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着地点(ランディング)

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月31日
  • 読了時間: 8分

第一章:火種

「なんとしても、来月の大型キャンペーンに間に合わせてほしい。このLPが勝負 なんだよ!」スマートフォンの向こうから、どこか威圧感のある声が響く。Web制作会社「オクタ・クリエイション」のディレクター、雨宮明日香(あまみや・あすか)は、受話器を持つ手に力がこもるのを感じた。相手は大手家電メーカーの野坂。新製品となる掃除ロボットのプロモーションを、社内の反対を押し切ってでもオンライン先行販売で仕掛けようとしているらしい。従来の販促はテレビCMや量販店での実演販売がメインだったが、急激なデジタルシフトの流れに焦り、「LP(ランディングページ)」で一挙に売上を伸ばそうという算段だ。

「ウチは“モノを売る”ためのLP制作を得意にしています。まずは目的 とKPI を再度確認させていただいて……」明日香がそう切り出すや否や、野坂は低い笑い声を上げた。「目的? そりゃ売上アップに決まってる。KPI? 細かいことはいいから、とにかくデザインをド派手にCVRを5%以上 にしてくれ。広告代理店にもガンガン出稿してもらうからよ!」

(まったく……本当にこれで大丈夫なの?)明日香は胸の奥に不安を覚える。LP制作で大切なのは、商品・ターゲット層の理解、適切な情報設計 と計測・改善 だが、野坂はスピードとインパクトを重視しすぎている。しかし、この案件は会社にとっても大きな売上をもたらす。明日香は「何とか成功させなければ」と決意した。

第二章:要件定義のすれ違い

オクタ・クリエイションのオフィスでは、エンジニアやデザイナーが集まり、緊急のミーティングが開かれていた。「クライアント側の要望は“簡単”に言えばド派手 で短納期 だそうです。新しい掃除ロボットのメリットを一撃で伝えて、すぐに購入ボタンを押してほしい――そういう構成を求められています」明日香がそう説明すると、リードデザイナーの木島陸(きじま・りく)は苦い表情を浮かべた。「でも、本当に“ド派手”なだけで売れるもんですかね? ロボット掃除機って結構高価だし、ユーザーは慎重に検討するでしょう。LPの縦長構成 で詳しい説明を盛り込まなきゃいけないし、スマホでのUI も考慮しないと……」そこでエンジニアの鈴本(すずもと)が手を挙げる。「技術的には、GSAP やScrollTrigger のアニメーションを入れるか悩むところですね。過度な演出はページ速度 を落とすし、何よりCore Web Vitals が悪化すると検索流入に影響が出る可能性も……」

木島と鈴本が真剣に議論を重ねる一方、明日香はスマホ越しに舞い込む野坂からの連絡に頭を抱える。「顧客はテレビCM並み のインパクトを期待してる。アニメーションで魅せろ、実演動画も埋め込め、SNSシェア もさせろ……要望はどんどん膨れ上がってる」しかも「CVR5% を絶対に達成してくれ」という無茶なノルマまで課されていた。

第三章:設計とデザインのねじれ

プロジェクトのキーとなるのは、ワイヤーフレーム と情報設計 だった。木島が用意した初期ワイヤーは、ファーストビューで掃除ロボットのビジュアルを大きく配置し、その下に箇条書きでメリットを記載。さらにスクロールした先で口コミ・レビューを配置し、最後に割引や特典などの訴求を入れ、コンバージョンフォーム へ誘導する――いわゆる定石ともいえる構成だ。「とにかく、CTA(Call To Action) ボタンをフェーズごとに配置して、ユーザーの離脱を防ぎましょう。あと、テスト的にA/Bテスト でキャッチコピーを変えてみるのもありですね」木島の案は説得力があった。しかし、野坂から返ってきたのは、「トップページに大量の動画 を埋め込んでくれ。画像も自動スクロール で切り替わるように。あと、ページを開いた瞬間にポップアップバナー を出せ」という要望の嵐。

「そんなに盛り込んだらページの読み込み速度 が耐えられなくなる。特にスマホユーザーなんて、表示に2秒以上かかったら離脱する可能性が高い」鈴本が苛立ちを隠せない。「最適化のテクニックはあるけど、限度があるよ。WebP や遅延読み込みCDN の活用をやったとしても、クライアントさんの要望全部盛りは厳しい……」

明日香は仲介役として、何とか野坂を説得しようと試みる。だが、彼は「競合他社に埋もれないよう派手に やれ」という一点張り。折衷案を見いだせるかどうか、明日香の胃は痛み続けた。

第四章:フロントエンド実装の苦闘

それでも期限は迫る。鈴本はVue.js とTypeScript を使い、軽量構成のSPA 的なLPを試作していた。高速で動作し、アニメーション は部分的にGSAPを用いる。画像はWebP で圧縮し、サーバーサイドのキャッシュ とCDN を併用することで、読込速度を保ったまま “ド派手” な演出を目指した。「まだ重い……。パフォーマンススコアが90台いかない」Lighthouseの計測結果に一喜一憂しながら、深夜までリファクタリングを繰り返す日々。同時に、フォーム部分 はサーバーレスAPI(AWS Lambda+API Gateway)を利用し、入力されたデータを顧客のCRMに連携する仕組みを作った。「エラー処理 とスパム対策 は大丈夫かな。reCAPTCHA の導入、進んでるか?」鈴本は後輩エンジニアに声をかける。「はい、各環境での動作確認が済みました。HTTPS 化も完了です」

ただし気がかりな点があった。クライアント側が押し込んできた広告タグ やSNS連携スクリプト がやたらに多く、そこがパフォーマンス低下を招いているのだ。

第五章:公開直前の危機

公開を2日後に控えた深夜、オクタ・クリエイションのオフィスに緊張が走った。「野坂さんから新たな動画ファイル が送られてきたわ。16MBもある……。これをトップに入れろって」明日香が呆れた声で言うと、木島が頭を抱えた。「LPの容量が30MB超えたら、もうモバイル回線 の人はほとんど表示まで待ってくれないよ。しかもLP経由で広告からの流入を狙うんだろう? 離脱率が跳ね上がるに決まってる」

一方、野坂は「動画を圧縮すれば画質が落ちる」と強硬に要求を撤回しようとしない。「この映像は社内で作り込んだもので、どうしても高画質を保ちたい。インパクト が売りなんだ!」LP本来の目的である「コンバージョン率向上」がブレてきていることが明らかだったが、明日香たちには時間がない。彼らは最低限の圧縮と遅延読み込みを駆使し、ぎりぎりのラインで動画を差し込むことにした。

第六章:リリースと波紋

ついに公開当日。明日香たちは早朝にGoogle Tag Manager やアナリティクス の設定を最終確認し、クライアント側のサーバーにLPデータ をアップ。SNS広告やリスティング広告も同時に開始され、一気にアクセスが流れ込む。「うまく表示されるといいけど……」木島が祈るような面持ちでリアルタイムレポートを見つめる。

最初の1時間、広告からの大量アクセスが集中し、一時的にページ読み込みが遅延。離脱率 がやや高まる。だが、サーバーのオートスケール機能とCDNが踏ん張り、サイトは落ちなかった。さらにA/Bテストで用意していた2パターンのヘッドラインのうち、Bパターン が意外にもCVRを稼ぐ。少し落ち着いた段階でBパターン に統一したところ、コンバージョンが上向きに。それでも野坂が要求していた「CVR5%」は簡単に達成できず、序盤は3%前後を推移。「これ、セクションごとの離脱ポイント を分析しないとダメですね」明日香はLighthouseとヒートマップ解析ツールを同時にチェックしながら呟く。「ユーザーのスクロールが中盤で止まってる。動画 が多すぎて、再生開始まで待ちきれないんじゃないかな……」

第七章:本当の意味での“着地”

翌週、明日香たちは野坂に報告を行うため、メーカー本社ビルを訪れた。「正直なところ、現状では目標のCVR5%に届いていません。広告による流入は上々ですが、ページ読み込み速度の問題と、途中での離脱が原因です」そう説明すると、野坂は渋い顔をしながら唸った。「そりゃあ、会社としては数字を出してくれないと困る。だが、実際に売上はそこそこ伸びてるんだろう?」確かに、オンライン販売の台数は想定を超えていた。しかし、それはLPの出来だけが理由ではなく、「他社との共同キャンペーン割引」という外的要因も大きい。

ここで木島が意を決して口を開いた。「正直に言えば、“ド派手” なだけのLP は、必ずしも最良の結果を生むとは限りません。今後は軽量化 と情報設計の再構築 を行い、ユーザー目線で分かりやすい導線を作り直す必要があると思います」彼の言葉に明日香もうなずく。「SNS広告のターゲティングやA/Bテストも継続し、コンバージョンセクション を最適化していくことで、数字はまだまだ伸びしろがあります。私たちは、そこまで運用・改善 を支援させていただきたいんです」

野坂は腕組みしたまま黙り込む。しばらくの沈黙のあと、ポツリと口を開いた。「わかった。お前たちの言う通りにしてみよう。ただし、最終的な数字には俺もこだわる。そこんとこは頼むぞ」

終章:真のランディングへ

こうして、LPは公開後も継続的な分析と改修 が行われることになった。ページ速度を改善するため、ファーストビューの動画 は静止画キャプチャに切り替え、ページ下部で任意再生にする。アニメーション は必要最小限にし、画像圧縮 とLazyLoad を強化。フォームの項目数も削減し、入力ハードル を下げた。結果、数週間後のレポートで、LPのCVRは4%台半ば まで上昇。さらに細かいチューニングを続ければ、野坂が望む5%到達も見えてくるかもしれない。

「LP制作ってのは、ただ派手に作って納品して終わりじゃないんだな……」新たな商談の合間、野坂がしみじみと口にした。明日香たちが目指すのは、作りっぱなしではなく “運用を通じた真のゴール” なのだということを、ようやく理解したようだ。

一方、オクタ・クリエイションのオフィスに戻った明日香は、木島と鈴本をねぎらいの言葉で迎えた。「お疲れさま。まだ完全に終わったわけじゃないけれど、ようやく**『着地』** が見えてきた気がするよね」木島は微笑む。「LPって、文字どおり“最初の着地点” だけど、本当はどこまでユーザーを導けるかが大事なんだよ。俺たちの仕事も、ようやくスタート地点に立ったようなもんさ」

パソコンのモニターには、新しいA/Bテスト のプランが並んでいた。そこには数値とデザインだけでなく、ユーザーの心を動かすための物語 が描かれ始めている。― そしてまた、新たな“ランディング” が始まろうとしていた。

 
 
 

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