ノルマ達成の光と影
- 山崎行政書士事務所
- 1月20日
- 読了時間: 8分
プロローグ：月末の静かな焦燥
地方都市にある老舗デパート「遠州屋」の4階。そこに出店している高級ブランド「クラシエール」は、いま決定的な局面に立たされていた。店長の大石はスタッフルームに集められたメンバーの前で、淡々と発表する。
「今月の売上目標は1,200万円**。現在の進捗は920万円。あと280万円を残り5日で達成しなければならない」**
スタッフたちの表情は凍りつく。月末の5日間で280万円。1日平均56万円を売り上げる必要がある——これまでは30〜40万円/日がやっとというペースだった。個々のノルマは設定されていない“店舗単位”の目標だが、誰もがその重圧を感じている。なぜなら、本社から「未達が続けば撤退も視野に入れる」と通告されているからだ。
第一章：ブランド本社からの厳しい指示
「地方店は限界か？」
今月に入ってから、本社の営業部長がデパートの会議室で大石ら店側とミーティングを行った。「地方店の売上は、都心部に比べて3割近く低い。そこを埋めてもらわないと、事業全体の収益バランスが崩れる」そう強調した営業部長は「最低でも毎月1,200万円」という数字を示し、「それが叶わなければ、いつでも撤退を検討する」と言い放った。
大石はその場で必死に食い下がった。「1,000万円ならまだしも、1,200万円はハードルが高すぎます。ここは地元顧客中心ですし、単価の高い新作を毎月出しても……」営業部長の表情は冷たい。「こちらも商売だ。デパートの活性化に貢献してもらわないと。ブランド名で客を引き込んでいる以上、その対価は数字で示してほしい」
こうして、スタッフには無いはずの「個人ノルマ」もない——代わりに店舗全体が巨大な数字に追い込まれることになる。
第二章：チーム目標と個々の価値観の葛藤
結束か、対立か
遠州屋デパートのフロアで働くスタッフは計7人。
ベテランの佐藤
中堅の横山
新人の山崎
他に数名の販売員
皆それぞれ接客スタイルや仕事観が違うが、今は店舗目標1,200万円という共通の“壁”がある。
「私たちが団結しないと、この数字は厳しい。幸い、個人ノルマはないんだから、助け合いましょう」と明るく声をかけるのは佐藤。ベテランらしく、チームをまとめようとする。「そうですね……。でも、僕が接客しても単価が大きい商品ばかり売れるわけじゃないので……」と横山は弱気だ。月平均で400〜500万円しか売れないフロア全体が、1,200万円を毎月叩き出すなど非現実的に思える。
第三章：売上優先の姿勢がもたらす光と影
ラッキーな高額購買
月初から中旬にかけ、思いがけない“光”が見えた。近隣企業の社長夫人が、一度に120万円の買い物をしてくれたのだ。バッグや財布、小物一式を「春のリニューアル」と称して大量購入。「これで先月の達成率も多少上がりますよ！」と佐藤は喜び、大石も「これは大きい……！」と一瞬安堵した。だが、本社からはまだまだ「今月だけでなく、来月も同水準を継続せよ」という圧が強まる。
顧客満足の低下
ところが、そんな“ラッキー購買”が重なるわけもなく、翌週には客足が落ち着いてしまう。焦ったスタッフたちは「高単価商品をどうにか提案しなければ」という思いで接客スタイルを変えていく。
新人の山崎は無闇に新作バッグを勧め、「買う気がないのに売り込みされるのは不快」とクレームを受ける。
横山は「買わないなら試着しないでほしい」という冷たい態度を取ってしまい、常連客を怒らせる。
佐藤は「残り日数で280万円、1日56万円売らなきゃ……」と頭に浮かび、接客中に落ち着かない様子を見せてしまう。
結果、ブランドの魅力をゆっくり伝えることよりも、“あわよくば高額商品を売りたい”という雰囲気がフロアを覆う。顧客は敏感にそれを察し、次第に離れていく“影”がちらつき始める。
第四章：何を犠牲にして、数字を追うのか
本部とのビデオ会議
月末まで残り1週間。大石は本社とビデオ会議を行い、現状報告をする。「現在、売上は920万円。残り280万円をあと5日で……」営業部長は満足そうに頷く一方で、厳しい言葉を投げかける。「あと280万ならいけるだろう。デパートの“特選会”とタイミングを合わせて、上顧客をガッと囲い込め。イベントを強化するんだ。それくらいやれるよな？」「あ、はい……」と大石はしか言えない。やるしかない状況だからだ。
特選会という名の“買わせる場”
デパート全体で富裕層を招き、高額商品を提示する「特選会」が計画される。クラシエールのフロアも例外ではなく、10万、20万の小物ではなく、30万円以上のバッグにフォーカスして展示を拡張することに。スタッフたちは準備に奔走しながら内心で思う。「ブランド哲学はどうした？ 長く使える良質なものを提案する姿勢は？ こんな押し売りみたいでいいのか……」
第五章：特選会当日、数字を追う本能と良心の揺らぎ
売上は急上昇…しかし
特選会では、デパート全体にVIPルームを設け、ケータリングを用意し、富裕層客を歓待する。クラシエールでも、「ちょうど新作を見てみたかった」「イベントなら行ってみよう」という客が少なからず来店。その結果、夕方までに180万円を叩き出し、スタッフたちは歓喜に包まれる。「やった、あと100万円切った！」と熱気が高まる。
だが、同時にスタッフの何人かは客から「もうちょっとゆっくり見たかったが、押しが強いな」と不満を漏らされている。佐藤も「すみません、今日は特別なイベントなので……」と頭を下げる場面が増えた。
ブランドの価値は保たれているのか
新人の山崎は、イベント会場から戻った客に「いかがでした？」と尋ね、「勧誘がしつこくて疲れたわ。でも一応買ったけどね……」と苦笑される。山崎は胸が痛む。「せっかく高額を支払ってもらうのに、こんな気持ちで買ってもらうのはブランドとしてどうなのか……」
第六章：最後の2日間、奇跡の目標到達
最終売上の行方
特選会から2日が経ち、月末残り3日で売上は1,110万円。あと90万円に迫る。「いける……！」という空気が漂う中、横山は複雑な思いを抱える。「俺たちは何を犠牲にしてるんだろう」と。大石はスタッフに檄を飛ばす。「あと3日、1日30万円だ。皆で頑張ろう。ノルマはないが、みんなの力で達成しよう！」
この言葉で全員が燃え上がり、最後の3日間、徹底して新作バッグや高級レザーアイテムをプッシュ。多少強引でも「今しかない」と説得し、最終日夜にはレジが混雑するほど客が集まる。結果——売上1,206万円。目標を超えて、1,200万円をクリアしたのだ。
第七章：数字達成の代償とスタッフの覚悟
祝賀ムードとポツリと漏れる嘆息
店が閉まった後のスタッフルーム。残業を終えた大石が「みんな、本当にお疲れ。目標達成できた。ありがとう」と心から労をねぎらう。達成感で拍手が起こる。しかし、その場で佐藤が唇を噛みしめる。「正直……こんな接客、どうなんでしょうね。ずっと気がかりです」新人の山崎も「今日も、買う気のないお客様を無理に引き留めてしまって……。すごく後味が悪いです」と付け加える。
横山は「売上至上主義になって、“ブランドを大事にする接客”はどこに行ったのか……」という思いを噛みしめつつ、声にならない嘆息を漏らす。
本社の評価と次の試練
翌日、本社から「地方店でも1,200万円を達成できるじゃないか」と評価の連絡が入る。「来月からも引き続き月1,200万円ラインをキープするように」と、追加で指示が飛ぶ。その連絡に大石は心の中で絶望を感じていた。「また同じことを続けるのか……？」スタッフの誰もが、次の月もさらに高いハードルを要求されると知っている。売上を目指すほどに“接客の質”や“ブランド哲学”が損なわれていく矛盾をどうすればいいのか——答えは見つからない。
エピローグ：ノルマ達成の光と影
1,200万円という目標を超えた達成感は確かにあった。しかし、そこにはスタッフのモヤモヤや、一部顧客からの「押しが強すぎる」不満、ブランドイメージの低下といった影の部分が滲んでいる。デパート内の他フロアのスタッフからは「クラシエールさん、すごい売上だってね」と称賛される一方、「あそこ、最近ちょっと強引じゃない？」という陰口も聞こえ始めた。
それでも、本社の経営判断は数字がすべて。ノルマを達成した以上、店舗は存続できる。スタッフは生き残る。しかし同時に、「本当に守りたかったブランドの価値が失われていくのでは……」という不安は消えない。次なる月、さらなる高い目標が降りてくるだろう。そのとき、彼らはもう一度**「何を犠牲にして数字を追うのか」**を突きつけられるに違いない。
—終—
あとがき
本作では、
チーム目標と個々の価値観の葛藤
数字達成のために協力し合う一方、押し売りに近い接客でブランド哲学が損なわれることへの苦悩を描き、スタッフ同士でも温度差が生じる。
数字を達成するために「何を犠牲にするか」
月1,200万円という具体的な売上目標が突きつけられ、スタッフは“ブランドの信念”を少しずつ犠牲にする。
売上至上主義のブランド運営の弊害
都心型の戦略を地方にそのまま押し付け、本社が数字だけを見て評価することで、接客の質やブランド価値が侵食される。
リアリティを生むために、具体的数字（1,200万円／月末5日で280万円／特選会で180万円／合計1,206万円など）を細かく盛り込み、ビジネス上の緊迫感と人間ドラマを強調しました。ノルマは達成できた“光”を得た代わりに、スタッフの良心やブランド価値を傷つける“影”が深く刻まれ、次なる試練への伏線を匂わせる結末としています。
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