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蜜柑色の丘、青い湾

第一章 丘の上から

 静岡の山あいを少し下った丘の途中に、蜂蜜色の光がこぼれていた。駿河湾を見晴らす急斜面には、一面の蜜柑畑が広がっている。幹夫(みきお)は母とともに、母方の親戚の手伝いでその畑を訪れた。丘を登るたびに視界が開け、遠くには湾の青い曲線がかすかに光っているのが見える。

 「ここからだと、まるで海と空がくっついているみたい……」 丘の上で、幹夫はつぶやく。母は微笑みながら、軽トラックの荷台から収穫用のかごを下ろす。まだ秋も深まらない頃だが、早生(わせ)の蜜柑が色づきはじめていた。

第二章 蜜柑の香り

 畑の持ち主である伯父に挨拶を済ませ、幹夫は試しに一つ蜜柑を手に取ってみた。青い部分がやや残る果皮をむくと、甘酸っぱい柑橘の香りが鼻先をくすぐる。 「あ……」 思わず声をもらして、幹夫は果汁の滴る薄皮をそっと口に含んだ。まだやや酸味が勝るが、舌の奥にほんのりとした甘みが広がる。 「おいしい?」と母が問うと、幹夫はうなずきながら、どこか恥ずかしげに微笑んだ。丘の風に乗って、蜜柑の爽やかな香りが周囲にも漂っていく。

第三章 海と空がとける午後

 収穫を手伝いながら、ふと見上げると、駿河湾の向こうに連なる水平線が静かに午後の日差しを受けていた。空の色が淡い水色に変わり、海と空の境界線がほとんど見分けがつかない。 「ここからだと、本当に海が浮いてるみたいだね」 幹夫は伯父にそう言うと、伯父は「そうかもしれないな」と大きく笑う。遠くの港には白い船がぽつりと停泊しているように見えるが、揺れが小さいせいかはっきりとは分からない。 蜜柑畑の緑のなかにオレンジの実が点々と隠れ、波の穏やかな駿河湾と空の広がりが一つに溶け合うような眺望。幹夫の胸は、それらを同時に抱きしめるような静かな高揚感に満ちていた。

第四章 蜜柑色の夕暮れ

 収穫を終えかけたころ、斜陽が山の向こうに沈みはじめ、空が蜜柑色に染まった。畑のあちこちから夕日に照らし出された木々が金色に浮かび上がる。 幹夫は空のグラデーションと、海辺の町にともる薄い明かりをしばらく眺めていた。日が落ちるにつれ、駿河湾は少しずつ深い藍色へと変わり、蜜柑畑は静かな影を帯びはじめる。 「そろそろ帰ろうか」と母の声がかかり、幹夫は軽トラックの荷台に積み込んだ蜜柑かごを見つめる。あれだけ鮮やかに見えていた果実も、今は夕闇の中に溶けかけている。でも、その甘酸っぱい香りだけは消えず、空気にほんのり広がっていた。

第五章 灯りの下で(エピローグ)

 夜になり、伯父の家に戻ってから夕食を済ませると、母が「少し散歩してこよう」と幹夫を誘う。外はもう暗いが、月明かりがかすかに畑を照らしている。 丘の途中まで歩くと、風の匂いが昼間とは違う冷たさを含み、蜜柑の葉がさらさらとかすかな音を立てた。遠くの湾には、港の灯りが点々と浮かび、黒い海面に微かに反射している。 「昼間はあんなに青く見えたのにね」 幹夫がぽつりとこぼす。母はうなずきながら、ささやかに笑った。 ひっそりとした夜の静けさの中、蜜柑畑の匂いはまだ息づいている気がした。朝の香りとも夕焼けとも違う、夜だけの空気に溶け込んだ甘みのようなものが、幹夫の胸の奥をじんわりと温める。 丘の下で、遠くに広がる駿河湾と、丘の上で眠る蜜柑の木々。これらが一つの風景として重なり合い、少年の心に小さな感動をやわらかく刻み込んでいた。

 
 
 

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