山崎行政書士事務所物語(コメディ小説)第4話「事業目的50連発:定款ポエム事件」
- 山崎行政書士事務所
- 2月7日
- 読了時間: 7分

※本作はフィクションです。登場人物・出来事は創作であり、手続や書類に関する描写は一般的な範囲の表現です。個別の案件は事情により必要書類・手順が変わります。
ホワイトボードの片隅に、駅名ステッカーが三枚並んでいる。『新静岡』、『日吉町』、『音羽町』。
そのすぐ横に、みおが赤字で書き残した呪文。
14:15
そして、その下に――プリンターが勝手に印刷した煽り紙。
『それ、残ってない。』『でも、残せる。』
「先生、これ…貼っておくんですか?」
りなが、引きつった笑顔で聞いた。
「貼る。事務所の戒めとして」
「戒めが増えると、壁が足りませんよ」
「壁が足りないのは、だいたい現場と同じだね」
さくらが、机の上に今日のファイルを置いた。置き方が、もう“良くないニュース”のそれだ。
「先生。今日は…目的です」
「目的?」
みおが付箋を一枚、追加する。
(① 目的)
「法人化っぽい相談です。事業目的が…多い」
「多い、程度にもよるけど」
さくらは、息を吸って吐くみたいに言った。
「50です」
「多いね」
ゆいがポスター筒を抱えたまま、キラキラした目で言う。
「50…!いいですね!“50の夢”!」
「広報目線を一旦しまって」
相談者は、段ボールの次は“詩”を持ってくる
10時。ドアが開いて、見覚えのある明るい声がした。
「こんにちは!この前はありがとうございました!台帳…続いてます!」
入ってきたのは、あの“フィギュア中心で売ったやつ全部持ってきた人”。段ボールの代わりに、今日は分厚いバインダーを抱えている。
「おお、続いたんだ。すごいね」
山崎先生が言うと、相談者は誇らしげに胸を張った。
「はい!“続くやつ”にしました!それで…次のステップに進みたいんです!」
「次のステップ?」
相談者はバインダーを机に置いた。ドン、と音がした。重い。未来が詰まっている音。
「法人化を考えてて…それで“事業目的”を考えてきました!」
みおの目が細くなる。りなの背筋が伸びる。ゆいがペンを構える(やめて)。
相談者はバインダーを開き、A4用紙を取り出した。そこには、びっしりと文章が並んでいる。
「えっと…読みますね」
さくらが即座に言った。
「先生、止めないと、ここで連載が終わります」
「読むのか…全部?」
相談者は、嬉しそうに頷いた。
「はい!まず一つ目。『当社は、世界に夢を届けるため…』」
「もう、ポエムが始まってる」
ゆいが小声で言う。
「先生、これ…キャッチコピーとして強いです」
「ダメです」
相談者は気づかず続ける。
「『…クラウドとフィギュアと人類の未来を架橋し…』」
りながが思わず手を挙げた。
「えっ、“クラウド”って入れるんですか!?(入れるの!?)」
「入れたいんです!クラウド!だってかっこいい!」
みおが静かに言った。
「“かっこいい”は要件ではありません」
「でも…夢が…!」
あやのが、ふわっと間に入った。
「夢、いいですよ。ただ、“手続で伝わる夢”と“心で伝わる夢”って、違うところもあるので…」
相談者が「なるほど…」と少し落ち着く。さすが、感情の交通整理。
山崎先生、SEの顔になる
山崎先生はバインダーの紙を一枚だけそっと引き寄せ、全体をざっと見た。見た瞬間、脳内に“あの言葉”が浮かぶ。
スコープクリープ。
でも口に出したら、みおに怒られる。
「えっと…一般論としてね。事業目的って、“やりたいこと全部”というより、まずは“実際にやること”に寄せて整理した方が、運用しやすいんだ」
相談者がキョトンとする。
「運用?」
さくらが即答する。
「後から自分が困らないことです」
「なるほど!」
納得が速い。速いのに、危うい。
りながが、なぜかテンションを上げる。
「先生!じゃあ“目的MVP”ですね!最小実行可能目的!」
みおが、冷静に付箋を貼る。
(目的MVP)
ゆいが、すかさず言う。
「“目的MVP”…響きいいですね!」
「広報、黙って」
事業目的、増やすと“自分”が死ぬ
相談者は、紙をめくる。二枚目。三枚目。四枚目。
フィギュアの売買
ゲーム機の売買
ECサイト運営
イベント企画
コンサルティング
AI活用
メタバース
海外輸出入
宇宙関連(?)
農業(!?)
「……農業?」
山崎先生が確認すると、相談者は真顔で言った。
「将来、畑でフィギュア撮影したいので」
「それは、事業目的というより撮影ロケーションだよ」
さくらが紙の端を軽く叩いた。
「先生。目的に“畑”が出てくる時点で、本人の脳内がもう“全方位”です」
みおが言う。
「全方位は、管理できません。先生、分類しましょう。主目的・付随目的・将来目的」
相談者が不安そうに言った。
「でも、将来やるかもしれないのに、今書いてなくて大丈夫なんですか?」
あやのが、ゆっくり頷いた。
「心配、分かります。“書いておけば安心”って気持ち、ありますよね」
相談者が頷く。その瞬間、ゆいがまた口を開く。
「“安心のための50目的”!」
「広報、黙って(2回目)」
山崎先生は、できるだけ柔らかく言った。
「安心は大事。ただ、目的って“増やせば安心”じゃなくて、増やすと逆に“何の会社か分からない”状態になったり、運用で困ることもある」
みおが追撃する。
「目的が多いほど、未来の自分が説明地獄です」
りなががポツリと言った。
「“青いロボ”の時も、未来の自分が詰むって…」
相談者が顔を赤くする。
「うっ…確かに…!」
定款ポエム事件、核心
相談者は、最後のページを取り出した。そこだけ、紙質が違う。妙に良い紙。
「先生、これは…“最後の締め”です」
「締め?」
相談者が深呼吸して読み始める。
「『当社は、愛と誠実と推しへの忠誠をもって――』」
「やめて!定款は誓いの儀式じゃない!」
山崎先生のツッコミが出た瞬間、プリンターが「ピッ」と鳴った。
誰も触ってない。なのに鳴る。
さくらがプリンターに目線だけ投げる。
「…黙ってて」
プリンターは黙らない。ウィーン、と勝手に動いて紙を吐き出した。
そこには一行。
『要件定義、未完。』
みおが静かに言う。
「先生、プリンターが正論を言い始めました」
「機械に正論を言われると、こっちが悪者になる」
ゆいが笑いを堪えながら言う。
「プリンター、連載に参加してきましたね」
「参加しなくていい」
14:15、目的の前に“誰が運用するか”
目的を分類し、主目的を絞り、文言を“ポエムから現実へ”戻していく。相談者の顔が、だんだん落ち着いていく。
その時、インターホンが鳴った。
ピンポーン。
全員が時計を見る。
14:15
りながが息を吸う。
「来る…!」
ドアが開く。キャップを深く被った人物。あの、謎の人。
低い声で、丁寧に言う。
「失礼します。…少しだけ」
視線が、机の上の“事業目的50連発”に落ちる。そして、いつもの質問の変形が来た。
「それ…目的、残る?」
相談者が戸惑う。
「目的…残る?」
謎の人は続けた。声は静か。でも刺さる。
「残すなら、運用も残る。“誰が”、その目的を説明して、守って、更新する?」
みおが、ほんの少しだけ頷いた。さくらも、ほんの少しだけ。
山崎先生は、相談者に目を向ける。
「…今の質問、大事だね」
相談者は、しばらく考えてから言った。
「…僕、ですね」
「その“僕”が、未来でも言える形にしよう」
謎の人は、満足したのか、小さく頷いた。そして机に、駅名ステッカーを一枚置いた。
『春日町』
「じゃ。証跡、大事なんで」
そう言って、いつものように去っていった。
ドアが閉まった後、ゆいが囁く。
「先生…この人、何者なんですか」
「まだ分からない。でも…こっちの“甘え”を正確に突いてくる」
みおが付箋を貼る。
(③ 目的=運用)
さくらがホワイトボードに、春日町ステッカーを貼った。三枚の隣に、四枚目。
地図が、また一駅伸びた。
最後に残った“たった一つの目的”
整理が終わった頃、相談者がぽつりと言った。
「…僕、本当は」
みんなが見る。相談者は、少し照れた顔で言う。
「結局、やりたいの…フィギュア通販なんですよね」
沈黙。そして、全員が同時に頷いた。
「うん」
「はい」
「それが一番、残ります」
さくらが言うと、相談者は笑った。
「なんか…50個書いたの、恥ずかしいですね」
あやのが、やさしく言う。
「恥ずかしくないですよ。“ちゃんとしたい”って気持ちが、そこに全部入ってたんです」
相談者の肩が、ふっと下がった。少しだけ、軽くなった顔。
山崎先生は、最後に言った。
「“ちゃんとしたい”は、書類の原動力だ。でも、書類は“続けられる形”が一番強い」
プリンターが、また勝手に動いた。今度は煽りじゃない。一行だけ、静かに。
『MVPで、勝つ。』
りながが小さくガッツポーズをした。
「先生、プリンター…今、味方です!」
「たぶん一時的だよ」
今週のチェックリスト(一般論)
“事業目的”は「将来の夢」よりまず「現実にやること」を軸に整理すると運用しやすい
目的を増やすほど「説明・管理・更新」の負担が増える(未来の自分の仕事が増える)
“綺麗な文章”より「誰が読んでも同じ意味に読める」表現に寄せる(ポエムは心に置く)
駅名ステッカー
1枚目:新静岡
2枚目:日吉町
3枚目:音羽町
4枚目:春日町
プリンター被害状況
勝手に正論を印刷(精神攻撃→今回は支援)
ただし、信用はしない(前科あり)
次回予告
「この文章、冷静に書いたはずなのに…怒りが漏れてる」感情と文章の攻防戦。次回、内容証明は感情を運ばない。





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