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音楽館の午後、拍手を“先に”する

 幹夫青年が昼間の音楽館へ入らうと思ひ立つたのは、芸術に飢ゑた高尚な心のせゐではない。 高尚、といふ言葉は、彼にとつていつも少し厄介である。高尚にならうとするほど、顔が固くなる。顔が固くなると、せつかくの音も匂ひも景色も、みな「立派に受け取らねばならぬ」やうに見えて来て、結局、胸だけが疲れる。

 だから幹夫は、立派にならない午後を欲した。 立派にならない午後――といふのも妙だが、要するに、たまたま通りかかつて、たまたま入つて、たまたまよかつた、さういふ程度の幸運を、今日は一つ欲したのである。

 静岡駅の北口を出ると、昼の光が白い。 白いくせに、夜ほど叱る顔をしてゐない。人の足音も、夜のやうにせはしくない。駅前のビルの硝子が、空の薄い青を映し、そこへスーツの背中や買ひ物袋が、ゆつくり滑つて行く。幹夫はその滑り方を見て、ふと肩の力が抜けた。昼は、夜ほど“人生の合否”を迫らぬらしい。

 駅前の通りを、青葉の方へ少し歩いたところで、看板が目に入つた。 「音楽館」と書いてある。入口の脇に、小さな立て看板が出てゐる。

  昼の小さなコンサート  本日二時開演(四十分)  ——ひとり歓迎。

 また「ひとり歓迎」である。 この町は、ひとりを歓迎する札を、時々ひらりと出す。ひらりと出すのが、いやらしくない。いやらしくないから、こちらもひらりと釣られてしまふ。

 幹夫は、立て看板の前で一度だけ足を止めた。 ここでいつもの癖が出かける。――入つたところで、分からなかつたらどうする。途中で咳でも出たらどうする。拍手のタイミングを間違へたらどうする。 さう思ふと、もう帰りたくなる。帰りたくなると、また自分が嫌になる。

 ――難しくすると冷める。 青葉の湯気の人たちの言葉が、どこかで鳴つた。

 幹夫は、考へる前に扉を押した。 扉の向うは、冷房の冷たさと、木の匂ひがした。木の匂ひといふのは、不思議なもので、人間の見栄を少しだけ削る。削られると、顔が楽になる。

 受付には、年配の男がゐた。 首から名札を下げ、紙のチケットを揃へてゐる。幹夫が近づくと、男はにこりとした。

「こんにちは。どうぞ。今日のは小編成です。気楽に」

 気楽に、と言はれて、幹夫は救はれた。 気楽に、と言へる人間は、場を作るのが上手い。

「こんにちは。……当日、ありますか」

「ありますよ。前の方も空いてますけど、後ろも見やすい」

 幹夫は、後ろを選んだ。 前の方は、音が近い。音が近いと、こちらの顔まで見られる気がする。見られる気がするだけなのに、気がするものが人間を縛る。幹夫は縛られ上手である。

 ホールは思つたより小さく、灯りが柔らかい。 天井の高い静けさ、といふものがある。静けさが天井から降りて来て、椅子に座る人の肩をそつと押さへるやうな静けさだ。客は、昼休みのやうな顔をしてゐる者もゐれば、きちんとした服で来てゐる者もゐる。けれど、どの顔にも「急ぎ」は少ない。 急ぎが少ないと、幹夫の胸の裁判も、少しだけ開廷を渋る。

 幹夫が席に着くと、舞台に二人の演奏者が出て来た。 ピアノと、ヴァイオリン。あるいはフルートでもよいが、今日はヴァイオリンの細い弓の光が、ひどく午後に似合つた。 客席が、控へめに拍手をする。ぱち、ぱち。幹夫も遅れずに叩いた。遅れずに叩けたのが、少し不思議で、少し嬉しかつた。

 演奏が始まる。 最初の音は、空気を切るのではなく、空気の表面を撫でるやうに立つた。撫でられると、こちらの胸の石が、ほんの一寸、丸くなる。丸くなると、持ち歩ける。持ち歩ければ、歩ける――幹夫は、最近そんなことばかり考へてゐる。

 曲は、派手ではない。 派手でない曲は、こちらへ「感動しろ」と命令しない。命令しないから、こちらの方が勝手に心を動かす。 幹夫は、音を聴きながら、ふと気づいた。自分が“いい顔をしないやうに”努めてゐたことに。 いい顔をすると、誰かに見られてゐる気がする。誰かに見られると、立派に振舞はねばならぬ気がする。立派に振舞ふと、翌朝腐る。 ――この筋書きは、もう散々だ。

 ヴァイオリンが、ある一つの旋律で、ふいに柔らかく揺れた。 揺れは、悲しいのではなく、くすぐつたい。 幹夫の口元が、勝手に上がりかけた。上がりかけた口元を、彼はいつもなら押し戻す。だが今日は押し戻さなかつた。 押し戻さぬで、ただ、少しだけ笑つてしまつた。

 その笑ひが、自分の中で小さく鳴つた。 ――ちん。 十円玉の帽子の音に似た、軽い音である。 幹夫はそこで、思はず思つた。拍手は終りの礼だと思つてゐたが、礼の始まりは、実はここだ。ここで顔がほどけること、息が深くなること、胸の石が丸くなること――それが、拍手の“先”にある。

 曲がつづく。 幹夫は、もう無理に“良い観客の顔”を作らない。 良い観客の顔を作らない代りに、良い瞬間に、ただ目を細める。目を細めるだけで、音は少し味方になる。味方になると、午後は上等になる。

 隣の席に、年配の女がゐた。 女は小さな手帳を膝に置き、時々うなづき、時々目を閉ぢる。目を閉ぢるのは眠いからではない。音を内側へ入れるための目の閉ぢ方である。 幹夫はその目の閉ぢ方が、羨ましいほど自然だと思つた。自然といふのは、稽古のあとに出来る顔である。

 曲が一つ終はり、短い間が空いた。 客席は、拍手の瞬間を探してゐる。探してゐる顔が、一斉に固くなる。 幹夫も、固くなりかけた。固くなりかけたが、今日は違ふ稽古をするつもりで来た。

 演奏者が、息を整へ、次の曲の冒頭を弾き始める前に、幹夫は小さく息を吐いた。 ――いま、もう受け取つてゐる。 受け取つてゐるなら、終りの拍手は、ただの続きでいい。

 二曲目は、少し明るい。 春の昼の散歩のやうに、軽く、しかし軽すぎない。 幹夫の膝の上で、指先が無意識にリズムを刻みかけた。刻みかけて、彼は指を止めた。音楽館の礼儀を守るためではない。自分の中の鼓動だけで十分だからである。鼓動だけで十分な瞬間があると、人は余計な動作をしなくて済む。

 最後の和音が、すとん、と降りた。 降りた瞬間、客席の空気がふわりと戻る。戻るや否や、幹夫は――遅れずに、先に叩いた。

 ぱち、ぱち。

 大きな拍手ではない。 だが、迷ひのない拍手である。迷ひがない拍手は、音より先に気分を明るくする。 隣の女も、同じくらゐの速さで叩いた。 ふたりの拍手が揃ふと、場の拍手もすぐ揃ひ、ホールが一つの湯気のやうに温まつた。

 演奏者が微笑んで、頭を下げた。 その微笑みが、舞台の微笑みではなく、昼の生活の微笑みに見えたのがよかつた。舞台の微笑みは立派すぎて、こちらが疲れる。生活の微笑みなら、こちらも返せる。

 終演後、ロビーに出ると、窓から光が入つてゐた。 ロビーの隅に、小さな茶のコーナーがあり、紙コップの緑茶が売られてゐる。静岡はどこへ行つても茶がある。茶があるのは、叱らぬ湯気があるといふことだ。

 幹夫が茶を買ふと、係の女が言つた。

「ありがとうございました。今日、拍手、早かつたですね」

 早かつた、と言はれて、幹夫は少し赤くなつた。 赤くなつたが、逃げる言葉は出さなかつた。

「……先に、叩いてみたくて」

 女は笑つた。

「いいと思います。拍手って、“終りました”の合図でもあるけど、“よかつた”の返事でもあるから。返事は、遅れない方が気持いいです」

 返事。 幹夫は、その言葉を胸の中で転がした。 返事を遅らせて、言ひ訳を育てて、結局苦しくなる――それが幹夫の癖だ。 拍手の返事を遅らせずに出来たのなら、生活の返事も、半歩ぐらゐは早く出来るかもしれぬ。

 幹夫は、ロビーのソファに腰を下ろし、茶をひと口飲んだ。 香が鼻へ抜け、喉が温まる。 窓の外には、駅前の通りが見え、昼の人々が行き交ふ。行き交ふ背中は、さつきより少しだけ柔らかい。柔らかいのは、世界が変つたのではない。幹夫の目の角が、ほんの少し取れたのである。

 幹夫はスマホを取り出し、長文は書かず、短く打つた。 短い文なら、言ひ訳が入り込みにくい。短い文は、十円玉みたいに、落ちれば音がする。

 ――「昼の音楽を聴いた。途中で思はず笑つた。拍手を先にした。午後がちょつと上等。」

 送信してしまふと、胸の内が少し軽くなつた。 軽くなつたところで、人生はすぐに変らない。だが、変る前に、返事を先に出す稽古がある。拍手は、その稽古のいちばん小さくて、いちばん明るい形だ。

 音楽館を出ると、静岡の午後の光が白く、しかし優しかつた。 幹夫青年は、拍手を“先に”した。 それだけのことだが、それだけのことで、帰り道の足取りが少し軽くなる。 前向きとは、たぶん、ああいふ軽さの積み重ねで出来てゐる。

 
 
 

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