山崎行政書士事務所物語(コメディ小説)シーズン2 第3話(通算第15話)「ローマ字表記ゆれ選手権:同じ人が3人いる」
- 山崎行政書士事務所
- 2月8日
- 読了時間: 8分

※本作はフィクションです。登場人物・出来事は創作であり、手続や書類に関する描写は一般的な範囲の表現です。個別の案件は事情により必要書類・手順が変わります。本作は特定の事案の結論や可否を断定するものではありません。
ホワイトボードの右上は、もう完全に“地図”と“呪文”の複合体だった。シーズン1の駅名ステッカーがずらり、その隣にシーズン2のリージョン。
TokyoSingaporeUTCZulu
そして、みおが赤字で書いた、増殖した時刻。
14:1514:1514:15Z
ゆいが、壁を見上げて遠い目をした。
「先生……壁が国際化したのに、圧が増してません?」
「国際化すると、圧も多言語対応になるんだよ」
りながが、前回のプリンター紙を指さした。英語の煽りが、堂々と貼られている。
『Z means UTC. “ズ” is not a time zone.』
「先生……ズが否定される世界線、つらいです」
「ズに感情移入するな」
さくらが、机の上のファイルを置いた。置き方が、今日も嫌な予感でできている。
「先生。今日の相談、名前です」
山崎先生が眉を上げる。
「名前?」
みおが付箋を貼る。儀式。
(① 表記ゆれ)(② 同一人物)(③ ローマ字)(④ 証跡)
あやのが、にこやかに言った。
「来ましたね。人間が一番揉めるところ」
相談者は“人”じゃなく“名前の群れ”を連れてくる
10時ちょうど。○○化学の△△さんが、今日もバインダーを抱えて入ってきた。それに加えて、今日はノートPCも抱えている。
「先生、すみません。昨日の“14:15Z”はなんとか社内説明できました。…問題は、別でして」
「別?」
△△さんは、PCを開いて見せた。そこには、同じ人物らしき名前が、三つ並んでいる。
ALEXANDER O. RIVERA(パスポート)
Alex Rivera(エントリーフォーム)
アレックス(社内での呼び名)
りながが、息を吸って吐いた。
「出た……三人……!」
ゆいが、なぜかテンション高く言う。
「同一人物、三人います!」
さくらが目線だけで止める。
「広報、黙ってください」
「はい……」
△△さんが弱々しく続ける。
「この方、来月からエンジニアとして受け入れる予定なんですが…社内システムで“同一人物と認識できない”問題が出始めました」
みおが淡々と確認する。
「どこでズレました?」
△△さんが、バインダーを開いた。紙が重い音がする。物理の圧。
「まず、入館証の申請で“パスポート通りに入力しろ”と言われました。でも人事のフォームは“ミドルイニシャル不要”って…」
りながが、反射で言った。
「ミドルイニシャルの扱い、地獄!」
「叫ばない」
さくらが、紙を一瞥して言った。
「先生。ここ、点が問題です」
「点?」
「O. の . です。ドットの有無で別人になります」
「ドットで別人になる世界、怖い」
“同じ人なのに別人”は、ITが得意なホラー
△△さんが画面をスクロールする。さらに出てくる。
ALEXANDER O RIVERA(ドットが消えてる)
ALEXANDER RIVERA(Oが消えてる)
ALEXANDER ORIVERA(スペースが消えてる)
ALEXANDER O. RIVERA(正しいが、全部大文字)
Alexander O. Rivera(大小混在)
りながが、顔を覆った。
「先生……同じ人なのに、世界に五人います……」
みおが、真顔で言う。
「五人いるなら、五人分の事故が起きます」
あやのが、やわらかく言った。
「本人は一人なのに、書類とシステムの上で“分身”するんですね」
「分身が一番困るのは、本人じゃなくて運用だよね」
さくらが頷く。
「運用が死にます」
「また死んだ」
山崎先生、SEの顔で“ソース・オブ・トゥルース”を宣言する
山崎先生は、ホワイトボードに大きく書いた。
Source of Truth(基準)
「一般論としてね。こういう時は、まず“基準”を決める。どの表記を“公式の名前”として扱うか。そして、他の表記は“別名”として紐づける」
△△さんが、ほっとした顔で頷く。
「基準…なるほど…」
りながが、目を輝かせる。
「先生、それってマスターデータ管理の発想…!」
みおが即座に言う。
「りなさん、興奮しない。運用が重くなる」
「うっ…!」
さくらが淡々と補足する。
「基準は、だいたいパスポートです。ただし、場面によって“求められる表記”が違うので、勝手に統一しない」
山崎先生が頷く。
「そう。勝手に統一して“正しいつもり”になるのが一番危ない。だから“求められた表記”を残しつつ、同一人物だと追える形を作る」
△△さんが小さく言う。
「追える形……証跡……」
みおが付箋を貼る。
(⑤ 追える=勝ち)
外国人エンジニア本人、降臨(Teamsで)
△△さんが恐る恐る言った。
「先生…実は、本人、今オンラインで繋げます」
「繋ぐ?」
りながが身を乗り出す。
「繋げましょう!本人確認、最強です!」
みおが冷静に言う。
「ここで“本人がどう書きたいか”を聞くのは有効です。ただし、制度や手続で求められる表記は別にあります」
「うん、そこ大事」
Teamsが繋がった。画面に映ったのは、穏やかな笑顔の男性。
表示名:Alex Rivera発音も自然。落ち着いてる。こっちの事務所の人間より落ち着いている。
「Hello! Nice to meet you.」
山崎先生が丁寧に返す。
「こんにちは。山崎です。今日は“名前の表記”の整理を一緒にする形です」
Alexさんが少し笑って言った。
「Ah… the name problem.I’m one person, but I have many names.」
りながが小声で言う。
「本人が言った……ホラーの自覚……」
Alexさんが続ける。
「My legal name is ALEXANDER O. RIVERA.But everyone calls me Alex.And sometimes forms don’t like the dot.」
さくらが、即座に頷いた。
「ドットが嫌われる世界線、あります」
Alexさんが笑う。
「Yes. Dot is… evil.」
「ドット悪役化」
ゆいが、うっかり言う。
「先生、キャッチコピーにできます。“ドットは悪役”」
さくらが目線だけで止める。
「広報、黙ってください」
「はい……」
ここで“もう一つのホラー”が来る:Unicode
△△さんが紙を一枚出した。そこには、こう書いてある。
ALEXÁNDER(Aにアクセントが付いてる)
りながが固まる。
「……先生、アクセント……!」
みおが即答する。
「アクセントは、システムで落ちます」
「落ちるね」
さくらが淡々と言う。
「落ちるというより、別文字になります」
あやのが優しく言った。
「本人は同じつもりでも、システムが“違う人”にしちゃうやつですね」
山崎先生は、一般論として説明する。
「これ、技術の話になるけど。見た目が同じでも、内部表現が違うことがある。たとえば、アクセント付き文字や、全角半角、結合文字…」
りながが、急に理系の顔になった。
「Unicode正規化(NFC/NFD)…!」
みおが、0.5秒だけ止まって、ゆっくり言った。
「……りなさん、今日は正しい」
「やった!」
Alexさんが画面越しに頷く。
「Yes. Sometimes my name becomes “Alex?nder”.I don’t know why.」
ゆいが震える声で言う。
「“?”が入るの、こわい……」
さくらが淡々と答える。
「“?”は、証跡が壊れたサインです」
「怖い言い方」
“名前の設計”は、アカウント設計と同じくらい重要
△△さんが言った。
「先生、さらに…Microsoft 365(社内メール・Teams)でアカウント作る時、UPN(サインイン名)と表示名とメールが…」
りながが即座に食いつく。
「Entra IDの世界線来た!」
みおが止める。
「りなさん、叫ばない」
山崎先生が、ホワイトボードに書く。
Legal Name(法的・公式の表記):パスポート等
Preferred Name(呼ばれたい名前):Alex など
System Identifier(識別子):UPN / email / employee ID
Display Name(表示名):Teams/Outlookに出る
「一般論として、識別子は“変えたくない”。表示名は“人間に優しく”。公式名は“求められる場面”に合わせて残す。この四層を混ぜると、事故る」
みおが頷く。
「四層、いいですね。運用が回ります」
さくらが淡々と追加する。
「そして全部、記録に残す」
ゆいが小声で言う。
「残るの、宗教…」
「宗教にするな」
14:15、草薙が“別のNFC”を持ってくる
話が整ってきた頃、インターホンが鳴った。
ピンポーン。
全員が時計を見る。
14:15(ローカル)
「あ、来る」
りながが、もう慣れた声で言う。慣れるな。
ドアが開く。草薙(監査官)が、当然の顔で入ってくる。
「失礼します。少しだけ」
ゆいが半泣きで言った。
「草薙さん、あなた、もはや時報ですよね」
草薙は淡々と答えた。
「時報は正確です」
そして草薙は、机にステッカーを二枚置いた。
UnicodeNFC
りながが、反射で叫びそうになって止まる。
「……NFC……!」
ゆいが、勘違いの顔で言う。
「え、NFCって、タッチ決済のやつですか?便利ですよね!」
草薙が、静かに首を横に振る。
「違います」
全員が同時に言った。
「ですよね!!」
草薙が淡々と続ける。
「NFCは Normalization Form C の方です。タッチはしません。正規化します」
ゆいが、しょんぼりする。
「タッチしないNFC……」
さくらが、草薙を見て言った。
「先生。今日の草薙さん、刺さる準備ができてます」
草薙が、ホワイトボードの“表記ゆれ一覧”を見て一言。
「それ、正規化、残る?」
みおが即答する。
「残します。入力規約として残します」
さくらも即答する。
「残します。例外処理も残します」
りながが乗る。
「残します。正規化のルールも、どこで適用したかも!」
草薙が、小さく頷いた。
「合格です」
Alexさん(画面越し)が笑う。
「This is very… serious. I like it.」
「本人が好きって言った」
オチ:プリンターが“別のNFC”で煽ってくる
草薙が去った後、空気が一瞬だけ穏やかになった。よし、今日は平和に終われる――と思った瞬間。
プリンターが「ピッ」と鳴った。やめろ。
ウィーン。
吐き出された紙には、二行。
『NFC is not contactless here.』『It’s normalization. 残るのは仕様。』
りながが震える声で言った。
「先生……プリンター、英語でツッコミ入れてきました……」
みおが真顔で言う。
「プリンター、国際監査官化してます」
ゆいが、しょんぼりしながら言った。
「タッチしないNFC……プリンターにも否定された……」
さくらが即答する。
「否定されて正解です」
山崎先生は、ホワイトボードの四層(公式名/呼び名/識別子/表示名)を見上げて、深く息を吸った。
「……よし。同一人物が三人になるのは止められない。でも、“三人を一人だと追える運用”は作れる」
あやのが微笑む。
「前向きに残りましたね」
みおが付箋を貼った。
(⑥ 三人を一人にする運用)
「付箋に残すな」
今週のチェックリスト(一般論)
“公式の名前(パスポート等)”“呼ばれたい名前”“システム識別子(UPN/社員ID等)”“表示名”を混ぜない(層を分ける)
ローマ字表記は ドット/スペース/大文字小文字/ミドルイニシャル で別人化しやすいので、基準と例外を“追える形”で残す
アクセント付き文字などは Unicodeの正規化(NFC/NFD) やシステム制約で事故りやすい(入力規約・変換ルール・例外処理を残す)
“ツールの表示”だけを信じず、文章・台帳・規程側にも証跡を残す(後から説明できる形)
ステッカー(シーズン2・リージョン&概念編)
Tokyo
Singapore
UTC
Zulu
Unicode(NEW)
NFC(NEW:タッチしない方)
プリンター被害状況
「NFC is not contactless here.」で国際ツッコミ
「残るのは仕様。」を勝手に印刷(正論)
次回予告
化学メーカーの紙は、物理で殴ってくる。SDSバインダーが、机を沈め、心を沈める。次回、シーズン2第4話 「SDSバインダーの圧:化学メーカーの紙が強い」。





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