昭和23年
- 山崎行政書士事務所
- 2025年5月8日
- 読了時間: 58分
昭和二十三年(1948年)一月――新たな年、焦土を越えて父への道を探る冬
再び迎える年の変わり目。戦後の東京は、占領軍(GHQ)の管理下でさらに大きく変貌を遂げている最中だが、依然として物資や配給は不足し、闇市が頼りであり、復興のスピードは緩やかだ。かつて幹夫たちが「徹夜の轟音」に追われ、警察の巡回で“問題なし”と言われながら軍の宣伝を量産していた大規模印刷所は、あの大空襲ですべてを失った。戦後に立ち上げたバラック印刷所でようやく地歩を固めつつあるものの、父との再会はまだ果たせないまま、ついに昭和二十三年(1948年)一月の寒い冬を迎えていた。
1. 冷え込む年明けの街
一月の東京は底冷えが一段と強まり、朝晩の気温は氷点下に近づく日もある。街には闇市やバラックが雑然と並んでいるが、年末年始にかけて小さな行事や露店のセールが行われたものの、戦前のような賑やかな正月とは程遠い。占領軍(GHQ)の指令がさらに徹底され、警察も新体制で市民の治安に当たるものの、配給の不足と違法取引が後を絶たない。 幹夫の目には、昔の「徹夜で印刷し、警察が ‘問題なし’ と言い残して去った」光景が、まるで別の世界の出来事のように映る。あの頃の大量用紙と支給を得られる環境は失われ、今は闇市と紙不足が常につきまとい、それでも自由に仕事を選べるメリットを噛みしめるしかない日々だ。
2. 小さなバラック印刷所の年始
バラック印刷所では、年末にかけてそこそこ注文が入り、社長や戸田、堀内と幹夫のメンバーで寒さをこらえながら輪転機を回し続けた。その疲れを抱えたまま、新年の数日だけは比較的落ち着いた時間を取り、仕事始めは一週間ほどずらして開始することに。とはいえ休むとその分収入が減るため、結局年始から闇市向けのチラシや、英語入りの告知ポスターを早々に引き受ける形になり、それなりに忙しい年明けとなった。
幹夫は「あの戦中の徹夜地獄からは解放されたんだから、多少の忙しさはありがたいな……」と自分に言い聞かせる。しかし、朝から夜まで作業すると、父を探しに静岡へ足を運ぶ機会がまた遠のくというジレンマに苛まれる。「徹夜の轟音」に押し潰されないだけで幸福と見るべきか――胸の中で複雑な思いが交錯する。
3. 父からの断片的な報せと苦悩
年始早々、親戚を名乗る人物から短い手紙が届く。それによれば、父が掛川近くで年末を迎えたが、体調はあまり良くないとのことで、冬を越せるか心配があるらしい。幹夫はそれを読み、心が張り裂けるような思いになる。「今すぐにでも行かねば」と焦るが、バラック印刷所の正月後の立ち上がりは不安定で、年末年始で紙の在庫が底をつきかけ、戸田や堀内らが必死で手配している。 社長は「ここを切り盛りしながら、少しでも資金を貯めて父さんを呼ぼう。あるいは幹夫がおまえが直接迎えに行って連れてくるか……」と声をかける。幹夫も一度静岡へ向かう決意を固めかけるが、「戦後は戦後で、店を安定させないと父を住まわせる場所もなく、余裕がなければ苦労させるだけ」と逡巡が募る。
4. 警察の姿と占領軍の方針
正月明けで街にも新たな空気が流れ、警察が闇市や主要路地のパトロールを増やしているとの噂が広がる。GHQが指示する形で、戦前戦中の権威とは異なる“市民を守る警察”へ移行しようとしているのだと新聞が報じているが、まだ実態は混沌としている。 幹夫が闇市で買い物をしていると、時折警察官とすれ違うが、戦中のように「問題なし」と徹夜印刷を見回る気配は当然なく、かえって彼らが治安維持に必死な様子を見て複雑な思いに囚われる。あの大空襲前、徹夜の音が止むことはなかった時代と比べ、今は夜になるとバラック印刷所を閉じて眠れる自由がある――だが、父の身が危ういと思うと心は安堵できない。「少なくとも徹夜労働で体を壊すことはない」と自分を納得させ、また日々の仕事へ向かう。
5. 小さな変化と「今年こそ」の決意
一月も半ばを過ぎ、気温がさらに下がっていくなか、バラック印刷所には英語メインの雑誌の抜刷り依頼が舞い込み、若干まとまった収入が見込めそうだという話が社長と戸田からもたらされる。うまくいけば幹夫が二月か三月に静岡へ行けるだけの余裕が作れるかもしれない。 幹夫はインクで汚れた手を見ながら「あの戦時中の徹夜も大変だったが、これもまた大変な日々だ……。父さんを迎えに行くまで、何とか踏み止まらねば」と歯を食いしばる。堀内は「今年こそ父上との再会を果たそう」と笑って背中を叩く。 徹夜の轟音から解放される自由を噛みしめ、同時に父を救えるほどに自立していない苦しさを抱えながら、焦土の冬がゆっくりと進む。昭和二十三年一月、そんな複雑な思いを胸に印刷機の音を響かせる幹夫の姿は、かつて警察の「問題なし」を求めていた若き職人の面影を超え、家族を救うための堅い意志を放っているのだ。
結び: 父への願いが灯す夜
年始の印刷所では、少ないながらも仕事が途絶えず、英語広告や雑誌のページを細やかに仕上げる毎日。夜になると闇市の寒風が身に染みるが、あの戦時中の徹夜轟音に苦しむことはない。代わりに幹夫が抱えるのは、「今年こそ父を探しだし、一緒に生きたい」という渇望だ。 バラックの屋根裏で眠りにつく前、彼は「問題なし」の声が消えた印刷所の静寂を聞きながら、父の冬の辛さを想像する。「もうすぐ二月になれば行けるかもしれない」と願いつつも、思わぬ仕事が舞い込むかもしれない不安がある。 新しい年は動き始め、焦土の町にまだ冬の冷気が漂うなか、自分たちのペースで輪転機を回す彼らの奮闘は続く。徹夜の苦役からは解放されているものの、父と再会するまでの道のりはなお遠い。それでも幹夫は胸に「今年こそ」の希望を灯し、凍える闇市を足早に駆け抜ける日々を送っていた。
昭和二十三年(1948年)二月――焦土に残る冬の冷たさと父への切実な願い
年明けから一か月あまりが過ぎた二月の東京。相変わらず占領軍(GHQ)の統制下にあって、焦土の街には闇市とバラック住まいが散在し、物資不足と配給の遅れが人々を苦しめている。一方で、警察は戦前戦中の権力を失い、市民の治安維持を何とか試みているが、闇市の混雑や不正取引を完全に抑えるには至っていない。かつて幹夫たちが夜どおし徹夜で印刷し、警察の「問題なし」を受けながら大日本帝国軍向けの宣伝物を大量に刷っていた時代は、まるで遠い幻のように思えるだろう。
1. バラック印刷所の冬仕事
二月に入り、厳しかった正月の寒さはやや和らいだが、それでもバラック印刷所には冷え込む風が隙間から入り込む。幹夫、社長、戸田、堀内の4人を中心に、手動式と簡易電力の小さな輪転機を回し、英語混じりの広告や雑誌用ページをこつこつと印刷している。彼らはまだ配給や闇市への依存から逃れられず、紙の確保やインク調達には苦労が尽きない。 徹夜の轟音に悩まされ、警察が「問題なし」とうろつく印刷所とは別世界だが、自主的なペースで仕事を選べることが、戦中とは違う大きな進歩に感じられる。ただし売上は多くはなく、暮らし向きは楽にはならない。二月下旬の年度末が近づけば、小規模な印刷依頼が増えるかもしれないと社長は期待をしているところだ。
2. 父を訪ねる準備への迷い
幹夫がずっと抱え続けているのは、静岡の父を探し出すための行動を起こせないまま冬を越してしまったという焦燥感だ。親戚から聞いた「掛川近辺にいるらしい」という手がかりが手元にあるのに、印刷所を空ければ仲間に負担をかける――そんな思いで踏みきれずにいた。 最近、戸田や堀内は「もう決断して父上を迎えに行ってきてはどうか」と幹夫を促している。戦時中のような徹夜地獄は去り、バラック印刷所がどうにか回るようになってきたから、幹夫が数日離れても対応できる見通しができたのだ。しかし、幹夫自身が「もしその間に大口の仕事を逃したり、GHQの検閲が厳しくなったら……」と、不安に揺れて決断に迷っている。
3. 警察の新顔と“問題なし”の記憶
戦中に「問題なし」と巡回していた警察は、いまやGHQの監督下で市民の防犯や闇市の規制に追われ、旧来の権威も徹夜印刷を確認する役割も失っている。幹夫は、それが解放感であると同時に、頼りなさも感じる瞬間がある。もし警察がしっかりしていれば、父の捜索も依頼しやすいのに――と考えるが、現実は戦後の混乱に加えて地方までの行動範囲が限られ、期待できるものではない。 「徹夜の轟音」はもう過去のもの。その代わりに、新しい時代の警察と占領軍のルールが自分たちのビジネスをゆるやかに縛っている。幹夫はときおり夜更けに外を覗き、「昔はこんな時間まで機械を回していたな……」と遠い目をする。ほんの二年前のことが、もうはるか昔のように感じられる。
4. 店を抜けるタイミング
印刷所の仕事は増減を繰り返しながらも、少しずつ客がついてきている。英語のチラシや日本語雑誌の一部を刷ることで、多少の利益が出はじめ、「このまま続ければ三月末にかけて忙しくなりそうだ」というのが社長の見立てだ。戸田や堀内は「だから、逆に今のうちに幹夫が静岡へ行って、戻るころには忙しくなるんじゃないか」と計画を示す。 幹夫も「たしかに……」と内心思いつつ、いざ離れる決心がつかない。「父さんの体も限界かもしれないし、ここでぐずぐずしてる場合ではない」――そんな声が頭をよぎる一方、「この店が崩れたらもう印刷職人として生きる道がなくなるかも」という恐怖にも縛られている。
5. 夜のバラック、春への期待
二月も末に近づき、バラック印刷所では寒風の音が屋根板を揺らす夜が続く。昼に簡易ストーブで暖をとりつつ作業したあと、夜には幹夫が残って輪転機や資材を片づけるのが日課だ。ラジオから英語放送がかすかに漏れ、闇市からのざわめきも途切れない。 ふと手を止めて、幹夫は「来月には、父さん……」と唇をかみながら部屋の暗がりを見つめる。徹夜の轟音に支配されたあの時代を否定して得た自由は確かに尊いが、父を助けられないままではその自由も虚しい。社長や戸田、堀内の助力を受け、春になれば静岡へ本格的に探しに行こう――幹夫は次の行動をどこまで具体化できるか、胸中でプランを巡らせる。
結び: 雪解けの先にある光
こうして昭和二十三年二月、焦土と闇市の冬からやっと抜け出す兆しが見え始める一方、幹夫たちのバラック印刷所には少なからぬ課題が積み重なっている。警察は昔のように「問題なし」を言い渡す立場ではなくなり、占領軍(GHQ)の検閲下で英語ビラや雑誌を地道に刷る毎日。徹夜に押し潰されず、自主的に昼間メインで作業できることは戦時中との大きな違いだが、父の行方がなお闇の中にあり、幹夫の胸に重い雲がかかる。 もうすぐ雪解けとともに春が来る。父と再会できる日が本当にあるのか――幹夫は夜のバラックでガタガタと揺れる板壁を見つめながら、自分の周囲の変化を噛みしめる。徹夜の轟音が消えた今、一刻でも早く父を救えるだけの余裕と覚悟を持ちたい。凍える焦土に、かすかな春の風が入り込み始めるのを感じながら、彼は明日の仕事に備えて目を閉じるのだった。
昭和二十三年(1948年)三月――揺れる春の兆しと、父捜しに踏み出す覚悟
旧暦ならまだ寒さの残る頃だが、戦後二度目の冬を越えた東京の焦土には、ようやく春めいた空気が少しずつ漂い始めていた。占領軍(GHQ)の統治が街に根付き、かつての警察や行政の仕組みはすっかり変貌している。幹夫らが徹夜の轟音に押し潰されていたあの戦時中の姿など、今では遠い昔のようで、警察の巡回に「問題なし」と言い渡される日常も、思い返せば幻のようだ。それでも配給不足や闇市での生活苦がなくなったわけではなく、焼け落ちた町は未だバラック暮らしと手探りの再建に明け暮れている。
1. ほんのわずかに和らぐ寒さ
三月に入ると、真冬の厳しい冷えこみは和らぎ、日中は薄陽が差すとバラックの中がほんのり暖まるようになった。幹夫たちが細々と運営するバラック印刷所は、相変わらず簡易的な輪転機と手動プレス機で、英語や片仮名交じりのチラシや小冊子を少量ずつ刷っている。戦時中のように軍の命令で徹夜の大量印刷を強いられることもなく、社長や戸田、堀内らと自由にペースを決められるのは、この時代ならではの開放感といえる。
しかし、印刷所の経営は依然として厳しく、紙やインクは闇市価格で高騰しがちだ。幹夫は「あのころの軍支給の用紙が潤沢だったのは皮肉だな……」と思いつつ、いまは自分たちの意思で仕事を選ぶことに喜びを感じている。大きな案件こそ少ないが、地道に張り紙や雑誌ページを印刷し、かつての徹夜と違う形で稼ぎを積み重ねる日々が続く。
2. 父との再会を決意する春
幹夫の脳裏から離れないのは、静岡の父が行方不明に近い状態で暮らしているという話だ。掛川近辺の農家にお世話になっているらしいとわかって以降、秋から冬にかけて何度か手紙を出しても返事はなく、父の体調が芳しくないという噂も耳に入る。 しかしこの三月、社長や戸田が「もうそろそろ旅立っても大丈夫」と言い始めている。店は徐々に回り始め、占領軍の検閲や警察への届け出の手順も慣れてきた。大きな仕事が舞い込む前に、一度静岡へ足を運び、父を見つけて連れて戻るか、あるいは向こうで暮らす体制を考えたい――幹夫の胸には、ここ数か月の迷いを断ち切る思いが湧いていた。
3. 古い知り合いの警察官からの提案
街を歩けば、再編後の警察官が行き交い、治安維持の様子を見かける。かつて徹夜印刷に「問題なし」と声をかけていた者たちとは違い、新体制で市民の相談に応じる立場になっているという噂を再度耳にする。ある夕暮れ時、闇市で久しぶりに戦時中を知る元警察官に声をかけられ、幹夫は父を探しに行くつもりだと話を漏らす。 その男は「今の警察にも、たとえば行方不明者の照会をしてくれる課がある。掛川の警察署とも連携してるらしい」と教えてくれる。幹夫は「徹夜で監視していた警察が、今度は俺の家族捜しを手伝うかもしれないなんて……」と複雑に感じながらも、少し希望が見える話に胸を弾ませる。
4. 最後の準備と日常の雑踏
三月半ばから後半にかけて、印刷所には多少忙しい時期が続く。学年度末に向けて小学校や自治会で使う資料を印刷したいという依頼が舞い込み、さらに英語混じりの張り紙の発注も重なり、皆が昼から夜遅くまで作業する日が増える。ただ、警察による徹夜巡回も、軍の強要もなく、あくまでも自分たちの意志で「今夜はやろうか」と決める自由がある。 幹夫は「ここで頑張れば、四月に少し余裕が作れるかもしれない」と踏ん張り、社長や戸田とともに輪転機を回す。堀内は検閲手続きや配給の追加申請に奔走しながら、「そろそろ幹夫、おまえの番だな」と微笑み、幹夫も歯を食いしばり「今度こそ行くよ……」と決意を深める。
5. 焦土に思う春の訪れ
こうして三月下旬になると、日中の陽射しがやわらかくなり、瓦礫の道にも雑草が芽を出し、遠くでは桜らしき枝に蕾が膨らむ気配が見え隠れする。戦時中なら徹夜続きで季節を感じる余裕もなかったが、今は幹夫が昼間に通勤路を歩くと、風の匂いにほのかな春を感じられる。 「あと少し。この仕事を終わらせたら、静岡へ行こう」 そう心中で呟きながら、幹夫は闇市で米や乾物を買いつつ、バラック印刷所に戻る。夜にはバラックの隙間風がまだ冷たく感じられるが、もうすぐ春の暖気が焦土の町を包んでくれるはずと期待している。徹夜の轟音とは無縁になった空気の下、父と再会するための道が見え始めている気がするのだ。
結び: 新年度へ向かう、父への一歩
こうして昭和二十三年三月、バラック印刷所は徹夜から解放されながらも、自力で仕事をこなす厳しさと配給不足に悩まされ続けている。軍の圧力がない自由が嬉しくとも、父の行方に対する不安が常に幹夫の胸を刺す。それでも、店は確実に昨年よりも収益を出し始め、占領軍の検閲や警察への届け出に慣れたことで、大きな混乱なく受注を捌けるようになっている。 月末には「どうにか四月には休みが取れそうだ」と社長らが幹夫を送り出す計画を本気で話し合う。幹夫は「父さん、今度は本当に行くから待っていて……」と心の中で叫び、闇夜のバラックの中で輪転機をそっと撫でる。もう軍の轟音と警察の“問題なし”はない。自分たちの自由と責任があるだけだ。 この春こそ、父と再会し、新しい時代を一緒に生きる準備を――幹夫は焦土に咲きかける桜のイメージを胸に抱き、深い呼吸をして眠りにつく。翌朝、また輪転機の音が静かに響き、徹夜の過去を否定するように一歩一歩前へ進む彼らの日常が始まるのだった。
昭和二十三年(1948年)四月――静岡への旅と、かつての轟音を振り切る春の決断
春の陽光が、戦後の焼け跡を少しずつ温めはじめる四月。東京の空は、桜が舞い落ちる淡い色彩を残しながら、焦土から立ち上がるバラックや闇市の光景を照らしている。占領軍(GHQ)の統制が続き、警察は再編されているが、物資不足や闇市の混乱は相変わらず。それでも、幹夫たちが運営するバラック印刷所には、ここ数か月の努力のおかげで少しずつ仕事が舞い込み、かつての「徹夜の轟音」や「警察の『問題なし』巡回」からははるか遠ざかった新しい日常を手にしている。
1. 印刷所、ようやく一段落
三月末にかけて相次いで入っていた小さな案件が片づき、バラック印刷所にはいくらか余裕が生まれた。英語混じりのチラシや雑誌ページの印刷を昼間メインで行い、夜は闇市での買い物など最小限にとどめることで、皆が過労に陥らずに済んだのだ。戦中のように徹夜を命じられ、警察のご機嫌を取る必要もない。いまのやり方なら、ある程度安定して回っていくのではと、社長や戸田、堀内も手応えを得ている。 幹夫も輪転機を扱う腕がいっそう熟練され、「本来の印刷職人らしく働いているな」と自嘲気味に笑うことがある。戦中の徹夜はもう思い出したくもない苦痛だが、今も資材不足という難題に見舞われている。それでも、警察が立ち入ることもなく自分たちのペースで印刷できるのは大きい。
2. 父の捜索と静岡への準備
そして、何より大きいのは、父の消息を訪ねるために静岡へ行く「時間と金」がようやく確保できそうなことだ。以前から掛川あたりに父がいるとの情報があり、幹夫はずっと行きたかったが、店を空けるわけにいかず、焦れたまま冬を越してしまった。 社長は「ここで決断しないと、いつまでも先延ばしになる。仕事が落ち着きかけた今、ちょうどいい機会だろう」と強く勧め、戸田や堀内も同意する。「父上の体調が危ういなら、尚更早く探すべきだ」とみな口を揃える。幹夫は「わかりました……ここで踏み出さなきゃ、父さんにもう顔向けできない」と腹を括った。 警察に人捜しの協力を期待する案も浮上し、堀内が多少情報を仕入れてくれたが、実際には現地の警察や知り合いを探す必要がありそうだ。何にせよ、幹夫は四月中旬に数日だけ店を離れて静岡へ向かう段取りを本気で組むようになる。
3. 「徹夜の轟音」からの解放を噛みしめる
この数日、バラック印刷所に中規模の案件がひとつ入り、英語と日本語の混じったパンフレットを刷ることになった。徹夜でがむしゃらに仕上げれば早いかもしれないが、幹夫たちはあえて昼中心の作業スケジュールを組む。夜は最低限の残業で切り上げて体力を温存し、闇市へ紙や食糧を買い足しに行く。 幹夫はハンドルを回しながら、「徹夜しなくても仕事が回るなんて、あの時代には想像もできなかった」としみじみ思う。兵隊向けポスターを朝までに何千枚も刷れと言われ、警察は「問題なし」とだけ告げて去っていった――あの頃の自分はただ疲労に耐えるしかなかった。いまは多少苦しくとも、自分のペースを自分で決める自由がある。
4. 父への思いを強くして
店の仕事にめどがつきはじめた夜、幹夫はバラックの片隅で皆と夕餉を取る。そこは闇市で手に入れた僅かな米や野菜を煮込んだ粗末な食事だが、笑いも交えつつ「来週には幹夫が静岡に向けて出るかもしれない」という話題が出る。社長は「無理に大荷物は持たず、父上が見つかったら連れて戻ってくればいい。ここは任せろ」と笑い、戸田は「電報をくれれば、こっちからも何か送る方法を探すよ」と頷く。 幹夫は胸が熱くなり、彼らの信頼に応えねばと思う。あの戦中で警察が巡回し、徹夜を命令され、ただ従うしかなかった不自由な日々から脱却し、いまこうして自立に近い形で働けるのは仲間のおかげ。父を発見して東京へ連れて来るにしても、場所をなんとか用意するのは自分の責務だ。
5. 静岡行きの朝
そして、四月中旬、幹夫は数日間の旅支度を小さな風呂敷にまとめて、バラック印刷所の仲間に別れを告げた。戸田から少しだけ渡された経費を懐に、汽車に乗って掛川へ向かう計画だ。朝早く、まだ空が白み始めた頃、皆が「父さんと無事再会して来い」と口々に送り出す。幹夫は頭を下げ、「戻ったら父を一緒に連れて帰れるといいんだが……」と声を詰まらせた。 闇市では警察がちらっと見え、かつて戦時中に巡回していた頃の面影も少し感じるが、幹夫にはもうその存在がどうでもよかった。徹夜で轟音を出していた頃の警察と今は全く別物だからだ。列車へ向かう足取りは緊張と希望が入り混じり、重たい心とともに「父さん、待っていてくれ……」と何度も胸中で繰り返す。
結び: 新しい章の始まり
こうして昭和二十三年四月、幹夫はバラック印刷所の守りを仲間に託し、ついに父を捜しに静岡へ向かう行動を起こした。徹夜の轟音と警察の「問題なし」が消え去った今、印刷業は苦しくとも少しずつ地歩を築きつつあり、父との再会を可能にする土台が揃い始めたのだ。 店には戸田や堀内、社長が残り、彼を笑顔で送り出す。汽車の発車ベルを聞きながら、幹夫は「もし父を見つけたら、もう一度東京で一緒に生き直すんだ」と固く決意する。戦争が終わっても、焦土の復興は遅く、警察やGHQの管理で不自由な面は多いが、徹夜に押し潰される日々は遠い過去となった。 彼の乗る汽車は徐々にスピードを上げ、瓦礫を抜けるようにして静岡の方角へ走り出す。暖かい春の風を感じつつ、幹夫の胸には「徹夜から解放された働き方」と「父を迎える未来」への希望が熱く満ちる。これが焦土と警察と占領軍の時代を抜けた新しい章の始まりだと、彼はかすかな笑みを浮かべながら再認への道を踏みしめていくのだった。
昭和二十三年(1948年)五月――父との再会がもたらす、新たなる一歩
東京の焦土に暮らす人々にとって、終戦から3度目の春が過ぎ、少しずつ緑が芽吹く季節を迎えた。昭和二十三年五月、占領軍(GHQ)の指令が街の制度や警察のあり方を変え続けるなか、バラックや闇市は依然として都市の姿を形作っている。幹夫たちが運営する小さなバラック印刷所も、相変わらず紙やインクの高騰、配給不足に悩まされながらも、軍国時代の「徹夜の轟音」や警察の「問題なし」に縛られることなく、自分たちのペースで日々の仕事をこなしていた。
1. 父を訪ねた旅の帰還
先月(四月)、幹夫はついに静岡へ向かう旅に出た。父が掛川近辺の農家に身を寄せているという噂を頼りに何度も探し回った末、ようやく父と再会することができたのは、四月下旬のことだった。父は消耗しきってはいたが、どうにか生き延び、農家の人々に助けられながら細々と暮らしていた。 「父さん……ずっと会いたかった……」 幹夫が声を震わせると、やせ衰えた父も「おまえも無事で何より。東京はどうだ?」としわがれた声で問いかけた。幹夫はバラック印刷所がなんとか稼働していること、戦中のような徹夜で追い立てられる日々ではなくなったこと、警察や軍の形も様変わりして自由は増したが、不足と闇市の苦労が絶えないことをすべて話した。
数日間、父の世話をして生活状況を確認し、幹夫は父を東京に連れて帰る算段を整えようと試みる。しかし農家も父がいることにさほど困っておらず、父本人の体調がまだ悪いことや、遠距離移動への不安もあり、すぐに東京へ一緒に来るのは難しいという結論に達した。それでも幹夫は「近いうちに必ず迎えに戻る」と約束し、ひとまず店の仲間の元へ戻ってきたのだった。
2. 印刷所の再起と歓迎の笑み
五月の連休明け、幹夫が東京へ戻ると、社長や戸田、堀内ら仲間たちは暖かく出迎えた。彼らは幹夫が留守のあいだも協力し合い、バラック印刷所で英語のチラシや小冊子の印刷を着実にこなしていたらしい。徹夜を余儀なくされたわけではなく、あくまで昼を中心に作業スケジュールを組んでいたため、無理なく業務をこなせたという。 幹夫は「父と再会できました……体調は悪いが、生きていてくれました」と報告すると、皆ほっとした表情を浮かべ、「よかったな、これで心の重荷が少しは軽くなっただろう」と励ます。実際には父の看病が必要で東京に呼び寄せるのは先になりそうだが、「もう父さんが亡くなっているかも……」という不安に苛まれ続けた日々からは解放された幹夫が、目に涙をにじませる場面もあった。
3. 警察の変容と新しい日常
その頃、街では警察の再編がさらに進み、GHQ主導の改革によって市民との関わり方が変わり始めていた。防犯のための巡回や闇市での取り締まりはあるが、戦時中のように「徹夜の印刷所」を特別に見回り、“問題なし”と告げる姿は過去のもの。徹夜に追われる軍印刷と無縁になったバラック印刷所には、とくに警察が立ち入る理由もなく、検閲手続きは専らGHQ向けの書類で済ませる仕組みだ。 幹夫は夜の闇市へ出るたび、警官の姿を見かけるが、その多くは戦時中とはまったく違う面持ちで市民の相手をしている。「俺たちが徹夜で轟音を響かせていた頃とは、警察も別物になったんだな……」と複雑に思うが、もう轟音や警察の“問題なし”に怯えて眠れない夜はないことは、彼にとって確かな救いだった。
4. 父の意思と今後の展望
幹夫が静岡で聞いた話では、父はもともと東京への復帰を望んでいたが、体調があまりに悪く移動が怖いと言う。農家の人々が「このまま暖かい季節を迎えるまでそっとしてやれ」と気遣ってくれているため、幹夫としても焦らず時期を見計らうことにした。夏までには再度迎えに行き、父をバラック印刷所の周辺で暮らせる形に整えたいというのが今の目標である。 それまでに印刷所がもう少し大きな案件を得れば、賃貸住まいもなんとかなるかもしれない、と社長や戸田は手探りながら期待を語る。徹夜なしで働く今のスタイルが、戦中には叶わなかった真の生き方だと考えると、幹夫は父にその姿を早く見せたいという思いが湧くばかり。「こんな形で小さな輪転機を回しているけど、自由を得ているんだ」と。
5. 新緑の焼け跡と徹夜の消えた夜
五月後半、東京の焼け跡には少し早い新緑が芽吹く光景があり、街路には淡い緑の雑草や若葉が生えるようになった。朝晩はまだ冷えこむが、昼間の陽射しは暖かく、バラック印刷所での作業中も汗ばむほどになっている。幹夫はガタガタと音を立てる輪転機を操作しながら、「もう軍の轟音と警察の巡回に怯える必要はなくなったんだ……」と胸を突かれる。 夜になれば闇市での買い出しを手伝い、店じまいしてバラックの小さな寝床につく。長い間の不安が幹夫の心をざわつかせるが、少なくとも父の安否を確かめられた。次の課題は、どうやって東京の暮らしを安定させ父を呼ぶか、あるいは静岡に自分が拠点を移すか――いつか決めねばならない大きな岐路が、徹夜の喧噪の先に待ち受けていると感じる。
結び: 過去を超えて、支え合う未来へ
こうして昭和二十三年五月を過ごすバラック印刷所は、徹夜の軍印刷も警察の“問題なし”も消え去った新しい息吹の中で、小さな機械音を日々響かせている。市場は安定しないが英語ビラの需要や雑誌発行の波はあり、占領軍や再編警察とのトラブルもなく少しずつ収入を得る。戦中の徹夜労働に苦しんだ頃とは違い、自主的な働き方ができていることは、仲間同士の支え合いから生まれる確かな成果だ。 幹夫は、父との再会を果たした小さな安堵と、東京に父を呼びたいという新たな課題に心揺れつつ、もう徹夜に囚われない日々のなか、また輪転機を回す。夜の静寂に耳を澄ませば、かつての轟音が脳裏をよぎるときもあるが、それはもはや過去。いまは仲間とともに歩む、自分らしい印刷業の明日を見据え、父のためにも焦土の中で新緑の芽を守り育てていく季節が続くのだ。
昭和二十三年(1948年)六月――焦土に吹く初夏の風と、父を呼ぶ準備の苦闘
戦後の東京で三度目の夏が近づき、占領軍(GHQ)の管理がさらに根を下ろすなか、配給と闇市に頼る暮らしは相変わらず続いていた。だが、瓦礫と廃墟のあいだに建てられたバラック住まいの人々には、わずかに緑と陽射しのやわらかさが感じられる六月の頃。かつては「徹夜の轟音」と警察の「問題なし」に支えられ軍印刷を行っていた幹夫たちも、いまは小さなバラック印刷所で自由に仕事を選べる立場を確立しつつあった。
1. 焼け跡の初夏
六月、東京の気温はじりじりと上がり始め、瓦礫の合間には雑草や花が伸び、焦土にもじわりと夏の空気が満ちている。幹夫が通うバラック印刷所は、明るい日差しのもとで昼間に小さな輪転機を回し、英語や片仮名入りの広告や雑誌の一部を少しずつ刷っている。長時間の徹夜で追われることもなく、自由に時間を決められる今の働き方は、戦時中の苦しさとは比べ物にならないほど身体も心も楽だ。
しかし、配給が不安定で闇市通いは欠かせないし、紙やインクを仕入れるのも高額な闇取引頼りで、決して裕福とはいえない。警察が“問題なし”と巡回してくることもないかわりに、占領軍の検閲やルールに気を使わねばならないのは相変わらずだ。朝から夕方にかけてチラシや簡単なパンフを刷り、夜は闇市での買い出しや、バラックのあちこちに住む仲間との情報交換が幹夫の日課となっている。
2. 静岡の父を呼ぶ計画の進捗
五月に父を探しに静岡へ行った幹夫は、体調の優れない父をどうにか見つけ出し、農家に世話になっているのを確認していた。しかしまだ東京に連れてくるには移動の負担が大きく、父自身も踏ん切りがつかない様子だったため、ひとまず「夏にまた迎えに来る」と約束して戻ってきた。いま幹夫はバラック印刷所で無理なく稼ぎ、父を呼ぶための住まいと資金を確保する段階にある。 社長や戸田、堀内も協力を惜しまず、「店がこの調子で受注を増やせば、父上と一緒に住む家賃くらいは捻出できるのではないか」と話してくれる。幹夫は、「徹夜や軍命令で押しつぶされた時代に得た金はたくさんあったが、自由はなかった。いまは逆で、自由はあれど金がない。父を呼ぶまで、もう少し頑張るしかない」と腹を括っている。
3. 警察の新たな動き
街では警察の再編がいっそう進んだらしく、都内の各署で「市民からの相談窓口」を大々的に作る動きがあるとの噂が耳に入ってくる。戦時中のように“徹夜の印刷”を巡回し、「問題なし」の判定をする役割ではなく、闇市の秩序維持や、失踪者・行方不明者の照会などが増えたという。幹夫はこの春、静岡で父を見つけられたから依頼しなくて済んだが、もし再会できなかったらと思うと、不思議な運命を感じる。 夜、バラックへ帰る道すがら、警官が雑踏の中で道案内をしている姿が目に入ると、「かつては徹夜を見回る存在だったのに、いまやまるで市民サービスのように働いているんだな……」と感慨深い。戦時中の軍の強制徹夜と、いまの自主的な昼間印刷は、徹夜や警察から解き放たれた自由な環境を実感させる一方、自分の責任で働かなければ生計が成り立たない厳しさもある。
4. 夏前の忙しさと雑務
六月中旬から下旬にかけ、バラック印刷所には英語メインの観光案内ビラや雑誌の補足ページなど、複数の小さな仕事が舞い込む。最近はGHQ向けの簡単な印刷が一定数あり、それが収益の支えとなっている。ただし検閲を通す手間や英語のチェックもあり、幹夫と戸田が必死で原稿を確認している。 社長は「これだけ仕事があるなら、そろそろ戸田に英語の勉強をさせてみるのもいいかもしれないな」と冗談交じりに言い、堀内が書類手続きや雑務で奔走しながら「徹夜はせずになんとかやれているのが助かるな。昔の身体なら死んでたかも」と苦笑いする。みなそれぞれの役割で回していることが、徹夜労働を強制された戦時中との大きな違いだと誰もが感じていた。
5. 父を迎える心づもり
父が東京へ来る日はまだ具体的に決まっていないが、幹夫は「今夏か遅くとも秋までには連れて来たい」と強く思っている。六月末になり、静岡の農家から手紙が届き、父の様子は安定しているものの病弱さは変わらず、長距離移動は不安だが「少しは回復してきた」とのこと。幹夫は喜びつつ、「店のほうがもう少し余裕になれば父さんの住まいを探せるかもしれない」と、眠る前のバラックで胸に期待を膨らませる。 夜、かつてのように徹夜の轟音が耳を壊すこともなく、警察が“問題なし”と巡回しないだけの、静かな時間を噛みしめながら、幹夫は「こんなに穏やかに仕事ができるなんて、戦時中は想像もつかなかった……」としみじみ思う。そして父が東京に来て、もしこのバラック印刷所を見たら、どんな反応をするだろうか――そんな想像に微かな笑みがこぼれる。
結び: 訪れる夏、かつてない自由へ
こうして昭和二十三年六月、焦土の町は初夏の気配を深め、バラック印刷所は小さな輪転機の音を日々刻んでいる。徹夜の苦役に支配された軍印刷の時代は遠い過去となり、警察は旧来の権威をなくし、GHQの下で再構築されている。これまでなら考えられなかった英語チラシや自由な情報発信が彼らを支え、幹夫は父との再会をより現実的に思い描くことができるようになった。 闇市や配給の苦労は依然として幹夫の生活を縛り、一瞬たりとも豊かさを実感する余裕はないが、少なくとも軍命令で徹夜を強要される日々からは解放されているのは確かだ。あの轟音も警察の巡回の足音ももう聞こえない。 「ここからだ……父さんを迎えに行き、この店で一緒に暮らしながら新しい時代を作っていくんだ」 夜になり、微睡むバラックの屋根越しに空を見上げ、幹夫は小さくつぶやく。焦土から立ち上がり、自由の重みと父への愛を背負って、いつかは真の安定を掴む――その願いが遠くの空に消えず、あの戦時中の轟音を否定する確かな意志を彼の胸に息づかせているのだ。
昭和二十三年(1948年)七月――焦土に満ちる盛夏の熱気と、父を迎える期待
戦後三度目の夏を迎える昭和二十三年(1948年)七月。東京の焼け跡には、占領軍(GHQ)の改革が浸透し始めつつも、根強い配給の不安定や闇市への依存が残り、警察は再編されたとはいえ、過去のような強権は行使できず混沌とした治安状況が続いている。一方で、かつて徹夜の轟音の中で警察の「問題なし」とともに軍印刷を大量生産した幹夫たちは、バラック印刷所で静かに英語混じりのビラや雑誌のページを刷る小規模な事業を継続していた。自由は得られたが、資材不足や収益の低迷は相変わらずで、父を東京へ呼び寄せる目標もまだ道半ばである。
1. 焦土を焦がす夏の熱気
七月に入り、厳しい夏の陽射しが焦土の地面をさらに焼き上げる。まばらに建てられたバラックや、雑然とした闇市の通路を歩けば、蒸し暑さに加え、人いきれや車の排気で息苦しさを感じるほどだ。幹夫たちのバラック印刷所も、昼間は輪転機を回すだけで汗が滝のように流れ、隙間風から生ぬるい熱風が入ってくるため、作業効率は上がらない。 かつては警察の巡回に合わせて徹夜の大騒音で軍ポスターを刷り上げていたが、今の幹夫たちは自主的に作業時間を組み、客の注文に合わせて昼メインで印刷を行う。しかし、暑さと物資不足で大きく伸びるわけでもない。その一方で「徹夜の強要」が消えた気楽さに、彼らの心はまだ救われているとも言える。
2. 父を呼ぶ準備、いよいよ本格化
春先、幹夫は静岡の農家に身を寄せる父と再会し、体調が悪いながらも生存していることを確認。遠からず東京へ呼ぶか、自分が定期的に静岡へ行き来できるようにしたいと願っていた。ここ数か月、バラック印刷所が少しずつ安定し始め、月末にまとまった収入が見込めそうだとの話もあり、幹夫は「この夏こそ父さんを迎える」と改めて腹を括るようになった。 社長や戸田、堀内も、「ここまで店が持ちこたえているなら、そろそろ住まいを借りる段取りをつけてもいい」と助言する。戦時中のように大規模な軍印刷を徹夜で行う必要がなくなったため、人件費や用紙の消費が抑えられる面もあり、幹夫が店を一時離れていても、仲間が回す自信がついているようだ。
3. 警察・闇市の変わらぬ混在
一方、焦土では警察が新体制で巡回し、闇市の違法取引を取り締まろうとしているが、成功しているとは言い難い。幹夫が闇市の買い出しへ行くと、元警察関係者と思しき人々が商売していたり、占領軍向けの品を扱う露店が堂々と道を塞いでいるのに、警官は注意しきれずに困っている様子だ。 かつて幹夫らが徹夜の轟音を響かせ、警察が「問題なし」と言い残して去った頃の権威はもはや見る影もない。朝から晩まで職務に追われる警察は、市民から苦情を受けながら苦慮し、闇市を鎮めるにはGHQへの依頼をするという二重の手間にあえいでいる。幹夫はそんな光景を横目に、「徹夜を強要されるほどの秩序は戻らなくとも、自由に苦しむ今のほうがいいのかも……」と思いを巡らせる。
4. 初めての住まい探し
七月中旬、印刷所の仲間のすすめで「幹夫と父が暮らせる部屋を探そう」という動きが具体化する。戸田が闇市周辺の物件情報を集め、堀内が警察や市役所で賃貸証明の相談をするなど、戦後に必要となった新しい手続きを踏もうとするが、配給状態が悪く家賃や契約条件が安定しないことが難点だ。 幹夫は「徹夜から解放された今、何としても親子で落ち着いた暮らしを作りたい」と願っているが、これが思った以上に難航する。焦土で残存する建物は限られ、GHQの関連施設や大企業が優先的に利用しているケースもあり、細かい中介が必要とのこと。戦時中は警察がすべてを管理していた面があったが、いまは占領下で別のルールに縛られているという皮肉だ。
5. 父を迎える日への決意
七月下旬、印刷所の仕事はいくらか落ち着いたが、先述の部屋探しがうまく進まないまま。幹夫は皆の前で「部屋が見つかり次第、父を東京に呼ぼう。もし見つからなければ、また俺が向こうに通うしかない……」と苦い笑みを浮かべる。社長や戸田は「今のやり方なら徹夜もないし、幹夫が抜けても店はやれる。その間に少しでもまとまった部屋を見つけておこう」と肩を叩く。 幹夫は「徹夜の轟音」や警察の“問題なし”という声を耳にする必要がなくなった今が、大きな転機だと理解している。自由を得たかわりに自力で生きねばならず、まだ住まいは足りず、物資も厳しい――だが、古い体制に戻りたいとはまったく思わない。焦土の夏の日差しが照りつけるバラックで、小さな輪転機を回しながら「父さんを呼び、ここで新生活を立て直すんだ」と思いを強くするばかりだ。
結び: 次なる一歩へ
こうして昭和二十三年七月、東京の焦土は炎暑のなか、闇市が賑わい警察が苦闘し、占領軍(GHQ)の指令に左右されながらゆっくりと動いている。徹夜に追われた頃の印刷所を失った幹夫たちは、バラック印刷所で細々と英語ビラや雑誌を刷り、警察が「問題なし」と言う必要のない自由に生きている。だが、父との同居という次なる目標に直面し、新たな苦労が始まっているのだ。 幹夫は夜の闇市で買い出しを済ませ、バラックに戻ると額の汗を拭いながら輪転機を点検する。徹夜の轟音がない日常の安らぎと、父を呼びたいための責任感が入り混じり、「父さん、この夏か秋には必ず一緒に暮らそう」と心で誓う。焦土の夜風が熱気を吹き飛ばすわけではなく、警察の再編も混沌としたままだが、少なくともあの戦時下の徹夜に比べれば自分たちで未来を掴もうとしている。 警察も軍も大きく変わった時代の波を感じながら、幹夫は輪転機を止め、明日の印刷物の確認を終える。「もう轟音に支配されることはない。今度は父さんとともに、この店と暮らしを築いていくだけだ」と心で唱え、焼け跡のバラックで夜を迎える日常を続けていく。
昭和二十三年(1948年)八月――焦土の残暑と、父を迎える覚悟
戦後の東京で三度目の夏もいよいよ盛りを迎えた八月。占領軍(GHQ)の下での民主化や改革はさらに形を得つつあるが、焼け野原の痛ましい跡や物資不足の現実は未だ人々を苦しめている。焦土の町には闇市とバラックが乱立し、警察は旧来の強権を失い、住民との距離感を探りながら治安維持に奔走。そんな中、かつての“徹夜の轟音”から解放された幹夫たちが運営するバラック印刷所もまた、街の陽炎のような暑さと生活苦の狭間で、限られた依頼を懸命にこなしていた。
1. 焦土に広がる炎暑
八月になると、連日の猛暑が瓦礫や焼け跡をさらに照りつける。バラックで暮らす人々も食糧や水の確保に苦労し、闇市はむせ返るほどの人いきれと臭気に包まれている。幹夫たちの印刷所も、日中の作業は汗が流れ落ちるほどで、昔のように徹夜の轟音で朝を迎えることはないものの、資材不足と検閲書類への対応で日々が過ぎていく。 かつて警察が「問題なし」と巡回した頃と比べれば自由が増したが、自力で経営を支えねばならない厳しさを噛みしめる日々は変わらない。昼間に小さな輪転機を回して英語ビラや小規模雑誌のページを刷り、夜には闇市での買い出しや、検閲書類の整理などでままならない。残暑が厳しい夜風に吹かれながら、幹夫は「あの戦時中の徹夜と違って、疲れるけど解放感もある」と自分に言い聞かせている。
2. 父を迎える準備、本格化
この夏の大きな変化は、父の状況が少し安定し、東京へ移動することも検討し始めたことである。幹夫が数か月前に静岡で再会した父は、農家に身を寄せていたが体調は徐々に回復してきたとの便りが届いた。早ければ秋口にも東京へ来られるかもしれないというのだ。 そこで幹夫と仲間たちは、父が落ち着いて暮らせる部屋を探そうと、バラック以外に借りられる住まいを探しはじめる。しかし、焦土の都市ではまともな建物が足りず、賃貸料も闇取引に近い形で高騰しているため、一筋縄ではいかない。それでも社長が奔走し、戸田や堀内が情報を集めている。幹夫は深く感謝しながらも、「徹夜に追われず自分らしく働けるのが、父さんを呼び寄せるうえでも一番大事だ」と改めて感じている。
3. 警察と闇市の焦げつく夏
夏本番の闇市は、さらに密集した露店と暑気で秩序が乱れやすく、警察が巡回して注意を促しているが、戦時中のような威圧力はない。米兵も混在し、占領軍(GHQ)との摩擦が生じる場面もあるため、警察は「問題なし」を言いにくる余裕どころか、日々のトラブル処理に追われているらしい。 幹夫は、夕刻に闇市へ出るたび、「徹夜の轟音を監視していた警官も、いまやこうして住民と一緒に苦労しているのか」と思わず苦笑する。あの時代からわずか三年ほどしか経っていないのに、世界は様変わりし、彼も印刷所もすっかり異なる形で立ち回っている。不思議な感慨を抱きつつも、「父さんのためにこの自由は捨てられない」と決意を新たにする。
4. 店の収益と昼間作業の安定
八月後半、バラック印刷所は小さな案件をいくつか同時に抱えつつも、昼間中心の作業でそれらを無理なくこなしている。徹夜の騒音に苛まれず、軍の一方的な命令で大部数を刷らなくていいのは大きいが、一方で大量受注がないため売上は限られている。 それでも、英語ビラやローマ字混じりの日本語チラシなど、多様な印刷需要が少しずつ増え始め、占領下の新しい文化やビジネスの胎動を感じさせる。社長や戸田は「これで父上を迎える費用や初期生活費も、ある程度めどが立ちそうだ」と幹夫を励まし、堀内がGHQや市役所の手続きについても協力を約束してくれる。その姿に幹夫は胸が熱くなる――「これまでの努力が父さんとの再会に繋がる」と実感できるからだ。
5. 父との暮らしを思い描いて
夜、作業を終えて薄暗いバラックで寝床につく前、幹夫は机に向かって簡易な設計図のようなものを描いている。父が来たとき、同じバラックでは手狭だから、どこか近所に部屋を借りて住むか、あるいは店の一角を改装するか――アイデアだけが膨らむが、どの案も金銭的ハードルが高い。それでも、徹夜の轟音に身を削った頃よりずっと前向きな悩みだ。 「父さん、一緒に暑い夜を越えられる日が来るんだろうか……」 警察が姿を見せないまま静まる夜道や、闇市の残響をかすかに聞きながら、幹夫は未来をかすかに夢見る。もう“問題なし”と徹夜を見回る声に苦しむ必要はない。自由だが弱い自分たち、それでも家族を迎えるために頑張っているこの日々が、いつか大きな成果につながることを願ってやまないのだ。
結び: 夏の終盤、次なる希望へ
こうして昭和二十三年八月、焦土の町を焦がす日差しのなか、バラック印刷所は徹夜から解放された形で英語混じりの印刷をこなしている。警察や占領軍が新体制を作り上げる混沌のなか、幹夫たちは自主的に昼間で仕事を区切り、夜には闇市での生活必需品を整える。そんな地道なサイクルが、ほんの少しずつだが、彼らの収入と暮らしの安定をもたらしつつある。 父が夏を越えて東京へ来る日も近いかもしれない――幹夫はガタガタの輪転機を手で止めながら、そんな夢を胸に描く。警察の「問題なし」を心待ちにする徹夜の日々はもう過去だ。これからは自分たちの意志で印刷し、家族を救う――焼け跡に広がる盛夏の熱気を感じながら、幹夫は自らにそう誓い、夜の闇市へと足を運ぶ。苦しい現実を踏み越え、父を迎えるための準備が焦土の夏のなかで確かに進行しているのだ。
昭和二十三年(1948年)九月――秋風の予感と、父を呼ぶための最後の段取り
戦後東京の焦土も、三度目の夏を終えてようやく暑さが和らぎはじめる九月。占領軍(GHQ)の改革が街の制度や警察の在り方を変え続け、相変わらず闇市が生活を支える一方、かつての「徹夜の轟音」や警察の「問題なし」に支えられた軍印刷の風景はもはや記憶の奥へ追いやられていた。幹夫と社長、戸田、堀内らが独自に立ち上げたバラック印刷所は、英語ビラや雑誌など細かな印刷案件を地道にこなしながら、次の季節を迎えようとしていた。
1. 夏の終わりと街の空気
九月に入り、夕刻の風がわずかに冷ややかさを伴い、酷暑の気配はやや後退している。焦土の町では一部でバラックから仮住まいへ移る人も増えつつあり、闇市にも秋物の衣類や芋・野菜が並んで客を呼んでいる。警察は再編後も混乱を抱え、占領軍(GHQ)の意向に左右されながら市中の安全をなんとか保っているが、戦時のように徹夜の印刷現場を見回り「問題なし」と言う業務は存在しない。
幹夫は出勤途中、崩れたビルの前に雑草と秋の虫が息づく光景を見かけ、日中の陽射しもどこか柔らかく感じられる。「徹夜で夜が明けることを恐れた頃よりずっといい」と心の中でつぶやき、バラック印刷所への道を急ぐ。そこには、仲間とともに回すガタガタの輪転機が待ち受け、少なくとも軍からの強要もなく平和な朝があるのだ。
2. 父を呼ぶ計画、佳境へ
幹夫がずっと目標としていたのは、静岡にいる父を東京へ迎え入れること。春に再会し、夏には連れてくるはずが、資金や住まいの問題で遅れ、気づけば秋の気配を感じる九月となってしまった。それでもバラック印刷所は少しずつ安定し、英語のパンフなどまとめて受注する機会も増え、ようやく住居を借りる見通しが立ってきたのだ。 社長や戸田、堀内らの後押しもあって、幹夫は「今月中に父さんを呼びに行きたい」と公言するようになった。仲間たちは「ここは昼間の作業中心だから、そろそろ徹夜しなくても十分こなせる。おまえがいなくても何とかやれる」と背中を押してくれる。かつてのように軍印刷を徹夜で回さなくていいおかげで、幹夫が不在でも店が回る体制が出来上がったわけだ。
3. 警察と行政への相談
父の移住には、東京での住民登録や警察への届け出など煩雑な手続きがあるが、現代(1948年)の警察は従来のような“軍印刷監視”ではなく、市民の問い合わせに応じる窓口になりつつある。堀内が「いまの警察なら、住まいのあっせんや転入届けの相談にもある程度乗ってくれるかも」と言い、幹夫も市役所や警察署を回る準備を進める。 戦中は印刷所を夜通し巡回して「問題なし」と言い、軍国宣伝の徹夜を結果的に後押ししていた警察が、いまはむしろ市民を支援する立場になりつつあるのは、幹夫にとって奇妙な感じがする。だがそれもまた、この二年あまりの激変を物語るひとつの象徴なのだ。
4. 店の仕事と昼間の安定
九月半ば、バラック印刷所には英語で書かれた舞台公演のチラシ依頼が入り、続けて雑誌の表紙デザインも求められるなど、小さめながら複数の案件が重なっている。徹夜で無理に大部数を刷るのではなく、昼間のうちにこつこつ仕上げるスタイルが定着し、従業員たちの疲弊も少ない。かつてのように軍のダメ出しや官憲の巡回がないため、精神的にも余裕を持てている。 幹夫はインクまみれの手を見ながら、「あの轟音から解放されて本当に助かったが、父を失ったままなら意味がない……」と思う。自由を得たかわりに、父と離れ離れという苦しさが長かった。仲間には申し訳ないが、店が安定すればこそ「父さんと一緒に暮らす」道が開ける。今度こそ成功させたいと胸を熱くする。
5. 秋の先の、父との暮らし
九月下旬に差しかかると朝晩が一段と涼しくなり、瓦礫の雑草にも秋色の葉がちらほら混じりはじめる。幹夫は友人から格安の下宿情報をもらい、「父が東京に来たら二人で暮らせそうだ」と期待を膨らませる。社長は「もしダメでも、別のルートを探してみよう。徹夜がない印刷だから、俺たちも昼間だけ働いて時間が作れるはずだ」と笑う。戸田も堀内も「大丈夫、俺たちが責任をもって店を守る」と励ましてくれ、幹夫の心は決まった。 「来月、どうにかして父さんをこっちに連れて来よう。荷物なんてないだろうし、体調は良くないがゆっくり移動すれば……」幹夫はそう決意を固めると、輪転機を止めた夜のバラックで、もう一度入念に計画を頭の中で描き直す。「この自由を手にしたんだ。あの徹夜の轟音にはもう縛られない。自分の家族くらい、自分の力で守ってみせる——」と。
結び: 次なる季節へ向かう焼け跡
昭和二十三年九月、焦土の町はやがてやってくる秋に備えるように落ち着きを取り戻し、印刷所も昼間メインの稼働でそこそこ仕事を確保している。警察や軍(GHQ)の形こそ変わったが、夜の闇市にはかつてほどの緊迫感はなく、時折米兵とのトラブルが噂される程度。決して豊かではないが、幹夫たちは徹夜下の強制労働から解放され、新しい日常を築きつつあるのだ。 そして、幹夫にとって最大の転機は、父との同居計画が最終段階に入ったこと。これまでは「父を迎える余力がない」と何度も諦めかけたが、仲間の支えと昼間労働の安定が後押しとなり、次の月にはいよいよ行動に移れるだろう。 夜、バラックを閉める前の静寂のなか、幹夫は一瞬「警察が‘問題なし’と言ったあの夜」に思いを馳せる。しかし、いまは自分の意志で機械を止められる。それがどんなに尊いことか。父を呼び寄せ、徹夜の轟音なき世界で共に生き直す未来へ、焦土の秋が新たな予感を運んできていた。
昭和二十三年(1948年)十月――焦土の秋に実る父との暮らしへの道筋
戦後の東京で三度目の夏が過ぎ、朝晩の涼しさが少しずつ焼け跡の瓦礫を包み込む十月。占領軍(GHQ)の指令が続くなか、闇市やバラックを頼りに日々を営む人々が徐々に増えてきた。配給は相変わらず不安定で、警察も旧来の権力を失ったまま新体制に移行しており、焦土の町には混沌と緩やかな復興とが入り混じる。そんな中、かつて徹夜の轟音と警察の「問題なし」に縛られた幹夫たちは、小さなバラック印刷所を自主的に切り盛りし、いよいよ父との同居の準備を本格化させようとしていた。
1. 秋の陽ざしと焼け跡の風
十月の東京は日中の陽ざしがやわらかく、瓦礫の草むらには秋の花が揺れている。遠くには崩れたビルがそのまま残り、復興が進んでいない区画も多いが、かつての焦土の荒涼と比べれば、多少は町の活気が戻り始めているように見える。闇市はますます数を増し、米兵や地元の人々が雑多に行き交い、警察が治安維持に追われる姿は日常風景となっている。
幹夫はそんな通りを歩きつつ、かつてのような「警察による巡回」「徹夜の轟音」が完全に消え去った現在の空気を胸いっぱいに吸い込む。「もう徹夜を強要されない、自由な働き方になった」と思うと同時に、資材や住居の問題は終わっていないと改めて感じる。配給の不足や闇市への頼りが生活から切り離せないのは、戦前とは違う苦労だ。
2. 父が上京する日を待ちながら
バラック印刷所では、幹夫が父を東京へ呼ぶための住居探しを春から続けており、この秋になってようやく一つの候補が見つかった。知り合いの伝手で比較的安い部屋を借りられそうだという報せが入り、社長や戸田、堀内が大いに喜ぶ。父が暮らす静岡の農家とも段取りを整えれば、年内にも父がこちらに移り住めるかもしれない、という希望が現実味を帯びてきた。 幹夫は印刷所の輪転機を操作しながら、春先に父と再会した静岡での記憶を思い出す。「今度こそ、徹夜の轟音にも縛られない、俺たちの印刷所で共に暮らしていけるかもしれない」と胸を熱くし、夜には闇市での買い物中に布団や日用品の値段を確認したりするようになった。
3. 警察の再編と街の表情
街では警察の新体制が落ち着きつつあり、幹夫が知るかぎり、もはや「徹夜の印刷所」を巡回して“問題なし”を言い渡すような時代は完全に過去のものとなった。それどころか、警察自体が戦中と比べて人手も権限も減り、さらにGHQの監督下で市民の苦情処理や闇市整理、各種届出への対応に追われている印象だ。 ある夕暮れ、幹夫が闇市を通りかかると、新任の警察官が市民のトラブルを仲裁している場面に出くわす。以前の官尊民卑的な威圧感はなく、むしろ低姿勢で折衝を重ねる姿に、「これがあの戦時中に徹夜を黙認していた警察と同じ組織なのか……」と複雑な思いを抱く。だが、過度な徹夜強制や警察権力から解放されたのは事実で、それが今の印刷所の自由を支えているのもまた事実だ。
4. 昼間メインの印刷と少しの余裕
バラック印刷所は英語とカタカナを混ぜた広告、GHQ向けの告知ビラ、日本語雑誌の見開きページなど、小規模だがそこそこ安定した受注を手にしており、昼間メインの作業でスケジュールを回している。夜に残業をすることはあっても、徹夜でぶっ通しというケースはまずない。 社長は「もう疲労で死にそうになる徹夜なんてごめんだな」と笑い、戸田や堀内も頷く。幹夫もここ数年の嵐のような人生を振り返り、「あれほど嫌だった警察の巡回や問題なしの声、軍のポスター印刷が嘘のようだ」としみじみ感じる。いまは闇市で暮らす苦労こそあるが、機械のペースや休憩時間も自分たちで調整でき、体力を温存しやすい環境になった。
5. 父との新生活を想う秋
十月下旬、東京の夜風は一段と冷たさを増し、焦土の空気に秋の深みが忍び寄る。幹夫は作業を終えたあと、バラックの屋根に腰を下ろして夜空を見上げることがある。「父さんがこっちに来れば、一緒にこの空を眺められるかもしれない……」と想像し、胸が温かくなる。 戦時中、徹夜下で警察が「問題なし」と巡回するたびに憎らしかったあの音――それが消え去り、今は静かに仲間と印刷を運営できる身分になったのは、決して当たり前のことではない。父にその様子を見せたらどんなに驚くだろう。闇市や資材不足という現実は辛いが、ここには少なくとも“徹夜の苦役”も“警察の干渉”もない自由がある、と幹夫は自らに言い聞かせる。
結び: 冬を迎える前に
こうして昭和二十三年十月、東京の焼け跡には秋の深まりを感じさせる冷えと、相変わらずの混沌が同居している。徹夜と轟音が跡形もなく消えたバラック印刷所では、社長や仲間たちが昼間中心に仕事を進め、幹夫が父を迎えに行くための下準備として住まい探しにも注力している。 戦時中の警察は「問題なし」という言葉で徹夜印刷を黙認し、その先に大空襲による悲劇を生んだ。いまの警察は市民の生活を支える形で姿を変え、幹夫たちは資材の少ないバラックで自由な労働を守り、父との同居を見据えるまでに成長したのだ。 秋風が肌をさすころ、幹夫は夜の闇市で買い出しをしながら「父さん、今年中には本当にこっちへ来られそうだ……」と小さく呟く。もうじきまた冬が来るが、もう徹夜に怯えることはない。あとは父を迎え、再び一緒に生きる日々を築くのみ――焦土の秋が深まる中、彼の目には新しい時代の扉がわずかに開いているように映っていた。
昭和二十三年(1948年)十一月――父を迎えたバラック印刷所、次なる一歩を模索する秋
戦後も三度目の秋を越えようとする昭和二十三年(1948年)十一月。占領軍(GHQ)の再編により街の制度や警察の姿が変容して久しいが、東京の焼け跡には依然として闇市が広がり、配給も頼りにならず、多くの人々がバラックでの生活を続けている。そんな焦土のなか、かつて「徹夜の轟音」に翻弄された幹夫たちが運営する小さなバラック印刷所は、英語のビラや雑誌の一部を日中メインで印刷しながら、戦時の過酷な日々とは違う形の自由を噛みしめていた。彼らの最大の目標だった“父を呼ぶ”という計画が、今月大きく進むことになる。
1. 秋も深まりゆく焦土
十一月初旬、東京は朝晩に冷たい風が吹き、瓦礫の道には枯葉が積もりはじめる。闇市は相変わらず朝から晩まで人いきれと雑多な物売りでにぎわい、警察は新体制でパトロールを強化しながらも全体を把握しきれず、混沌が続いている。かつて幹夫たちが夜どおし徹夜で軍ポスターを刷り上げていた頃の「警察の巡回で問題なし」という時代は、遠い思い出になっていた。
バラック印刷所にはそれでも英語を中心とした印刷依頼が散発的に舞い込み、まとまった徹夜は必要なく、昼間の稼働でこなせる程度の量が安定している。徹夜を余儀なくされる圧迫感から解放された今、幹夫や社長、戸田、堀内らは昼のうちに輪転機を動かし、夜は闇市の買い出しや事務作業というスタイルを定着させてきた。
2. 父、ついに東京へ
そして今月、幹夫にとって嬉しい転機が訪れる。父が静岡での療養をある程度終え、「そろそろ東京へ行きたい」と意思を示したのだ。幹夫は以前から準備していた住まいの手配を急ぎ、店の仲間たちの協力も得て何とか狭い二間の部屋を見つけることに成功する。かつてのように警察が「問題なし」と判定してくれるわけでもなく、GHQの検閲とは別の賃貸契約手続きの煩雑さにも苦労したが、仲間が動いてくれたおかげで事は進んだ。 父が上京する日、幹夫は静岡まで迎えに行き、農家の方々に感謝の言葉を何度も伝え、長距離の移動を慎重にこなしながら、ついに父を東京に連れて戻る。焼け落ちた町の変わりように父は驚きつつも、「徹夜に煩わされない印刷所」と幹夫の努力を喜んでくれた。
3. 新たな同居生活と警察の陰
父を東京の簡素な二間に落ち着かせ、幹夫はバラック印刷所に復帰。もし父が体調を崩せば、いつでも駆けつけられる距離だ。徹夜の軍命令も警察巡回もない日常は、多少の貧乏暮らしでも「生きる実感」を与えてくれると、父も笑顔を見せる。それがかつての警察や軍の管理下では考えられなかった自由だ、と幹夫は胸が熱くなる。 もっとも、警察やGHQはなお混沌とした状況を続けており、闇市では犯罪や米兵との衝突も後を絶たない。父が外出するたび、幹夫は治安の悪さを心配するが、父が「昔みたいに巡回で徹夜を見回るわけでもないし、気が楽だ」と言うのを聞くと、戦時の息苦しさと比べた今の自由を噛みしめる思いになる。
4. 印刷所の安定と昼間仕事
十一月半ば、バラック印刷所は相変わらず小さな依頼をこまめに受注している。英語と片仮名が混ざったポスター、雑誌の挿絵ページ、商店の広告チラシなど多岐にわたるが、どれも徹夜を要するほど大量ではなく、日中の作業で十分に間に合う。社長や戸田が顧客と交渉し、堀内が検閲の書類をまとめ、幹夫が輪転機を回すという流れが確立されており、父の世話も不自由なく行えている。 幹夫は父のいる二間住まいからバラック印刷所へ通う道すがら、かつて警察が夜毎に巡回していた頃を思い出し、「もはや徹夜の轟音は僕らを苦しめない。自由とはこういうものだな……」と胸にしみじみ感じる。しかしその一方、闇市や賃貸の高騰で生活は苦しく、父を安心して暮らさせるにはまだ課題も多い。自由には責任が伴うことを改めて思い知るのだ。
5. 新しい家族のかたち
幹夫の父は当初、東京の変わりぶりや家族を失ったような印刷所の規模に戸惑うが、戦時中の徹夜下で幹夫が疲弊した話を聞くと「こんな世の中になったか……」と感慨にふける。歯がゆい闇市の暮らしや、警察が旧来の力を失っている点にも驚きつつ、「戦争がなくなっただけでもよしとしなきゃならんのだろうな」と呟く。 夜になり、父とともに二間の小さな居室に戻る幹夫は、久々の親子団欒を味わいつつも、翌日の印刷スケジュールや配給取得の段取りを頭で組み立てる。徹夜しないですむが、時間をいかに使うかは自己責任だからだ。「この先、もっと店が成長すれば父さんにも楽をさせられるかもしれない」と、わずかながら明るい展望を見始める。
結び: 秋から冬への支度と未来
こうして昭和二十三年十一月、幹夫は大きな目標だった父を東京へ迎え入れ、その生活が新たな段階に入った。かつての「問題なし」と言われる徹夜時代から解放され、昼中心の印刷仕事で稼ぎ、警察やGHQのルール下ではあるが、自分たちの意志で店を運営している。徹夜の轟音が消えたかわりに、物資不足と闇市通いの苦労があり、父の体調を支えねばならない新たな試練もあるが、幹夫はそこに真の家族の再生を感じている。 この焦土の秋も残りわずかで、冬の寒さが迫るなか、彼らの小さな輪転機は昼間のかすかな音を刻み続ける。父が夜になって見守っていると思うと、幹夫は不思議な熱意と責任感を覚えるのだ。戦時中の徹夜と警察巡回による旧束縛を脱ぎ捨てた先に、こうした苦しくとも温かい家庭の光がある――そう信じ、戦い続ける彼の姿が、秋風にそっと背中を押している。
昭和二十三年(1948年)十月 ― 焦土に灯る父の新生活
1. 秋晴れと穏やかな作業
九月末、幹夫は静岡の父をいよいよ東京へ迎える段取りを整え、社長や戸田、堀内の助けを借りて、一部屋だけ借りられるめぼしい家も見つかった。焦土が広がる東京では簡単ではなかったが、どうにかバラック印刷所から数百メートル離れた一角に瓦礫を再利用した小屋を借りる話がまとまりかけている。 十月になると、日中は秋晴れが続き、かつてのような「徹夜の轟音」がないまま、幹夫と仲間たちは英語を交えたパンフや小規模雑誌の刷りを順調にこなす。警察が「問題なし」と深夜に巡回することもないため、昼間の明るい時間帯に作業を集中でき、身体的負担は戦中とは比べものにならないほど軽い。 幹夫は「この店がこうして生きているのは奇跡のようだ……」としみじみ思い返す。戦中の徹夜では、警察や軍の命令に振り回されるだけで、自分の考えなど入る隙もなかった。それがいまでは、紙不足や配給の遅れには苦労しても、自分たちの判断で仕事を進められるのだ。
2. 父の移動と新しい拠点
幹夫は九月末に静岡へ赴き、父とともに電車とバスを乗り継いで東京へ戻ってきた。父は農家でかなり体力を回復していたが、長い移動は苦痛を伴う。途中、何度も休み休み乗り継ぎをして、ようやく東京駅に降り立ったとき、父は眩しそうに焼け跡の街を見渡した。 バラック印刷所の仲間は温かく迎え、社長が「あの戦時中に幹夫が徹夜で働いていた印刷所はもうないですが、今はこういう形で続いているんですよ」と説明。父はしわがれた声で「こんなに自由にやれる時代が来るとは……」とつぶやき、涙を浮かべる。幹夫はその姿を見て胸が詰まる。 父を案内する予定の瓦礫再利用の小屋は、壁や屋根の補修がまだ十分でなく、当面バラック印刷所の一角で仮住まいさせることに。社長と堀内が急ぎスペースを片づけ、戸田が寝床や簡易調理スペースを準備した。
3. 警察と占領軍の視線
とはいえ、街には占領軍(GHQ)の影響が色濃く、闇市での取引や検閲への対応が幹夫たちを縛るのは相変わらず。警察は戦中の「問題なし」とは違う形で、今では住民の防犯相談などに忙しい。夜にバラックへ戻るとき、幹夫が父を伴って歩くと、巡回中の警官が「困りごとはないか?」と声をかけてくれる場面もある。「あの頃の徹夜巡回とは本当に別物だ……」と幹夫はしみじみ思う。 戸田がちらりと「昔の警察がもっと市民のために動いていれば、徹夜で苦しむこともなかったんじゃないか」と冗談交じりに言うと、父は「いまさら言っても遅いが、こうやって自由になっただけでも救いじゃろう」と微笑む。徹夜の轟音を強いられず、自分の意志で働き、さらに家族をここへ迎えるところまで来たことに、親子の安堵と一抹の切なさが混じるのだ。
4. 新しい親子の暮らし
父はまだ体調が万全でなく、昼間はバラック印刷所の椅子に座って過ごし、幹夫が輪転機を回す姿を眺めたり、帳簿を整理する社長や堀内の様子を見ながら「わしも何か手伝えればいいが……」と弱々しくつぶやく。幹夫は「父さんはゆっくり休んで。ここの暮らしにも慣れてほしい」と声をかけ、戸田が闇市から滋養のある食事を仕入れてきたりする。 夕方になると父は仮住まいの寝床でうとうとし、幹夫は仕事を終えたあと、次の案件を社長や戸田と打ち合わせている。夜になればとくに仕事はせず、軍の命令で徹夜する必要などない。静かに父と同じ時間を過ごせることに、幹夫は心底ほっとしている。
5. 秋へ向かう風の中で
十月に突入すると同時に、焦土の町はもう少し冷たい風が通りはじめるが、父と一緒に暮らし始めた幹夫の表情はどこか晴れやかなものだ。これまで「父を探さなくては」「徹夜の轟音から解放されても、家族を救えない」と苦しんできたが、今は親子揃ってバラックで夜を迎えられる。 もちろん生活は厳しく、配給と闇市に依存し、警察やGHQのルールに翻弄されることは変わらない。紙やインクは依然として高騰し、戦前のように警察から特別扱いもされない。だが、父と一緒に朝を迎え、昼間は徹夜なしで働き、夜は心を通わせることができる事実だけで、幹夫はこれまでの苦労が報われるのを感じる。
昭和二十三年(1948年)十一月 ― 父の落ち着く暮らしと、印刷所の充実
1. 秋色深まる焦土
十一月に入り、東京の廃墟にも秋の深い冷えこみが忍び寄り、幹夫たちが運営するバラック印刷所にも焼け野原を吹く冷たい風が流れ込む。しかし夏を越えた父がどうにかここでの暮らしに慣れ、幹夫は朝から輪転機を回しながら、「徹夜の轟音や警察の深夜巡回に悩んだ頃が嘘のようだ」と呟く。 父の体調はまだ万全ではないが、バラックの皆が支えてくれるおかげで日中は印刷所の片隅で過ごし、夜は仮住まいで休むという生活をなんとか送れている。警察が “問題なし” と言っていた頃の記憶が父にも残っており、「本当にあれは何だったんだろうな……」としみじみ語る場面がある。
2. 印刷所の小さな繁盛
秋が深まるにつれ、英語での宣伝ビラやローマ字入りの雑誌原稿など、戦後の新文化を感じさせる印刷依頼が微増してきている。幹夫や戸田、堀内は昼間に集中して輪転機を回し、父が見守るなか、黙々と作業を続ける。かつて軍ポスターを大量生産したときのような徹夜はせず、あくまで自分たちのペースで工程を組む。 経営はまだぎりぎりだが、社長は「これだけ仕事が続くなら、この冬を越えられる」と胸を撫で下ろし、父も「よかったな……、これでわしも遠慮せずに過ごせる」と微笑む。幹夫は父のそういう表情を見て、父子共に無事に再会できただけでなく、一緒にこの自由な印刷所を味わえることに感慨を新たにする。
3. 父と警察、過去の話
父がバラック印刷所で戸田や堀内と話し込んでいるとき、しばしば出るのが「戦時中の警察はどうだったか」「夜中も巡回して印刷所を監視していた」などの回想話だ。父は「わしは東京へ来たばかりの頃、あの徹夜の轟音を聞いて恐ろしく感じたが、いまはほんに静かじゃのう」と溜め息まじりに語る。 警察は今も市中の混乱に苦労しているが、少なくとも「徹夜印刷を強制するような時代」ではなくなり、逆に占領軍(GHQ)の方が印刷物を検閲し、その範囲で自由に昼間働けるというのが現実だ。父も「都合はいいのか悪いのか、さっぱり分からんが、昔よりは人間らしい気がする」と苦笑する。幹夫はそれを聞きながら「もう徹夜に押し潰されなくても生きられる。ここに親父と暮らす日々がある」と胸にこみ上げるものを感じる。
4. 寒さ増す年の瀬
十一月下旬、さらに冷えこみが増し、父の体を守るためにも少ししっかりした住まいへの引っ越しを急ぎたいところだが、家賃の高さやGHQ関連の優先使用などがあって、簡単には借りられない。結局、バラック印刷所の一角と隣接する板張りスペースを少し改装して、父が布団を敷いて寝起きできるようにする計画が進められる。 幹夫や戸田が夜な夜な板を打ち直し、隙間を塞いで寒さをしのぐ工事を行っていると、父が「わしのせいで面倒をかけるな……」と恐縮するが、幹夫は「父さんがいなかったら俺たちは何のために働いてるか分からないよ。もう徹夜地獄も軍の命令もないんだから、これくらい自分の意志でやらせてくれ」と笑みをこぼす。
5. 秋から冬への移ろいと新たな絆
そうして十一月の末、朝晩の冷えが強まるなか、父が薄手の毛布を巻いて印刷所の作業を横で見守る風景が当たり前のものになっている。父は体力が限られているが、息子と仲間が昼間メインで印刷をこなし、夜はゆっくり休む生活に心を打たれている。「もう無茶な徹夜はしなくていいのだな……」と呟く父の横顔に、幹夫は一瞬涙をこぼしそうになる。 警察が巡回にきて「問題なし」とだけ言い去る日々から、ここまで変わるとは思わなかった。軍の大きな後ろ盾を失い、配給や紙の確保に苦労しながらも、自分たちの印刷で少しずつ生計を立て、父と同居できる環境を整えた。幹夫は焼け跡を見つめ、「今度こそ年を越すときは一緒だな、父さん……」と心で囁く。
昭和二十三年(1948年)十二月 ― 親子揃って迎える初めての自由な年越し
1. 深まる寒気とバラック印刷所の年末
十二月に入り、東京の気温は一段と冷えこみ、瓦礫の町には木枯らしが吹いて、年の瀬の足音が高まる。闇市では年末向けの売り出しがちらほら行われ、占領軍(GHQ)や警察も年越しの治安や配給の調整に追われている。一方、幹夫たちのバラック印刷所では、英語混じりのパンフや来年用の雑誌表紙など、少量ながら途切れず仕事が舞い込み、昼間中心で作業を回す日々が続く。 父はしばしば体調を崩し、印刷所の隣接スペースで横になっていることが多いが、幹夫や仲間が見舞い、軽い食事を与えて介抱する。“徹夜なし”で昼メインの働き方だからこそ、皆がゆとりを持って父をケアできているのが救いだ。
2. 過去の轟音と「問題なし」を振り返る夜
ある夜、社長と戸田、堀内が忙しなく作業を終えて雑談をしていると、父がぽつりと「昔は夜になっても軍命令で徹夜が当たり前。警察が回ってきて‘問題なし’と言うたびに、どれだけおまえたちは辛かったか……」と感慨深げに口を開く。幹夫は思わず沈黙し、「そうですね……あの頃は仕事というより、ただ命令に従う歯車だった気がしますよ」と笑う。 父は溜め息まじりに「今も闇市に頼り、GHQに検閲される苦労はあるが、少なくとも徹夜の強制もなく、昼間で切り上げられるのはずいぶん人間らしい」と小さく微笑む。かつて無理やり朝まで印刷機を回した日々はもう過去のものだと、親子で確かめ合うように目を交わす。
3. 年の瀬の収穫と懐の苦労
十二月中旬、バラック印刷所には年越し向けのちょっとしたチラシや広告の依頼が増え、徹夜とはほど遠いが、昼〜夕方にかけて一定の作業量がある。皆が手分けして印刷機を使い、紙を闇市から仕入れ、検閲書類を堀内がまとめるなど、戦時中の軍印刷とは全く違う体制で走り回る。収入はそこそこ出るが、父の医療費や家賃の頭金を考えると、まだまだ余裕という感じではない。 社長は「まぁ、これで父上と越す年末を無事過ごせれば、十分だ」と微笑み、戸田と堀内もうなずく。幹夫は「徹夜から解放されて、こうやって自由に帳尻を合わせられるのは幸せかもしれない……」と心から噛みしめ、父の寝顔を見つめて「もう離れ離れにはならないからね」と思う。
4. 警察の影は遥か遠く
年の瀬が迫り、警察も闇市の混乱対策でバタバタしているが、幹夫たちにとっては「戦時中の警察」とは別世界の話だ。昼間に輪転機を回す彼らを取り締まる理由もなく、夜の巡回で「問題なし」と告げに来ることもなくなった。GHQが間に入っているので、むしろ警察と深く絡むのは闇市の安全確保くらいだ。 夕刻、幹夫が父を支えて外へ散歩すると、遠方に警察官が集まっている姿が見えるが、気に留める人もいない。父が「不思議なもんじゃのう。昔は警官が来るたび徹夜で頑張らにゃと思い、挨拶したもんだが……」と小声で回想する。今は徹夜という形で追い立てられず、自分の意志で作業スケジュールを決められる。それは親子が一緒に夜を過ごせる大きな要因となっていた。
5. バラックに灯る年越しの笑顔
十二月も末になると、幹夫と社長、戸田、堀内は店を開けつつ、今年最後の印刷物を仕上げている。かつてなら軍からの命令が降り、警察が巡回する中、徹夜でポスターを量産していただろうが、今では日中をメインに作業を終え、夜は皆がそろって簡素な食事を囲む。その場には父も加わり、徹夜知らずの笑い声がバラックにこだまする。 若干の寂しさもある。「まだ家は借りられていないし、闇市通いも終わらない。紙の不足も辛い」。しかし、皆が「徹夜の轟音」に疲弊した戦時中には想像できなかった自由な年越しがそこにあるのだ。父は「わしには充分ありがたい。幹夫とこうやって年を越せるなんて夢のようじゃ」と涙ぐみ、幹夫も「父さん、俺も同じ気持ちだよ」と目を潤ませる。
結び:新時代への一歩
昭和二十三年の終わり、東京の焦土は冬の寒さが厳しくとも、幹夫と父が再会し、バラック印刷所で仲間とともに日々を紡げる現実は、戦時中の地獄のような徹夜労働からはかけ離れた世界だった。警察が「問題なし」と巡回し、軍が大きな声で命令していた頃に比べ、闇市や検閲の苦労こそあれ、自主的に印刷を行える現在ははるかに生きやすい。 もちろん、不自由は山積みだ。住まいや食料をめぐる苦労、 GHQの統制や経済の混乱は、決して軽くはない。しかし、彼らには「夜になるまで働いても徹夜まではしない」「昼間中心で仕事を組める」という当たり前の自由が手に入った。その恩恵で父と一緒に年を越すことができる幸せを、幹夫はひしひしと感じる。 新しい年の足音がすぐそこに迫るなか、徹夜の轟音を振り切った彼らは、焦土の冬でも暖かな光を胸に灯し、親子そろって小さな印刷所を生きる拠点にしている。警察や軍が一方的に支配する時代は過ぎ、親子と仲間が支え合う日常こそが、これからの再建を生むと信じて、幹夫はその夜も静かに輪転機を止め、父とともに穏やかな眠りへと落ちていくのだった。





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