山崎行政書士事務所物語(コメディ小説)シーズン2 第9話(通算第21話)「インシデント演習:本番より怖い(第2弾)」
- 山崎行政書士事務所
- 2月8日
- 読了時間: 10分

※本作はフィクションです。登場人物・出来事は創作です。
※インシデント対応・監査・委託管理に関する描写は一般的な範囲の表現であり、特定案件の法的結論や対応の可否を断定するものではありません。必要に応じて弁護士等の専門家と連携してください。
ホワイトボードの右上は、もはや“貼り物”ではなく世界の運用ログだった。
シーズン1の駅名に、シーズン2の概念とリージョンが増え、壁が「広いのに狭い」という矛盾を抱えている。
Tokyo / Singapore / UTC / Zulu / Unicode / NFC(タッチしない方) / SDS / GHS / DPA / SLA / Subprocessor / RACI / Residency / Routing / Japan East / Japan West / West Europe / East US / Australia East / Access Control / Identity Proofing
その隣に、みおの赤字が三段積み。
14:15
14:15
14:15Z
壁の半分には、プリンターの“勝手に監査メッセージ”。
『A brochure is not evidence.』
『Looks professional is not a control.』
『Data residency ≠ data routing.(所在≠経路)』
『写真はマーケじゃない。入構は運用だ。』
ゆいが壁を見上げて、遠い目で言った。
「先生……ここ、もう“事務所”というより“机上演習会場”ですよね」
山崎先生がため息混じりに笑う。
「今日は、まさに机上演習だよ」
さくらが机の上に、真っ黒なファイルを置いた。
表紙に太字で書いてある。
「IR(Incident Response)演習 台本」
りながが目を輝かせる。
「IR!来た!ログ!封じ込め!根絶!復旧!」
みおが儀式のように付箋を貼る。
(① インシデント演習)
(② 連絡網)
(③ タイムゾーン)
(④ RACI)
(⑤ “誰が決める”)
あやのが、にこやかに頷いた。
「今日、燃えるのはシステムじゃなくて、人間関係ですね」
「予告で心を折るな」
相談者は“本番”より先に“恐怖”を持ってくる
10時。
○○化学の△△さんが入ってきた。
今日はバインダーではない。代わりに、顔色が灰色。
「先生……取引先から来ました。追加要請です」
山崎先生が身構える。
「追加要請って、嫌な響きだね」
△△さんはスマホを見せた。英文が短い。短いのに刺さる。
Please provide a summary of your Incident Response Tabletop Exercise results.
Include timelines in UTC.
りながが固まる。
「UTC指定……」
ゆいが反射で言いかけて止まる。
「ズ…(ズじゃない)……」
さくらが淡々と追撃する。
「“UTCでタイムライン”は、逃げられません」
みおが即答する。
「やります。演習して、残します」
△△さんが、肩を落とした。
「先生……演習って、やったことないんです。
“本番が来たらやります”って言ってました」
さくらが一言。
「本番が来たら、終わります」
「言い方が怖い」
あやのが優しく言う。
「でも大丈夫です。
本番より前に“怖さ”を見せるのが演習なので」
机上演習、開幕。まず役割を決める(RACIは便利だが痛い)
山崎先生は、ホワイトボードに大きく書いた。
Tabletop Exercise(机上演習)
目的:本番で詰まらない運用を残す
みおが、黒ファイルを開いて言う。
「本日は演習です。実際の攻撃はしません。
やるのは“判断”と“連絡”と“証跡の残し方”です」
りながが頷く。
「やった!攻撃しない!安心!」
「その安心、危険。油断するから」
さくらが、淡々と参加者を指名する。
インシデント指揮(IC):みお
技術担当(検知・封じ込め):りな
記録係(タイムライン・証跡):さくら
対外コミュニケーション案(社内周知含む):ゆい(※口数制限)
メンタル&段取り(人が倒れない運用):あやの
事業側意思決定(止める/止めない):△△さん
ファシリテーター(進行):山崎先生
ゆいが手を挙げる。
「先生、口数制限って何ですか?」
さくらが目線だけで止める。
「広報は、余計な一言で世界を燃やします」
「燃やすの!?」
あやのが柔らかく言う。
「燃やす前に、台本にしましょうね」
演習シナリオ:14:15Zに“通知”が来る(地獄の時間指定)
みおが台本の1ページ目を読み上げた。
「シナリオ開始。
時刻:14:15Z。
Microsoft 365環境で、管理者権限アカウントに対する“異常サインイン”が検知されました」
りながが反射で言う。
「Impossible travel…!?」
みおが淡々と続ける。
「アラートの内容:
管理者アカウントで海外IPからサインイン試行
MFAが通ったようにも見える
直後にSharePointから大量ダウンロードの痕跡(可能性)」
△△さんが顔を青くする。
「MFA通った“ようにも見える”って何ですか!?」
さくらが即答する。
「ログの見方が統一されていない時に起きます」
「怖い!」
山崎先生が落ち着いて言った。
「ここが机上演習の良いところ。
“ようにも見える”を潰していこう。まず最初の問いは?」
みおが即答する。
「これはインシデントか。誰が判断するか」
りながが勢いよく言う。
「インシデントです!止めます!アカウントブロック!」
△△さんが反射で叫ぶ。
「止めたら工場の夜間シフトが止まります!!」
空気が燃えた。
ゆいが小声で言う。
「出た、事業継続 vs セキュリティ……」
さくらが即答する。
「広報、黙ってください」
「はい……」
“止める/止めない”より先に「誰が決めるか」が無いと詰む
みおが△△さんに静かに聞く。
「止める判断、誰がしますか」
△△さんが詰まる。
「えっと……情シス……?」
りながが勢いよく頷く。
「私です!」
みおが首を横に振る。
「りなさん、あなたは実行担当です。意思決定ではありません」
りながが固まる。
「えっ……」
さくらが淡々と言う。
「ここで“やる気”が暴走すると事故になります」
「やる気を止めるのも運用か…」
山崎先生がホワイトボードに書く。
意思決定:事業責任者(△△)
実行:情シス(りな)
指揮:IC(みお)
記録:さくら
みおが言う。
「では演習上、こうします。
“暫定封じ込め”は技術担当が即実施できる範囲を定義。
“業務影響が大きい遮断”は事業責任者が判断。
この線引きを、証跡として残します」
△△さんが、少しだけ息を吐く。
「線引き…助かります…」
あやのが小声で言う。
「線引きって、人を救いますよね」
次の地獄:連絡網が“個人のスマホ”にしかない
みおが台本の次ページをめくる。
「シナリオ続き。
インシデント指揮官は、委託先(運用ベンダー)へ連絡し、ログ提供と初動支援を依頼します」
△△さんが頷く。
「はい、鈴木さんに連絡します!」
すぐスマホを取り出す。
…が、手が止まる。
「……鈴木さんの連絡先、僕の個人LINEにしかない」
全員が同時に言った。
「終わった!!」
さくらが、冷たい声で言う。
「個人LINEは証跡ではありません」
みおが付箋を貼る。
(⑥ 連絡先=個人依存)
りながが震える声で言う。
「先生、ここが一番詰みポイント…」
山崎先生が頷く。
「机上演習で一番怖いのは、こういう“当たり前にやってたこと”が、運用として残ってない瞬間だね」
ゆいが、うっかり言う。
「LINEって便利なのに……」
さくらが目線で止める。
「広報、黙ってください」
さらに燃える:通知のSLAが“24 hours”だった(起算点どれ)
みおが淡々と読み上げる。
「委託先契約(SLA)には、
“notify within 24 hours”とあります」
△△さんが必死に言う。
「じゃあ24時間以内に連絡が来るんですよね!?」
さくらが、静かに言う。
「いつから24時間ですか」
△△さんが固まる。
「えっ…発生から…?」
みおが追撃する。
「検知から?確認から?報告書完成から?
そして、その“24時間”はUTCで数えますか」
りながが小声で言った。
「…Zが混ざると死ぬ…」
「死ぬ言うな」
あやのがやさしく言う。
「でも、“言葉が同じでも意味が違う”って怖いですよね」
山崎先生がホワイトボードに書く。
起算点(Trigger)
タイムゾーン(UTC/JST)
通知の方法(メール/ポータル/電話)
証跡(誰が見たか)
「演習の結論として、ここを“質問事項”じゃなく“運用に落とす宿題”にしよう」
みおが頷く。
「宿題にします。期限も決めます」
△△さんが小声で言う。
「期限…また…」
「期限は人を救う。先延ばしは人を殺す」
「言い方!」
最恐イベント:広報ゆい、声明文を作り始める
ここで台本が“炎上”パートに突入する。
みおが淡々と言った。
「シナリオ続き。
SNSで『○○化学で情報漏えいらしい』という投稿が出回りました。
社内チャットもざわついています」
ゆいの目が光る。
「先生!ここ私の出番!声明文作ります!」
さくらが即止める。
「作りません。演習です」
「でも演習でも作れた方が強くないですか!?」
みおが冷静に言う。
「作るのは良い。
ただし“出さない”。そして“誰が承認するか”を決める」
ゆいが震える声で言う。
「承認…社長…?」
△△さんが青ざめる。
「社長、今海外出張で…時差で…」
全員が同時に言った。
「時差!!」
山崎先生が穏やかに言う。
「ほら、燃えるのはシステムじゃなくて、人間関係だろ?」
あやのが頷く。
「燃えてますね、静かに」
机上演習で見える「本番で死ぬポイント」ランキング
みおが、冷静に整理を始める。
この人は火事の中で落ち着くタイプだ。怖い。
「ここまでの“詰まりポイント”を列挙します」
さくらが記録しながら言う。
「タイムラインはUTCで残します。JSTは補助です」
りながが小声で言う。
「正しい……」
みおが読み上げる。
“誰が宣言するか”が曖昧(インシデント宣言・遮断判断)
連絡先が個人依存(委託先・サブ委託・社内意思決定者)
SLAの起算点とタイムゾーンが曖昧
対外文の承認経路がない(時差で詰む)
ログの“見せ方”はあるが、“見た証跡”がない
△△さんが、顔を覆った。
「全部…うち…」
山崎先生が優しく言う。
「全部あるから、伸びしろがある」
さくらが淡々と追撃する。
「伸びしろは、残さないと伸びません」
「残す宗教やめて」
そして来る。14:15(ローカル)—草薙が“火事場”に水じゃなく紙を置く
演習が佳境に入った頃、インターホンが鳴った。
ピンポーン。
全員が時計を見る。
14:15(ローカル)
「……来る」
りながが、もう観測装置みたいに言った。慣れるな。
ドアが開く。
草薙(監査官)が、当然の顔で入ってくる。
「失礼します。少しだけ」
△△さんが半泣きで言う。
「今日も来るんですね…」
草薙は机上演習の付箋群を見て、一言。
「良い炎上です」
「良い炎上って何!?」
草薙は淡々と続ける。
「本番で炎上するより、演習で燃えた方が安い」
みおが真顔で頷く。
「コストの話、好きです」
「そこ意気投合するな」
草薙は机にステッカーを二枚置いた。
Tabletop
Comms
ゆいが反射で言った。
「Comms…!広報の響き…!」
さくらが目線で止める。
「広報、黙ってください」
草薙はホワイトボードの“連絡網がLINE”付箋を見て、淡々と聞いた。
「それ……連絡網、残る?」
みおが即答する。
「残します。
連絡先の台帳、社内共有、更新責任者、更新頻度まで含めて残します」
さくらも即答する。
「残します。個人依存を排除します」
りながが乗る。
「残します!オンコール表も作ります!」
草薙が小さく頷いた。
「合格です。
そして“タイムラインはUTC”も良い。
ただし——」
草薙は机上演習の台本を指でトントン叩いて言った。
「誰が“終息宣言”するかも、残してください」
空気が一段、冷えた。
△△さんが弱々しく言う。
「終息…宣言…」
あやのが優しく言う。
「終わり方って、決めてないと終われないですよね」
草薙は去り際に、いつもの言葉。
「インシデントは“止める”より“終わらせる”方が難しい。
——証跡、大事なんで」
ドアが閉まった。
オチ:プリンターが“人間関係が燃える”を一行でまとめる
演習の締め。
山崎先生が△△さんに言った。
「今日の成果は“うまくやれた”じゃない。
“詰まる場所が見えた”こと。詰まりは改善できる」
△△さんが、力なく笑った。
「本番より怖かったです…」
みおが真顔で言った。
「本番はもっと怖いので、今日で正解です」
「正解だけど言い方」
その瞬間、プリンターが「ピッ」と鳴った。
やめろ。今日は静かに終わりたい。
ウィーン。
吐き出された紙には、一行だけ。
『インシデントで一番遅いのはネットじゃない。承認だ。』
りながが震える声で言った。
「先生……プリンター、人間関係に刺してきました……」
ゆいが、しょんぼり言う。
「承認…私の天敵…」
さくらが淡々と締める。
「承認は敵ではありません。仕様です」
「仕様で全部片付けるな」
あやのがにこやかに言った。
「でも、承認フローを“先に決めておく”と、人が倒れにくいですよね」
みおが付箋を貼る。
(⑦ 終息宣言=残す)
(⑧ 承認=ボトルネック)
「付箋でボトルネックを残すなぁ!」
今週のチェックリスト(一般論)
机上演習(Tabletop)は「本番で詰まる場所」を可視化するためにやる(成功より“詰まりの発見”が成果)
連絡網・オンコール・委託先連絡先が個人依存だと本番で止まる(台帳化・更新責任・更新頻度まで含めて残す)
タイムラインはUTCで残すと越境案件で説明しやすい(JSTは補助として併記)
“24 hours”などのSLAは、起算点(発生/検知/確認)とタイムゾーン、通知方法まで揃えると事故が減る
対外コミュニケーション(Comms)は“作れる”より“承認できる”が重要。終息宣言の責任者も決めて残す
ステッカー(シーズン2・概念編:演習と広報が追加)
Tabletop(NEW)
Comms(NEW)
プリンター被害状況
「承認が一番遅い」を勝手に印刷(刺さりすぎる正論)
ただし信用はしない(前科が多い/今日も正しいのが腹立つ)
次回予告
「データの旅路」と「責任の旅路」は別。
どこに置くかより、誰が守るか。
そして、責任は“境界”で割れる。
次回、シーズン2第10話 「“データの旅路”と“責任の旅路”は別」。





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