第2話:タワーの逆襲 〜倒れないパフェと倒れる自尊心〜
- 山崎行政書士事務所
- 2月8日
- 読了時間: 13分

1 行列という名の新しい敵
「……列、伸びてますね」
朝の光が差し込む店内で、星野剛志は窓の外を見て、乾いた笑いを漏らした。昨日まで“こっそり甘党”として入店していた男が、今日は堂々と行列の先頭付近にいる。しかも、列の人たちが彼を見て小声でささやいている。
「ほら、あの人……昨日いたよね? あの店の常連らしいよ」「え、じゃあ“Figoの仲間”ってこと?」「仲間ってなに。秘密結社なの?」
星野は背筋が伸びた。(秘密結社……? 甘党ってそんな危険な団体だったっけ……?)
カウンターの中では、店主の杉山美月が、いつものように真剣な顔でイチジクを見つめている。ただし、いつもと違うのは――その周りに、昨日の倍くらいの注文票が貼り付けられていることだ。
「香里。数を数えて」
アルバイトの江口香里が、注文票の束を見てにっこりした。
「はい! えーと、二色が……二色が……二色だらけです!」
「……それは数じゃない」
「店長、数って言われると緊張して、単語しか出てこないんです」
美月は深呼吸を一回して、落ち着いたふりをした。
「今日の提供数は、何食」
香里が指を折りかけて、星野に睨まれてやめた。
「黒イチジクが、えっと、昨日の残りが……」
美月が答えを待てずに言った。
「足りないのね」
香里が元気よく頷いた。
「足りません! でも白イチジクは二十箱あります!」
星野がぼそっと言う。
「二十箱がまだあるんだ……人類が滅びても残りそう……」
美月が星野を見て、妙に落ち着いた声で言った。
「星野さん。あなた、今日も試食できる?」
星野は反射的に背中を引いた。
「試食って、あの、“味の調整”の試食ですよね? お客さんの前で“試食係”として……?」
香里がうなずく。
「はい。今日から星野さんは“試食係兼・整理券係兼・苦情係”です」
星野は叫んだ。
「兼が多い! 兼ねすぎ! 人間って兼ねると壊れるんですよ!」
美月は真顔で言う。
「壊れてもらうと困るから、壊れない範囲で頑張って」
星野は言った。
「それが一番難しいんですよ……」
外では、列がさらに伸びた。“Figoが褒めた店”という看板は、時に“美味しい”より強い。
そして、その看板は同時に、店に新しい敵を生み出す。――行列という敵だ。
2 予約制という言葉が、火種になる
香里がスマホを見て、ぱっと顔を上げた。
「店長、大変です!」
美月がイチジクを持ったまま固まる。
「また“出た”は禁止」
「出てません! でも、出てます!」
「どっちなの」
香里は画面を見せた。
『Fig & Spoonは予約制らしい! 当日飛び込み無理って聞いた!』
美月の眉が上がった。
「……誰がそんなこと言ったの」
香里が目をそらした。
「えっと……わたしが……昨日、“予約制にした方がいい”って言ったのを……誰かが……聞いて……」
星野が口を挟む。
「香里さん、あなた、“言ったこと”と“決まったこと”の境界線が薄いんですよ」
香里は即答した。
「はい! 私の人生はだいたい境界線が薄いです!」
美月が額を押さえる。
「薄いで済ませないで」
そこへ、列の先頭の女性がドアを開けた。
「すみませーん、予約してないんですけど入れますか? 予約してないと“イチジクに誠実じゃない”って言われました」
美月が一拍置いて聞き返す。
「誰に?」
「隣の人に」
隣の人が得意げに言った。
「ほら、ネットに書いてあったから。ここは“誠実”だから、予約の人からなんでしょ?」
星野は思わず言った。
「誠実って、予約システムの話じゃないんですよ」
二人が同時に星野を見た。
「誰?」「この人、店の人?」
星野は口を開けたまま、閉じ方を失った。
美月が割って入る。
「皆さん、予約制ではありません。……まだ」
「“まだ”って言いました?」と誰かが食いつく。「今“まだ”って言った!」と別の人が騒ぐ。「来週から予約制だ!」と決めつける人が出る。「じゃあ今日食べられないの!?」と怒り出す人が出る。
星野が小声で言う。
「店長、“まだ”は危険な単語です。政治家が使う単語です」
美月が小声で返す。
「星野さん、あなた政治に詳しいのね」
星野は小声で返す。
「日和る癖があるって言われたので……自分研究しました……」
香里が、後ろでこっそり整理券を印刷し始めた。美月はそれに気づかない。
星野は気づいた。
「香里さん、それ何してるんですか」
香里が囁く。
「整理券です! “誠実整理券”って書いてあります!」
星野は震えた。
「整理券に誠実を載せないでください。紙が重くなる」
3 根岸、堂々と嫌味を背負って来襲する
昼前、店の前にやけに派手な車が止まり、派手な男が派手な笑顔で降りてきた。ライバル店「ルージュフルール」の店長、根岸だ。
「やぁやぁ! 繁盛してる? すごいねえ。列、列、列。まるで人気テーマパーク」
美月は一言だけ返す。
「帰って」
根岸は傷ついたふりをして胸に手を当てる。
「冷たい! でも、冷たいのはイチジクじゃなくて君だよ」
香里が小声で星野に言う。
「根岸さん、上手いこと言ったつもりの顔してますね」
星野が小声で返す。
「上手いこと言ってないのに顔だけ上手い」
根岸は店の前に立て看板を置いた。そこには大きくこう書いてある。
『イチジク・タワーパフェ 本日限定! 映えの頂点!』
さらに、写真。ありえない高さのパフェ。そして、なぜか――小さなぼんぼり。
星野が呟く。
「……パフェにぼんぼり、第二弾……」
根岸はニヤニヤしながら言う。
「昨日の“誠実”ってやつ、いいねえ。でもさ、誠実って地味じゃない? “映え”があってこその時代でしょ?」
美月が言う。
「うちのイチジクは派手じゃなくていい」
根岸が首を傾げる。
「じゃあ、君の店は“静かな勝利”が好きなんだ。僕は“派手な敗北”が嫌いなんだ」
星野が思わず言った。
「……それ、どっちも嫌なやつじゃないですか」
根岸が星野に目を向ける。
「あれ? 君、誰?」
星野は一瞬迷って、こう答えた。
「……常連です」
根岸は笑った。
「常連って、店の顔だよね。顔が疲れてるよ」
星野が言う。
「疲れる構造になってるんです、この店」
根岸が満足そうに頷き、さらに追い打ちをかけた。
「ところで、聞いたよ。Figoが“また来る”って」
美月の目が一瞬で鋭くなる。
「……誰から」
根岸は肩をすくめる。
「噂。噂はね、当たる時は当たるんだよ。特に、当たってほしくない噂ほどね」
香里が叫んだ。
「やめてください! 当たってほしくない噂の代表みたいな言い方!」
根岸はにっこり。
「じゃあ、当たってほしい噂を一つ。今日の夕方、僕のタワーパフェ、テレビが撮りに来るかも」
美月が鼻で笑った。
「かも、でしょ」
根岸は胸を張る。
「“かも”は自由なんだよ。未来は誰にも分からない」
星野がぼそっと言った。
「未来が分からない人ほど、声が大きい」
4 イチジクの秘密:静かに、甘く、そして足りない
店内に戻ると、美月は在庫表とにらめっこを始めた。黒イチジクは少ない。白イチジクは山。二色パフェは評判が良い。でも、黒がなくなる。
香里が恐る恐る言う。
「店長……白だけで出すのは……」
美月は言う。
「だめ」
「じゃあ、白を“黒く”したら……」
「どうやって」
「えっと……黒ゴマとか……」
美月が香里を見る。
「あなた、イチジクを何だと思ってるの」
香里は自信満々に言った。
「スイーツのキャンバスです!」
星野が小声で言う。
「絵描きがキャンバス足りないとき、壁に描き始めるやつだ……」
美月は冷静に言った。
「星野さん。今日の秘密を教える」
星野が背筋を伸ばす。
「秘密?」
美月は、そっとイチジクを手に取った。断面。粒の並び。香り。
「イチジクは、派手じゃない。でも、一口目で“静かに勝つ”果物なの」
星野が頷いた。
「……静かに勝つ」
香里が言う。
「じゃあ、派手に負ける根岸さんとは真逆ですね」
美月が言う。
「比べない」
香里が言う。
「比べたい」
星野が言う。
「比べないでください、戦争になります」
その時、外で歓声が上がった。
「うわー! タワーだ!」「すごい! 倒れそう!」「倒れたらバズる!」
星野が呟く。
「みんな倒れるの好きだな……」
美月が立ち上がる。
「……よし。うちは倒れない」
香里が言う。
「店長、倒れないってどういう意味ですか」
美月が言う。
「うちのパフェは倒れない。そして、私のプライドも倒れない」
星野が言う。
「店長のプライドは倒れないけど、僕の体力は倒れます」
5 崩れるタワー、崩れないパフェ、崩れる会話
夕方。店の外はさらにざわついていた。根岸のタワーパフェが、予想以上に人を集めていたのだ。
香里が窓から覗き、顔を引きつらせる。
「店長、根岸さんのところ、写真撮る人が増えてます。…パフェというより、建築物です」
美月が言う。
「食べ物は食べられてこそ」
星野が言う。
「でも、食べられなくても撮られて勝つ時代です」
美月が睨む。
「星野さん、敵の味方しないで」
星野は慌てて言う。
「味方じゃないです! 観察です! 現代社会の観察!」
その瞬間、ドアベルが鳴った。地味なスーツ姿の男性が入ってくる。疲れた顔。スマホを見ている。静かな足取り。
美月の心臓が一回だけ跳ねた。
(……まさか)
香里も同時に息を呑む。
(……まさか)
星野は、なぜか最初から諦めた顔をした。
(……またか)
男性が言う。
「すみません。イチジクパフェを」
香里が小声で言う。
「店長、この人……Figoっぽいです」
美月が小声で返す。
「“っぽい”は危険」
星野が小声で言う。
「この店、“っぽい”で人生が決まりすぎる」
美月は男性に笑顔を向け、丁寧に言った。
「二色イチジクパフェでしょうか」
男性が少し迷って言う。
「えっと……二色が有名なのは知ってるんですが……今日は、もし……三色があるなら」
香里が叫びそうになった。
「三色!?」
美月は叫びそうになった。
「三色!?」
星野は静かに言った。
「……誰がそんな噂を」
香里が小声で言う。
「昨日、私が“次は三色ですね”って言ったのを……誰かが……聞いて……」
美月がゆっくり顔を覆う。
「あなた、言葉に責任を持って」
香里が小声で返す。
「持とうとはしてるんです。でも言葉が走るんです」
星野が男性に向き直る。
「すみません。“三色”は……まだ、存在しません」
男性が穏やかに頷く。
「分かりました。では二色で」
その瞬間、外で大きな悲鳴が上がった。
「うわーーー! 倒れるーーー!」「タワーが傾いた!」「ぼんぼりが落ちた!」
星野が窓の外を見て、つぶやく。
「……派手に負けるの、見たいって言ったから……」
美月は言った。
「見ないで」
香里は言った。
「見たいです」
美月は言った。
「見ないで!」
香里は言った。
「でも、学びになります!」
星野が言った。
「今この瞬間の学びは“外を見ないこと”です!」
しかし、香里は外を見た。そして、反射で叫んだ。
「店長! 根岸さん、こっち見てます!!」
美月が言う。
「見返さないで」
香里が言う。
「見返したいです」
星野が言う。
「目で戦争しないでください!」
その瞬間、厨房の中で“ゴトン”と音がした。香里が慌てて戻ると、手元のイチジクコンポートの瓶が倒れていた。そして、ソースが――パフェの仕込みに混ざった。
香里が青ざめる。
「店長……」
美月が振り向く。
「何」
香里が震える声で言う。
「……三色になりました」
星野が言う。
「何が三色」
香里が指差す。
「白イチジク、黒イチジク、そして……赤いコンポート」
美月が固まった。
「……赤」
星野が言った。
「店長、これ、もしかして“事故”ですか」
美月が静かに言う。
「事故よ」
香里が小声で言う。
「でも……映えます」
美月が即答する。
「映えるな」
星野が言う。
「店長、今“映える”を認めましたね。歴史の証人になりますね」
美月が言う。
「黙って」
6 “秘密”の正体は、だいたい事故
美月は決断した。決断というより、腹をくくった。
「……出す」
香里が目を輝かせる。
「三色、出すんですね!」
美月が言う。
「名前は言うな。三色って言うな。“秋のイチジク”って言いなさい」
星野が言う。
「秋のイチジクって、全部秋です」
美月が言う。
「今は言葉が大事なの!」
香里が男性に言った。
「お待たせしました。こちら……“秋のイチジク”です」
男性はスプーンを手に取り、静かに見つめた。白。黒。赤。確かに三色。確かに美しい。
星野は息を止めた。香里も息を止めた。美月は息を止めようとして、呼吸の仕方が分からなくなった。
男性が一口食べる。
「……」
店内が静まり返る。
外では、タワーが完全に倒れたらしく、拍手が起きている。拍手ってそういう時に起きるんだ、と星野は思った。
男性が言った。
「……これは、狙って作ったんですか」
美月は正直に答えた。
「事故です」
香里が慌てて言う。
「ちょっと! 店長! 言わないでください!」
美月が香里を見て言う。
「嘘をついてないって言われたから。今日は嘘をつかない」
星野が言う。
「店長、嘘をつかないのはいいですけど、事故を宣言する店は珍しいです」
男性が、少しだけ笑った。
「事故って、時々、才能ですよね」
美月が言った。
「才能じゃないです。香里のミスです」
香里が叫んだ。
「店長!! そこはフォローしてください!!」
星野が言う。
「店長、そこだけは嘘ついていいです」
美月は男性に向き直る。
「……味はどうですか」
男性はゆっくり頷いた。
「白のねっとりと、黒の粒感が、赤でまとまってる。“意図してない”のが面白い。それに、派手な飾りで誤魔化してない」
美月の目が潤む。
香里が小声で言う。
「店長、これ……もしかして……」
星野が小声で言う。
「言うな。言うと壊れる」
男性が会計に立ち、静かに言った。
「領収書、お願いします」
香里が身を乗り出す。
「宛名は!?」
男性が迷って――言った。
「……“Figo”で」
香里が叫んだ。
「やっぱりぃぃぃ!!」
美月が叫んだ。
「やっぱりぃぃぃ!!」
星野が叫んだ。
「またぁぁぁ!!」
店内の客が一斉に振り向く。外の根岸まで、倒れたタワーの横からこちらを見ている。
Figoは困ったように言った。
「……あの、名乗らない方が、店が落ち着くと思ったんですが」
美月が言う。
「落ち着きません。うちは落ち着かない店です」
星野が言う。
「それ、店のコンセプトなんですか」
Figoは微笑んだ。
「いい店ですね」
香里が食い気味に言う。
「レビュー、お願いします!!」
Figoは軽く頷いた。
「書きます。でも一つだけ」
美月が身構える。
「何ですか」
Figoは店の外をちらっと見て言った。
「……あそこに倒れてるタワー、片付けた方がいいですよ。食べ物が“舞台装置”になると、周りが全部芝居になりますから」
星野がぼそっと言った。
「もう芝居です……完全に……」
7 レビューは夜に落ち、タワーは昼に落ちる
その夜。店内は閉店後。イチジク箱の壁はまだ健在。三人はスマホの画面を囲んでいた。
香里が叫ぶ。
「出た!!!(今日は言っていいですよね!?)」
美月が言う。
「今日は許可する」
星野が言う。
「許可制になった……いつの間に……」
Figoの投稿は短かった。
「Fig & Spoonの“秋のイチジク”。二色の誠実さに、三色の偶然が混ざった。計画で作れない味がある。それを恐れず出したのが、この店の強さだ。——ただし、名前は整理した方がいい。」
美月が画面を見つめ、ぽつりと言う。
「……名前」
香里が即答する。
「“シロクロアカ・イチジクパフェ”でどうですか」
美月が言う。
「長い」
星野が言う。
「戦隊モノみたい」
香里が言う。
「“イチジクレンジャー”!」
美月が言う。
「やめて」
星野が言う。
「でもちょっと見たい」
そのとき、店の前で物音がした。窓から覗くと、根岸が一人で倒れたタワーの残骸を片付けている。
香里が言う。
「根岸さん、やってる……」
美月は少しだけ迷って、外へ出た。星野と香里もついていく。
根岸は振り向き、苦笑いした。
「……見ないでよ。派手に負けたところ」
美月が言った。
「派手に負けるのも才能ね」
根岸が肩をすくめる。
「今日は君の勝ち。事故で三色だろ? ずるい」
香里が言う。
「事故って、才能らしいですよ」
星野が言う。
「事故が才能って、怖い世の中ですね」
根岸はしばらく黙って、ぽつりと言う。
「……俺も、イチジク、ちゃんと味わえばよかったのかな」
美月は少しだけ柔らかい声で言った。
「派手でも、繊細でも、どっちでもいい。食べ物は食べるものよ」
根岸は笑った。
「じゃあ次は、食べるためのタワーにする」
香里が言う。
「倒れないタワーですね!」
根岸が言う。
「倒れないタワーはタワーじゃないだろ」
星野が言った。
「……その哲学、店長と相性悪いです」
エピローグ “勝ち負け”じゃなく、“食べたい”が残る
翌朝。店の前にはまた列ができた。
「二色ください!」「秋のイチジクください!」「Figoがまた来た店ってここ?」「店長、あの人、星野さんのこと見てます」
星野は列の中で、もう諦めた声で言った。
「……僕、今日もFigo扱いされるんですか」
美月が店の中から叫ぶ。
「星野さん、早く入って! 試食!」
星野が叫び返す。
「常連制度、どこ行った!」
香里が笑って言う。
「制度はあります! 星野さんは“兼”が多い制度です!」
星野がため息をついて店に入る。店内には、イチジクの香りが満ちている。外では、看板の「Fig」がカタカタ鳴っている。
秋は短い。でも、この店の騒動は、だいたい長い。
そして今日も、パフェには秘密が隠されている。――たいてい、事故という名の秘密が。
(第2話・了)





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