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潮刻の慟哭

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月26日
  • 読了時間: 11分

以下は、第11作目「潮嵐(ちょうらん)の裁決(さいけつ)」の続編として位置づけた、第12作目の長編試作です。これまでのシリーズと同じく、松本清張的な社会派推理の要素を意識しつつ、前作で一応の決着を見せたかに思えた天洋コンツェルンの利権構造や、「潮盟(ちょうめい)」「潮暁(ちょうぎょう)」といった古来の秘祭の影が、なおも色濃く渦巻いている様子を描きます。血の歴史と欲望の軋轢が、どのような波乱を呼ぶのか――今作も大きな暗雲を孕む展開となります。



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序章 鳴り止まぬ風音

 光浦海峡(こうらかいきょう)を覆っていた嵐がようやく去り、遠くまで見通せる凪(なぎ)の海が戻ってきた。前作『潮嵐の裁決』において、警視庁捜査一課の都築(つづき)警部補と地元署の大迫(おおさこ)刑事は、企業・天洋コンツェルンの暗部を一部暴き、さらには“断罪碑”の映像を世に公表することで、潮盟(ちょうめい)や潮暁(ちょうぎょう)の秘儀が現代の暴利に利用されている事実を明るみに出した。 しかし、表向きには企業幹部数名が逮捕・辞任に追い込まれた程度で、天洋コンツェルン全体の体制が揺らぐことはなかった。むしろ、新しい指導層が「企業は健全化を進める」と宣言し、国際貿易特区構想を推し進める構えさえ見せている。 嵐による混乱が収まった湾には、大型コンテナ船や観光客向けのクルーズ客船が同居し、雑然とした活気を帯びていた。一見すると、事件は解決し、光浦海峡は次のステップを踏み出したかに思われる。 ――だが、その裏では、なお血の歴史と欲望の軋轢が蠢(うごめ)いているのだろう。鳴り止まぬ風音が、どこか底知れぬ嘆きを孕んでいるように思えてならない。

第一章 静まらぬ余波

 神奈川県警の都築は、嵐以降の現場検証や書類処理に追われていた。大迫とのコンビで成し遂げた“断罪碑”の公表は確かに反響を呼んだが、警察上層部や政界が迅速に動いたわけではない。逮捕された天洋の幹部らは「一部の過激派による暴走」として責任を押し付けられ、あたかも企業全体は“被害者”であるかのような構図が作り上げられつつある。 地元紙記者の**望月(もちづき)**は、長らく拘束されていた後遺症でまだ本格復帰には至っておらず、病院でリハビリを続けている。彼女が回復し、より具体的に潮暁の儀式や海底の真実を語れる日を待っているが、焦りは募るばかりだ。 大迫は唇を結ぶ。「同僚たちの間でも『もう大きな事件は終わった』みたいな空気がある。でも、海底の死体や失踪者リストはどうなったんだ? 根本の闇はまだ残っているだろうに……」 都築もうなずく。「かつて“潮盟”という闇の伝統が、企業の権力闘争と結びついていたことは分かったが、その全貌を解明するまでには至っていない。実際、天洋の新経営陣は何を企んでいるか、まだ読めないままだ」

第二章 安西宮司の決意

 桜浦神社(さくらうらじんじゃ)は、前作の混乱を経て、国や自治体から当面の保護対象とされ、立ち退き話は一旦白紙となった。しかし、安堵する暇もなく、新宮司の安西(あんざい)は次なる問題に直面していた。 「近頃、観光事業だと称して、神社の拝殿や境内をパッケージツアーに組み込みたいという業者が殺到しているのです。神職たちが潮暁(ちょうぎょう)の儀式に使った場所を、好奇の目で見物されるのは本望ではない。ですが、断っても断っても、次から次へと……」 さらに、神社内の古文書や道具を収集したいという“研究家”を名乗る者も多数来訪しているという。かつて破壊された「幻灯の鏡」の残片を狙う者や、御影(みかげ)一族の秘術書を探す者など、思惑は多彩だ。 「私たちは“潮盟”“潮暁”の闇を表に引きずり出したいわけではないんです。本来は、ひそやかな信仰と伝統として継がれてきたものですから……」 安西は都築にそう述べつつも、「しかし、このままではまた歪んだ形で利用される恐れがあります。なんとか止められないでしょうか」と切実に訴える。 都築は考え込む。「企業や研究家を名乗る者たちの背後に、再び“大きな力”が働いている可能性もある。どこかが“新しいビジネス”や“別の利権”を狙っているのかもしれない……」

第三章 神官の死

 そんな矢先、桜浦神社の古参の神官が遺体となって発見される。彼は安西に次ぐ社務経験を持つ人物で、近頃は「神社資料の管理」を一手に担っていた。死因は頭部への衝撃。警察の初動捜査では事故死の線が強いとされるが、都築は疑念を拭えない。 「彼が抱えていた“神社資料”には、過去の潮暁の記録や、古代から伝わる禁忌に関する文書が含まれていた可能性がある。誰かがそれを奪うために手をかけたのではないか……」 大迫も遺体発見現場を見まわして唸る。「転落死に見せかけた他殺かもしれません。しかも、遺体のそばに焼却された紙の灰のようなものが落ちている。何らかの文書が処分された形跡が……」 安西は蒼白な顔で、「神官はずっと私とともに神社を支えてくれた人でした。あの人が命を落としたことで、神社が秘蔵していた資料のいくらかは失われたかもしれません……」と震える声を絞り出す。

第四章 天洋コンツェルン・新体制の思惑

 一方、天洋コンツェルンでは、表向きに新経営陣が就任し、「闇の一掃」「コンプライアンス強化」をアピールしていた。しかし、その裏側では元幹部らと繋がる社員たちがひそかに集い、“企業の誇り”を取り戻すと称して暗躍しているという噂が絶えない。 都築と大迫は、これまで協力してくれた**木澤(きざわ)木島(きじま)**らに接触し情報を収集すると、「どうやら再び“海への沈め”を示唆する動きがある」との証言を得る。 「新体制の名の下に、あくまで“古い体質”を排除したと演出しているけれど、一部の人物たちは“潮盟”こそが天洋の根幹だと信じ、再起を図っているらしい。まるで新たな宗教的カルトのようにも見えます」と木澤は顔を曇らせる。 大迫は拳を握り、「また同じ悲劇が起きるのか……。もう止めなくては」と表情を険しくする。都築も深く頷く。潮暁が露呈した後でも、なお“血と欲望の軋轢”は進行形で続いているのだ。

第五章 御影(みかげ)一族の帰還

 安西宮司から、思いもよらない情報がもたらされる。かつて神社から離れ、秘術の悪用を断罪される寸前だった御影一族の末裔が、再び光浦の地に戻ってきたという。 「前作で、一人の御影が古文書を盗み出そうとして逮捕されましたよね。ところが最近、保釈金が支払われて出所したと聞きます。しかも親族が国外から帰国しているとか……」 かつて“潮暁の儀式”を支えたともされる御影家は、伝統を掌握しようとする勢力と結託する危険性が高い。あるいは、逆に内部抗争によって自滅を招く恐れも。 都築と大迫は安西に「神社内の警護と、御影一族の動向を注視するよう」改めて要請する。 安西は重いため息を吐き、「神官が亡くなった今、神社を守れるのは私しかいません。この地を、もうこれ以上血で汚さぬよう……」と決意を固める。

第六章 刻の声

 そんな中、望月がついにメディアインタビューに応じられる程度に回復する。彼女はリハビリ病棟で都築と大迫の訪問を受け、覚束ないながらも自分の記憶を整理して語り始める。 「拘束されていたとき、彼らは“潮刻(ちょうこく)の声が鳴る”とか“海底の叫びが聞こえた”とか言っていました。まるで、何か自然現象と人為的儀式を同一視しているようで……」 さらに、「“夜明け前”に生贄を捧げる」などという物騒な会話を、彼女は実際に耳にしていた。どうやら“潮嵐の裁決”で懲らしめられたはずの勢力が、次なる段階として**“潮刻の慟哭”**を計画している可能性がある。 大迫は仰天する。「“潮刻の慟哭”……そんな言葉、初めて聞きますが、また新たな秘儀か何かですか?」 望月はかすかな涙を浮かべて首を振る。「わからない。けれど、ものすごく嫌な予感がする……。私の記憶では、あの連中は『嵐はただの序章。真の時はこれからだ』と……」 都築も身震いを覚える。前作の嵐を経て、まだ血の歴史が終わっていないのなら、一体どれほどの悲劇が再燃するのか――。

第七章 大規模観光開発と旧港町の崩壊

 一方、天洋の新体制は「観光による地元振興」を掲げ、旧市街地の再開発を進めようとしていた。ホテルやリゾート施設の建設計画が打ち出され、地元住民には“高額補償”を提示しながら立ち退きを促している。 ところが、漁協の木島らと話をすると、どうも話がうまく進んでいないらしい。漁民たちは「昔からの生活が失われる」と反発し、開発業者は「地域活性化のため」と言い張って激しく対立。 都築はふと考える。「観光とは名ばかりで、実際には海底トンネルや倉庫街を拡張し、再び“密貿易”や“闇取引”が横行する下地を作るつもりではないか……。天洋の旧来の幹部がいなくなったとはいえ、闇のノウハウを持つ連中は健在なのだから」 大迫も「あれだけの暴露が起きても、まだ陰で手を引こうとする存在がいる……。しかも、今度は“観光”という美名で神社や漁村を取り込むつもりか」と唇を噛む。

第八章 迫り来る刻限

 さらに衝撃的な事実が発覚する。警視庁から情報を得た鷹津管理官が、「天洋内部で、新たな幹部グループが“潮刻の慟哭”という儀式を本当に計画しているらしい」と伝えてきた。 「表向きには“観光リニューアル記念行事”と銘打ち、港町の再開発完了に合わせて大きな式典を行う予定ですが、どうもその裏で“古代の秘儀”が執り行われる情報がある。あなた方の“潮盟”や“潮暁”以上に、凄惨な行為が行われるかもしれない」と。 思えば、前作でも“式典”の名目で多くの血が流れ、嵐の最中に決定的な衝突が起きた。今回もそれを上回る惨事が起こり得るのか――都築と大迫は居ても立ってもいられなくなる。 「もし本当に再び人が海に沈められるような儀式があるなら、絶対に阻止しなければ。これ以上、犠牲者を出すわけにはいかない……」 望月も病院のベッドで、「私も何か手伝えないか」と弱々しく言うが、都築は静かに首を振る。「今はあなたの回復が最優先。大丈夫、もう一度同じ悲劇を繰り返すような状況は作らせない」

第九章 神社と漁村、そして御影の影

 式典まで残り数日。安西宮司のもとには、御影一族の一人を名乗る男から連絡が入る。「神社の秘宝を返還せよ。それがないと“潮刻”の儀式は完全にできない」と。 安西は都築たちに相談し、「そんなものは存在しない。あるいは、すでに破壊された鏡のことを指しているのかもしれないが……」と困惑する。しかし、御影側は「必ずある。でなければ“潮刻の慟哭”は完成しない」と執拗に食い下がる。 都築と大迫は勘を働かせる。「おそらく、御影家の伝承の中に、“潮暁の秘術”を超える形で海峡を制圧する手立てがあったのかもしれない。それが今、何者かの手で再現されようとしている――」 さらに、漁村でも不審な出来事が相次ぐ。夜に漁船が破壊される、倉庫のタルが勝手に海へ放り投げられるなど、小規模な破壊活動が続出。まるで“何か”を探しているかのようだ。木島は顔を強張らせ、「ここまで来ると、単なる嫌がらせではなく、何かを探し回っている動きに思える」と警告する。

第十章 新たなる嵐の気配

 とうとう式典当日が迫るころ、再び天気図に嫌な兆候が浮上する。海の向こうに台風級の熱帯低気圧が発生し、週末にも光浦海峡に接近するとの予報が出たのだ。 「まさか、また前回のように嵐と式典が重なるのか……」と大迫がつぶやく。都築も暗い眼差しで返す。「もし連中が本気で“潮刻の慟哭”なんて儀式を行うなら、このタイミングはあまりに都合が良すぎる。嵐を利用し、混乱に乗じて儀式を完遂させる可能性がある」 安西も息を呑む。「嵐の夜、海峡は荒れ狂います。そのとき、神社や漁村の人々がどうなるのか……。また大きな血の惨劇が起きてしまうのでしょうか」 望月は未だリハビリ中だが、どうしても取材を再開したいと願う。「私も一緒に真相を追いたい。もう二度と海へ沈められたくないからこそ、戦わなければ……」 都築は眉をひそめつつも、「危険は承知で動くつもりだ。あなたの体を大事にしてほしいが、メディアの力も必要かもしれない」と応じる。 こうして、血の歴史と欲望の軋轢は再び高まり、嵐の前の静けさを打ち破ろうとしている――。 果たして、“潮嵐の裁決”を乗り越えた今、なお続く闇はどのような姿で、海峡を深い悲嘆へと誘うのか。**“潮刻(ちょうこく)の慟哭”**が現実となるのなら、それはこの地を再び血で染める予兆なのか、それとも真の終焉(しゅうえん)への序章なのか――。

あとがき

 第12作目となる本作『潮刻(ちょうこく)の慟哭(どうこく)』は、前作『潮嵐の裁決』でひとまず大きな事件が収束を迎えたかに見えた光浦海峡のその後を描きます。企業・天洋コンツェルンからは“闇の派閥”が一掃されたと発表され、地元の桜浦神社は強制立ち退きを免れるなど、一見すると前向きな変化があったように思われます。 しかし、実際には新体制をうたう天洋の一部社員が、さらに狂信的な形で潮盟や潮暁の秘術を引き継ぎ、“潮刻の慟哭”という危険な儀式を企図している可能性が示唆されます。神社関係者の不審死や、御影一族の再来、漁村における破壊活動など、小さな事件が積み重なり、再び血の歴史が動き出す気配が濃厚です。 嵐は過ぎ去った――はずが、また別の嵐が生まれつつある。これはこのシリーズでも何度か繰り返されてきた図式ですが、今度は“企業の改革”という名目と、“観光開発”という華やかな衣装を纏ったまま、より巧妙に進行しているのが特徴です。 都築・大迫のコンビは、前作の成果(断罪碑の映像公開)によって一定の支持を得たものの、警察上層部や政界の後ろ盾は決して万全ではありません。むしろ、さらなる強大な圧力がかかりはじめている気配さえあります。望月記者も意識を取り戻しつつあるとはいえ、まだ万全ではなく、再び危険な目に遭う懸念は拭えません。 こうした状況で、“潮刻(ちょうこく)の慟哭”なる新たな秘儀(あるいは恐るべき犯罪行為)が、次の台風の接近と重なる形で遂行されようとしている――。 この地が抱える深い闇は、いったいどこまで続くのか。嵐の先に待つのはさらなる血の惨劇か、それとも真の終焉(あるいは救済)なのか。次作への伏線をたっぷり残しながら、本作は幕を下ろします。

(了)

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