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踏切の約束


第一章:踏切の朝

 七ツ新屋(ななつあらや)の踏切は、静かな住宅街と商店街を分かつように位置し、朝夕には多くの通勤・通学者が行き交う。電車が通るたびにカンカンカンという警報音が鳴り響き、遮断機がゆっくり降りる。そのたびに、踏切の前に人が集まり、電車が過ぎ去る数十秒の間、それぞれがぼんやりと待ち時間を過ごしている。 真琴は地元の高校に通う1年生。いつもギリギリのタイミングで家を出て、この踏切で数十秒の足止めを食らうのが日課になっている。最初は面倒に思っていたが、ある朝ふと気づいた。同じ時間帯に、この踏切を反対方向から渡る少年がいるのだ。 年齢は自分と同じくらいだろうか。背丈は少し高めで、黒いリュックを背負っていて、いつも登校時間ギリギリそうな真琴とは違い、落ち着いた雰囲気を纏っている。その少年は、踏切の警報音が止み、遮断機が上がる瞬間に、真琴と視線を交わし、軽く会釈をする。 「おはよう」でもないし、「こんにちは」でもない。ほんの一瞬のアイコンタクトで、互いがそこを通ることを確認し合うような、不思議な挨拶だった。

第二章:ささやかな交流

 そんなやりとりは日が経つにつれ自然に続き、気づけば真琴にとって朝の踏切がちょっとした楽しみになっていた。やけに眠い朝でも、少年を見ると少しだけ気持ちがシャキッとするというか……。 日によっては、踏切の待ち時間が長いときもある。そんなとき、少年はスマホをいじるわけでもなく、ぼんやり周囲の景色を眺めている。真琴はチラリと横目で見て、なんだか同じ空気を共有しているような気がしていた。 名前も知らない、学校もどこか分からない。けれど、この短い待ち時間に交わすアイコンタクトと会釈は、いつしか真琴の心をくすぐる小さなイベントになっていたのだ。

第三章:突然の不在

 ある月曜日、真琴はいつも通りの時間に踏切へ向かう。だが、踏切が降りるのを待っても、反対側に少年の姿はない。 次の日も、また次の日もそうだった。まるで、少年は姿を消したかのように一切現れなくなった。**「何かあったのかな……」**と心配になる一方で、本人にも連絡手段などなく、周りの友人に訊いても誰も知らない。 「きっと、電車の時間が変わったか、通学ルートを変えただけ」と自分に言い聞かせるが、そんな単純な理由なのだろうか——彼がくれた会釈は、あれほど自然な笑みを含んでいたから、何か特別な事情があるように思えてならない。真琴はなぜか落ち着かない日々を過ごす。

第四章:少年の家族の話

 数日後、真琴は踏切近くの文具店で偶然、少年の姿を知るという大人から話を聞く。彼の名は颯太(そうた)。どうやら、近くのマンションに母親と二人暮らしをしていたが、最近家が引っ越しになったらしい。 詳しい事情はあまり語られないが、その人は「聞いた話だと、颯太くんの父親が亡くなったみたいで、お母さんが仕事を探すため引っ越すとか……」と教えてくれる。 「そうだったんだ……」 真琴の胸はぎゅっと痛む。簡単に連絡が取れず、突然引っ越しなんて、何か複雑な事情があるのだろうか。毎朝会釈を交わしていたのに、そんな話は露ほども知らなかった。

第五章:家の前での痕跡

 好奇心と心配から、真琴は颯太の住んでいたマンションへ足を運んでみる。引っ越しの痕跡はあるが、もう既に新しい住人が決まったのか、管理人に聞いても「住所は分からない」と言われるだけ。 そこでマンションの玄関先を何気なく見回すと、郵便受けの古いチラシの端に、何か小さな文字が書き込まれているのを発見する。メモのような筆跡で、「もっと早く言えなくてごめん」と書かれている。 「ごめん……?」 その言葉が真琴の胸にずんと響く。踏切でも同じような感触を得ていた。いつも微笑んでいた彼が、何か言えない悩みを抱えていたのではないかと想像すると、苦しくなる。

第六章:踏切の約束

 悶々としながらも、真琴はふと**「彼の夢」を聞きたいと思った。いつかこの踏切で「もし高校終わったら何する?」と尋ねようとしていたのに、結局できなかった。 そんな折、踏切のそばに住むおばあさんが、颯太について話してくれた。「あの子、学校が終わったら介護士になりたいって言ってたわよ。お父さんが病で苦しんでいたから、誰かを支えられる人になりたいんだって」** 真琴は、彼がそんな真剣な夢を抱えていたと知り、胸がじんと熱くなる。**「もし今も悩みを抱えているなら、誰かに話してほしかったのに……」**と歯がゆい気持ちが込み上げる。

第七章:最後にできること

 結局、颯太の居場所や連絡先はわからないまま、日々が過ぎていく。朝の踏切には、いつものように高校生や会社員が行き交うが、その中に颯太の姿はない。 しかし、真琴はふと思う。「彼はこの踏切で会釈を交わすたび、何か励みを得ていたかもしれないし、私もそうだった。お互いが軽く笑み合うだけで、確かに心がほんの少し楽になっていた」。 そのことを思い出すと、彼の夢を応援できないまま終わるのが切なくて、何かメッセージを残せないかと考える。そうして彼女は、踏切近くの柱にこっそり短いメモを貼る。「あなたが夢に向かって歩いていけますように。いつか会いましょう。—真琴」 もしかして、彼が戻ってきたときに気づいてくれるかもしれない——わずかな希望を抱きつつ。遮断機が上がり、行き交う人たちの波の中で、真琴は自分の心が少しだけ軽くなるのを感じた。

 「踏切の約束」——言葉にしなくても、あの朝の会釈が二人にとって何かの救いになっていたのかもしれない。今日も踏切はカンカンと警報を鳴らし、行き来する人々を遮る。そのほんの数十秒が、誰かの心に優しい灯をともす時間になるかもしれないと思うと、真琴は自然と笑みを浮かべていた。

 
 
 

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