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山崎行政書士事務所物語(コメディ小説)シーズン2 第5話(通算第17話)「英文契約の“それっぽさ”が一番危険」

※本作はフィクションです。登場人物・出来事は創作であり、手続や書類に関する描写は一般的な範囲の表現です。※作中で契約や条文に触れる場面がありますが、特定の契約の適否や法的結論を断定するものではありません。必要に応じて弁護士等の専門家と連携してください。

ホワイトボードの右上は、もはや“世界の掲示板”だった。駅名ステッカー(シーズン1)に、リージョン&概念(シーズン2)が混ざり、視界が忙しい。

Tokyo / Singapore / UTC / Zulu / Unicode / NFC(タッチしない方) / SDS / GHS

その横に、みおの赤字が増殖している。

14:1514:1514:15Z

さらに壁の半分を占領する、プリンターの煽り紙。

『Z means UTC. “ズ” is not a time zone.』『NFC is not contactless here.』『紙はWORM。人間はリライト。だから履歴を残せ。』

ゆいが壁を見上げて、遠い目で言った。

「先生……もう“事務所の壁”じゃなくて、“監査の壁”ですよね」

「壁が監査官になっただけだよ」

さくらが、机の上のファイルを置く。置き方が、今日も嫌な予感でできている。

「先生。今日は英文契約です」

りながが、反射で目を輝かせる。

「英文契約!“WHEREAS”!“HEREINAFTER”!“SHALL”!」

みおが、静かに付箋を並べ始める。儀式。

(① 英文契約)(② それっぽさ)(③ 仕様と差分)(④ “shall”)(⑤ 運用)

あやのが、にこやかに頷いた。

「今日は“それっぽい文章”に心が騙される回ですね」

「予告で心を折るな」

相談者は“英語”より先に“安心したい”を持ってくる

10時。○○化学の△△さんが入ってきた。今日はバインダーじゃない。代わりに分厚いクリアファイル。紙質が違う。契約書の匂いがする。

「先生、すみません。海外取引先から契約書案が届きました。英語で……それっぽくて……」

山崎先生は、ゆっくり聞き返す。

「それっぽい?」

△△さんが、顔をしかめて言った。

「はい……見た目がもう“ちゃんとしてる”んです。表紙にロゴ、目次、番号、条文。フォントが強い。罫線が強い。圧が強い」

ゆいが小声で呟く。

「フォントの圧……分かる……」

さくらが即座に目線で止める。

「広報、黙ってください」

「はい……」

△△さんは続ける。

「上の人が言うんです。“見た目がちゃんとしてるから大丈夫だろ”って」

事務所の空気が、全員いっせいに固まった。

みおが付箋を貼る。

(⑥ “見た目で安心”=危険)

りながが、震える声で言った。

「先生……“クラウドだから大丈夫”と同じ匂いがします……」

「するね。すごくする」

山崎先生、最初に“できること”を明確にする

山崎先生は、落ち着いて言った。

「まず前提を確認させてください。私たちは行政書士事務所として、文書の整理・作成支援や、運用に合わせた資料の整え、要件の棚卸しや質問事項の整理はできる。ただ、契約の法的リスク判断や、交渉代理のようなことは弁護士領域になりやすいので、必要に応じて弁護士と連携しましょう」

△△さんが深く頷く。

「はい。でも、まず“何が問題になりそうか”の見える化だけでも、助かります」

みおが頷く。

「見える化は、勝ちです」

さくらが淡々と追撃する。

「勝ちというより、事故が減ります」

りながが小声で言った。

「事故は減らしたい……」

“それっぽい英文”は、だいたい定義が強い

△△さんが契約書を机に出す。表紙にでかい文字。

DATA PROCESSING AGREEMENT(DPA)

りながが、反射で言った。

「DPA…!」

みおが即座に止める。

「叫ばない。まだ内容を見てない」

さくらが、1ページ目の冒頭を読み、淡々と一言。

「先生。定義が多いです」

「定義が多いと?」

「読む人が死にます」

「また死んだ」

あやのが、優しく言う。

「でも定義って、“誤解しないため”でもありますよね」

さくらが淡々と返す。

「誤解しないために、誤解が生まれる量を書きます」

「言い方」

“shall”は優しくない(丁寧語の顔をした命令)

りながが、条文の中の単語を指さした。

「先生、ここ……shall……」

ゆいが、うっとりした顔で言う。

「シャル……響きが綺麗……」

さくらが目線だけで止める。

「広報、黙ってください」

「はい……」

山崎先生は、一般論として説明する。

「英語の契約書だと、“shall / must / may”の使い分けが出てくることが多い。ここを“なんとなく丁寧だから大丈夫”って読むと事故る。“shall”はだいたい“やる側の責任”がどこに乗るかに関係する」

みおが付箋を貼る。

(⑦ shall=責任が乗る)

△△さんが、恐る恐る聞いた。

「つまり……“shall”が多い方が、負担が多い?」

「一般論として、そう見えることは多い。だから運用と照合する」

さくらが即答する。

「運用と合ってないshallは、地雷です」

「地雷って言った」

“それっぽさ”最大の罠:実態と条文がズレてても気づけない

△△さんが、指で一箇所を指した。

「先生、ここ……“We may transfer data to any country…”って書いてあります。“必要なら、どの国にも転送できる”みたいな……」

りながが固まる。

「どの国にも……!」

みおが、淡々と質問する。

「現場の想定は?」

△△さんが答える。

「TokyoとSingaporeが中心で、他は…基本、想定してません」

さくらが短く言う。

「ズレてます」

山崎先生が頷く。

「こういうところが“それっぽさ”の怖いところ。文章が整ってると、内容のズレが見えなくなる。だから“条文 → 運用 → 差分”で見る」

りながが、目を輝かせる。

「先生、差分管理!」

みおが追撃する。

「差分が出たら、質問リストに落とす」

ゆいが、うっかり言う。

「質問リスト、映えますね!」

さくらが目線だけで止める。

「広報、黙ってください」

「はい……」

さらに地味に刺さる:時間の表現が曖昧(また時差)

△△さんがページをめくる。出てきた一文。

“We will notify you within 24 hours.”

りながが、息を吸う。

「24 hours…!」

みおが即答する。

「先生、ここは“いつからカウント”ですか」

山崎先生が頷く。

「そう。“発生から24時間”なのか、“検知から24時間”なのか、“確認から24時間”なのか。そして“どのタイムゾーンの24時間”なのか。Zが出る世界線だと、ここもズレる」

△△さんが頭を抱える。

「また時間……」

あやのが、優しく言った。

「時間って、逃げないのに追ってきますよね」

「詩が上手いな」

りな、契約書を“diff”で見たがる

りなが、ノートPCを開きながら言った。

「先生、これ、前の版と差分取れますか?更新履歴(changelog)がないと怖いです」

みおが頷く。

「SDSと同じです。改訂履歴がない“最新版”は信用できません」

さくらが淡々と追撃する。

「“最新版です”と言ってるだけの最新版は、最新版じゃありません」

「言い方が監査官」

△△さんが、弱々しく言った。

「でも…見た目が…すごくちゃんとしてるんですよ…」

山崎先生が笑って言った。

「見た目は、心を安心させる。でも、契約は“見た目のセキュリティ”では守ってくれない」

そして来る。14:15(ローカル)—草薙が“二枚の単語”を置く

話が“質問リスト化”に進み始めた頃、インターホンが鳴った。

ピンポーン。

全員が時計を見る。

14:15(ローカル)

「……来る」

りながが、もう慣れた声で言った。慣れるな。

ドアが開く。草薙(監査官)が、当然の顔で入ってくる。

「失礼します。少しだけ」

△△さんが小声で聞く。

「この方、毎日…?」

山崎先生も小声で答える。

「だいたい毎日…」

草薙は机の上の英文契約を見て、一言。

「綺麗ですね」

ゆいが、思わず頷く。

「綺麗ですよね!」

さくらが目線で止める。

「広報、黙ってください」

草薙は、淡々と続ける。

「綺麗な文章は、危険です。なぜなら、読み手が安心して読み飛ばすから」

みおが小さく頷く。

「読み飛ばしが、事故の入口」

草薙が、机の上にステッカーを二枚置いた。

DPASLA

りながが、口元を押さえる。

「うわ……強い単語……」

草薙がホワイトボードの“差分リスト”を見て、淡々と聞いた。

「それ……SLA、残る?

みおが即答する。

「残します。通知時間、対応時間、起算点、タイムゾーンを明記して残します」

さくらも即答する。

「残します。“見た目で安心”を潰します」

草薙が、わずかに頷いた。

「合格です。“丁寧”と“公平”は別です。“それっぽい”と“運用に合う”も別です」

そして去り際に、いつもの言葉。

「じゃ。証跡、大事なんで」

ドアが閉まった。

△△さんが、ぽつり。

「……英文契約って、怖いですね」

山崎先生が頷く。

「怖い。だから“怖さを分解”して、質問にする」

オチ:プリンターが一番嫌なことを言う

空気が少し落ち着いた、その瞬間。

プリンターが「ピッ」と鳴った。

やめて。今日は静かに終わりたい。でも、プリンターは静かに終わらせてくれない。

ウィーン。

吐き出された紙には、英語で一行。

“Looks professional” is not a control.

りながが震える声で言った。

「先生……プリンター、監査官の英語になってます……」

みおが真顔で言う。

「“見た目がちゃんとしてる”は統制じゃない、ってことですね。刺さります」

ゆいが小声で呟く。

「フォントの圧、意味なかった……」

さくらが淡々と締める。

「意味はあります。安心は得られます。ただし、安心は証跡ではありません」

山崎先生は、△△さんに笑顔で言った。

「今日の成果は、結論じゃない。“質問が整った”ことが成果だ。これができると、弁護士に見てもらう時も、社内説明も、急に強くなる」

△△さんが、深く頷いた。

「はい……“それっぽさ”に負けないようにします」

今週のチェックリスト(一般論)

  • 英文契約は“それっぽい見た目”ほど読み飛ばしが起きやすいので、条文→運用→差分で確認する

  • “shall / must / may”や定義(Definitions)は、責任や範囲に直結しやすいので、曖昧に読まない(曖昧なら質問リストへ)

  • 通知時間(例:24 hours)は、起算点(いつから)・タイムゾーン・証跡の残し方までセットで整理すると事故が減る

  • 行政書士としては、文書の整理・作成支援、要件の棚卸しや質問整理は可能。法的判断や交渉が必要な場合は弁護士等と連携する

ステッカー(シーズン2・概念編:契約が追加)

  • Tokyo

  • Singapore

  • UTC

  • Zulu

  • Unicode

  • NFC

  • SDS

  • GHS

  • DPA(NEW)

  • SLA(NEW)

プリンター被害状況

  • “Looks professional is not a control.” を勝手に印刷(刺さりすぎる正論)

  • ただし信用はしない(前科が多い/今日も正しいのが腹立つ)

次回予告

委託先に、あの一言を言わなければならない。「……証跡、ください」次回、シーズン2第6話 「委託先に“証跡ください”と言う勇気」

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