top of page

鍛えられぬ魂

 静岡市民体育館の外壁は、午後の光を受けても少しも温かく見えなかつた。コンクリイトはいつも正直である。正直であるとは、色気がないといふことだ。幹夫は、その色気のなさに惹かれて玄関の自動扉をくぐつた。街の硝子や看板が、あまりに容易く媚びるのに反して、ここには媚びる余地のない冷たさがある。冷たさは倫理に似る。倫理は人を救はないが、少なくとも言ひ訳を許さない。

 ロビーの天井は高く、蛍光灯の白さが床のワックスに反射してゐた。白い光は、肉体の欠点を隠さない。肌の荒れ、首筋の汗、シャツのしわ、髪のうねり――さういふものを容赦なく曝す。幹夫はその容赦のなさが好きだつた。曝されることは屈辱である。しかし屈辱を避ける人生ほど醜いものはない。

 受付の女が短い声で会釈し、幹夫は会員証を出した。彼女の動作は機械的で、機械的であるがゆゑに美しかつた。近代の美は、しばしば感情の不在から生まれる。感情は肉体を甘やかす。甘やかされた肉体は弛緩し、弛緩は輪郭を失ひ、輪郭を失つたものは、どこまでも「それらしく」なつて行く。幹夫は「それらしさ」を憎んでゐた。人生が「それらしく」あることほど卑怯なことはない。

 更衣室へ入ると、汗と消毒液とゴムの匂ひが混じつた空気が鼻を刺した。匂ひは肉体の宗教である。香水のやうに観念へ奉仕する匂ひではない。ここでは匂ひが、存在そのものを告げる。幹夫はシャツを脱ぎ、タンクトップに着替へ、手首にリストラップを巻いた。布が皮膚へ食ひ込む圧が、彼の内部の曖昧な部分を少しだけ締め上げるやうに思はれた。

 トレーニング室の扉を開けると、金属がぶつかり合ふ音が波のやうに押し寄せた。バーベルのカラーが鳴り、プレートが床へ置かれる鈍い衝撃が、床から足裏へ上がつて来る。壁の鏡には、幾つもの肉体が並び、同じ角度で同じ動きを繰り返してゐる。反復は儀式である。反復の中にだけ、意志は形を持つ。意志が形を持たないところでは、意志はたちまち言葉へ逃げる。言葉は逃げ場所としては快適だが、快適さほど危険なものはない。

 幹夫はベンチプレス台の前へ行つた。バーは冷たく、滑らかで、掌に馴染むまで少し時間が要る。金属の冷たさは、思想の冷たさとは違ふ。思想の冷たさは人を気取らせるが、金属の冷たさは人を沈黙させる。沈黙は美しい。沈黙の中でだけ、肉体の微かな声が聞こえる。

 彼はプレートをはめ、バーをラックから外した。最初の一回目で、肩甲骨の位置が決まる。二回目で胸の張りが出る。三回目で呼吸が規則になる。十回目の手前で、乳酸の匂ひが身体の奥から立ち上がる。筋肉は実に従順だ。従順であることは美徳である。従順なものは、鍛へれば応へる。応へるといふのは、厚くなり、硬くなり、輪郭を得るといふことだ。輪郭を得た肉体は、どこか彫刻に近づく。彫刻は神の形である。少なくとも、人間が神のやうに振舞へる唯一の領域である。

 バーを戻し、幹夫は息を整へた。胸が熱く、喉が乾いてゐる。汗が鎖骨の溝を伝ひ、腹筋の線に沿つて落ちる。汗は汚い。だが汚さには美がある。汚さは、肉体が働いた証拠だからだ。証拠のない人生ほど空虚なものはない。

 ――肉体は鍛へられる。

 幹夫はそれを、何度も確かめて来た。スクワットの重量が増えるたび、背中の厚みが増すたび、鏡の中の自分は少しだけ「完成」へ近づく。完成へ近づくといふ感覚は甘い。しかし甘さはここでは許される。甘さは筋肉の痛みで相殺されるからだ。痛みの伴はぬ甘さは堕落だが、痛みの伴ふ甘さは、少なくとも形式を持つ。

 ところが――

 幹夫は、水を一口飲み、鏡の中の自分の眼を見た。眼だけは変らない。肩が広くなつても、胸板が厚くなつても、眼の奥にゐる何かは、いつまでも同じ場所に蹲つてゐる。そこには、筋肉のやうな従順さがない。命令を拒むものの陰湿さがある。

 魂。

 幹夫はその言葉を、嫌悪とともに思ひ出した。魂といふ言葉ほど、近代人を卑怯にするものはない。魂は曖昧で、どこにも手が届かない。届かないから、人は魂を口実にする。今日できなかつたのは魂のせゐだ。決断できないのは魂が弱いからだ。愛せないのは魂が傷ついてゐるからだ。――魂はいつも言ひ訳の温床になる。

 だが、魂がなければどうなる。肉体だけでは、あまりに軽い。肉体だけでは、今日の汗が明日には乾き、明後日には忘れられる。忘れられる努力ほど侘しいものはない。努力が忘れられないためには、努力が何かの意味へ繋がらねばならぬ。意味――この言葉もまた危険だが、危険であるがゆゑに必要なのだ。

 幹夫は立ち上がり、スクワットラックへ向かつた。ラックの柱は黒く、穴が等間隔に並び、その等間隔が妙に官僚的で、しかし官僚的であるがゆゑに美しかつた。等間隔は、世界が世界であるための最低限の秩序だ。秩序のないところに美はない。秩序のないところに魂が宿るなどといふのは、怠慢な人間の自己弁護である。

 バーを担ぐと、背中に重量が乗る。重量は嘘をつかない。重量は「重い」といふ事実しか持たない。幹夫は膝を折り、腰を落とし、立ち上がる。立ち上がるたび、太腿が焼け、腹圧が脳へ血を押し上げる。頭の中の言葉が薄れて行く。言葉が薄れるのは快い。言葉が薄れると、魂の囁きも薄れるからだ。

 しかし、薄れるだけだ。

 最後の一回で、幹夫は僅かにふらついた。視界が白くなり、耳の中で血が鳴つた。――今だ、と彼は思つた。肉体の限界へ追ひ詰めれば、魂もまた捕へられるのではないか。魂を、筋肉のやうに従順にすることはできないにしても、魂の正体を暴くことはできるのではないか。暴かれた魂は、恥を知つて、せめて黙るのではないか。

 幹夫は歯を食ひしばり、立ち上がつた。

 立ち上がつた瞬間、世界は静かになつた。静かになつたのは音ではない。意識の中の騒音が消えたのだ。――これが魂か。これが魂の声を奪つた沈黙か。幹夫は一瞬、勝利を確信しかけた。

 しかし、次の瞬間、彼は気づいた。

 そこには何もない。

 沈黙は魂ではない。沈黙は、ただ酸素が足りない生理の空白である。空白は神秘ではない。空白に神秘を与へるのは、人間の弱さである。弱さはいつも観念を生む。観念はいつも魂といふ名札をつけたがる。

 幹夫はバーをラックへ戻し、息を吐いた。吐いた息は熱く、喉の奥が少し痛んだ。痛みは確かだ。確かであるがゆゑに、痛みは慰めにならない。慰めは曖昧さの贈り物である。確かなものは慰めない。確かなものはただ存在する。

 隣のスペースでは、高校の柔道部らしい少年たちが、監督の号令で打ち込みをしてゐた。畳を踏む音、受け身の響き、掛け声。少年たちの肉体はまだ柔らかく、その柔らかさが危険なほど美しい。柔らかい肉体は、どんな形式にも染まる。形式は美を生む。幹夫はその光景に、ふと「魂も鍛へられるのではないか」といふ古臭い希望を抱きかけた。

 だが、その希望はすぐに剥がれた。少年の一人が、畳の隅でスマホを覗き込み、笑ひを堪へてゐる。別の一人は、監督の目を盗んで相手の帯を引つ張り、ふざけた声を出す。――彼らの肉体は鍛へられてゆく。だが魂は、すぐに余白を見つける。余白を見つけて、怠け、逃げ、ふざける。魂は反復の中に住まない。魂は反復の隙間に棲む。隙間へ棲むものを、どうして鍛へられよう。

 幹夫は、奇妙な怒りを覚えた。怒りの対象は少年たちではない。自分自身の内部の、あの逃げ場所を見つける得意なものだ。魂は卑怯だ。卑怯であることが、魂の本性なのか。あるいは魂と呼ばれてゐるものは、卑怯さそのものなのか。

 幹夫はダンベルを取り、カールを始めた。上腕二頭筋が盛り上がり、皮膚が張る。張りは快い。快い張りは、美の最小単位である。だが彼の頭の中では、別の思考が蠢いてゐた。

 魂は鍛へられぬ。

 鍛へられぬなら、魂はどうする。捨てるのか。殺すのか。美しい言葉で飾つて放置するのか。――幹夫はそのどれも嫌だつた。捨てれば人間は機械になる。殺せば人間は獣になる。飾れば人間は役者になる。機械も獣も役者も、それぞれの美を持つ。しかし幹夫は、自分がどれにもなり切れないことを知つてゐた。なり切れない半端さこそが、魂の住処なのだ。

 彼は鏡を見た。腕は太くなり、血管が浮いてゐる。肩の丸みは以前より確かだ。――肉体は嘘をつかない。しかし肉体の嘘をつかぬことが、却つて残酷だ。嘘をつかない肉体の上に、嘘をつきたがる魂が居座る。居座る魂を追ひ出すには、肉体の力では足りない。

 そのとき、壁際のストレッチスペースに、白髪の老人がゐるのが目に入つた。老人は、ゆつくりと体を伸ばし、息を整へ、また伸ばす。筋肉は萎み、背は少し曲がり、しかし動作は驚くほど端正である。端正さは、重量から来てゐない。若さから来てゐない。汗の量から来てゐない。――端正さは、むしろ失はれたものの上に立つてゐる。幹夫はその端正さに、ふいに目を奪はれた。

 老人は幹夫の視線に気づいたのか、軽く会釈した。会釈は礼儀であり、礼儀は形式である。形式が魂を鍛へるのではない。形式が魂を「囲ふ」のだ。囲はれた魂は、逃げ場所を減らされる。逃げ場所が減れば、魂はせめて静かになる。静かになれば、行為が前へ出る。行為が前へ出れば、魂の卑怯さは目立たなくなる。――鍛へられぬものは、鍛へるのではない。閉ぢ込めるのである。

 幹夫はその結論に、妙な納得を覚えた。納得は救ひではない。救ひはまだ遠い。だが納得は、次の行為を可能にする。次の行為が可能である限り、人間はまだ崩れない。

 彼はトレーニングを終へ、シャワーを浴びた。湯は熱く、皮膚の表面を剥ぐやうに流れた。鏡の前でタオルを腰に巻き、濡れた髪を拭く。鏡の中の肉体は、湯気の中で少し神話めいて見えた。だが目だけは相変らず、どこか怯えたやうに光つてゐる。魂はそこにゐる。逃げ場所を探してゐる。幹夫はその目を見ながら、淡々と決めた。

 魂を鍛へようとするな。魂を説得しようとするな。魂に意味を求めるな。

 ただ、形式を作れ。行為を繰り返せ。規律を置け。

 魂がその中で息苦しさを感じるなら、それでよい。

 外へ出ると、夜の空気がまだ湿りを含みつつも、肌に冷たかつた。街灯が舗道に白い輪を落とし、輪の中へ入るたび、幹夫の影が短くなつたり長くなつたりした。影は形式を持たない。光の気まぐれに従ふだけだ。幹夫はその無責任さを羨ましいとは思はなかつた。無責任なものは美しくなり得ない。美しさにはいつも、どこかで責任が要る。

 体育館の背後で、誰かがプレートを落とす音がした。金属の響きは、夜気の中でひときは乾いてゐる。その響きは、今日の幹夫の内部の結論――魂は鍛へられぬが、行為は鍛へられる――を、もう一度確かなものにした。

 幹夫は歩いた。筋肉の奥に残る鈍い痛みを確かめながら。痛みは明日も残るだらう。明後日には薄れるだらう。だが薄れても、また作ればいい。魂は薄れるどころか、いつも同じ顔で居座る。居座らせたまま、行為で囲むしかない。

 それは救ひではない。

 しかし救ひよりも、形式の方が信じられる。

 幹夫はさう思つた。思つた瞬間、胸の奥で、鍛へられぬものが一度だけ小さく身じろぎした。身じろぎは抵抗かもしれない。あるいは、ようやく息をする場所を見つけたのかもしれない。幹夫はその判断を保留にして、ただ歩調を一定に保つた。一定の歩調――それが今夜の彼の、ささやかな制服であつた。

 
 
 

コメント


Instagram​​

Microsoft、Azure、Microsoft 365、Entra は米国 Microsoft Corporation の商標または登録商標です。
本ページは一般的な情報提供を目的とし、個別案件は状況に応じて整理手順が異なります。

※本ページに登場するイラストはイメージです。
Microsoft および Azure 公式キャラクターではありません。

Microsoft, Azure, and Microsoft 365 are trademarks of Microsoft Corporation.
We are an independent service provider.

​所在地:静岡市

©2024 山崎行政書士事務所。Wix.com で作成されました。

bottom of page