top of page

山崎行政書士事務所物語(コメディ小説)第7話「クラウド移行は、書類より人が重い」

※本作はフィクションです。登場人物・出来事は創作であり、手続や書類に関する描写は一般的な範囲の表現です。個別の案件は事情により必要書類・手順が変わります。本作は特定の事案の結論や可否を断定するものではありません。

ホワイトボードの右上。駅名ステッカーが、もう六枚。

『新静岡』『日吉町』『音羽町』『春日町』『柚木』『長沼』

その横に、みおが赤字で書いた呪文。

14:15

さらにその下、プリンターの“勝手に名言コーナー”。

『それ、残ってない。』『でも、残せる。』『要件定義、未完。』『MVPで、勝つ。』『句読点は、平和。』『空でも、フォルダは残る。』

そして机の上には、例のUSB。透明ケース。黒文字。

「空」

ゆいが壁とUSBを交互に見て、ぽつりと言った。

「先生……事務所の空気、だんだん“セキュリティ研修”みたいになってません?」

「いいじゃない。研修は必要だよ」

さくらが、いつもの無表情で言う。

「先生。未知のUSBは刺しません

りなが、口を尖らせた。

「でも…“空”ですよ?空なら安全じゃないですか?」

みおが即答した。

「“空”が安全なら、世の中は平和です」

「平和って言った。プリンターの名言と繋がった」

あやのが、柔らかく補足する。

「“空”って書いてあるものほど、重いことありますよね」

「あるね」

「人の気持ちみたいに」

「急に詩が来た」

相談者は、紙より先に“クラウド”を持ってくる

10時。ドアが開く。入ってきたのは、スーツ姿の男性二人。

片方は、資料が入ったファイル。もう片方は、ノートPCとガジェットポーチ。ガジェットポーチが、異様にパンパン。

「お世話になります。○○株式会社の田中と申します」

「同じく情報システムの佐藤です」

佐藤さんが名刺を差し出すとき、手首に巻いたスマートウォッチが光った。“現場”の匂いがする。

山崎先生が椅子を勧める。

「今日は、どういったご相談ですか?」

田中さんが、ひと息で言った。

「クラウド移行を進めていて、契約とか運用とか、社内ルールとか、色々…ぐちゃぐちゃになりまして」

りながが小さく頷く。

「ぐちゃぐちゃ…仲間…!」

みおが付箋を貼る。

(① クラウド移行)

佐藤さんが続ける。

「正直、技術は何とかなるんです。でも…“責任分界”とか“委託先に何を求めるか”とか、誰も決めたがらない」

さくらが、静かに言った。

「決めないと、残ります」

「残るって言った」

「残るは、ここ最近のテーマです」

ゆいが、つい口を挟む。

「“残る”って良いですね!キャッチコピーに――」

さくらが目線だけで止めた。

「広報、黙ってください」

「はい…」

「全部クラウドに置けば大丈夫」は、だいたい危ない

田中さんが、資料の一枚目を出す。タイトルはでかい文字でこう書いてある。

『クラウド化でセキュリティ強化!』

りながが「おお…」と声を漏らす。ゆいが「映える…」と呟く。みおが付箋を貼る。

(② 映え資料=危険)

山崎先生は、にこやかに聞いた。

「移行先は?」

佐藤さんが答える。

「Microsoft 365中心で、認証はEntra…あと、一部Azureも。ログとかも集めたいって話で…現場はやる気なんですけどね」

「やる気は、ある」

田中さんが苦笑いした。

「上の人が、こう言うんです。“クラウドはMicrosoftが全部やってくれるんだろ?”って」

その瞬間、事務所の空気が一斉に固まった。

さくらの目が、0.3ミリだけ細くなる。みおが、無言で付箋を二枚貼る。

(③ 「全部」)(④ 責任分界)

りながが小声で言った。

「“全部”って…危険ワード…」

山崎先生は、ゆっくり頷いた。

「一般論としてね。クラウドは“便利”だけど、全部を誰かが勝手にやってくれる魔法”ではないんだ。どこまでがサービス側で、どこからが利用側か、整理が必要になる」

佐藤さんが、分かってる人の顔で頷く。

「そこです。IDの管理とか、権限とか、運用とか、結局“うち”がやるやつが残る」

さくらが、ぽつり。

「残ります」

田中さんが笑う。

「残りますよねぇ…」

ゆいが、なぜか感動した顔で言った。

「先生…クラウドって、結局“人間の話”なんですね…」

「そう。クラウドは、だいたい人間の話になる」

山崎先生、ホワイトボードに“責任分界”を描く

山崎先生はホワイトボードに線を引いた。上に大きく書く。

“サービス側” / “利用側”

そして、わざと雑に書いた。

「物理的な施設とか、基盤部分はサービス側が担うことが多い。でも、利用側のID運用、権限、端末、社内ルール、委託先の管理――そういうのは“利用側がやること”として残りやすい」

佐藤さんが深く頷く。

「そうそう、まさに。“ログを取る”って言うのも、取るだけじゃ意味ないんですよ。誰が見るのって話で」

みおが付箋を貼る。

(⑤ 誰が見る)

りながが興奮して口を開いた。

「先生、ログは…証跡です!」

「そう。証跡」

田中さんが、顔を曇らせた。

「証跡って言葉が出ると、急にみんな静かになるんです。“監査っぽい”って言って」

あやのが、優しく言った。

「“監査っぽい”って、怖い響きですよね」

さくらが即答する。

「怖いのは監査じゃなくて、準備不足です」

「さくらさん、切れ味が」

そして、USB「空」を巡る、事務所内セキュリティ会議

打合せの途中、りなが机の端に置かれたUSBを見つめていた。視線が、だんだん吸い寄せられていく。

みおが気づいて、低い声で言う。

「りなさん」

「はい!」

「刺しません」

「刺しません!」

「でも…見たいです…」

「見たい気持ちは分かりますが、刺しません」

田中さんが、USBを見て首を傾げた。

「え、何ですかそれ」

ゆいが小声で言う。

「…毎日14:15に来る人が置いていく、謎のUSBです」

田中さんが笑った。

「え、怖っ。ホラーじゃないですか」

佐藤さんが真顔で言った。

「未知USBは、刺したらダメです」

「ここにもガチ勢がいた」

山崎先生が、落ち着いて言う。

「じゃあ、こうしよう。“刺さない”は守る。でも、どうしても確認するなら、隔離環境で、安全側に倒して見る

りながが目を輝かせる。

「隔離環境!好きです!」

みおが頷く。

「検証用PC、あります。ネットワーク切ってるやつ」

さくらが一言。

「“隔離丸”ですね」

「ネーミングが可愛いのに用途が怖い」

佐藤さんが、なんだか嬉しそうに言った。

「いいですね、そういう運用。“刺さない”を例外なく守る仕組み、ちゃんと作ってる会社少ないです」

田中さんが、苦笑いする。

「うちも作りたいです…」

「空」なのに、フォルダだけはある

昼休みを挟み、打合せの最後に、山崎先生は“隔離丸”を机の上に出した。古いノートPC。ネットには繋がってない。でもなぜか、頼もしさだけはある。

りながが、儀式のように手を洗う。

「よし…いきます…」

さくらが釘を刺す。

「先生。あくまで“確認”です。深入りしません」

「深入りしない。ログを残すだけ」

USBを挿す。画面に表示されたのは、予想どおり。

中身は――空っぽ。ただし、“フォルダ”だけが並んでいる。

01_新静岡02_日吉町03_音羽町04_春日町05_柚木06_長沼

そして――まだ貼っていない駅名が、ひとつ。

07_古庄

りながが息を飲んだ。

「先生…私たち、まだ古庄のステッカー貰ってないのに…」

みおが赤ペンを握りしめる。

「未来の駅が、先に作られてる」

田中さんが、ぽかんとする。

「え、これ…何の話です?」

佐藤さんが真顔で言った。

「これは、だいぶ怖いですね」

ゆいが、妙に嬉しそうに言う。

「先生、連載が盛り上がってきましたね」

「喜ぶな」

山崎先生は、フォルダ一覧をスクリーンショット…は撮れないので、紙にメモした。“証跡”として残すために。

さくらが、ぽつりと言った。

「空でも、フォルダは残る。…本当でしたね」

「プリンターが言ってたね…」

14:15、クラウド案件に“あの人”が刺さる

打合せが終わりかけた頃、インターホンが鳴った。

ピンポーン。

全員が時計を見る。

14:15

田中さんが小声で言う。

「それ…来る時間、固定なんですか」

「だいたい固定です」

「怖いんですけど」

ドアが開く。キャップを深く被った人物。例の、謎の人。

低い声で、丁寧に。

「失礼します。……少しだけ」

視線が、机の上の資料――“クラウド移行でセキュリティ強化!”に落ちる。そして、いつもの質問が、今日はこう来た。

「それ……責任分界、残る?」

佐藤さんが、反射で答えた。

「残ります。残るから、決めないといけない」

謎の人は、ほんの少し頷いた。

「“全部クラウド”って言葉は、だいたい危ない。残るのは、契約じゃなくて…運用と、人間の癖だ」

田中さんが思わず呟く。

「刺さる…」

謎の人は机に、駅名ステッカーを一枚置いた。

『古庄』

そして、USB「空」をちらっと見て言った。

「刺した?」

りながが、胸を張って言った。

「隔離環境で、刺しました!」

謎の人が、わずかに首を傾げる。

「…合格」

「合格!?」

謎の人は最後に、いつもの言葉を残す。

「じゃ。証跡、大事なんで」

そして去っていった。

ドアが閉まる。

田中さんが、真顔で聞いた。

「今の人、誰ですか?」

山崎先生も真顔で答えた。

「分かりません。でも…うちの“弱いところ”を、毎回ピンポイントで刺してくる人です」

佐藤さんが小声で言った。

「それ、監査人じゃないですか?」

「監査人にしては、駅名ステッカーが趣味すぎる」

クラウド移行の結論は「書類より、人」

打合せの締めに、山崎先生は田中さんたちに言った。

「整理の順番を提案します。一般論としてね。①現状の棚卸し(何を使って、誰が管理してるか)②責任分界の整理(サービス側/利用側)③委託先・社内の役割分担(誰がやるかを“残す”)④運用ルールと証跡(ログの扱い、権限の考え方、手順)⑤契約文書や規程類の整合(運用と矛盾しない形にする)」

田中さんが頷く。

「いきなり契約書から入ると、現場がついてこないんですよね」

佐藤さんが笑う。

「運用がない契約って、現場には“空フォルダ”なんですよ」

その言葉に、事務所の全員が一瞬止まった。

りながが、ぽつり。

「空フォルダ…」

みおが付箋を貼る。

(⑥ 空フォルダ=運用なし)

さくらが、静かに頷いた。

「今日の名言、残ります」

そしてプリンターが、最終的にすべてを言う

田中さんたちが帰り、事務所に静けさが戻った。ホワイトボードに『古庄』が追加され、地図が一駅伸びた。

『新静岡』→『日吉町』→『音羽町』→『春日町』→『柚木』→『長沼』→『古庄』

その瞬間、プリンターが「ピッ」と鳴った。嫌な予感しかしない。

ウィーン。吐き出された紙は一枚。

そこに印字されていたのは、たった一行。

『クラウドは場所じゃない。運用だ。』

りながが、静かに両手を合わせた。

「先生……プリンター、悟りました」

みおが真顔で言う。

「悟ってるのはプリンターじゃなくて、先生たちの反省です」

「やめて、現実で刺すの」

さくらがプリンターに言った。

「今日は…褒めます。今日だけ」

「今日だけ多いな」

今週のチェックリスト(一般論)

  • 「全部クラウドで安心」ではなく、サービス側/利用側の役割(責任分界)を整理して“残す”のが大事

  • クラウドは“契約”より先に“運用”(誰が、何を、どうやる)が重い。運用がないと空フォルダになる

  • 証跡(ログや手順、権限の決め方)は“集める”より“誰が見る/どう使う”まで決めると効く

  • 未知のUSBは刺さない。確認するなら隔離環境で、安全側に倒す

駅名ステッカー

  • 1枚目:新静岡

  • 2枚目:日吉町

  • 3枚目:音羽町

  • 4枚目:春日町

  • 5枚目:柚木

  • 6枚目:長沼

  • 7枚目:古庄

プリンター被害状況

  • 「クラウドは場所じゃない。運用だ。」を勝手に印刷(正論)

  • ただし信用はしない(前科が多い)

次回予告

「委任状が未来から来た」――時間軸がズレると、現場が止まる。次回、委任状が未来から来た

コメント


Instagram​​

Microsoft、Azure、Microsoft 365、Entra は米国 Microsoft Corporation の商標または登録商標です。
本ページは一般的な情報提供を目的とし、個別案件は状況に応じて整理手順が異なります。

※本ページに登場するイラストはイメージです。
Microsoft および Azure 公式キャラクターではありません。

Microsoft, Azure, and Microsoft 365 are trademarks of Microsoft Corporation.
We are an independent service provider.

​所在地:静岡市

©2024 山崎行政書士事務所。Wix.com で作成されました。

bottom of page