雪の枝のトンネル
- 山崎行政書士事務所
- 2025年12月20日
- 読了時間: 4分

手帳の余白に、旅の一行目だけ英語で書きつけた。road in winter with branches heavy with snow ——雪をたっぷり抱えた枝が覆いかぶさる冬の道。
朝の小さな停留所を降りると、空気がまず頬をつねった。吐く息は白く、声にするとすぐに凍ってしまいそうだ。町はまだ眠っていて、煙突から立ちのぼる煙だけが「ここに暮らしがある」と教えてくれる。私はコートの襟を立て、案内板に従って森へ向かった。雪の匂いというのは不思議で、無臭に近いはずなのに、鼻の奥に「白さ」だけが残る。
森の入口に立った瞬間、音が消えた。車の気配も、人の足音も、遠くの生活音も、雪の膜に包まれてしまったように聞こえない。ただ、自分の靴底が雪をきゅっと鳴らす音だけが、やけに鮮明だった。道は一本、まっすぐに伸びている。除雪された舗装ではなく、雪に覆われたままの細い林道で、真ん中にかすかな轍が二本、薄く刻まれている。誰かが先に通ったのだろう。けれど、昨日なのか、今朝なのか、見当がつかないほど新雪は静かに整っていた。
両側の木々が、枝を低く垂らしている。枝というより、雪を着た白い腕が空から降りてきて、道の上でしなやかに交差しているように見える。近づくと、枝先には粉雪だけでなく、霜が固まった粒も付いていて、細い針がびっしり並んだ櫛のようだった。風がわずかに触れるたび、枝がきしりと身じろぎし、雪がさらさらと落ちる。落ちた雪が肩に触れると、驚くほど軽く、冷たいというより「透明」だった。
歩いていると、道そのものがトンネルになる。左右から伸びた枝が重い雪を抱え込み、低くアーチを描いて、進むほどに視界が白く縁取られる。遠くには針葉樹の濃い影が見え、そこだけが絵の具を落としたように深い色を持っている。白と黒のあいだに、ほんの少しだけ緑が混ざる。その対比が、冬の森の奥行きを作っていた。
時折、道の脇に小さな足跡が横切っている。犬ではない、もっと軽いもの。ウサギか、キツネか。足跡は森の奥へ吸い込まれるように消え、私はその行き先を想像してみる。旅の道というのは、いつも「どこへ向かうか」より「何に足を止めるか」で色が変わる。足跡ひとつで、森が生き物の暮らしの場に変わり、私はただの通りすがりになった。
しばらく歩いたところで、前方から小さな影が近づいてきた。スキー板を肩に担いだ地元の人らしい男性だった。すれ違いざま、短く挨拶を交わすと、彼は道の上の枝を見上げて笑った。
「今日はいい“枝の天井”だね。昼に日が出ると、いっぺんに落ちるよ」
確かに、枝に積もった雪は今にもこぼれそうで、森全体が大きな息をこらえているようだった。雪は重力に逆らって止まっているのではなく、「落ちる前」の均衡に身を置いている。旅先で見る景色には、こういう一瞬の張りつめた気配がある。写真にすると美しいだけなのに、そこに立つと、静かに揺れる時間まで伝わってくる。
道のカーブをひとつ曲がると、林が少し開け、白い空が広がった。風が通り、枝の霜がきらりと光る。私は立ち止まり、ポケットの水筒から温かい飲み物をひと口だけ飲んだ。喉を通る熱が、身体の内側から冬をほどいていく。遠くで雪がまとまって落ちる音がした。ばさり、と柔らかいのに重い音。森が、肩の荷を下ろしたのだ。
帰り道、同じはずの景色が少し違って見えた。轍は少しだけ深くなり、自分の足跡が道に増えている。枝の天井はまだ保たれていたが、ところどころに穴が空き、そこから薄い光が差し込んでいた。旅の終わりは、到着ではなく「戻ってくる途中」でふっと訪れることがある。さっきまでの白いトンネルが、もう記憶になりかけているのを感じた。
停留所へ戻る頃、手帳の英語の一行の横に、日本語をそっと添えた。「雪を抱えた枝の下を歩くと、道はただの通路ではなく、季節の内部になる。」
そう書き終えたとき、森の静けさが、遠い旅の友人のように思えた。次に会うときも、同じ白さでいてくれるだろうか——そんなことを考えながら、私は振り返らずに町の方へ歩いた。





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