山崎行政書士事務所パロディ劇場5
- 山崎行政書士事務所
- 9月19日
- 読了時間: 33分

16. 広報講義『短い文は長い約束』
00|入室——白い壁と一枚の光
午後一時二十九分、プロジェクタのファンが低い風音を立てはじめた。会議室のブラインドは二段だけ降り、斜めの明かりがカーペットの毛並みに薄い銀の筋を置く。スクリーンにはスライドが一枚。背景は紙に近いオフホワイト、中央に文字が一行だけ、等幅寄りの明朝で、墨をほんの少しだけ薄めた灰。
短い文こそ長い約束
講師席のふみかは、マイクを使わない。喉をととのえるために水を一口、グラスの底を布で拭く。机の上には、名刺サイズのLegendカード(右下固定)、十秒カード、Runbook一行目カード。受講者は二十名。情シス、法務、営業、若手の広報、インターン。背筋の高さがまちまちだが、視線の焦点は一致している。一枚のスライドは、空白が多いほど声帯を静かにする。
沈黙が降りる。二拍、三拍。紙の上の一行が、部屋の体温に馴染んでいく。誰かの椅子が軽く軋む。誰のペン先も動かない。読むより飲み込む時間。
ふみかは、クリックを一度だけ。二枚目がふわりと現れる。背景、文字サイズ、レイアウトは同じ。行は短く、意味は厚い。
断言より連絡先
前列の誰かが、ゆっくりうなずく。中列の誰かが、吸った息を見えない句読点に変える。後列の男性が、机の右下に名刺を置く。「はい」と、誰かが言う。そこが講義の末尾でもあり、冒頭でもある。
ふみかはスライドを閉じた。講義時間、一分。議事録に「講義終了(最短記録)。」と記すには短すぎるが、記録の余白にこそ、広報の芯はある。
01|余録——一分のあとに残るもの
講義は終わった。だが、部屋の静けさはそのまま残った。ふみかは机の端から十秒カードを一枚取り、ホワイトボードの右下にマグネットで留める。右下は習慣だ。Legendも右下。辞書は端に置くほど読みやすい。
連絡先(…)。鍵はEU内、処理はEU優先、越境は同意と契約。失敗は隠さず公開、報告72時間、連絡先は最初の行。
「この一行を短くすることが、長い約束になる」とふみか。短いから、最初に置ける。最初に置けるから、呼吸を整えられる。呼吸が整うから、次が決まる。次が決まるから、眠れる。
受講者の一人が手を挙げる。「短い文にすると、冷たく見えませんか」ふみかは頷く。「見せ方の順番です。場所→主語→動詞の順で最初の行を置いたら、二行目でありがとうを先出しする。責める前に感謝。人は責められると遅くなるから」
さくらが配ったありがとうカードが、机の右下で黄色く揺れた。
02|実技①——一行の編集(Before/After)
ふみかは板書を一つだけ出す。
Before:「昨夜、当社において一部のログの到達が叶わなかった事象が発生し、現在は概ね復旧しております」
「これを長い約束に短くしましょう。最初の行には連絡先」
チョークの音が小さく走る。
After:「広報(連絡先:…)。到達が遅延→復旧。二重化で補足。朝に詳細。ありがとう」
「“鳴らなかった”ではなく“到達が遅延”。事実は短く、行動は明確に。比喩は朝のために取っておく」
りなが袖からRunbook一行目カードを差し出す。
誰/いつ/どこで/何を/なぜ
「短い文が長い約束になるには、裏にこの骨がいる。骨がなければ、短い文は逃避に見える」
受講者の筆記音が連鎖する。ボールペンのインクが細い線で紙の繊維に寝そべる。短い文は、紙に近い。
03|実技②——十秒の前と後ろ
十秒は刃ではなくレンズだ。ふみかは海風の現場で使った十秒を再現する。
十秒:「連絡先(…)。鍵はEU内、処理はEU優先、越境は同意と契約。失敗は隠さず公開、報告72時間、連絡先は最初の行」
「前に置くのはLegend。右下。shall/willの濃淡。後ろに置くのは十行のQ&A。短い文は入口を開ける。出口(やめ方)は最初のページに」
山村(営業)が補足する。「営業資料も同じ。右下にLegend、三ページおきに再掲。短い文を見出しに、長い約束を脚注に」
あやのはうなずき、脚注の例を示す。
脚注:Report(shall) 72h(GDPR Art.33)。Cooperate(will) in Art.34 assessment.
「短い文で長い約束を支えるのは、脚注の濃淡。濃紫=守る線、薄紫=協力」
04|短い文のタイポグラフィ(目に残る順番)
スライドは使わない。紙を配る。フォントサイズは12pt、行間は1.4。太字は名詞にだけ。句点は半角。「短い文を長い約束にするには、目の動きも設計する。右下にLegend、最初の行は左上。欄外にExit on Page 1のピクト」
ふみかは、段落の最初の5文字にわずかなカーニングを加え、数字は等幅に。視線を揺らさない。「読み手の目は、短い文を長い約束にする最後の担当」
05|短い文を阻むもの(消していくリスト)
修飾の連続:「迅速かつ適切に」→削除。
主語の欠落:「検知しました」→主語を最初の行へ。
過去形の乱用:「復旧しました」→復旧。
断言の癖:「問題ありません」→「判断が要る事象なし」。
比喩の早出:夜の比喩→朝に送る。
成功の乱舞:夜の賛辞→朝の緑の丸に一声。
「短い文は、削ることで現れる」とふみか。「短いこと自体が目的ではない。約束に届くことが目的」
06|ケーススタディ——駅の右下
桜橋駅の掲示板の写真がテーブルに回る。右下にLegend、左上に最初の行。
駅務室(連絡先:…)。風速のため、エレベータを停止。朝に再開。困ったら近くへ。
「短い文が長い約束になるのは、近くの言葉で書かれたとき」とりな。「遠い専門用語を端の辞書に寄せ、真ん中は近くで話す」
塚本(駅務室)のメモが読み上げられる。「右下にLegend、最初の行に場所。朝、小さな花が置かれます。暴風にも剥がれない約束」
短い文が花瓶の水に似ていると気づくのに、説明はいらない。
07|ショートドリル——10本の短文
ふみかが配布する小さな紙に、空欄が十。「短い文で埋めてください。最初の行に連絡先。出口は最初のページ」
例題:
広報/到達遅延/復旧/二重化/朝
Ops/停止/18:00/Runbook1-1
Legal/72h/CISO室/Art.33
Sales/Legend右下/shall/will
Dev/aud固定/短命トークン
IR/公開/失敗/隠さず
Station/停止(エレベータ)/風速
PR/十秒/十行Q&A
Train/遅延/運行情報
Cat/とん/合図
受講者のペン先が紙の上を走る。最初の行に迷わなくなるまで、手が覚える。骨の並べ方が指に降りる。机の右下に置かれたLegendが、視線の避難所になる。
08|Q&A——短い文に寄せられる誤解
Q:「短いと冷たいと言われます」A(ふみか):「ありがとうを最初の言葉に。やさしさは文の短さではなく、順番で届く」
Q:「短くしたら責任回避に見えました」A(りな):「Runbook一行目の骨を添える。誰/いつ/どこで/何を/なぜ。短い文の裏に長い約束」
Q:「短い報告を上司が嫌います」A(あやの):「脚注に根拠。濃淡で厚みを見せる。最初の行は迎え入れ」
Q:「数字をどこまで入れる?」A(陽翔):「72hのような骨はshall側に。節約の数字で谷を飾らない」
Q:「猫は必要ですか?」A(全員):「必要」※やまにゃん、後方の背もたれで尾をとん。合図完了。
09|終講——短い文は長い約束
ふみかはもう一度、最初の一枚を出す。
短い文こそ長い約束
そして、二枚目。
断言より連絡先
「今日の講義はここまで。最短記録です」言って、彼女はスクリーンを消す。部屋の光は少しだけ温度を上げ、窓の外の白が午後に近づく。
受講者は席を立つ前に、机の右下に置いたLegendを名刺入れに戻す。名刺入れにも右下がある。出口でさくらがありがとうカードを配り、りながRunbook一行目カードをその裏にそっと挟む。廊下の先、猫がとん。最短のキュー。最短の広報。最短の約束。
この一行は短い。けれど、長い。今夜、最初の行で迎え入れる文章に、もう比喩はいらない。比喩は朝に残しておく。朝に緑の丸が灯れば、十分だ。短い文こそ長い約束。それだけで、眠りは近づく。
17. SRE寄席『what-if落語』
00|木戸口の空気と、襖一枚ぶんの非同期
きしむ廊下に松脂の匂いが薄く残っている。夜の寄席は雨上がりがいちばんいい。客席の体温が乾いた木にゆっくり染みこみ、二番落ちのころには、床板が客の笑いを覚えはじめるからだ。木戸銭を払ってくぐる襖一枚。その薄さの分だけ、現実と非同期になる。テンポは外より半歩遅い。遅い拍で入ると事故らない。今日の主任演者、奏多はそれをよく知っている。
高座の上、三方を黒い緞帳が切り取り、見上げれば、寄席の明かりは暖色だ。舞台の奥に見える金看板の金箔に、控えめな照明が飴色を落とす。めくりには大書で**「奏多」の二文字。座布団は紺、真ん中に小さな白丸が織り込まれ、彼の癖でいつも右下**が少しだけ濃い。
「へい、どうも――」
出囃子が切れ、扇子が膝の上で一度だけ鳴る。奏多は会釈を短く、視線を客席の右端から左端に水平に渡し、最後に少しだけ間を置いて、真ん中へ。
01|マクラ――SREの古典、江戸の承認
「えー、ようこそSRE寄席へ。古典もやれば新作もやる、ハイブリッドでございます。 あたしらの世界にも古典がありやして。江戸は書付、平成は稟議、令和はPull Request。昔っから、何かを通すには“人が見る”という作法がある。お白洲はCode Owners、奉行はApprovers、印は承認。印をつかぬ者が勝手に橋を架けると、たいてい川に落ちる。 で、今夜の演目は『what-ifが教えてくれた三つのこと』。差分とテンポと、そして――泣き笑い」
笑いがふっと漏れる。扇子で軽く膝を叩き、奏多は正座から半身を浮かせ、江戸の差配からクラウドの差分へ、滑らかに橋を掛ける。
02|一つ目「差分は人間に見せると丸く収まる」
02-1|小僧の差分
「昔、小僧がいましてね。新米のSREでございます。 この小僧、main.bicepにちょいと手を入れましてね、夜中に本番へ。what-ifの結果は出てたんですが、人に見せずに自動で本焼き。翌朝、奉行(監査)が“誰の印だい”と。小僧いわく“印はありません、Actionsが勝手に”。 “勝手に”がいちばん勝手じゃい、てんで、お白洲はひと騒動」
扇子で空に四角い枠を描く。差分の四角だ。
「what-if の差分はね、人に見せると丸く収まるんです。 + Allow-Internal、- Deny-External、~ FirewallRules――字面は角張ってますけど、人の舌に一度乗せると、角がとける。“これは大皿だ、小鉢にしよう”“ここは出汁が濃い、薄めよう”――料理に戻せる。 差分IDに印影、承認者の名、期限。骨が入る。骨が入ると、朝の胃にやさしい」
会場の後ろの席で、誰かが小さく頷く。現場の頷きはよく響く。
「小僧のその後? what-if+人間承認を標準に直して、今では差分の板前。roleAssignmentも小鉢で出す。大皿禁止。大皿は酔う」
02-2|見得とLegend
奏多は扇子を縦に持ち替え、見得を切る代わりに、右下でLegendを指す仕草をする。
「右下にLegend。shall は濃紫、will は薄紫。Controller/Processor/Key/Report。 図、条文、提案書――右下が同じ座標なら、差分は絵図にも脚注にも落ちる。丸く収まるってのは、端が整ったときの言葉です」
客席の右隅で、営業らしき男がスマホのメモに「明日から右下」と打ち込む。寄席は実学である。
03|二つ目「テンポは先に決めると事故らない」
03-1|BPMの話
「次。テンポの話。 事故の大半は、テンポが決まっていないときに起きる。build→what-if→deploy――BPMが120ならwhat-ifと承認の拍が合う。60に落とす時間も決まってる。夜間停止は休符。 先に決める。これが、寄席でも現場でも同じ」
膝を打つ手で、舞台板をトン・トンと打つ。二拍子の後、休符。静けさが音楽になる。
03-2|テンポがない日の顛末
「テンポがないと、どうなるか。 昔、成人式が夜中に催されまして。main.bicepが急に成人しちゃった。audience未固定のトークンが混ざり、roleAssignmentが大皿で……翌朝、みんなで泣いた。 テンポを先に決めてりゃ、承認の拍がある。what-ifは味見、deployは本焼き。合図は、人間。猫じゃない」
場内から笑い。「猫は?」という視線が散る。奏多はすかさず拾う。
「猫は必要。合図は猫のしっぽでとん。でも、印は押さない。鍵は持たない。鍵を置かない勇気は、猫から学ぶ」
「……座布団一枚」
会場のどこかから声。座布団はあってもなくても構わないが、このひと言がテンポを決める。笑いのディレイがそろう。
04|三つ目「“破壊的変更”は落語に出すと笑えるが、本番で出すと泣ける」
04-1|小咄:drop table
「三つ目はね、泣き笑い。 “破壊的変更”は、落語に出すと笑える。“drop tableしました”――『おいおい!』って笑える。 でもね、本番で出すと泣けるんです。復旧したって、骨の形が変わる。影が濁る。胃に塩が刺さる。 だから、あたしたちは“破壊的変更”を高座に閉じ込めておく。現場には出さない。Runbookの拒否ルールで落とす。what-ifで見得を切らせる」
扇子を刀に見立て、ひと振り――の寸前で止める。“落ちませんでした”の笑いが起こる。
「笑いで学ぶ。痛まない学びは糖度で残る。みおの出番だねぇ。演習でステッカー、踏んだ人におやつ。 痛みは記憶になる。でも、痛まない笑いだって記憶になる。文化は、それでしか続かない」
04-2|泣ける理由
奏多は一拍だけ間を開け、真顔で言う。
「泣ける理由は、人がいるからです。 図とコードと条文が同じ位置を指しているとき、人は眠れる。位置がずれた瞬間、眠れない。 短い文が長い約束になるのは、右下にLegendがあって、最初の行に連絡先があるから。 破壊的変更を現場で笑いにしちゃいけない。朝に緑の丸が灯れば、それでいい。成功は一声」
会場が静かになる。静けさは弱さではない。骨が立っているとき、音は小さい。彼は知っている。そして客席も。
05|オチの前のディテール――五つの骨が噺を支える
「まとめておきましょう。五つの骨」
扇子の先で、一つずつ空に書く。
誰:Ops-Sentinel、Infra-Team、CISO室――主語は最初の行に。
いつ:時刻は等幅で。02:12。72hはshall。
どこで:dev/stg/prd。name: ${system}-${env}。夜の迷子を出さない。
何を:what-if/deploy/rollback。味見と本焼き。
なぜ:差分IDと印影。脚注に根拠。
「これが入っていれば、短い文が長い約束になる。Runbook一行目は、落語のサゲに似てる。そこへ収まるように噺を運ぶ」
06|サゲ――座布団一枚
「えー以上、what-ifが教えてくれた三つのこと。 一つ、“差分は人間に見せると丸く収まる”。 二つ、“テンポは先に決めると事故らない”。 三つ、“破壊的変更は落語に出すと笑えるが、本番で出すと泣ける”。 泣くのは、誰?――自分です。笑わせるのは、どこ?――ここです。 ここで笑って、向こうで眠る。これが商売」
軽く頭を下げる。扇子で膝をコトンと叩く。客席から、少し間の抜けた、しかし温かい声。
「……座布団一枚!」
高座の袖から、さくらが本当に座布団を一枚持って来る。右下が濃い。奏多は笑って、それを右下に重ねる。辞書の座りがよくなった。
07|高座を降りても、テンポは続く
幕間。奏多は袖でBPMを60に落とす。次の噺家のために拍を整える。ふみかは木戸口に貼る一枚を取り出す。「断言より連絡先」。りなはプログラムの右下にLegendを刷っておく。shallとwillの濃淡は飾りではなく、欄干だ。陽翔は楽屋で休符を指さし、悠真は影に短いメモを残す。「本日の教訓、谷は撫でる」。叶多は橋のスケッチを一枚描き、みおは痛まない学びの小噺を三本、次の回に回す。やまにゃんは、高座の柱の根本でとん。合図は短いほうが、約束に届く。
夜の寄席は雨上がりがいい。帰り道の石畳に、出囃子が薄く残る。成功は一声、緑の丸が朝に灯れば、今夜の笑いは正しい。そして客の心の右下には、小さなLegendが静かに貼られている。
18. やさしい駅前『困ったら近くへ』
00|夜明け前、掲示板の右下
始発前の駅は、家の廊下に似ている。照明はまだ全開でなく、空調の低い呼吸と清掃機のタイヤ音だけが床を磨いていく。桜橋駅のコンコース、その長い一枚板のような掲示板の右下に、小さな新入りがいる。角を丸めたA5判のプレート。淡いクリーム色の地に、墨色の太字でたった一行。
困ったら近くへ。
文字の下には、等幅の細字で駅務室(連絡先:054-…)が入る。プレートはつや消しのPET板にマットラミをかけ、四隅はM3の真鍮スペーサで浮かせてある。壁との間に薄い影。触れると指の腹に紙より冷たい感触が残るが、光は跳ね返さない。
掲示板の最下段にも、名刺サイズの枠が刷り込まれている。Legend。
Legend:緑=朝読む/黄=歩いて確認/赤=駅員が走る(お客様は走らないで)/☎=連絡先(駅務室)/♿=バリアフリー導線(図番号)
右下のこの二つ――Legendと困ったら近くへ――は、駅の「端」を意味ではなく場所にしていくための、小さな工事だ。
01|塚本という人
「これを貼ってから、怒鳴り声が減ったんだ」
駅務室のカウンター越しに、塚本が言う。四十代半ば、まっすぐな眉。制服の襟には糸の細かな僅かな毛羽立ち――夜勤明けの印。声は低すぎず高すぎず、相手の胸骨の高さに落ちる。彼は紙の地図を嫌わない。だからこそ、矢印を減らすことの意味を知っている。矢印は人の視線を引っ張ってくれるが、多すぎると怒りのベクトルにもなる、と。
ふみかが頷き、A4の白紙にさっと三行を書く。場所→主語→動詞で、最初の行はいつも同じだ。
駅務室(連絡先:…)。困ったら近くへ。近くで解けなければうちへ。
「遠くの専門家より、近くの人にまず話す。近くで解けなければうちへ」とふみか。さくらが横から笑って言葉を継ぐ。「近くの人がありがとうって言いやすくなるのが、好き」責める前に感謝。人は責められると遅くなる。それを知っている人がカウンターの内側にいると、外側は大抵、穏やかになる。
02|札の設計書:素材・位置・言い換え
プレートの裏面には、小さな設計書が貼られている。塚本が自分で書き、りなが仕上げた。
右下に置く理由は、二つ。人の目が自然にそこへ逃げることと、Legendの近くに辞書を集めるためだ。地図の端に語彙が集まり、真ん中に「いま必要な一文」だけが残るとき、応答は速い。
03|朝の一件:ICの残高
午前六時四十分。通勤客の流れが太くなる。改札脇で、五十代くらいの男性がICカードをセンサーに叩き付け、声の奥に熱のある音を混ぜる。「なんでだ、通れない!」
駅員が出る前に、プレートの右下に目が行く。「困ったら近くへ。」彼は一瞬だけ、自分に言われたのではなく、誰かに言っているのだと思う。腹の張りつめが、刃物の先ほど丸くなる。その隙を逃さず、塚本が最初の言葉を出す。
「見張りありがとうございます。こちらで残高を確認します」
ありがとう先出し。動詞は確認。主語はこちら。責めるのではなく迎え入れる。数秒で解決。ICのオートチャージが設定されていなかった。カウンター越しにペンと紙でRunbook一行目を書いて渡す。
誰:駅務室(塚本)いつ:06:41どこで:改札A何を:残高確認→改札再通過なぜ:オートチャージ未設定
受け取った男性が、小さく頭を下げる。短い。だが、ありがとうは短い方が良い。
04|昼の一件:ベビーカーとエレベータ停止
午後一時。警報音。エレベータが一時停止。扉の前でベビーカーの母親が困っている。掲示板のLegendに細い緑の丸が表示される。「♿ 迂回導線:図3」。右下の困ったら近くへが目に入る。母親の眉間の縦皺がほんの少し浅くなる。そこへ、さくら。
「見張りありがとう。迂回はこちら。図3の右下です。押しますね」
オーバーに指差さない。肩の高さ、手首が柔らかい指し示し。彼女の声が、文字を場所に変える。階段の手前に置かれた簡易スロープを二人で敷く。ゴムの匂い、アルミの冷たさ。タイヤの細いゴロゴロが、静かに上に上がる。ありがとうが二回。母親の声と、背中の子の声。二回の音階が同じ高さで重なるとき、駅の温度は上がる。
05|夕方の一件:外国人観光客と電池
午後五時二十五分。スマホを高く掲げる観光客。英語が早い。困ったら近くへの読み下しでは足りない。塚本は、手早くピクトを指す。右下のLegendの左に並ぶ記号:☎(電話)/?(案内)/🔋(充電)。そして十秒で英語を落とす。
Help desk here(連絡先). If困った, come close.Charging:here. Exit:on Page 1.
フルセンテンスではない。フレーズの塊。母音が多く、子音で切る。風にも負けない。ふみかがすぐ横で紙の地図に緑の丸を描き、最初の行に充電場所の連絡先を書き込む。観光客の肩が下がり、右手がループ状に動く。感謝のジェスチャーに、さくらが同じ形で返す。同じ高さの「ありがとう」は、言語を越える。
06|夜の一件:終電と迷子
午後十一時過ぎ、終電間際。ホームの端で若い女性が、アナウンスを聞き違え、違う列車に乗ろうとしている。困ったら近くへの札は、遠くからでも「近く」を示す。塚本がホームに出て、走らない足で早歩き。声は正面に。最初にありがとう。「見張りありがとう。こちらは回送。出口は最初のページ――掲示板の左上。戻りましょう」
彼女は一度だけ迷った目をし、次の瞬間、足が駅務室の方向へ向く。最初のページと言えば、今日、掲示板に貼られた小さなExit on Page 1のピクトが視野に入る。出口は先にあると楽だ。入口で騒がない。
07|やわらかな統計
二週間。塚本は統計を取る。数字は譜面のようなものだ。どのくらいの音で夜を歌うのか、音符の並びは隠せない。
怒鳴り声:−38%
駅務室への一次連絡(最初の行に連絡先):+22%
迷子対応時間:−31%
「ありがとう」先出し率:+45%
再訪時の「前回助かった」申告:+19%
数字の「+」と「−」だけでは、駅の湿度は分からない。だから塚本は余白に短い文章を添える。
観察:カウンターの上にひじをつく人が減った。観察:案内図の矢印が減っても、指差しが増えた。指は柔らかい。観察:「すみません」の前に「ありがとう」を置く人が増えた。
ふみかは、この余白の柔らかさを、広報の言葉に背負わせる。短い文で長い約束。断言ではなく迎え入れ。駅の記録は眠りのためにある。
08|制作裏話:怒鳴り声が減るまで
貼り出しただけではない。プレートのあの日から逆算して、一ヶ月の地味な整備があった。
矢印の棚卸し:掲示板の矢印を四割削減。図のLegendを右下に、新しい地図記号に言葉を寄せる。
Runbook:駅務室の引き出しに「誰/いつ/どこで/何を/なぜ」カード。一行目を声に出す訓練。
ありがとうの練習:朝礼で10本。書くのではなく言う。最初の言葉を口に乗せる訓練。
やめ方:故障/遅延/打切りのExit on Page 1。最初のページに出口。
アクセシビリティ:案内板の読み上げ順の調整。連絡先は最初。ピクトと色で補助。
素材:プレートは濡れても反射しない。台風の日に剥がれないよう、裏打ちを強めに。表面に傷に強いコーティング。
この地味な整備の合間にも、来客が来る。怒鳴り声で入り、普通の声で帰る人。普通は誰にとっても救いだ。
09|言葉の手触り
「困ったら近くへ。」の語尾は句点で止めてある。三点リーダではない。ふみかはこの止めにこだわった。止めない言葉は、次の行に読者を追い立てる。止める言葉は、読者の足を止める。止まると、近くが見えてくる。フォントを明朝にしたのも、止めのためだ。ゴシックの剛さではなく、筆の止め。手書きに近い止まり方。
さくらが気に入っているのは、上記の硬派な設計ではなく、一番小さな部分。「ありがとうって、言いやすくなる」と言う。怒鳴り声の高さをA4とすれば、ありがとうの高さはA3の低さだ。人は自分の声の高さに敏感であることを、自分の声を出した後にしか気づかない。設計は、その後のためにある。
10|夜の終端、花の一輪
閉駅のベルが鳴る。自動ドアの音が止み、最後のアナウンスが語尾を落とし切る。掲示板の前に、誰かが小さな花を置く。透明の二重袋の水に挿した、黄色いスプレーマム。茎は短いが、十分に立つ。ふみかはそれを見て、紙の端に短い文を足すだけにした。
暴風にも剥がれない約束。
塚本は翌朝、花の水を替える。かつて怒鳴っていた人の声と、今夜の「ありがとう」が、同じ体の中にいることを彼は知っている。
11|駅の端から世界の端へ
「遠くの専門家より、近くの人にまず話す。近くで解けなければうちへ」
ふみかのこの言葉は、駅の壁の向こうにある世界への橋でもある。駅務室の端に置いたLegendは、クラウドのLegendと座標を共有する。shallは濃紫、willは薄紫。駅の最初の行は連絡先、現場の最初のページはやめ方。端にあるものが、真ん中を決める。真ん中だけ明るい地図は、不安の地図だ。
さくらはその橋を渡す最初の言葉を持っている。「ありがとう」。短い。短いから最初に置ける。最初に置けるから、橋は最初の板を踏める。そして猫は、しっぽでとんと板を叩く。合図の音は小さいほど良い。誰も驚かない。驚かないから、判断は速い。
12|あとがき:右下の約束
「困ったら近くへ」の札は、小さい。駅の広さに対して、小さすぎるかもしれない。だが、右下に置かれた小さな辞書は、真ん中の大きな地図を自分の句に変える力がある。短い文は長い約束。断言ではなく迎え入れ。駅前のやさしさは、右下から始まる。最初の言葉にありがとう。最初の行に連絡先。最初のページにやめ方。暴風にも剥がれない約束は、目に見えないが、場所として残る。
そして、今夜も――駅務室のカウンターの内側から、塚本が静かに言う。「困ったら近くへ」外側から、誰かが答える。「ありがとう」
19. サプライチェーン演習・決戦『粉より代謝』
00|前口上──キラキラは掃除の手間
デモ会場の床は薄い灰色のエポキシで、照明が当たると粉がよく映える。午前十時ちょうど、営業さんがローラーキャリーの上にパウチ袋を積み、ブースの前に立った。袋のラベルには、角丸のフォントで「AI 魔法の粉」。説明書きは短い。「コードを振りかけるだけでセキュリティも品質も上がる!」。袋の口がキラキラと微細な樹脂片をこぼす。散った粉は、靴底のゴムにこすられて、床の目地に入り込む。掃除が面倒になるやつだ、と全員が同じタイミングで思う。
「AI魔法の粉いりませんか?」
全員「代謝で勝ちます」
営業さんは肩をすくめて笑い、「いえいえ、試すだけでも――」と袋を高く掲げた。やまにゃんがブースの背面から顔を出し、しっぽ(USB-C)で床をとん。開会の合図は小さくてよい。粉に頼るより、代謝を上げる演習をはじめる。
今日のテーマボードには、太い字で四つ。
構成の基礎代謝(律斗)
橋の代謝(叶多)
費用の代謝(陽翔)
文化の代謝(みお)
右下には名刺サイズのLegend。薄紫でshall/will、Controller/Processor/Key/Report。最初の行には連絡先(演習本部)がある。粉は右上の回収箱に一袋だけ置く。「要掃除」のシール。
01|アタック宣言──今日の敵は派手で見えづらい
蓮斗がホワイトボードに三つの攻撃シナリオを書く。
依存ライブラリすり替え(npm/PyPI)
CIのトークン流用(OIDC audience未固定)
what-if素通し(人間承認のバイパス)
攻撃役はみお。合法いたずら専門。攻撃は痛まないが痛点は突く。ふみかは“十秒カード”を演習本部の机に置き、「連絡先は最初の行」を確認。りなは右下のLegendを濃淡で塗る。鍵/報告/滞留はshall、監査/定期報告はwill。あやのは脚注の準備。「Exit on Page 1」のピクトを先にスライドの左下に出す。やめ方は最初のページ——入口で騒がないために。
02|構成の基礎代謝(律斗)──Hub&Spoke/Private Link/Firewall
律斗「構成の基礎代謝。Hub&Spoke/Private Link/Firewall。名前に主語、name: ${system}-${env}。夜の迷子を出さない」
大画面にネットワークの骨格が投影される。真ん中にHub、周囲にSpoke。外のインターネットに面するのはFront DoorとFirewallだけ。Storage は必ず Private Link で閉じ、DNS は内向きで解決。律斗は main.bicep の一節を指す。
param env string
param system string
var namePrefix = '${system}-${env}'
resource vnet 'Microsoft.Network/virtualNetworks@2023-09-01' = {
name: '${namePrefix}-vnet'
location: location
properties: {
addressSpace: { addressPrefixes: [ '10.10.0.0/16' ] }
}
}
「主語は名前に。workspace の黒魔術で隠蔽しない。境界は定義で守る。魔法の粉はいらない」
みおが即座に攻撃1を投げる。依存ライブラリのすり替え。CI のログに新しいパッケージが入る。律斗は微動だにしない。Spoke から Internet の出路は Firewall に集約し、Deny-by-Default。Private Link 経由のStorageだけを開ける。Egress の明示が基礎代謝だ。谷が出る(到達件数ゼロ)。平和か断線か。蓮斗が 十五分粒度で味見し、悠真が影に印をつける。「平和」。ふみかの十秒はまだ出番ではない——夜は短い。
03|橋の代謝(叶多)──期限・理由・手すり(PIM/OIDC/承認)
叶多「橋の代謝。期限・理由・手すり」
PIM:期限付き昇格+理由テンプレ(30文字)
OIDC:鍵を置かない。audience固定+短命トークン
承認:what-if+人間承認。差分ID/印影/期限を残す
スクリーンにFederated Credentials の画面。aud: "repo:yamazaki/infra" の文字が太く表示される。みおが攻撃2。OIDC audience未固定の悪用を試みる。橋の欄干に手がかりがないときに落ちるところを、欄干が防ぐ。aud が違えばトークンは死ぬ。承認の手すりは、what-if の破壊的差分を自動拒否する。**「大皿」**は出ない。小鉢だけ。人の舌で決める。
叶多はRunbook 一行目を声に出して読む。
誰:Infra-Team(叶多)/いつ:14:32/どこで:prd/何を:役割付与の小鉢化/なぜ:代謝維持
営業さんが粉の袋を弄りながら聞いている。理由を30文字で言える体は、粉に頼らない。
04|費用の代謝(陽翔)──休符・キャッシュ・出口抑制
陽翔「費用の代謝。休符・キャッシュ・出口抑制」
休符:夜間停止。緑の丸は朝に一声
キャッシュ:Front Door/CDN。P95で火を止める
出口抑制:Event Hub→外部 の大口を整流。契約先を絞る
折れ線グラフに空きが美しく刻まれる。谷を予算で飾らない。「谷を予算で可視化するのやめて(意味不明)」と冗談を飛ばしつつ、陽翔は曲線を歌える形にする。みおが攻撃3。what-if の結果を素通ししようとする。陽翔は首を振る。「テンポを先に決めた。休符の位置をずらさない」奏多がBPM 120→60に落とす。夜は低速再生だ。事故らない。
ふみかは朝のための短文を、まだ出さない。夜は比喩に過酷。短い文は 朝に置く。
05|文化の代謝(みお)──笑いと合法いたずら
みお「文化の代謝。笑いと合法いたずら」
Attack Simulation を演出に。痛まないが痛点は刺す
踏んだ人のためのおやつ。学びは糖度で残る
ポスターの端に**♪**。可愛いまま仕事させる
みおは訓練フィッシングの台本を配る。件名は踏みたくなるぎりぎりを狙い、本文はRunbookとLegendへ自然に導く。「痛みは記憶になるけど、痛まない笑いだって記憶になる。文化は体で覚えるもの」
さくらが**“ありがとう100連”のカードを置く。敗者復活の定番。最初の言葉が「ありがとう」**に整うと、判断は速くなる。営業さんが思わず笑う。「魔法の粉より、糖ですね」「代謝です」と全員。
06|実況:演習の流れ(実時間)
14:00 演習本部設置。最初の行に連絡先。右下にLegend。14:10 攻撃1(依存すり替え)開始。構成で吸収。谷の味見(平和)。14:25 攻撃2(OIDC aud 未固定)試行。橋で拒否。短命トークン再発行。14:40 攻撃3(what-if 素通し)試行。承認の手すりで停止。差分IDに印影。15:00 費用の休符確認。夜間停止の譜面に休符追加。15:10 文化の小ネタ投入。痛まない学びで糖度を足す。15:30 ふみか、十秒の朝用下書きを保留。15:45 やまにゃんがとん。演習終了。
Runbook一行目(ログ)
誰:Ops(連絡先:…)/いつ:14:12–15:45/どこで:dev/stg/prd/何を:供給線演習/なぜ:代謝確認
数字は譜面。音が鳴っている限り、数字は嘘をつけない。
07|粉の後始末──置き去りは掃除
演習が終わると、ローラーキャリーの上の粉は置き去りにされた。営業さんはにこやかに名刺を置き、次のブースへ去っていく。床には、きらきらが帯状に残る。掃除は設計の一部だ。後始末までが演習。
さくらが静電モップで粉を寄せ、ふみかが養生テープで目地から掬い上げる。りなは掲示板の右下に貼ったLegendの角が浮いていないか確認し、あやのは脚注の濃淡がにじんでいないか目を凝らす。蓮斗はログに影を残し、悠真は骨の棚を閉じる。陽翔は曲線の休符をひとつだけ増やす。奏多はBPMを120に戻す。最後にやまにゃんが、しっぽで床をとん。粉は掃除された。代謝で勝った。魔法はいらない。
08|議事録:代謝のチェックリスト(再掲)
構成の基礎代謝:Hub&Spoke/Private Link/Firewall。名前に主語。Deny-by-DefaultのEgress。
橋の代謝:PIM(期限+理由 30字)/OIDC(aud固定+短命)/what-if+人間承認(差分ID・印影・期限)。
費用の代謝:夜間停止(休符)/CDN(キャッシュ)/出口抑制(契約先整流)。
文化の代謝:Attack Simulation(痛まない)/踏んだ人のおやつ/♪の余白。
広報の十秒:連絡先(最初の行)。鍵 EU内/処理 EU優先/越境 同意+契約/失敗 公開/報告72h。
Legend(右下):shall/willの濃淡一致。Exit on Page 1は最初のページ。
Runbook 一行目:誰/いつ/どこで/何を/なぜ。
キュー:猫のしっぽでとん。
09|エピローグ──粉は光らない、代謝は光る
夕方、ブースの照明が一段落とされ、エポキシの床は滑らかな灰に戻った。粉のきらめきはもうない。台に残った一袋だけが、「要掃除」のシールを貼られて、回収箱に入れられる。
営業さんが後ろから伸びをしながら言う。「いやぁ、今回は刺さらなかったねぇ」ふみかが笑って会釈する。「遠くの粉より、近くの代謝で。困ったら近くへ」営業さんは肩をすくめ、次の角で消えた。
残ったのは、譜面と欄干と、右下の小さなLegend。そして、最初の行にある連絡先。明日の朝、緑の丸が一声だけ灯れば、それでいい。
粉は光らない。代謝は光る。しっぽがもう一度だけとん。それが、今日いちばんいい音だった。
20. お便りコーナー(読者の声)
※このコーナーは、駅の掲示板の右下・事務所の代表窓口・現場のSlack「#voice」に届いた声を、読み手の許可を得た範囲で短い文のまま掲出しています。長い約束につながる最初の一行を、そのまま残すために。
00|封筒の手触り/メールの光
午前九時。白い封筒が一通、ポストから出てきた。紙は少し厚い。切手の縁に走るミシン目が、親指の腹に小さな凹凸を残す。モニタの右上にも、小さな青い丸が灯る。inbox(1)。ふみかが封を切り、まずは宛名の下にある最初の一行だけを声に出す。
01|「眠れましたのメールを打つと、事務所からにゃが返ってきて癒やされます」
差出人:匿名希望(製造/法務)受信:メール(件名:眠れました)
本文(原文)眠れましたのメールを打つと、事務所からにゃが返ってきて癒やされます。文字数が短いのに、疲れが抜けます。最初の行に連絡先がある文章が好きです。夜は短く、朝に続きを。ありがとうございました。
返信(ふみか/最初の一段)
広報(連絡先:voice@…) です。眠れましたの一行、いつもありがとうございます。にゃは合図、最初の行は場所です。朝の緑の丸が一声だけ灯れば十分——本日も穏やかな一日を。
メモ(りな)
「にゃ」=時間合わせのキュー。短い文で長い約束を閉じる効果。
監査パックの最後のページに、この一行のスクリーンショットを貼付(影)。
備考(やまにゃん)
にゃ。
02|「“やめ方”先出しの会議、短くなって午後が平和」
差出人:物流オペレーション(井上)受信:Slack #voice(ピン留め)
本文(原文)“やめ方”先出しの会議、短くなって午後が平和。最初にExit on Page 1を確認するだけで、入口で騒がなくなります。ありがとう先出しも効きます。責める前に感謝。人は責められると遅くなるから。Runbook 一行目、みんな暗唱できるようになりました(誰/いつ/どこで/何を/なぜ)。
返信(叶多+さくら)
Ops(連絡先:ops@…)。やめ方は最初のページ、ありがとうは最初の言葉。橋の欄干(期限・理由・手すり)を磨き続けます。午後の平和は設計の成果。引き続き、走らない勇気で。
メモ(陽翔)
会議時間 −28%/午後のアラート減少 −36%。
休符が譜面内で認識され、夜間通知**−62%**。
NPS(社内):+11pt(「入口で騒がない」項)。
余白(ふみか)
「平和」という単語が、数字の隣に並ぶと、数字が音になる。
03|「凡例カルタ、子どもが覚えました」
差出人:駅務室の塚本(経由:家)受信:封筒(表書き:Legend 名刺の件)
本文(原文)凡例カルタ、うちの子が覚えました。断言より連絡先/主語は呼吸/やめ方は美学/成功は一声/鍵を置かない勇気/眠れる曲線。「右下は辞書の場所」と言って、名刺まで右下に揃えます。駅の掲示板の右下に置いたLegendと同じ座標。迷子が減りました。ありがとう。
返信(りな+さくら)
Legendカード(名刺サイズ)を三枚同封します(右下=辞書)。家でも右下を習慣に。短い文が長い約束に変わる最初のきっかけは、たいてい右下です。追伸:カルタ大会の読み札は「場所→主語→動詞」。
添付(みお)
クリアステッカー(Exit on Page 1 ピクト)
缶バッジ小(やまにゃん:USB尾が回る)
備考(律斗)
家庭でもname: ${system}-${env}(=主語を名前に)を。ラベルは等幅で。
4|「USBしっぽはどこで売ってますか?」→※売ってません
差出人:小学生(差出:親+絵つき)受信:はがき(消印:静岡中央)
本文(原文)USBしっぽはどこで売ってますか?うちの猫につけたいです。え(※猫とUSBの絵)
返信(全員)
売ってません。でも、にゃは売らないで持てます。鍵は置かない勇気。印は人が押します。とんは合図です。追伸:猫に権限はないけれど、必要です。
備考(ふみか)
はがきの絵は社内の掲示板へ(右下にLegendを添えて)。
返信は封筒の中に**“にゃ”シール**を一枚。
05|「短い文で助かりました」
差出人:自治体窓口(広報)受信:メール(件名:最初の行)
本文(原文)水害時の掲示で、最初の行に連絡先を置くようにしたら、電話が適切に来るようになりました。短い文こそ長い約束、実感しました。朝に緑の丸だけ出す運用も、夜の苦情が減りました。
返信(ふみか)
広報(連絡先:voice@…)。最初の行に場所、朝に緑の丸。断言より迎え入れの設計へ。脚注には根拠(条例/基準)を。右下はLegendで。
添え書き(あやの)
shall(濃紫)とwill(薄紫)を脚注で塗り分けると、眠れる条文になります。
06|「Runbook一行目を家庭でも使っています」
差出人:在宅勤務の保護者受信:フォーム(件名:骨)
本文(原文)「誰/いつ/どこで/何を/なぜ」を、家庭でも使っています。子どもの朝の支度が短くなりました。最初の言葉に「ありがとう」を付けると、喧嘩が起きにくいです。
返信(りな+さくら)
Runbook一行目カード、三枚お送りします。右下に控え用のLegendを。短い文の裏に骨。ありがとうは最初の言葉に。
コメント(陽翔)
家のスケジュールにも休符を。夜に鳴らさない習慣は、朝の一声をきれいにします。
07|「十秒のことばが届きました」
差出人:港湾パートナー(Maëlle)受信:英語メール(件名:Ten Seconds, Arrived)
本文(抄訳)十秒のことばが届きました。拍手が半拍遅れで返りました。連絡先が最初の行にあることで、現場が救われました。ありがとう。
返信(ふみか)
CISO室(連絡先:…)。Legendは右下、最初の行は場所。十秒の前に凡例、後ろに十行Q&A。また海で。
追伸(奏多)
次はBPM 58で。風が強い日は、間を長く。
08|「“また戻ってきます!”の垂れ幕が好きです」
差出人:退会直後の利用者受信:フォーム(件名:Exit on Page 1)
本文(原文)退会のページの**“また戻ってきます!”の垂れ幕が好きです。やめ方が最初のページ**にあると、入口に優しくなれます。短いのに、長い約束をされた気持ちになります。
返信(みお+叶多)
UI/UX(連絡先:…)。やめ方は美学、Exit on Page 1。欄干(期限・理由・手すり)を厚くし、ありがとうを先に。戻り道は右下にLegendで。
メモ(ふみか)
短い文こそ長い約束。拳ではなく迎え入れ。最初の行は場所。
09|「ゼロの谷の撫で方、真似しました」
差出人:SRE(他社)受信:Slack DM(件名:谷)
本文(原文)ゼロの谷の撫で方、真似しました。平和/断線/安心の三種、味見で判別。広報は**「到達が遅延」**に固定。谷を予算で可視化しない教え、刺さりました。
返信(悠真+蓮斗+陽翔)
Ops(連絡先:ops@…)。十五分粒度で左右を重ね、影に印。休符で呼吸を。緑の丸は朝だけで。
挿話(やまにゃん)
(毛の上からとん)
10|掲示板の端:読者の付箋
事務所の掲示板の右下に、読者の付箋をいくつか重ね貼りした。角を折り上げてピンで止め、端の重なりが風でめくれないように。
「短い文は長い約束」—緑のマーカーで下線
「困ったら近くへ」—矢印の手書き
「にゃ」—丸文字
「右下」—すべての付箋に同じ場所の印
ふみかは一歩下がって、それを眺める。右下に集まった言葉の群れは、辞書の見出し語のように静かだ。りながマグネットを一つ増やし、Legendカードの角を12mmだけ内側へ寄せた。座標をそろえるために。さくらが「ありがとう」の付箋をいちばん上にし、みおが小さな**♪を描いた。律斗はその隣にExit on Page 1のピクトを置き、奏多はBPM 120のメトロノームを60に落としてから消した。陽翔は休符を一つ足し、悠真は影**に今日の日付を記す。やまにゃんが最後列の棚の上で丸くなり、とん。
11|編集後記
読者の声は、短いほど遠くへ届く。最初の行に連絡先、右下にLegend。やめ方は最初のページ。ありがとうは最初の言葉。にゃは最後の合図。そうして届いた短い文は、どれも長い約束のはじまりだ。今日もまた、緑の丸が一声だけ灯る。それで、十分。





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