山崎行政書士事務所物語(コメディ小説)第11話「謎のフィギュアコレクター、正体判明」
- 山崎行政書士事務所
- 2月7日
- 読了時間: 8分

※本作はフィクションです。登場人物・出来事は創作であり、手続や書類に関する描写は一般的な範囲の表現です。個別の案件は事情により必要書類・手順が変わります。本作は特定の事案の結論や可否を断定するものではありません。
ホワイトボードの右上には、駅名ステッカーが十枚。地図が、だいぶ「意志」を持ってきた。
『新静岡』『日吉町』『音羽町』『春日町』『柚木』『長沼』『古庄』『県総合運動場』『県立美術館前』『草薙』
その隣に、みおが赤字で書いた呪文は相変わらず二重。
14:1514:15
ゆいが、壁を見上げて遠い目をした。
「先生……駅名と時刻が並ぶ行政書士事務所、普通に怖いですよね」
「怖いのは事務所じゃない。偶然が重なる現象だ」
さくらが、机の上のファイルを指でトントン叩いた。
「先生。今日、来週の監査に向けて“最終整備”です」
りながが即座に反応する。
「証跡整備!ログ!権限!棚卸し!」
みおが、淡々と付箋を貼る。
(① 本番前)(② 最終整備)(③ “残ってるか”)
あやのが、ゆっくり笑った。
「みんな、胃が縮んでますね」
山崎先生が頷く。
「縮んでる。だから、縮んでる分だけ整える」
机の端には、あのUSB。透明ケース、黒文字で 「空」。
さくらが、それを見て一言。
「先生。今日も刺しません」
「刺さない。……隔離丸でも、今日は刺さない」
「“今日は”が不安です」
監査本番前の朝は、だいたい“儀式”になる
みおが「模擬監査で出た改善タスク」を、付箋で壁に貼り直していた。付箋が並ぶと、世界が整うタイプの人間だ。
「はい。改善タスクの担当者、期限、証跡格納先。ここまで決めます」
佐藤さん(○○社 情シス)は昨日の疲労を引きずった顔で頷いた。
「……今日こそ、胃薬なしで帰りたいです」
田中さん(○○社 事業側)は、もう悟った顔で言う。
「先生、うちの上の人に“クラウドだから大丈夫”って言われたら、どう返せばいいですか」
山崎先生は、笑って言った。
「“大丈夫にするための運用を決めます”って返す」
さくらが即座に追撃する。
「“決まってます”じゃなくて、“決めます”です。今」
田中さんが「刺さる…」と呟いた。
ゆいが、横から小声で言う。
「先生、今日も“刺さる回”ですね」
「刺さらない回が欲しいよ」
事件は、当たり前のように“14:15”に起きる
午前中の整備が進み、昼を過ぎた。空気が少しだけ軽くなった、ちょうどその時。
インターホンが鳴った。
ピンポーン。
全員が時計を見る。
14:15
「……来る」
りながが息だけで言う。
佐藤さんが、なぜか一番落ち着いた声で言った。
「来ますね。こういうのは来ます」
玄関のドアが開いた。
……でも、今日の来客は、いつもの“キャップ姿”じゃなかった。
髪は整い、スーツは完璧。首から下げた社員証のようなIDが、きちんと揺れている。
その人は、低い声で丁寧に言った。
「本日はお時間ありがとうございます。○○社、セキュリティ監査担当の――**草薙(クサナギ)**と申します」
空気が止まった。
田中さんが固まる。佐藤さんが固まる。ゆいが固まる。りながが固まる。みおが固まる。さくらだけが、目を細くして言った。
「……先生。やっぱりです」
山崎先生は、胃の奥が一段落ちるのを感じながら、笑顔を作った。
「……草薙さん。初めまして……?」
草薙さんは、ほんの少しだけ口角を上げた。
「“初めまして”は、形式的には、はい」
ゆいが震える声で言う。
「形式的には、って……何……」
りながが、やっと声を出す。
「先生……この人……!」
草薙さんは、穏やかに続けた。
「驚かせてすみません。私は“アポの場”で綺麗に整えられた説明を聞くより、“普段の運用”を見たいタイプなんです」
みおが、冷静に言う。
「つまり……抜き打ちですか」
草薙さんが頷く。
「はい。抜き打ちです」
田中さんが白目になりかける。
「終わった……」
あやのが、優しく訂正する。
「終わってないです。今、気づけました」
「気づけたけど、胃が死んでます」
駅名ステッカーの正体:訪問ログ(※趣味も混ざる)
草薙さんは、ホワイトボードを見て、静かに言った。
「……貼っていただいてたんですね」
りながが、反射で聞いた。
「貼られてたんじゃなくて、置かれてたんですけど……あの、これ、何なんですか?」
草薙さんは、淡々と答えた。
「訪問ログです」
「ログ!?」
佐藤さんが、思わず身を乗り出す。
「ログって……駅名が?」
草薙さんは、落ち着いて言う。
「沿線移動が多いので、どこで、何を見たかを残したい。そして――“残す”文化がある会社か、見たい」
みおが、即座に理解した顔になる。
「“記録が残るかどうか”を、生活動線でテストしていた」
草薙さんが頷く。
「はい。台帳も、目的も、名義も、責任分界も。全部、“残る”かどうかが肝ですから」
ゆいが、小声で言う。
「……この人、ずっと同じこと言ってる……」
さくらが頷いた。
「ブレないのは、監査の才能です」
USB「空」の正体:セキュリティ文化テスト(悪趣味)
りながが、机の端のUSBを指さした。
「……じゃあ、これも……?」
草薙さんが、あっさり言った。
「はい。文化テストです」
田中さんが悲鳴を飲み込む。
「悪趣味……!」
草薙さんは悪びれずに言った。
「未知のUSBが机に置かれていて、刺す会社は、だいたい刺します。刺さない会社は、刺しません。“隔離丸”で確認したのは、合格点でした」
りながが胸を張る。
「隔離丸、強い!」
みおが、冷静に付け足す。
「でも“机に置かれている時点で事故”です」
草薙さんが頷いた。
「その通りです」
全員がぐったりした。
山崎先生が、苦笑いを混ぜて聞く。
「……それで、フォルダだけ残ってたのは?」
草薙さんは、さらっと言う。
「“空でもフォルダは残る”ことを、見せたかったんです。つまり、運用が無いと、形だけの空フォルダになる。逆に、形が残っていれば、運用を育てられる」
りながが小声で言った。
「……プリンターと同じこと言ってる……」
草薙さんが一瞬だけ目を細めた。
「プリンター……何ですかそれ」
ゆいが、遠い目で答える。
「勝手に名言を印刷する、うちの監査官です」
草薙さんが、0.5秒だけ黙った。
「……それは、すごい」
「褒めないでください。調子に乗るので」
さくらが即言う。
正体の決定打:フィギュア
空気が少し落ち着いたところで、草薙さんが鞄を机に置いた。カチ、と留め具が鳴る。
そして――鞄の横ポケットから、ひょい、と小さな箱が見えた。フィギュアの箱だ。しかも、限定品っぽい。
りながが息を飲む。
「……フィギュア……」
ゆいが、顔を輝かせる。
「……推し……?」
草薙さんは、淡々と箱を見て、言った。
「これは私物です」
みおが真顔で言う。
「私物を監査に持ち込まないでください」
「その通りです。今日は緊急事態で、車から降ろし忘れました」
「緊急事態の方向性が独特」
山崎先生が、ゆっくり頷いた。
「……つまり、あなたが“謎のフィギュアコレクター”だった」
草薙さんが小さく頷く。
「はい。コレクターは、台帳と証跡が命ですから」
さくらが、静かに言った。
「それで“台帳には残る?”」
草薙さんが頷く。
「台帳に残らないものは、存在しないのと同じです」
ゆいが、うっとりする。
「強い……」
「強いけど、怖い」
“印影”の話になると、草薙さんが一瞬だけ黙る
山崎先生は、気になっていたことを聞いた。
「……ところで。駅のポスターの裏にあった、あの“印影みたいな跡”。あれも……?」
草薙さんは、ほんの一瞬だけ黙った。
その沈黙が、答えより怖い。
「……違います」
草薙さんは、短く言った。
「私のものではありません。ただ……“見覚えのある種類の印”です」
さくらの目が、さらに細くなる。
「見覚え……?」
草薙さんはそれ以上言わず、話題を切り替えた。
「本題に戻りましょう。来週の本番監査では、“あなた方が何を言うか”より、“普段どう回しているか”を見ます」
佐藤さんが、正直に言った。
「……言葉より運用」
草薙さんが頷く。
「はい。運用です」
ゆいが小声で言う。
「運用しか言わない人だ」
そして、草薙さんが“11枚目”を置く
草薙さんは、机の上に一枚のステッカーを置いた。
『御門台』
りながが即座に数える。
「先生!11枚目!」
みおが、冷静に付箋を貼った。
(④ 御門台=次のログ)
草薙さんは、時計を見た。
「では、今日はこれで失礼します。来週は、きちんと“アポあり”で伺います。……14:15に」
全員が同時に言った。
「やっぱり!?」
草薙さんは、淡々と答える。
「その時間が、いちばん“普段”が見えるので」
「怖いよ!」
オチ:プリンターが“正体判明”をまとめてくる
草薙さんが去ったあと、事務所の空気は、脱力と混乱でぐにゃぐにゃだった。
田中さんが弱々しく言う。
「……先生。ずっと、監査官が事務所に来てたんですね……」
佐藤さんが、遠い目で呟く。
「胃薬、減らないわけだ……」
山崎先生は、苦笑いで頷いた。
「……でも、これで“謎”が一つ解けた。問題は――」
さくらが、ホワイトボードの“印影”メモを見ながら言った。
「印です」
その瞬間。
プリンターが「ピッ」と鳴った。
やめて、今じゃない。でも、もう遅い。
ウィーン。
吐き出された紙には、三行だけ。
『正体:草薙。』『趣味:フィギュア。』『未解決:印影。』
りながが震える声で言った。
「先生……プリンター、まとめ方が完璧……」
みおが真顔で言う。
「議事録担当にしたいです」
「やめて。調子に乗る」
さくらがプリンターに言った。
「今日は……褒めません。調子に乗るので」
プリンターは返事をしない。でも、なぜか“勝った顔”だけはしている気がした。
今週のチェックリスト(一般論)
監査で見られるのは“言い方”より“普段の運用”(証跡の残し方・担当の決め方)
未知USBは刺さない。確認が必要なら隔離・安全側に倒して“記録(ログ)”を残す
生活動線(移動・掲示・やり取り)にも“記録が残る文化”が出る
“沈黙が怖いポイント”は、たいてい整理の優先順位が高い(=後で刺さる)
駅名ステッカー
1枚目:新静岡
2枚目:日吉町
3枚目:音羽町
4枚目:春日町
5枚目:柚木
6枚目:長沼
7枚目:古庄
8枚目:県総合運動場
9枚目:県立美術館前
10枚目:草薙
11枚目:御門台
プリンター被害状況
“正体判明”を勝手に要約(優秀)
ただし信用はしない(前科が多い)
次回予告(最終話)
地図は終点へ向かう。監査本番も、印影の謎も、全部まとめて来る。そして――最後に勝つのは、プリンターか、人間か。次回、最終話 「静鉄沿線、全駅制覇。…そして紙詰まり」。





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