エッフェル塔に灯る夢 ― 続編
- 山崎行政書士事務所
- 2025年2月2日
- 読了時間: 5分

あの日、アメリアがエッフェル塔を見上げて誓った「また来るね」という言葉は、彼女の心に小さな種を蒔(ま)いていた。あれから半年。仕事に追われる日々の中でも、ふとした瞬間に思い出すのは、あの夜のパリの街と、まばゆい金色の灯を纏(まと)った塔の姿だった。
ある日、アメリアのもとに一通の手紙が届く。宛先はパリ。差出人の名を見て、彼女は一瞬はっとする。――あのとき展望台で出会ったガイドの青年だった。別れ際に名刺を交換したものの、その後連絡はしていない。いったい何の用だろうか?
手紙を開くと、丁寧な筆跡でこう綴(つづ)られていた。
「元気にしていますか。先日、あなたが塔から眺めた夜景を思い出しました。もしまたパリに来られる機会があるなら、ぜひご案内したい場所があります。いまパリでは、ある特別なイベントが企画されているのです――」
続けて、エッフェル塔周辺で夏の終わりに行われるライトアップフェスティバルの説明が書かれていた。期間限定で、通常とは異なるカラーリングのイルミネーションを行い、さらに音楽と光が織り成すショーが開催されるという。その文章を読みながら、アメリアは胸の奥に眠っていた“再びパリへ”という思いが、ゆっくりと呼び起こされるのを感じた。
――行こう、もう一度、あの塔に会いに。
そう心に決めたアメリアは、仕事の休暇を確保し、再びパリへと向かう飛行機に乗った。
パリの夕暮れ
半年ぶりのパリは、柔らかな陽射しが街並みを薄い金色に染めていた。タクシーを降りてすぐ、アメリアはセーヌ川のほとりに向かう。川面の風が懐かしい香りを運んできて、まるで「おかえり」と囁(ささや)くようだった。
彼女は橋の上から、遠くにそびえるエッフェル塔を見つめる。夜には特別なライトアップが行われると聞いているが、まだ日は高く、塔は日中の鉄骨のシルエットを映している。あの金色の輝きが蘇るのは、もう少し先のこと。
そのまま宿に荷物を置き、手紙の差出人である青年――シャルルと待ち合わせたカフェに向かった。「やあ、よく来てくれたね」 笑顔で立ち上がるシャルルの姿に、アメリアは安堵と少しの気恥ずかしさを覚える。半年ぶりの再会は、まるで旧友に会ったように自然だった。
「イベントは今夜から始まるんですよ。塔のライトは普段より幾分か早めに点灯する予定なんだ。ぜひ一緒に行きましょう。」 シャルルは地図を広げながら話す。アメリアの胸には、またあの感動がよみがえるのではないかという期待感が高まっていた。
特別なライトアップショー
夜が訪れると、エッフェル塔はいつもの金色の光に加え、ブルーやパープルのライトが交互に灯るように設計されていた。セーヌ川にかかる橋の上や、トロカデロ広場には多くの観光客や地元の人々が集まり、皆、塔の変化を心待ちにしている。
やがて、音楽が流れ始める。静かなヴァイオリンの旋律に合わせて、エッフェル塔の明かりが微妙に点滅し、塔そのものがまるで踊り出すようだ。金色、青、紫……色彩がグラデーションを描くごとに、人々は歓声を上げ、シャッターを切る。
アメリアは、その目の前で起こる幻想的なパフォーマンスに胸を打たれた。あのとき見た金色の輝きとは違う、まるで光の万華鏡のような世界。ふと視線を横に向けると、シャルルもまた言葉を失ったように塔を見上げていた。
――こんなにも多彩な表情を見せるなんて……。 エッフェル塔は一つの存在なのに、季節やイベントによって装いを変え、そのたびに新たな物語を紡いでいるのだ。
想いを描く夜
ショーのクライマックスでは、塔の灯が一度ふっと消え、続いて無数の星のような小さな光がきらめきながら再び浮かび上がった。まるで夜空と塔が一体化したかのような錯覚を覚える。歓声が最高潮に達し、アメリアも思わず拍手を送る。
「どうだった?」 シャルルがアメリアの顔を覗(のぞ)き込むように尋ねる。「信じられない……言葉では言い表せないくらい素敵よ。まさに夢を見ているみたい。」 アメリアの瞳には涙が滲(にじ)んでいた。自分の悩みや迷いも、この光景の中に溶けてしまうような感覚がある。
ショーが終わり、人々が三々五々散っていく中、アメリアとシャルルは橋を渡りながら夜風に吹かれていた。セーヌ川には、さきほどのイルミネーションの余韻がまだほんのりと残っている。「パリって不思議ですね。何度来ても、新しい発見があって……」 アメリアがつぶやくと、シャルルは微笑む。「きみはこの街に馴染んでいるよ。初めて会ったときもそう感じた。エッフェル塔がきみを受け入れているように見えたんだ。」
その言葉を聞いて、アメリアは心がじんわりと温かくなる。思えば、初めてパリを訪れたときも、塔の光が自分を優しく包み込んでくれた気がした。そして今夜は、さらに色彩豊かな姿で迎え入れてくれた。まるでパリが――そしてエッフェル塔が――“おかえり”と言ってくれているようだった。
また、新しい明日へ
別れ際、シャルルが小さなメモをアメリアに手渡した。「実は今度、街のガイドブックを書こうと思っていてね。パリには、まだまだ知られていない素敵な場所がたくさんある。その一部を紹介したいんだ。もしよければ、きみの視点も聞かせてくれないかい?」 メモには、地下鉄の路線図や小さな市場、隠れ家のようなカフェの住所などが書かれている。アメリアはそれを見て、胸が弾むのを感じた。
「いいわ。ぜひ私も手伝わせて。パリで感じた思いを、もっと深く探ってみたいの。」 そう答えるアメリアの瞳は、あのエッフェル塔の灯のようにきらきらと光っていた。
ホテルに戻り、窓を開けると、遠くにエッフェル塔のシルエットが見える。夜の風がカーテンを揺らしながら、淡い都会の香りを運んでくる。次はいつこの街を訪れ、どんな風に自分自身が変わっていくのだろう――そんな未来への期待と、心地よい疲れが体を包み、アメリアは静かに瞼(まぶた)を閉じた。
――塔は今も、優しい光を瞬かせている。そこには、まだ見ぬ夢がいくつも隠れているのかもしれない。
エッフェル塔は今日も夜空を見上げながら、訪れる人々の想いを受け止め、その鉄骨の奥に温かな灯(とも)りを宿している。きっと明日も、その次の日も、誰かの夢と希望を支えるように――。
(了)





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