山崎行政書士事務所物語(コメディ小説)第2話
- 山崎行政書士事務所
- 2月7日
- 読了時間: 7分

「番号札クエスト:窓口の守護者」
※本作はフィクションです。登場人物・出来事は創作であり、手続や書類に関する描写は一般的な範囲の表現です。個別の案件は事情により必要書類・手順が変わります。
「先生、昨日の“新静岡”ステッカー、貼りました?」
朝いちばんに、りなが聞いてきた。事務所のホワイトボードの端っこに、昨日の戦利品――いや、証拠品が貼ってある。
『新静岡』
「貼ったよ。……で、これは何なんだろうね」
「なんか…連載の“縦軸”って感じがしません?」
「縦軸は、勝手に生まれないんだよ」
そう言いながら山崎先生は、いつものように今日のタスクを眺めた。みおが付箋で作った“今日の儀式”が、昨日より一段と分厚い。
「先生、今日の外出、11時前には出ます。役所、昼休みありますから」
「昼休み、あるよね」
さくらが、すっと書類の束を持ち上げて言う。
「先生。今日の目的は“勝利”じゃないです。差し戻されないことです」
「勝利条件が渋い」
「あれは強敵です。窓口」
みおが頷く。
「役所は“要件定義”が済んでないと、詰みます」
「またSE語彙が出てる」
「先生が言うからです」
静鉄沿線、移動は“ログ”になる
事務所を出て、静鉄に乗る。新静岡からひと駅、車内は朝の“働く人の静けさ”で満ちている。
りなが小声で言った。
「先生、役所って…あの番号札の機械、ありますよね」
「あの機械ね」
「なんか…ダンジョンの入り口みたい」
「分かる。入った瞬間、運命が分岐する」
みおが真顔で補足する。
「番号札は、待ち行列のトークンです」
「言い方」
「キューが詰まると、タイムアウトします」
「役所にタイムアウトはない。あるのは昼休みだ」
その瞬間、日吉町でドアが開いた。ホームに降りた風が、ちょっとだけ冷たい。
ゆいが(なぜか同行していて)ポスターの筒を肩に担いで言う。
「役所の前に、サイネージの写真撮っていいです?沿線って大事!」
「今日は“差し戻されない”が大事」
「じゃあ、差し戻されない写真、撮ります!」
「意味が分からない」
ホームの端に、誰かが小さく貼ったステッカーがあった。りなが見つけて、指でつまむ。
『日吉町』
「あ、これ…!」
さくらが一歩近づき、空気の温度が変わった。
「昨日の人、近くにいますね」
「何で分かるの」
「貼り方が同じです。角が0.5ミリ浮いてます」
「怖い検知能力だな」
りなは“日吉町”ステッカーをそっとファイルに挟んだ。
「先生、これで二駅目、ですね」
「連載が駅スタンプラリーになっていく予感がする」
番号札クエスト、開幕
役所(という名のダンジョン)の入口で、空気が変わる。明らかに、世界のルールが違う。
声が小さい
歩幅が揃っている
みんな、紙を持っている
そして、誰も笑っていない
受付にそびえ立つ機械――番号札発券機が、無言で待ち構えていた。
みおが、さっと動く。
「先生、発券は私がやります。券種ミスったら全滅です」
「RPGの回復役みたいに言う」
ボタンが並ぶ画面を前に、みおは一切の迷いなく押した。
ピッ。
『A-217』
出てきた紙を見て、りなが小さく叫ぶ。
「えっ…200番台!?今まだ午前ですよね!?」
「午前でも200番台は出ます」
「そんな…この世界、世知辛い…!」
山崎先生は、壁の案内図を眺めた。フロアが分かれている。窓口が分かれている。番号が分かれている。
「なるほど。マイクロサービスアーキテクチャだ」
「先生、お願いだから人前で言わないで」
さくらが、すっと椅子に座る。そして、窓口を見た。
そこにいた。
窓口の奥で、淡々と書類を捌き、淡々と説明し、淡々と相手を差し戻す存在。
窓口の守護者。
言葉は優しい。声も柔らかい。なのに、質問が鋭い。
「こちらの…委任状は?」
「こちらの…確認書類は?」
「こちらの…“必要な部分”は?」
“必要な部分”という言い方が、怖い。必要じゃない部分がある世界、それが役所。
そして、守護者はいつも最後に言う。
「では…またお越しください」
それが、ここでの“送還呪文”だ。
呼び出しは、午後に来る
番号表示板が、静かに数字を更新していく。A-150、A-151、A-152……
みおが時計を見る。
「先生、順調に進んでます」
「順調の定義が揺らいでる」
11時。12時。そして、12時を少し過ぎた頃。
館内放送が、心を折りにくる。
「ただいまより、窓口は昼休みに入ります」
りなが、椅子から崩れそうな声を出した。
「キューの処理が…止まった…」
「止まるんだよ。昼休みは強制メンテ」
「メンテ明けに再開するんですよね…?」
「する。ただし、行列は残る」
山崎先生は、持ってきた書類ファイルを開いた。今日の目的は、ある手続きのための“証明書類”の取得。(※どの書類かは、案件により異なる。というか、ここで断定すると怒られる。)
一般論として、代理で取りに行くには、本人確認、委任状、請求理由の整理、などが必要になりがちだ。そして、必要なものは窓口で“やさしく”確認される。
さくらが、ファイルの端を撫でて言った。
「先生。今日、足りないものがある気がします」
「やめて、その予言」
「予言じゃないです。気配です」
「気配で書類が足りる世界こわい」
14:15、そして“送還呪文”
午後。表示板が動き始めた。
A-210……A-211……A-212……
みおが、勝利のない勝利宣言をする。
「先生、来ます」
そして――
「A-217番の方、2番窓口へどうぞ」
時計を見る。
14:15。
りながが小声で言う。
「先生、昨日のメモの時間…」
「偶然、だよね」
「偶然って便利な言葉ですね」
2番窓口に進む。守護者が、こちらを見て微笑む。
「お待たせいたしました」
丁寧。完璧。その丁寧さが、怖い。
山崎先生は、必要書類を順番に差し出した。守護者は、指先だけで紙を揃え、視線だけで情報を読む。
そして、0.2秒で言った。
「こちら…委任状の原本は、ございますか?」
空気が止まった。
みおが固まる。りながが固まる。ゆいが「原本って…原本って…」と口の中で呟き始める。さくらだけが、静かに頷いた。
「やっぱり」
「やっぱりじゃないよ、今言って」
山崎先生は、できるだけ冷静に言った。
「申し訳ありません。こちら、写しでは…」
守護者は、声の温度を一切変えずに言う。
「はい。こちらは写しですね。原本が必要な場合がございますので、恐れ入りますが――」
そして、来た。
「では、またお越しください」
送還呪文。
言い方は丁寧なのに、確実に“外”へ戻される。
守護者は最後に、書類の端にスタンプを押した。そこに印字された受付時刻が、はっきりと残る。
14:15
山崎先生は、心の中でメモする。いや、メモしなくても、脳内ログに刻まれる。
事務所に戻ると、犯人は“あいつ”だった
帰りの静鉄。車内の静けさが、さっきより少しだけ刺さる。
りながが言った。
「先生…私たち、負けました?」
「負けじゃない。仕様の確認不足というだけ」
「仕様の確認不足って、結局、負けじゃ…」
「いいから」
事務所に戻り、みおが儀式のようにファイルを開き直す。
「委任状…委任状…」
さくらが、プリンターの前に立った。
「先生。プリンター、まだ“ちぎれた過去”を抱えてますよね」
「まだ、だね」
りなががプリンターのトレイを開ける。そこに――折れ曲がって、半分だけ出ている紙があった。
山崎先生が引き抜く。
……それは、委任状だった。昨日の紙詰まりに巻き込まれ、プリンターの奥で眠っていた“原本”。
ゆいが両手で口を押さえる。
「犯人、プリンターじゃないですか…!」
みおが付箋に追記する。
(⑦ プリンター=証拠隠滅)
さくらが、いつもの顔で言った。
「先生。言いましたよね。無理に引っ張らない方がいいって」
「プリンターが引っ張ってたんだよ」
「プリンターは反省しません」
その時、プリンターが「ウィーン」と、何事もなかったように動いた。
りながが叫ぶ。
「今!?今、動くの!?(役所の帰りに!?)」
山崎先生は、プリンターに向かって静かに言った。
「……次は、こちらが勝つ」
さくらが頷く。
「勝利条件は、差し戻されないことです」
「うん、それでいい」
そして山崎先生は、ホワイトボードに“日吉町”ステッカーを貼った。“新静岡”の隣に、二枚目。
ちょっとだけ、地図ができた。
今週のチェックリスト(一般論)
窓口に行く前に「必要書類」を“先に確認”する(電話・案内ページ確認など)
代理取得は、本人確認や委任状などが求められることがある(要件は手続・窓口で異なる)
昼休み・受付時間で“呼ばれる時刻”がズレる前提で動く(余裕を設計する)
駅名ステッカー
1枚目:新静岡
2枚目:日吉町
プリンター被害状況
紙詰まりが“原本”を人質に取っていた(最悪)
次回予告
「それ…台帳には残る?」謎の言葉が、現実になって襲ってくる。次回、台帳くんの反乱。





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