ”のために、少しだけ残す。残す癖が、ここで役に立つとは思はなかった。

 

「大事に使いんさいよ。年寄りは危ない言うて」

 

年寄り。九十路を越えた私に、その言葉はよく当たる。当たるのに、私はその言葉を胸の外へ出したくなかった。年寄り、と呼ばれるたび、私は「生き残った者」にされる。生き残った者であることは事実だ。事実なのに、事実だけで括られるのが、少し苦しい。

 

電話を切ったあと、私は近所の薬局へ行ってみた。杖を突きながら、朝の早いうちに。

 

店の前には列が出来てゐた。皆、黙って並んでゐる。黙って並ぶ列の形が、配給の列に似てゐて、胸の奥がひくりとした。

 

“列”は、時代を戻す。列に並ぶと、人は急に、周りの目を気にし始める。誰が先か。誰が抜かしたか。誰が多く取ったか。

 

列の近くに、張り紙があった。

 

「本日のマスク入荷はありません」

 

その一行で、人の肩が同時に落ちた。肩が落ちる音は聞こえないのに、空気が沈む。沈む空気に、私は昔の「足りない」を思ひ出した。

 

足りない。足りないと、人は怖くなる。怖くなると、言葉が尖る。尖る言葉は刃になる。私はそれを知ってゐる。

 

だから私は、列の中へは入らず、ただ頭を下げて帰った。帰り道、風が冷たく、口元を少し刺した。その刺さり方が、「口を隠せ」と言はれてゐるやうに思へて、私は歩幅を小さくした。

三月。春の気配が来るはずの月に、「自粛」といふ言葉が膨らんだ。

 

卒業式が短くなる。式典が中止になる。集まりが消える。人が「不要不急」を口にする。

 

不要不急――。

 

その四字は便利だった。便利だから怖い。便利な言葉は、人の暮らしの芯まで切ってしまふことがある。

 

私は毎年、桜の土手へ行く。あれは不要か。不急か。そう言はれたら、私は返す言葉に困る。

 

土手へ行くのは、買い物でも治療でもない。ただ、息をして、春を見て、名を呼ぶためだ。それは生活の外に見える。外に見えるものほど、実は人を支へることがある。

 

戦後、私は恋文を書き続けた。あれも不要不急だと言はれたら、私は何も言へない。けれど、不要不急の紙が、私の命を支へてきた。支へてきたものを、私は手放さない。

 

施設からも連絡が来た。「ボランティアの受け入れを当面見合わせます」「面会も制限します」そんな文面だった。

 

私は名札を外し、引き出しにしまった。胸の上で揺れてゐた自分の名が、布の中へ消える。名が消えると、私は急に家の中が広く感じた。

 

夜勤の廊下の白も、点滴の滴も、利用者の手の冷たさも――一旦、遠のいた。遠のくと同時に、「私は守る場所を失った」といふ空洞が出来た。

 

守る、といふ言葉は嫌ひだったのに。嫌ひだったのに、守る場所を持ってゐた自分が、実は救はれてゐたのだと知った。

 

四月になると、テレビは「緊急事態」と言った。人は外へ出なくなり、桜の名所は静かになった。静かになった桜――それは本来、美しいはずだ。けれど私は、静かになりすぎた春が怖かった。

 

静かすぎる春は、戦時の「灯火管制」を思ひ出させる。暗い街。息を潜める夜。笑ふ声を押さへる家。あの頃の静けさは、優しさではなかった。

 

令和二年の静けさは、優しさであってほしい。病を広げないための静けさであってほしい。そう願ひながらも、胸の奥の古い傷が、勝手に疼いた。

ある日、郵便受けに白い封筒が入ってゐた。

 

中身は、布のマスクが二枚。皆が「届いた」と言ひ始めた、あの布のマスクだ。小さくて、真っ白で、妙に頼りない。

 

私はそれを掌に乗せて見つめた。布の白は、線香の煙の白に似てゐる。軽い。軽いのに、これが「国の施し」として来たことが、胸の奥にひっかかった。

 

配給の米の袋を思ひ出す。砂糖を取っておいた瓶を思ひ出す。紙一枚で列を作り、足りないものを取り合った時代を思ひ出す。

 

時代は違ふ。けれど、足りないときの空気は似る。

 

私はマスクを机の上に置き、桜袋をそっと撫でた。刺繍の凹凸は、昔の手仕事の温かさを持ってゐる。温かさに触れると、私は「今ここ」を取り戻せる。

 

――怖がりすぎるな。――この春は、戦ではない。

 

自分に言ひ聞かせ、私は布のマスクを一枚、手に取った。針と糸を出し、端を少し縫い直した。私は昔から、布の端が気になる女だ。端が整ふと、心が整ふ。

 

縫いながら、ふと思った。

 

――口を隠す春、か。

 

口を隠す。隠せば、声が出にくい。声が出にくいと、人は余計に黙る。黙ることに慣れすぎると、言葉は内側で腐る。腐った言葉は、やがて刃になる。

 

私は、刃になる言葉が嫌だ。だから私は、隠す口の代りに、家の中でだけは声を出さうと思った。

 

仏間へ行き、灯を点け、水を替へ、線香を一本。そして――マスクを外した。

 

外すと、頬がふっと軽くなる。息が、布を通らずに出る。息が出るだけで、私は救はれる。

 

空の湯呑を前に置いて、私は言った。

 

「篤志さま」

 

声は細い。けれど、布に籠らない声だ。籠らない声を出せる場所が、私にはまだある。

 

私は、口元を少しだけ上げた。笑ふ、といふほど大げさではない。ただ、春に向けて口を柔らかくする、あの形。

 

誰も見てゐない。見てゐないのに、私はその笑みを大事にした。なぜなら、その笑みは――あなたへ向ける笑みだからだ。

 

外では皆が口を隠す。口を隠して、互ひを守る。その守りは尊い。けれど、私の守りは別だ。私は、あなたへ向ける笑みだけは隠したくない。

 

あなたにだけは、隠したくない。

桜の時期、私は土手へ行くのを迷った。

 

“不要不急”の四字が、背中を押しとどめる。けれど、家の窓から見える遠い桜の色が、私を呼ぶ。

 

結局、私は人の少ない時間を選び、杖を突いて土手へ出た。花見の宴はない。青い敷物もない。笑ひ声もない。

 

ただ、桜が咲いてゐる。

 

咲いてゐる桜の下を、マスクをした人々が静かに歩いていく。春の匂ひの中で、人の口元だけが白い布に覆はれてゐる。覆はれた口元は、どれも似た顔になる。似た顔の列が、静かに流れる。

 

私は少し離れたところで立ち止まり、桜を見上げた。風が吹き、花びらが舞ふ。花びらが舞ふと、布のマスクの上にも、ふわりと落ちて、すぐに滑り落ちた。

 

滑り落ちた花びらを見て、私は胸がきゅっとなった。

 

――笑ひも、言葉も、いまは落ち着きどころがないのだ。

 

落ち着きどころがない春。その春の中で、私は胸の中へ言った。

 

——篤志さま。——皆、口を隠しとるよ。——けれど、私はね、君へは隠さんよ。

 

私はマスクの下で、少しだけ口元を上げた。布に隠れてゐても、笑みは出来る。出来るけれど――あなたへ向ける笑みは、隠れたままでは嫌だった。

 

家へ帰り、仏間の前でマスクを外し、もう一度、ちゃんと笑った。口元が見える笑み。見える笑みを、空の湯呑へ寄せた。

 

「……ほら、桜、咲いたよ」

 

私はそう言って、笑みのまま息を吐いた。息が布を通らずに出る。その息の温かさが、少しだけ春だった。

夏も秋も、世の中は落ち着かないまま過ぎた。「感染者」「クラスター」「三密」――新しい言葉が日常になり、日常になった言葉は、時々人の心を荒らした。荒れた心は、また刃になりかける。

 

けれど私は、なるべく刃を持たないやうにした。持つ代りに、便箋を持つ。マスクを縫ふ。湯を沸かす。線香を焚く。

 

小さな手順で、胸の底の火を守る。

 

年の終り、帳面を開いた。

 

「令和二年」と書くと、字の新しさはもう怖くなかった。怖かったのは、字ではない。春の口が隠れてしまふこと。声が籠ってしまふこと。笑ひが見えなくなること。そして――孤独が深くなること。

 

けれど、私は知ってゐる。見えないものにも、確かに届くものがあることを。海の底のあなたに、言葉が届かぬと知りながら、それでも私は書き、呼び、笑ってきた。見えない相手に向けても、心は形を取れる。

 

私は鉛筆を握り、今年の春の光景を置いた。

人らみな マスクに隠す 春の口我は隠さず 君へ笑み寄す

書き終へると、胸の奥がすうっと整った。外の世界がどれほど布で口を隠しても、私の中の「君へ向ける口」は、まだ柔らかい。柔らかいまま、私は次の年へ行ける。

 

窓の外で、冬の風が鳴ってゐた。遠い旅は、まだ叶はぬ。けれど手の中には、小さな画面がある。画面の向うに海が映る時代だ。

 

来年、私はその動画を開いて、沖縄の海へ目を凝らすことになる。旅が叶はぬ世でも、私は探す。深い青の底の、君の影を。

第七十七章 令和三年(2021) 画面の海

旅は、足で行くものだと思ってゐた。靴を履き、切符を握り、坂を上り、汗を拭き、知らぬ土地の匂ひを吸ふ。匂ひを吸へば、胸の奥の記憶がほどける。ほどけたところへ、また新しい記憶が結ばれる。

 

それが旅だと、私は長いこと信じてゐた。

 

けれど令和三年、旅は足では叶はなかった。扉を開けても、世間の方がこちらを閉める。「自粛」「感染」「移動を控へ」――言葉が看板のやうに立って、私の膝の前で腕を組む。

 

膝はもう、腕を組まれたら強くは出られない。若いころなら押しのけたかもしれない。けれど九十路を越えた私は、押しのけるより先に息を整へる。

 

息を整へたところで、胸の中が言った。

 

――それでも、行きたい。――それでも、海へ行きたい。

 

沖縄の海。あのとき、名札を探して歩いた場所。あの暑さ。あの青さ。昭和の影を抱へたまま、戦後の光に照らされた海。

 

行きたいのに、行けない。

 

行けない旅は、私の中で、ゆっくり腐る。腐る前に、私は何か別の形を探さねばならなかった。

春のはじめ、町から封筒が来た。「ワクチン接種のご案内」といふ字が並び、日時と会場が書いてある。紙は丁寧で、優しい顔をしてゐる。優しい顔でも、紙が届くと私は少し身構へる。紙はいつも、時代の空気を連れてくるからだ。

 

接種は済ませた。注射の針は細く、痛みは思ったより短かった。帰り道、腕の重さより、「これで少し安心していいのか」といふ心の重さの方が長く残った。安心していい、と言はれても、昔から私は、安心の仕方が下手だ。

 

施設の手伝ひも、少しずつ戻り始めた。けれど、面会や外出はまだ慎重で、遠くへ行く話は誰も口にしない。桜の下の笑ひ声も、以前ほど戻らない。皆の口元は相変はらず布に隠れ、言葉は時々、息の端で切れてしまふ。

 

私はその春、土手の桜を遠目に見ただけで帰った。桜は咲いてゐる。咲いてゐるのに、そこへ座って見上げることが、どこか「悪いこと」みたいに感じる。悪いことではないのに、空気が人を縛る。縛る空気を、私は昔から知ってゐる。

 

だから私は、家の中で、春を探した。

きっかけは、房子の孫だった。

 

「百合ばあちゃん、これ見たことある?」と、突然、薄い板みたいな機械を持って来た。手のひらより大きく、画面は明るい。そこに、海が映ってゐた。

 

波の音。青。白い砂。珊瑚の影。

 

「沖縄。ほら、動画。YouTube」

 

“ゆーちゅーぶ”――といふ音は、まだ私の舌に馴染まない。けれど、画面の海は、馴染む馴染まぬ以前に、私の胸の底を叩いた。

 

海の音は、いつだって私を昭和へ連れていく。連れていくのに、映ってゐる海は、いまの海だ。いまの海は、昭和の海とは違ふはずなのに、青は青で、胸は勝手に同じ場所へ沈む。

 

孫は指で画面を軽く払った。すると海が次々変はる。次々変はる海の速さが、私には少し乱暴に見えた。海は本来、こんなに軽々とは変はらない。潮は待たねばならない。風は待たねばならない。船の時間も、人の膝の時間も、待ってやっと動く。

 

けれど、いまは指一本で、海が変はる。

 

便利は、時々、怖い。怖いのに、私はその指の動きから目を離せなかった。

 

「……これ、家でも見られるんかね」

 

私が言ふと、孫は「見られるよ」と笑って、私の携帯に何やら入れてくれた。携帯の画面が、以前よりずっと賑やかになった。字が並び、絵が並び、私には少し眩しい。

 

「ここ押したら、動画出る。検索ってとこ押して、“沖縄 海”って入れてみて」

 

検索。探す。探す――その言葉だけは、私の胸に古くからある。

 

私は、震へる指で文字を打った。お・き・な・わ。う・み。

 

画面に、海が並んだ。並ぶ海。並ぶ青。並ぶ波。

 

私は思はず、息を止めた。息を止めると、胸の奥が静かになる。静かになったところへ、私はそっと「君」の名を置いた。

 

――篤志さま。――沖縄の海が、来たよ。

夜。仏間の灯を点け、水を替へ、線香を一本。そのあと、私はこたつの上に携帯を置いた。昔は便箋を置いてゐた場所だ。いまは、光る画面がそこにある。

 

画面を開くと、海が現れる。音を小さくしても、波の動きが見える。動きは、音より先に心へ入る。

 

私は「沖縄 海底」と打った。海底。その字を書いた瞬間、胸の奥がひくりとした。海底は、私にとって墓だ。墓を、画面で覗くなど――昔の私なら罰当たりだと思ったかもしれない。

 

けれど、罰当たりでもいい。行けないのだから。行けないなら、覗くしかない。

 

珊瑚礁の映像が出た。魚が群れ、光が揺れる。浅い海の底は明るい。明るい底を見ると、私は安心する。安心するのに、すぐに胸が痛む。

 

あなたの底は、こんな明るさではない。あなたの底は、もっと深い。深い青。深い沈黙。深い冷たさ。

 

私はまた打った。「戦跡 沖縄 海」「沈没 海底 映像」「大和 海」――指が一瞬止まって、そこで私は息を吐いた。

 

“戦艦大和”と打つ指は、いまも少し重い。重いのに、打つ。打たずにゐられない。

 

画面に、錆びた鉄の影が映った。水の中の、朽ちたもの。船なのか、飛行機なのか、私はよく分からない。分からないのに、錆びた鉄を見るだけで、胸の中の軍靴の音が戻ってくる。

 

戻ってくる音を、私は打ち消さうとせず、ただ見た。見て、指先で画面を拡げた。拡げると、錆の粒が大きくなる。大きくなる錆は、まるで時間そのものみたいだ。

 

私は画面に顔を近づけた。近づけると、ガラスに自分の顔が薄く映る。皺の多い頬。白い髪。小さく開いた口。

 

ガラスの向うには海。ガラスのこちらには私。

 

海と私の間には、薄い板一枚。薄い板が、決定的に厚い。板は破れない。指で撫でても、海の冷たさは来ない。来ないのに、私は撫でてしまふ。

 

撫でる指の皺が、ガラスの上で滑る。滑る皺の影が、海の映像の上を通る。そのとき私は、ふいに思った。

 

――この画面は、海面に似てゐる。

 

海面もまた、触れられさうで触れられない。海面の下に、底がある。底へ行きたくても、息が続かない。続かないから、船で上を通り、ただ祈る。

 

いま私は、指で海面を撫でてゐる。撫でても、底へは行けない。行けないのに、覗くことは出来る。覗けるだけで、私は救はれる。

 

「……どこにゐるんかね」

 

声が漏れた。布のマスクは家の中では外してゐる。外した口から出る声は、まだ細くても、ちゃんと空気を震はせる。

 

私は画面へ向かって、言った。

 

——篤志さま。——見えんねえ。——見えんけど、青は青じゃ。——この青のどこかに、あんたの底があるんじゃろ。

 

返事はない。返事のない代りに、画面の中で魚が一匹、ふっと横切った。銀色の腹が一瞬光って、闇へ消える。

 

私はその光を、勝手に“返事”にしてしまった。勝手にしてしまふ癖で、私はここまで生きた。勝手にしてしまへるうちは、私はまだ大丈夫だ。

動画を見つづけてゐると、時間の感覚が少し狂ふ。

 

画面の海は、昼でも夜でも同じ青をしてゐる。深い海は、太陽の時間を持たない。太陽の時間を持たない海に、私は惹かれる。惹かれるのは、私の恋もまた、太陽の時間から外れてしまったからだ。

 

いつの間にか、私は昭和四十七年の沖縄の暑さを思ひ出してゐた。返還の年。初めて踏んだ土。礎の名札。汗で張りつく服。遠くの海の光。

 

あのときは、足で行った。足で行って、目で探し、手で触れた。石の冷たさを掌に覚え、風の匂ひを肺に入れた。

 

いまは、足で行けない。だから目だけで行く。肺には匂ひが入らない。掌には冷たさが来ない。

 

来ないのに――目に入る青だけは、本物だ。本物の青を見れば、胸の奥の青が応へる。応へる青がある限り、私は「行った」と言へる気がする。

 

画面の海が揺れる。揺れの中で、私は自分の老いも揺れるのを感じた。老いは、時々、ふいに来る。昨日出来たことが、今日出来ない。昨日覚えてゐた押し方が、今日分からない。その不安の波が来ると、私は画面を閉ぢたくなる。

 

閉ぢたくなるたび、私は胸の中の声を聞いた。

 

——まだ探すか。——まだ見るか。

 

石段のときの「まだ登るか」と同じ声だ。私は小さく頷き、また画面を開いた。

 

探す。探すことだけは、老いに負けたくない。探すことをやめたら、私の恋はそこで終はってしまふ。終はれば、私の残りの時間が、ただの“余り”になってしまふ気がした。

 

余りにしたくない。余りではなく、最後まで「続き」にしたい。続きであるために、私は今日も探す。

夏になっても、遠い旅は叶はなかった。秋になっても、空気はどこか警戒を保った。人の集まりは戻りきらず、誰もが「前みたいにはいかんね」と言ふやうになった。

 

“前みたいに”――。

 

前みたいに戻らないものがある。戻らないものを抱へて生きるのが、戦後だと思ってゐた。けれど、戦後だけではない。令和の世にも、戻らないものが出来る。戻らないものが出来るたび、人は新しい暮らし方を探す。

 

私は、画面の海で新しい旅を覚えた。指で漕ぐ旅。息のいらない旅。匂ひのない旅。

 

匂ひのない旅は寂しい。けれど、寂しさの中に、救ひがある。救ひは、あなたの海の“青”を、私は今年も見た――と胸に言へることだ。

 

年の暮れ、私は帳面を開いた。

 

「令和三年」と書く手は、去年より少し震へた。震へても、字は書ける。書けるうちは、続ける。

 

今年の春は、皆が口を隠したまま過ぎた。その代り、私は画面の中で海を見た。動画の波音で耳を洗ひ、青で目を洗ひ、あなたの影を探した。

 

探しても、見えない。見えないのに、探した事実が残る。残る事実が、私の恋の形だ。

 

私は鉛筆を握り、今年の一首を置いた。

遠き旅 叶はぬ世にも 動画見て沖縄の海に 君を探しぬ

書き終へると、胸の奥がすうっと整った。旅は叶はなかった。けれど、探すことは叶った。探すことで、私は今年もあなたを“こちら側”へ引き寄せた。

 

窓の外で、冬の風が鳴ってゐる。その風は、来年、さらに遠い国の爆ぜる映像を運んでくる。爆ぜる光を見て、私は目を覆ひ、そして――あなたの沈みし海の静けさを思ふだらう。

第七十八章 令和四年(2022) 静けさの底

爆ぜる、といふ言葉は、本来、花のためにあると思ってゐた。蕾がほどけ、花がひらく瞬間の、あの胸の奥がふっと明るくなるやうな破れ方。春に向けて、ひかりが「ぱちん」と弾けるやうな――そんな、やさしい爆ぜ。

 

けれど令和四年、私の耳に入ってきた「爆ぜる」は、黒い。火の色で、瓦の音で、泣き声で、そしてテレビの字幕で、黒く降ってきた。

二月の終り、朝の冷えがまだ畳に残るころだった。

 

湯を沸かし、薬を飲み、仏間の水を替へ、線香を一本。その手順が終はってから、私はこたつに入った。手順が終はってからでないと、世の中の言葉に触れない。これはもう、私の身体が覚えた防ぎ方だ。

 

テレビを点けると、画面の端に赤い帯が出てゐた。

 

「侵攻」「攻撃」「爆発」

 

地名が、私の舌に馴染まない音で続く。キーウ。ハルキウ。マリウポリ――。「ウクライナ」といふ言葉が、何度も何度も繰り返される。

 

私は湯呑を両手で包みながら、その音の遠さを測ってゐた。遠い国。遠い国の戦。遠い国の爆発。

 

遠いはずなのに、画面が近い。画面が近いと、胸が近い。胸が近づくと、昔の焦げた匂ひが、ふいに鼻の奥で立つ。

 

そして、映像が切り替はった。

 

夜の街。白い雪。黒い空。そこへ――光が走り、建物のどこかが「ぱっ」と燃える。燃えた瞬間、画面が揺れる。音が遅れて来る。どん、と。

 

私は思はず、両手で眼を覆った。覆ってしまった。

 

覆ひながら、自分でも可笑しかった。私はもう、戦の映像を何度も見てきた。湾岸の夜。塔が崩れる映像。瓦礫の海。揺れる地。

 

それでも、爆ぜる光は、毎回、初めてのやうに胸へ刺さる。刺さるたび、私は“慣れる”ことに失敗する。失敗するのが、嫌ではない。慣れてしまったら、何か大事なものが削れる気がするからだ。

 

指の隙間から、光だけが見えた。光は一瞬で、次に黒が来た。黒が来て、次に人の叫びが来た。

 

私は眼を覆ったまま、息を吐いた。吐いて、胸の奥へ言った。

 

——篤志さま。——また、戦が始まったよ。

 

返事はない。返事はないのに、テレビの中は返事だらけだった。誰かの怒鳴り声。誰かの泣き声。サイレン。言葉が飛び、破片が飛び、国の旗が揺れる。

 

私は眼を覆ったまま、もう一つ、胸の奥で言った。

 

——あなたの沈んだ海は、静かじゃったねえ。

 

静か。静か、と言った瞬間、私は自分でも驚いた。海の底の静けさを、私は「救ひ」として思ひ出してゐる。救ひだなんて、昔の私なら言へなかった。海の底は、奪われた場所だった。奪われた場所に救ひなどあるはずがない、と、私は長いこと思ってゐた。

 

けれど老いて、音に弱くなると、静けさが身に沁みる。静けさは、命を守る。音が止むと、心臓が落ち着く。心臓が落ち着けば、私はまだ息が出来る。

 

そして何より――あなたのいる場所は、爆発の音が届かぬ深さだ。届かぬ深さの「静けさ」を思ふとき、私は戦の映像から少しだけ離れられる。

 

眼を覆ひながら、私は深い青を思ひ描いた。深い青。光の届かぬ底。泡も上がらぬ冷たさ。そこにある沈黙。

 

沈黙が、いまは羨ましかった。

その日の午後、房子から電話が来た。

 

「百合ちゃん、見た? えらいことになっとるね」

 

「……見たよ」

 

「戦じゃって。いまどき戦よ。……信じられん」

 

房子の声は震へてゐた。房子もまた、戦後を生きた女だ。戦の匂ひには、誰より早く反応する。

 

「若い子が泣いとった。テレビの前で。職場の子がね」

 

「……そりゃ泣くよ」

 

泣く。泣ける世は、まだ良いのかもしれない。泣く暇もなく働かされた時代を、私たちは知ってゐる。泣けるのは、感じられてゐる証拠だ。

 

房子は少し黙ってから、言った。

 

「百合ちゃん、あんた、しんどいじゃろ。そういう映像。昔のこと思い出すじゃろ」

 

思い出す。思い出すと答へたくなかった。答へれば、また“戦の女”にされる。私はもう、戦の女である前に、篤志さまの女でありたい。

 

けれど房子の声は、気遣ひの声だ。気遣ひを拒めば、房子の胸も痛む。

 

「……思い出すよ。けどね、見んでも思い出すけえ」

 

私は正直に言った。

 

「見たらなおのこと、じゃけど。見んでも、胸の底に海があるけえ。そこが揺れるんよ」

 

房子は「そうか」と小さく言った。「海がある」――それ以上、房子は訊かない。訊かないことで、私を守る。房子の守り方は、いつも言葉が少ない。

 

「ほいじゃけどね」と房子が続けた。「電気もガスも、また上がる言うとる。灯油も。……困るねえ」

 

上がる。戦が起きると、遠い国の火が、こっちの台所の値札まで揺らす。世界は近い。近いのに、人は助けに行けない。この矛盾の中で、ただ値段だけが動く。

 

「困るねえ」と私は言った。困る、と言ひながら、私はその“困り”の中に、いつも別の“困り”を混ぜてしまふ。若い命が爆ぜることより、値段が上がることの方が先に話題になる世の中が、時々怖い。

 

電話を切ったあと、私は鍋に火をかけた。味噌汁の湯気が立つ。湯気の匂ひは、いまの私の“現実”だ。現実の匂ひを嗅ぐと、胸の奥の爆発が少し遠のく。

 

それでも、テレビの赤い帯が頭から離れなかった。

数日後、施設の談話室でも、同じ赤い帯が流れてゐた。

 

利用者の老人が言った。

 

「また戦争か……」

 

その声は、怒りではなく、疲れだった。疲れた声は、戦争の終りを望む声に似る。望む声なのに、どこにも届かない。

 

若い職員が、眉をひそめて言った。

 

「映像、きついですね……」

 

「きついねえ」と私が言ふと、職員は私の顔を見て少し驚いたやうだった。老いた私が「きつい」と言へば、彼女はきっと「百合さんこそ辛いでしょう」と言ひたくなるのだらう。けれどその同情の言葉は、時に刃になる。刃になる前に、私は先に言った。

 

「若いもんがきついのは、当たり前よ。きついのが普通じゃ。きつうない方が、怖いよ」

 

職員は小さく頷いた。そして、リモコンに手を伸ばし、音量を下げた。音量が下がると、爆発は“映像だけ”になる。映像だけになると、私は少しだけ息が出来る。

 

談話室の隅で、私はふいに思った。

 

――あの頃は、爆発の音が“こっち”にあった。――いまは、爆発の音が“向こう”にある。

 

向こうの爆発を、こっちの居間で見る。見るだけで、心が傷つく。傷つくのに、身体は無事だ。無事であることが、どこか罪みたいに感じる。

 

戦の罪は、撃った者だけのものではない。見てゐる者の胸にも、薄く粉のやうに積もる。積もった粉を、どう払へばいいのか、私はまだ知らない。

その夜、私は家へ戻り、いつもの手順を丁寧にした。

 

水を替へる。線香を一本。空の湯呑を置く。そして、テレビを消す。

 

消してしまへば、爆ぜる光は見えない。けれど見えないからと言って、向こうの火が消えるわけではない。消えないのに、私は消す。消すことで、自分の心臓を守る。心臓が止まれば、私の祈りも止まる。止まるのが怖い。

 

私は携帯を開いた。去年覚えた「画面の旅」が、いまは別の意味で必要だった。

 

検索の窓に、私はゆっくり打った。

 

「深海 静けさ」「沖縄 海 青」「海底 映像」

 

画面に、深い青が出た。青は、爆発の赤と正反対の色だ。赤は外へ外へと広がる。青は内へ内へと沈む。

 

私は深海の映像を選び、音を小さくした。波音すら要らなかった。ただ、揺れる光の筋と、暗がりの奥行きだけでいい。

 

画面の中の深海は、静かだった。静かすぎて、怖いくらゐ静か。怖いのに、私はそこへ目を落とした。目を落とすと、胸の中の爆発の余韻が少し薄れる。

 

そして私は、はっきりと、思った。

 

——篤志さまのいる場所は、こういう静けさなんじゃ。

 

あなたが沈んだ海は、砲声の終りの海だった。砲声が終はったあと、海が全部を呑み込んで、黙ってしまった場所。黙ってしまった場所に、あなたは眠ってゐる。

 

眠ってゐる、と言ふと、少し優しすぎる。けれど、爆発の映像で胸を裂かれた夜には、「眠り」といふ言葉が必要だった。眠りと言はなければ、私はあなたの死を抱へきれない。

 

私は画面を見ながら、そっと言った。

 

「……静かじゃねえ」

 

誰に言ったのか分からない。深海へか。自分へか。あなたへか。

 

言った瞬間、胸の奥の火が少し落ち着いた。落ち着いた火でなければ、私は祈れない。

 

——どうか、あっちの人の夜が、少しでも静かになりますやうに。——爆ぜる音が止みますやうに。

 

祈りは届かないかもしれない。届かないと分かってゐても、祈る。祈ることだけが、私の手に残った“武器にならない力”だ。

 

深海の映像の中で、何か小さな魚が一匹、ふっと横切った。銀の腹が一瞬だけ光って、また闇へ消える。

 

私はその小さな光を、勝手に“返事”にしてしまった。勝手にしてしまふ癖で、私は戦後を越え、平成を越え、令和を生きてゐる。

春になっても、ニュースの赤い帯は消えなかった。

 

「停戦」「和平」そんな言葉が出ても、映像の中の瓦礫は残った。瓦礫が残るのを見ると、昭和二十一年の瓦礫町が胸に来る。来て、私はまた掌に土の感触を思ひ出す。

 

土の感触が来ると、私は便箋を買ひ足したくなる。紙の匂ひで、胸の奥の瓦礫を少しだけ整へるためだ。

 

その年の桜は、少し遅かった気がする。遅いと感じたのは、私の心が急いてゐたせゐかもしれない。急く心は、花を早く散らせたがる。散れば、次へ行ける気がするからだ。

 

けれど、次へ行っても、戦は終はらない。終はらないと知ると、私はまた深海の静けさを思ふ。静けさは、終はりではなく、祈りの形だ。

年の暮れ、帳面を開いた。

 

「令和四年」と書く。字を書く手は、去年より少し鈍い。けれど鈍くても書ける。書けるうちは、私は祈りの形を残せる。

 

今年の映像は、赤かった。爆ぜる光。崩れる建物。泣く子ども。逃げる人。そして、こちらの居間の静けさ。

 

私は眼を覆った。覆っても、耳は塞げない。塞げない耳が、戦後の記憶を連れてくる。

 

だから私は、青を探した。君の沈みし海の静けさを、胸の中に呼び戻した。静けさを思ふことで、私は爆ぜる音から一歩だけ退いた。退いて、祈れる場所を確保した。

 

鉛筆を握り、今年の一首を置く。

ウクライナ 爆ぜる映像 眼覆ひ君沈みし海 静けさ思ふ

書き終へたとき、胸の奥はしんとした。しんとしたのは、戦が止んだからではない。止んでゐない。けれど私は、止まないものの中で、自分が折れないための“静けさ”を見つけた。

 

窓の外で、冬の風が鳴ってゐる。来年、私はまた「生き延らへる」ための列に立つ。ワクチンの列。杖をつき、寒さに耐へ、列の中で自分に言ひ聞かせる。

 

――生き永らへて、君へ逢ふため。

第七十九章 令和五年(2023) 列の中の誓ひ

列、といふものは、不思議な形をしてゐる。

 

一人ではただの人でも、並ぶと“世の中”になる。世の中になると、胸の奥がざわつく。ざわつくのは、前へ進むからではない。前へ進むまでに、待つ時間が長いからだ。

 

待つ時間が長いと、人は自分の過去を拾ひ上げてしまふ。拾ひ上げた過去が重ければ重いほど、列は長く感じられる。

 

令和五年、私はまた列に立ってゐた。

 

戦後の配給の列でもない。工場の求人の列でもない。慰霊の式の列でもない。

 

ワクチンの列だ。

朝はまだ薄暗かった。

 

冬の入口の空気は、骨に直に来る。吐く息が白い――ほどには冷え切ってゐないが、頬のあたりがきゅっと縮む。私は厚手の上着の襟を立て、杖の先を地面に確かめながら歩いた。

 

手の中には紙がある。市から届いた封筒。接種券。予診票。予約の控へ。

 

紙の角は、いつも少し尖ってゐる。尖った角は、昭和の紙を思ひ出させる。召集の紙。通達の紙。配給の紙。何かを「しなさい」と言ふ紙。

 

けれど、今日の紙は、命を守る紙だ。

 

守る、といふ言葉は、私にとってまだ苦い。けれど“護る”なら、今日の紙はたしかに護りの紙だ。自分の身体を。そして――私の胸の中の名を、途切れさせないための護り。

 

会場は、町の体育館だった。

 

入口に立つ案内板。「接種会場」矢印。そして、間隔を空けて立つように、といふ線。

 

線の上に、すでに人が並んでゐた。年寄りが多い。皆、それぞれの上着の色を着て、けれど口元は白い布で同じ形をしてゐる。同じ形の列は、どこか無口だ。

 

私は最後尾の札のところへ行き、静かに立った。杖は、今日は“付いてきた”といふより、“一緒に立ってゐる”といふ感じがした。杖があると、私は自分の足の弱さを認めねばならない。認めるのが悔しい日もある。けれど今日は、悔しさより“立ち続ける”が先に来た。

 

立ち続ける。それだけが、今日の目的だ。

列の前の人が、振り返って小さく会釈した。

 

「寒いですねえ」

 

声はマスクの中で少し籠ってゐる。それでも声があるだけで、列は少しだけ人の形になる。

 

「寒いねえ」

 

私は答へた。答へながら、ふと、昔の列の寒さを思ひ出してゐた。空腹の寒さ。不安の寒さ。夜が来るのが怖い寒さ。

 

今の寒さは、ただの冬の寒さだ――と言ひたい。けれど、疫病の影があるぶん、心の底に別の冷えが混じる。人は見えないものに弱い。見えないものは、想像で膨らむ。膨らんだ想像は、胸の中で勝手に暴れる。

 

前の人が言った。

 

「もう何回目ですか。わし、よう分からんようになって」

 

「……わたしも、数へるのが疲れてねえ」

 

私は苦笑ひした。数へるのが疲れる、と言ひながら、私は実は“数へること”で生きてきた女だ。年を数へ、桜を数へ、便箋を数へ、滴を数へた。

 

それでも、ワクチンの回数を数へるのは、どこか違ふ疲れがある。それは“長引くもの”の数へ方だからだ。終りが見えにくいものを数へると、数は刃になる。「まだか」といふ刃。「いつまで」といふ刃。刃が向く先は、時に他人ではなく、自分の胸だ。

 

列は少しずつ進む。進むたびに、床の線が一つ後ろへ行き、私の足が一歩だけ前へ出る。

 

その一歩が、膝に来る。膝に来るのに、私は出す。出せるうちは出す。

 

ふと、私のポケットの中で、桜袋の刺繍が指先に触れた。今日も入れてきてゐる。これがなければ、私は列に立つ勇気が少し足りない。足りないものを、私は昔から布で補ってきた。押し花。便箋。刺繍。そして今は、桜袋。

 

——篤志さま。——今日も、針を刺されに行くよ。

 

胸の中で言って、私は自分でも少し可笑しかった。

 

針。私の人生には針が多い。針は、布を縫ふ針だった。生活をつなぐ針だった。“足りない”を補ふ針だった。

 

いまの針は、身体へ刺さる針だ。刺さって、守る針だ。針の役目が変はったのに、針といふ形だけが同じで、私はそこに妙な縁を感じてしまふ。

入口のところで、若い係の人が「ありがとうございます」と言ひながら紙を確認してゐた。

 

若い手。若い指。手際が良く、慣れてゐる。手際の良さは、戦時の号令とは違ふ。命令ではなく、手助けの手際だ。

 

私の番になり、係の人が紙を受け取って言った。

 

「お名前、こちらでお間違いないですか」

 

「はい」

 

私は小さく頷く。名を確認されると、私はいつも、胸の中の“もう一つの名”を触ってしまふ。朝比奈篤志。あなたの名。紙には載らない名。制度の中に入らない名。

 

けれど、私の胸の制度には、ずっと入ってゐる名。

 

係の人が、私の杖をちらりと見て、優しい声で言った。

 

「中、暖かいので。ゆっくりで大丈夫ですよ」

 

ゆっくりで大丈夫。その言葉は、白い廊下の看護師の声と同じ温さを持ってゐる。私は小さく「ありがとうございます」と言ひ、体育館の中へ入った。

 

中は、確かに暖かかった。暖かさが来ると、頬の緊張がふっと緩む。緩むと同時に、私は自分の心臓の鼓動を意識してしまふ。鼓動は規則正しい。規則正しいのに、昔より少し頼りない。

 

問診の机。椅子。仕切りの板。消毒の匂ひ。

 

私は予診票を差し出し、質問に答へた。持病。薬。体調。

 

「体調は、どうですか」

 

医師がそう言ったとき、私は一瞬、答へに迷った。

 

体調――。この歳の体調は、いつも“万全”ではない。膝は痛い。背中は重い。夜は浅い。けれど私は、今日もここへ来られた。来られたなら、それが体調だ。

 

「……いつも通りです」

 

私はそう答へた。“いつも通り”が、いまの私の強さだ。強さといふより、手順の力だ。手順が崩れなければ、人はまだ生きられる。

接種の場所へ案内され、椅子に座った。

 

腕を出す。薄い布の向こうに、皮膚がある。皮膚の下に、血がある。血の中に、私の時間が流れてゐる。

 

看護師が言った。

 

「少しチクッとしますね」

 

チクッ――。その言ひ方が、やさしい。戦時の痛みは、こんな言ひ方をしなかった。痛みは、黙って耐へろ、と教へられた。

 

いまは違ふ。痛みを痛いと言っていい。痛みを小さく言ってもらへる。その違ひが、私はありがたい。

 

針が入る瞬間、私は目を閉ぢた。

 

チクッ。ほんの短い痛み。短い痛みの間に、私は胸の奥で言ってゐた。

 

——生き永らへて。——生き永らへて、君へ逢ふため。

 

“逢ふ”と書くのは、私の意地だ。会ふ、では足りない。逢ふ、と書く。逢ふには、道がいる。時間がいる。そして、命がいる。

 

私は、逢ふために生きてゐる。それは若いころの恋の言ひ方に似てゐる。似てゐるのに、いまの私は九十路を越えてゐる。九十路を越えて、なお“逢ふため”と言へるのが可笑しくもあり、誇らしくもあった。

 

針が抜けた。絆創膏が貼られる。それだけのことなのに、私は息を吐いた。息を吐くと、胸の底の火が少し落ち着く。

 

「お疲れさまでした。しばらくこちらで休んでくださいね」

 

そう言はれ、私は椅子の並ぶ待機場所へ移った。そこにも、また列がある。列の先に椅子があり、椅子の上に人が座り、静かに時間を待ってゐる。

 

待つ。待つことが、今日の仕事だ。

 

私は座り、腕を軽く押さへながら、天井の蛍光灯を見た。白い光。夜勤の白い廊下の光。病院の白い光。それでも、いまは怖くない。怖いのは、光ではなく、孤独だ。

 

孤独に負けないために、私は胸の中で名を呼んだ。

 

——篤志さま。——刺したよ。——わたし、まだ生きるよ。

 

返事はない。返事はないのに、私は言へる。言へるうちは、私はまだ大丈夫だ。

帰り道、外へ出ると、空気は冷たかった。

 

冷たい風が頬に当たり、マスクの布が少し揺れる。揺れる布の向こうで、私は小さく笑った。今日の私は、“生きる側”の列に立った。誰かのために死ぬ列ではない。誰かを殺す列でもない。

 

生きる列だ。

 

列に立つ、といふ同じ形を、こんなにも違ふ意味で持てることに、私は少しだけ救はれた。救はれたのは、時代が変はったからだ。時代が変はったことの恩恵を、私は今さらながら掌で受け取ってゐる。

 

家へ戻ると、まず手を洗った。石鹸の泡で指の皺をこすり、湯で流す。洗ふたび、私は百合の花粉の黄を思ひ出す。あの夢の、あなたの湯の温かさを思ひ出す。

 

仏間へ行き、灯を点け、水を替へ、線香を一本。煙が上がる。今日の煙は、少しだけまっすぐだった。

 

私は空の湯呑の前に座り、ぽつりと言った。

 

「……わたし、まだ生きるけえね」

 

生きる、と言ふ言葉を、私は若いころほど軽くは言へない。生きるのは、積み重ねだ。積み重ねは、膝に来る。心臓に来る。指の皺に来る。

 

それでも生きる。生き永らへる。

 

逢ふために。

年の終り、帳面を開いた。

 

令和五年。今年の頁には、体育館の列がある。白い照明。消毒の匂ひ。若い係の手。杖をつく私。そして、胸の中で繰り返した一つの言葉。

 

私は鉛筆を握り、今年の一首を置いた。

ワクチンの 列に杖つき 立ちながら「生き永らへて 君へ逢ふため」

書き終へると、胸の奥がすうっと整った。戦は終はらず、災害も止まず、病も完全には消えない。それでも私は、列に立って、生きる側を選んだ。その選び方が、今年の私の芯になった。

 

窓の外で、冬の風が鳴ってゐる。来年、私の心臓は機械の鼓動に支へられることになる。“機械すらも恋を知るや”と、私はまた君に問ふだらう。

第八十章 令和六年(2024) 機械の鼓動

心臓は、沈黙せぬ臓器だ。眠ってゐても、笑ってゐても、泣いてゐても、勝手に動いて、勝手に日を進める。

 

その勝手さに、私は長いこと救はれてきた。生きることを、いちいち考へなくても、胸の奥が「生」をやってくれる。だから私は、便箋に向かへた。桜を待てた。名を呼べた。

 

けれど令和六年、心臓はふいに、勝手でゐることをやめかけた。

冬の終り、湯を沸かしてゐたときだった。

 

やかんの湯気が立ち上るのを見てゐるうち、胸が「すとん」と落ちた気がした。落ちた、と言ふより、胸の中の段が一段抜けたやうな――妙な空白。

 

立ってゐるのに、足の裏が地から離れる。耳の奥で、遠い波音みたいなものが鳴る。私は手で台所の縁を探し、やかんの火を消して、壁に背をつけた。

 

息は出来る。出来るのに、息が浅い。浅い息のまま、胸の奥が不揃ひに跳ねる。

 

“ばらばら”といふ言葉が、鼓動に付く日が来るとは思はなかった。鼓動はいつも、ばらばらに見えても、どこかで整ふものだと思ってゐた。それが整はぬ。

 

私は桜袋を胸へ押し当てた。凹凸が指に当たる。当たるのに、胸の内側の揺れは止まらない。

 

——篤志さま。

 

呼ぶ声が、喉の奥で乾いた。乾いた声で呼ぶと、いまにも折れさうで、私は声を出さずに呼んだ。

 

その日から、似たやうな「落ち」が何度か来た。買い物の帰り。仏間で水を替へたあと。夜、便箋を引き出しから出した瞬間。

 

落ちる。胸が落ちる。そのたびに私は椅子に腰を下ろし、膝より先に胸を押さへた。老いは膝から来ると思ってゐた。けれど、胸が先に来ると、世界は一段怖い。

 

房子に話すと、房子はすぐ言った。

 

「百合ちゃん、それはいけん。病院行きんさい。すぐ」

 

「……大袈裟よ」

 

と言ひかけて、私は口をつぐんだ。大袈裟、ではない。私は、命に関することだけは、誰より“大袈裟”でなければならない年になってゐた。

 

翌日、私は病院へ行った。白い廊下の、あの白へ。

病院の白は、いつ来ても少し怖い。

 

怖いのは、白そのものではない。白の中では、人の身体が「数」や「結果」や「所見」になる。身体が言葉にされ、言葉が紙になり、紙が決める。決められることに、私は若いころから慣れてゐない。

 

けれど、慣れてゐないと言って逃げられる歳ではなかった。

 

受付で番号を取る。番号札の数字が、掌で熱くなる。私はその数字を握りしめて待った。待つ椅子は固く、背中の骨が椅子に当たる。骨が当たると、私は自分が薄くなってきたのを感じる。

 

診察室で、医者が聴診器を当てた。聴診器の冷たさが、皮膚を通って骨に来る。医者は画面を見、紙を見、私の顔を見た。

 

「脈が、少し乱れてますね」

 

乱れる。その言葉は、私には馴染み深い。世の中は何度も乱れた。戦後も、景気も、政治も、災害も。乱れた世を私は見てきた。けれど、自分の胸が乱れるのは、別の乱れだ。乱れてほしくない場所が乱れる。

 

検査が続いた。胸に貼るもの。腕に巻くもの。機械が「ぴ」と鳴るたび、私は自分が機械に囲まれていくのを感じた。そして結果を聞くとき、医者は慎重な声になった。

 

「このままだと、失神したり、転倒したりする危険があります。 心臓の拍動を補助する器械――ペースメーカーを入れることを考えましょう」

 

ペースメーカー。言葉は知ってゐた。ニュースでも聞いたことがある。けれど、それが私の胸に入る言葉になるとは思ってゐなかった。

 

「胸に……機械を?」

 

私が聞き返すと、医者は頷いた。

 

「小さな器械です。心臓のリズムが遅くなった時に、電気信号で補います。 いまの医学では、一般的な治療です」

 

一般的――。その言葉が、少し救ひでもあり、少し寂しくもあった。一般的と言はれると、私は「皆と同じ」で安心する。同じで安心するのは、戦後の女の癖だ。けれど同時に、一般的と言はれると、私の“私の時間”が、また制度の中へ収まる気がして寂しい。

 

医者が続けた。

 

「百歳に近い方でも、状態が良ければ入れます。 入れたあと、むしろ楽になる方も多いです」

 

百歳に近い。その言葉が、静かに胸へ落ちた。私は自分の年を知ってゐる。知ってゐるのに、医者の口から言はれると、数字が紙の匂ひを持つ。

 

私は一度、仏間の線香の煙を思ひ出した。煙は、紙ではない。けれど紙より確かに、私の胸を整へてくれる。

 

——篤志さま。——私の胸に、機械が入るんじゃって。

 

そう思った瞬間、妙な可笑しさが来た。

 

あなたは軍艦の人だった。鋼鉄の腹で海へ出た人だった。機械の音の中で生き、機械の音の中で沈んだ人だった。

 

そのあなたを想ひ続けた私の胸が、いま、機械に支へられる。

 

縁、と言ふには皮肉だ。皮肉なのに、どこか運命の輪が閉ぢるやうでもあった。

 

私は医者の机の上の紙を見た。同意書。説明書。注意事項。

 

紙に署名をする指が、少し震へた。震へは恐怖か、老いか。どちらでもいい。震へても、私は書く。書けば、前へ進む。

 

「……お願いします」

 

その言葉を口にしたとき、私は心の中で小さく付け足してゐた。

 

——生き永らへて、君へ逢ふため。

手術の日は、春の匂ひがまだ薄い頃だった。

 

病室の窓から見える空は淡く、雲は軽い。病室の白は相変はらずよそよそしいが、看護師の声は柔らかかった。

 

「百合さん、怖いですよね。大丈夫ですよ」

 

怖い。怖い、と言はれると、怖さが形になる。形になると、逆に扱へる。

 

私は頷いて、「うん」とだけ答へた。余計な言葉を言ふと、胸が散る。散った胸で針を迎へたくなかった。

 

手術室へ向かふ廊下は、長い。長い廊下の白い灯りが続くと、私は昭和の病院ではなく、戦後の工場の白い蒸気を思ひ出した。煙突の白。祈る掌。あの頃も、私たちは白いものに向けて手を合わせた。

 

手術台に横になると、天井の灯りが丸く見えた。丸い灯りは、満月に似てゐる。令月――よい月。ふいに令和の「令」が胸に来た。命令ではない。よい月の令。よい月の下で、私は胸に器械を迎へる。

 

消毒の匂ひ。体の一部だけが冷える。医者の声が落ち着いてゐる。機械の「ぴ、ぴ」といふ音が、規則正しい。

 

規則正しい音は、安心させる。規則正しい音は、点滴の滴に似てゐた。介護夜に数へた滴。あの滴も、命を繋いでゐた。

 

私の胸も、いま、繋がうとしてゐる。

 

眠りに落ちる寸前、私は胸の奥で、誰かに向けて言った。

 

——機械よ。——頼むねえ。

 

そして、そこにもう一つ、名が重なった。

 

——篤志さま。——頼むねえ。

目が覚めたとき、胸が少し痛んだ。

 

痛みは、「ここに何かが入った」と教へる痛みだった。包帯の下で、皮膚が引きつる。息を吸ふと、胸の奥が少しだけ重い。

 

けれど、重いのに――鼓動が整ってゐた。

 

整った鼓動。その整ひが、やけに静かで、やけに強い。自分の心臓なのに、どこか“他人行儀”な整ひ。その違和感が、すぐに一つの形を取った。

 

機械が居る。

 

私の胸の中に、小さな器械が居る。居て、私の鼓動に手を添へてゐる。

 

看護師が来て、傷を見て、優しく言った。

 

「うまく入りましたよ。もう少ししたら、歩いてみましょうね」

 

歩く。石段を上る歩き。土手へ行く歩き。施設の廊下を見回る歩き。その歩きが、まだ私に許される。許されるなら、私はまだ春を迎へられる。

 

病室の窓から、遠い桜の枝が見えた。まだ蕾だ。硬い蕾。私は蕾を見て、胸の中の器械に話しかけたくなった。

 

——ほら、桜が待っとるよ。——あなたも、一緒に待つんよ。

 

器械は返事をしない。返事をしないのに、鼓動が規則正しく続く。続くことが返事だ。私には、返事は音でなくてもいい。続く、といふ事実が、いまの返事だ。

退院の日、春の風が病院の玄関に入ってゐた。

 

外へ出ると、空気が病院の匂ひから一気に解ける。解けると、私は自分の家の匂ひを恋しがってゐたのを知った。味噌の匂ひ。線香の匂ひ。便箋の紙の匂ひ。そして、桜袋の古い糸の匂ひ。

 

家へ戻ってまずしたのは、仏間の灯を点けることだった。

 

水を替へ、線香を一本。煙が上がる。煙はいつもと同じやうに見えて、今日は少し違って見えた。煙の向うに、胸の中の器械が確かにある。器械があるから、私はここに座ってゐる。

 

私は空の湯呑を前に置き、桜袋を懐の上から押さへた。そして、胸の下のほう――器械のある辺りを、そっと掌で撫でた。

 

撫でると、皮膚の下に固さがある気がする。固さは、怖いはずなのに、私は怖くなかった。固さは、鋼鉄のやうに冷たくはない。私の体温の中で、私の温さを受けて居る固さだ。

 

その固さに向かって、私は口の中で言った。

 

「……機械すらも、恋を知るや」

 

言ってしまってから、少し笑った。恋を知る、などと。機械に。けれど私は、ずっと、物に心を預けて生きてきた。

 

押し花に。便箋に。灯台の光に。切符の手触りに。石の冷たさに。海の青に。

 

物は返事をしない。返事をしないからこそ、私の心を傷つけずに受け止めてくれる。受け止めてくれる、と勝手に思へる余地がある。

 

胸の中の器械も、きっと同じだ。返事をしない。ただ、鼓動を支へる。支へることで、私が名を呼ぶ時間を延ばす。

 

それが恋を知ることと違ふと言ふなら、恋とは何だらう。恋とは、結局、相手のために自分の時間を使ふことではないのか。器械は、私の時間を支へる。支へることで、私の恋を延ばしてゐる。

 

なら、器械もまた、恋の側に立ってゐる。

 

私は胸の中へ、静かに言った。

 

——篤志さま。——私の胸の中に、もう一人増えたよ。——小さな器械が、私を支へよる。——あなたへ逢ひに行くのを、引き延ばしてくれよる。

 

返事はない。返事はないのに、鼓動は続く。続く鼓動に合わせて、線香の煙がゆっくり揺れた。

春、桜が咲いた。

 

私は土手へ行った。去年より歩幅は小さい。けれど、胸の“落ち”は来なかった。胸が落ちないだけで、世界は明るい。

 

桜の下で、風が吹いた。花びらが舞ひ、マスクの人もゐれば、マスクを外してゐる人もゐる。口元が戻りつつある春。けれど私は、口元の戻りより、胸の中の“規則正しさ”の戻りに、春を感じた。

 

私は桜袋を押さへ、胸の中の器械の上をそっと撫でた。

 

——ほら。——桜じゃ。

 

器械は返事をしない。返事をしない器械の沈黙が、坊ノ岬沖の静けさに少し似てゐる。似てゐる静けさの上で、私は名を呼んだ。

 

「篤志さま」

 

声は細い。けれど、鼓動が支へる声だ。声の下で、器械が私の胸の底を支へてゐる。

 

私は花びらを見上げながら、ふと、胸の中の器械にも話しかけた。

 

——あなたも、見とるか。——恋は、ここにあるんよ。

 

誰にも聞こえない言葉を、私は風に溶かした。

年の終り、帳面を開いた。

 

令和六年。紙の白は温かい。胸の中の器械は静かだ。静かな器械が、私の鼓動を支へてゐる。

 

私は鉛筆を握った。指の皺は深い。深い皺でも、字はまだ書ける。書けるうちは、私は恋を残せる。

 

今年の一首は、迷はず出た。胸の中の固さ。機械の鼓動。それに支へられて迎へた春。そして、ふいに口をついた問い。

心臓の 機械鼓動支へて 迎ふ春「機械すらも 恋を知るや」と

書き終へると、胸の奥がすうっと整った。整ったのは、器械のおかげだけではない。器械に意味を与へるのは、私の恋だ。恋があるから、器械はただの部品ではなく、私の“伴”になる。

 

窓の外で、冬の風が鳴ってゐた。次の年――大和が沈んで八十年の春が来る。私はその春を、たぶん、これまででいちばん静かに待つ。海底の君と、雲居の花の間に、私の時間がどれほど残るかを数へながら。

第八十一章 令和七年(2025) 潮の底、雲居の花

八十、といふ数は、骨に来る。

 

指で数へられるやうで、指では数へきれない。年表の上ではただの線なのに、胸の奥では重たい石になる。石は沈む。沈んで、底で黙る。

 

令和七年――「戦後八十年」と、世は言ひ始めた。言ひ始めたその言葉が、私の胸の底の石を、そっと叩いた。

 

戦後八十年。つまり、あの日から八十年。

 

昭和二十年四月七日。坊ノ岬沖。大和出撃。帰らぬ海。

 

八十年――と口にすると、あなたの名が「歴史」の方へ行きさうで、私はいつも一度、息を止める。止めてから、胸の中へ引き戻す。

 

——篤志さま。——八十年、じゃって。

 

返事はない。返事がないのに、機械の鼓動は整ひ、線香の煙は上がり、窓の外の風は鳴る。

 

風の音は、遠い波音に似てゐる。似てゐる音を聞くと、八十年が一瞬で縮む。縮んで、私はまた、あの青の底へ落ちる。

一月、病院からハガキが来た。ペースメーカーの定期検査の案内。

 

白い紙に、印刷された字。「ご来院ください」「機器チェック」「予約時間」

 

紙は丁寧な顔をしてゐる。丁寧な顔の裏に、私はいつも「命の線」を見る。命の線は、切れたら終はりだ。終はりの手前で、支へてもらふ。それが、いまの私の暮らしの形になった。

 

病院の白い廊下は相変はらずよそよそしい。けれど去年より怖くない。怖くないのは、慣れたからではない。胸の中に、静かな伴がゐると知ったからだ。

 

診察室で、看護師が小さな機械を胸に当てた。画面の数字が動く。「ピッ」と小さく鳴る。

 

その「ピッ」が、私には妙に人の声に聞こえた。言葉ではない。けれど、返事みたいな音。

 

「問題ないですね。電池もまだまだ持ちますよ」

 

看護師が笑って言った。笑ひ方が若い。若い笑ひは、命の話を明るくする。

 

私は少しだけ笑ってしまった。

 

「まだまだ、言うてもねえ……」

 

言ひかけて、口をつぐんだ。“百歳に近い”と医者に言はれた年を越えた。まだまだ、と言はれても、私の「まだ」は、若い人のまだとは違ふ。違ふのに、違ふまま受け取るしかない。

 

病院を出ると、冬の空は高かった。高い空を見上げると、ふと、雲が流れてゐるのが見えた。雲は白く、薄く、風に引かれて形を変へる。形を変へても、消えない。

 

——雲居。

 

その言葉が、急に胸へ来た。雲居は、昔の歌の言葉だ。天上のこと。遠いところ。届かぬところ。

 

届かぬところに、あなたは居るのか。潮の底に居るのか。雲居に居るのか。私はずっと、底へ話しかけてきた。けれど今年は、空も気になった。

二月、家の引き出しを少しずつ整理し始めた。

 

整理――といふ言葉を、私は好きではない。整理は、捨てることと並んでゐる。捨てることは、薄情に似てゐる。薄情に似てゐるのに、年を取ると、捨てねばならぬものが増える。

 

「残したい」と「残せない」の間で、掌が迷ふ。

 

引き出しの底から、古い小瓶が出てきた。口に蝋の跡が残り、ラベルに私の字がある。

 

「昭和四十七年 沖縄」

 

あの年。初めて沖縄へ行った年。礎の名札を探した年。汗と光の中で、あなたの名を「石の上」に求めた年。

 

小瓶を掌に乗せると、まだ重みがあった。中に、潮が残ってゐる。沖縄の潮。あの海の潮。

 

私はその瓶を、ずっと取っておいた。持ち帰ったときは、いつか坊ノ岬沖へ返すつもりだった。返して、潮の流れに預けるつもりだった。

 

けれど、返せなかった。返しに行く足も、返しに行く勇気も、いつの間にか私から遠のいた。遠のいたまま、瓶だけが引き出しの底に残ってゐた。

 

瓶の口を指で撫でると、蝋のざらりが指の皺に引っかかる。引っかかる感触が、妙に懐かしい。

 

——篤志さま。——潮、まだ持っとったよ。

 

言葉を胸の中で置くと、瓶が少し温かくなった気がした。温かくなるはずはないのに、私はさう感じた。さう感じることで、生きてきた。

 

私は瓶を仏間の隣の小さな棚へ移した。押し花の桜の入った箱の横。便箋の束の横。自分の恋の道具の横へ、潮を並べた。

 

潮は、海の一部だ。桜は、季節の一部だ。私の恋は、その二つの間を、ずっと往復してきた。

三月、庭の百合は芽を出し、土手の桜は枝先を硬くした。

 

硬い蕾を見ると、心が落ち着く。蕾は、まだ壊れてゐない。まだ開いてゐない。まだ散ってゐない。

 

“まだ”。

 

石段の途中であなたに言はれたやうな気がした「まだ登るか」。ワクチンの列で胸の中で言ひ続けた「生き永らへて」。去年、機械の鼓動に支へられて迎へた春。

 

全部、まだ、のためにある。

 

私は窓辺に椅子を置き、長く座るやうになった。長く座ると、背中が痛む。痛むのに、座る。立つとふらつく日が増えた。ふらつくのを、私は嫌がらなかった。嫌がると、恐怖が大きくなる。大きくなる恐怖は、心臓に悪い。

 

若いころは、怖さを押し殺して生きた。いまは、怖さを小さく抱へて生きる。

 

抱へるものが変はっただけで、やってゐることは同じだ。

四月七日。

 

朝、仏間の灯をいつもより早く点けた。水を替へ、線香を二本焚いた。二本焚くのは、特別な日だけだ。一本は日々。二本は、年に一度の「確かめ」。

 

線香の煙が二筋、ゆっくり上がる。二筋が途中で絡み、一本のやうになって天井へ消えていく。その形を見た瞬間、胸がきゅっとなった。

 

——絡まって、消えていく。

 

私とあなたの時間も、絡まったまま、どこかへ消えていくのか。消えるのが怖い。怖いのに、消えないものもある。便箋の束。押し花の箱。桜袋の刺繍。そして――胸の底の火。

 

私は棚から、沖縄の潮の瓶を取った。瓶の蝋を少しだけ剥がす。剥がすと、塩の匂ひがほんのわずかに立った。匂ひは遠い。遠いのに、胸の奥を一度で沖縄へ連れていく。

 

小さな器に、潮を注いだ。透明な水が、器の底で光る。光り方が、海の底の光とは違ふ。違ふのに、塩の匂ひが「海」を連れてくる。

 

私は押し花の箱を開けた。中には、薄い桜が何枚も眠ってゐる。袖に守った一片。便箋に挟んだ一片。年々、色が抜けても、形だけは残る。

 

私はその中から、一枚、いちばん古い色の桜を選んだ。薄く、脆く、指の皺に貼りつくやうな紙の花。

 

その花を、潮の器にそっと落とした。

 

花びらは、すぐには沈まなかった。しばらく、水面に張りつくやうに浮いた。浮いて、ふわりと揺れた。

 

揺れる花を見てゐると、私はふいに思った。

 

——潮は、やがて蒸れて、雲になる。——雲は、やがて雨になって、また潮へ帰る。

 

水は、巡る。巡るなら、海の底に眠るものも、いつか巡るのだらうか。巡って、雲居へ上がるのだらうか。雲居へ上がって、花のやうに散るのだらうか。

 

私は器の前で、声にならぬ声で言った。

 

——篤志さま。——八十年、潮の底で眠ったら、もうええよ。——もう、ええから、雲居へ帰りんさい。——雲居へ帰って、花になりんさい。

 

言ってしまってから、胸が少しだけ軽くなった。軽くなったのは、あなたを手放したからではない。あなたを「底」に縛りつけるのを、やめたからだ。

 

縛りつけたのは私だ。底に居てほしいと思ったのは私だ。底に居れば、私の恋は終はらないと思った。終はらないことが、私の生きる理由になった。

 

けれど、八十年経って、私はやっと思へた。

 

終はらない恋でも、終はらせない愛でも、“眠り”だけは解いてやってもいいのではないか、と。

 

あなたが雲居へ帰るなら、私も少しだけ楽になる。楽になるからと言って、忘れるわけではない。忘れるわけではないまま、雲を見上げられる。

 

器の水面で、桜が少しずつ色を解かし始めた。薄紅が、潮の中に溶けて、見えなくなっていく。見えなくなるのに、そこにある。そこにあるけれど、形は消える。

 

形が消えることが、今朝は怖くなかった。怖くないのは、私の胸の中に、あなたの形がもう紙より確かに残ってゐるからだ。

春は来て、桜は咲いた。

 

土手へは行かなかった。行けないのではない。行けるかもしれない。けれど今年は、外の桜より、胸の中の桜のほうが忙しかった。

 

窓辺の椅子に座り、枝先の薄紅を眺める。花が開くたび、私は胸の中であなたを呼ぶ。呼ぶ声は細い。細いのに、機械の鼓動が支へてゐる。

 

私は、胸の下の固さをそっと撫でた。

 

——機械よ。——今年も、頼むよ。——花が散るところまで、連れていって。

 

器械は返事をしない。返事をしないけれど、鼓動は続く。続く鼓動が、私を生かす。生きてゐるうちに、私はもう一度、あなたへ言へる。

 

——篤志さま。——花が咲いたよ。——八十年目の春が来たよ。

 

新聞は「戦後八十年」の特集を載せ、テレビは昔の白黒を流した。私は音量を下げた。正しさの声は、いまの私の心臓に強すぎる。けれど、映像の端に、大和の写真が出た瞬間だけは、目を逸らさなかった。

 

写真の中の鋼鉄は、静かだ。静かだから、私は見られる。爆ぜる映像は眼を覆ふ。沈んだ鋼鉄は、眼を開けて見られる。

 

静けさが、私を守る。

夏が来て、八月が来た。

 

八十年の八月は、やはり重い。重いのに、私はもう泣かなかった。泣けないのではない。泣く涙の場所が、少し変はった。

 

泣く代りに、私は毎朝、窓を開けて空を見た。雲が流れてゐる。雲は形を変へ、どこかへ行く。行く雲を見て、私は思ふ。

 

——篤志さまも、ああして行けるかもしれんねえ。

 

行けるなら、行っていい。行っていいと、やっと言へる。

 

言へるやうになったのは、私が老いたからだ。老いると、人は欲張れなくなる。欲張れなくなるから、手放せる。手放せるから、祈りが少しやさしくなる。

 

やさしくなった祈りを持ったまま、私は帳面を開いた。

 

昭和二十年から始まった帳面は、紙が黄ばみ、角が丸くなり、ところどころ指の脂で艶が出てゐた。頁をめくると、若い字がある。震へぬ字。怒りの字。泣きの字。そして、年を重ねるごとに、少しずつ細くなる字。

 

細くなっても、消えない。消えない字の列が、私の人生だ。

 

私は令和七年の頁を開いた。白い紙が、いまは少し眩しい。眩しい白に、私は今年の言葉を置かなければならない。

 

潮の瓶。器の水面に浮いた桜。雲の流れ。機械の鼓動。そして、潮の底のあなた。

 

言葉は、すぐに形になった。形になった言葉を、私は鉛筆でゆっくり刻んだ。

やまとなる うしほの底に 君眠り雲居へかへる 花を待ちつつ

書き終へると、胸の奥がしんとした。しんとしたのは、終はりを感じたからではない。終はりを決めたのは、誰でもない。ただ、今年の私は「待つ」といふ言葉を、やっとまっすぐ書けた。

 

待つ。待つのは、帰還ではない。待つのは、過去のやり直しではない。

 

待つのは、花。雲居へかへる花。あなたが底から雲へ上がる、その花。そして――私自身が、いつか雲居の側へ行く、その花。

 

窓の外で、風が鳴った。風の音は、遠い波音に似てゐる。似てゐる音を聞きながら、私は桜袋を胸へ押し当てた。

 

押し当てた布の凹凸の下で、機械の鼓動が規則正しく続いてゐる。続く鼓動に合わせて、私は目を閉ぢた。

 

まだ、待てる。まだ、待つ。花を待ちつつ。

 

——篤志さま。——雲居へ、帰りんさい。——わたしも、そのうち行くけえ。

 

返事はない。返事のないまま、風だけが静かに通り抜けた。

終章 帳面を綴ぢる日

帳面の背は、いつの間にか、指の皺と同じやうに丸くなってゐた。糸で綴ぢたところは少し浮き、紙の端は黄ばみ、頁を捲れば、古い年ほど匂ひが濃い。

 

煤と、湿った土と、線香と、紙――。そして、春になると必ず混じる、ほのかな桜の粉。

 

令和七年の冬がゆっくりほどけていくころ、私は机に向かひ、鉛筆を握った。胸の奥では、機械の鼓動がいつも通りに規則正しく刻まれてゐる。「ぴっ」とは鳴らない。鳴らないまま、確かな拍を打つ。その拍に合わせるやうに、私は最後の頁へ、ゆっくり字を置いた。

やまとなる うしほの底に 君眠り雲居へかへる 花を待ちつつ

書き終へると、掌から力が抜けた。抜けた力のまま、私は鉛筆を机に置き、帳面を閉ぢた。閉ぢる音は、紙が紙に触れるだけの、柔らかい音だった。

 

この音を、私は八十年、繰り返してきたのだと思った。世の中の音は、もっと荒々しかったのに。瓦礫を崩す音。闇市の罵声。工場の蒸気。新幹線の風。遠い国の爆ぜる映像の音。それでも、私の夜は最後には必ず、紙の音で終はった。

若いころ、私は「終はり」を恐れてゐた。

 

終はりは、帰らないことと同じ顔をしてゐたから。終はりは、坊ノ岬沖の深い青と同じ底を持ってゐたから。

 

昭和二十年、私は君の不在を知った。知った瞬間、世界の色が一段落ちた。その落ちた色の中で私は土を掴み、瓦礫をどかし、息を吐いて、名を呼んだ。呼んでも返事がない――その事実に、私は一生かけて馴染むことになった。

 

馴染む、とは諦めとは違ふ。諦めは手を離すことだ。私がしたのは、手を離さないまま、生きる手順を作ることだった。

 

湯を沸かす。水を替へる。線香を一本。便箋を揃へる。桜袋を胸に当てる。そして、年に一度、言葉を一首、置く。

 

置いた言葉は、墓標でもあり、日記でもあり、恋文でもあった。誰にも出さない恋文を、私は八十年、書き続けた。書き続けることでしか、君の時間を「歴史」の向うへ行かせたくなかった。

 

世の中は変はった。旗が変はり、教科書が変はり、道路が光り、テレビが色になり、空を飛ぶものが月まで行った。“平和”と呼ばれる時間が伸び、争ひが遠く見える時代も来た。けれど遠くの争ひは画面で近くなり、災害は地を揺らし、病は口元を隠した。そして私は老い、膝が痛み、指が震へ、胸は機械に支へられるやうになった。

 

変はるものの中で、変はらなかったものが一つだけあった。

 

君の名を呼ぶ私の癖。桜を、季節の印ではなく、君へ渡す言葉として見てしまふ癖。海の色を見れば、底の青へ心が落ちてしまふ癖。

 

その癖の束が、私の人生になった。

机の横の棚には、小さなものが並んでゐた。

 

押し花の箱。便箋の束。蝋の跡の残る小瓶――昭和四十七年の沖縄の潮。それから、桜袋。

 

桜袋を掌に乗せると、刺繍の糸の凹凸が指の溝にひっかかった。ひっかかると、私はいつも「まだ呼べる」と思へた。声が細くなっても、呼べる。外へ出られぬ日が増えても、呼べる。世が騒がしくても、静かに呼べる。

 

私は桜袋を胸に当て、空の湯呑を見た。湯呑は今日も空だった。空のまま、よく持った、と私は思った。空のまま置き続けるのは、実は強い。満たされないまま暮らすことに、私は慣れた。慣れたのではなく、抱けるやうになった。

 

空は、君そのものではない。けれど空を置くことで、私は君の席をこの家に残した。誰にも座らせなかった。私の胸の中の婚約のまま、座らせ続けた。

 

窓の外で、風が鳴った。風は春の匂ひを含みはじめてゐた。まだ桜は咲かない。けれど、蕾は硬い。硬い蕾は、私を安心させる。

 

私は小さく言った。

 

「……篤志さま。帳面、閉ぢたよ」

 

返事はない。返事はないのに、胸の奥の鼓動は続いた。続く鼓動が、返事の代りになった。

春は、いつも通り来た。

 

けれど「いつも通り」は、年を取るほど難しくなる。湯を沸かす手順が一つ増え、薬が増え、椅子に座る時間が長くなる。それでも私は、窓を開けることだけは忘れなかった。風を入れなければ、季節が胸に届かないからだ。

 

窓を開けると、庭の百合の芽が伸びてゐるのが見えた。白百合の茎は黙って伸びる。黙って伸びる姿は、私自身のやうでもあった。

 

ある朝、薄い光の中で、私は長く椅子に座ってゐた。風が、静かに室内を通り抜ける。線香は焚いてゐないのに、どこかで線香の匂ひがした気がした。それは、きっと私の記憶の匂ひだ。

 

私は桜袋を胸に当てたまま、目を閉ぢた。閉ぢた瞼の裏に、長い年月が静かに流れた。

 

瓦礫町の土。闇市の灯。掠れた地図に自分で塗った青。工場の蒸気に合わせた掌。遠雷みたいな瀬戸内の波。刺繍で縫った桜。灯台の白い光。市ヶ谷の秋の空。沖縄の礎の名札。大和碑の石の冷たさ。震災の瓦礫の報。津波の黒い海。介護夜の点滴の滴。マスクで隠れた春の口。画面の沖縄の青。爆ぜる映像から逃げ込んだ深海の静けさ。列に杖ついて立った朝。胸の中に入った小さな器械。そして、潮の器に浮かべた桜。

 

ひとつひとつは短い場面なのに、繋がると一本の長い糸になる。その糸を、私は言葉の針で縫ひ留めてきた。縫ひ留めた先は、君だった。

 

目を閉ぢたまま、私は少しだけ口元を上げた。令和二年、マスクの下で隠したくなかった笑みと同じ形。誰にも見せなくていい笑み。君へ寄せる笑み。

 

そして――そのまま、息を吐いた。吐いた息は、風に混じってどこかへ行った。胸の奥の鼓動は、少し遅れて、ゆっくり、静かになった。

 

静かになることが怖くなかったのは、私が八十年かけて「静けさ」を覚えたからだ。爆ぜる音に眼を覆ひ、深海の底の沈黙に救はれた年から、私は思ひ知ってゐた。静けさは、奪うだけではない。静けさは、戻すこともある。

 

君の眠る潮の底が静かなら、私の行く雲居も、きっと静かだらう。

後日、部屋を片づけに来た者が、机の上の帳面を見つけた。

 

重ねられた帳面は、年の数だけある。表紙の隅に、年号が小さく書いてある。昭和二十年から、令和七年まで。

 

最初の頁には、深い青と桜の影があった。最後の頁には、潮の底と雲居の花があった。

 

読み進めるほどに、その帳面は「出来事の記録」ではなく、一人の女の、呼び続けた声そのものだと分かってくる。世の中が変はっていく音よりも、一首一首の間にある沈黙のほうが、ずっと雄弁だった。

 

帳面の脇には、桜袋が置かれてゐた。古い糸の凹凸。押し花の箱。沖縄の潮の小瓶。空の湯呑。

 

それらは皆、声にならぬ恋文の添へ物だった。紙の上の言葉だけでは足りなかった分を、物が補ってゐた。補ひながら、百合は八十年を生きた。

 

帳面の背に、細い字で、ただ一言が書き添へられてゐた。

 

「君へ」

 

それだけで、十分だった。それだけで、この八十年の道が一本に結ばれる。

桜は、今年も咲く。

 

咲いて散って、また蕾を硬くする。その繰り返しの中に、百合の声は紙の上で生き続ける。紙は朽ちても、言葉は誰かの胸に移る。移れば、恋は「一人のもの」ではなくなる。

 

けれど、百合にとっての恋は、最後まで二人称だった。

 

君。

 

君へ向けて、百合は土を掴み、針を動かし、石に触れ、海に問ひ、空を見上げた。君へ向けて、百合は八十年、毎年一首、季節を縫ひ留めた。その縫ひ目の列が、いま、ここにある。

 

潮の底に眠る君。雲居へかへる花。そして、桜の影。

 

帳面を閉ぢた日も、風は静かに通り抜けた。その風はきっと、海から空へ、空からまた海へ、巡っていく。巡りながら、どこかでまた、薄紅の花を散らすだらう。

 

百合はそれを、待ちつづけた。待ちつづけたまま――やうやく、雲居の側へ行った。


 
 
 

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