『面影の国』――今川氏真
- 山崎行政書士事務所
- 2025年12月28日
- 読了時間: 7分

能面は、いつまでも冷たい。 掌の熱を与えても、白い頬は頑として温まらず、笑いでもなく嘲りでもない固定された口許だけが、こちらの心を先に凍らせる。私はその冷たさを、若い頃から好んでいた。好むことが、罪になると知りながら。
江戸の借り屋の奥に、薄い桐箱がある。今川の家名が、もはや軍勢の数ではなく、書付の墨の濃淡でしか残らぬ頃から、私はその箱を持ち歩いた。箱を開くと、白い小面がある。女の面だ。頬の曲線は柔らかく、眼は僅かな陰影の中で遠くを見てゐる。男が持つには不釣合いなほど、清らかに作られている。 私は時々、この面を見て思ふ――この面だけが、私の国の最後の城だった、と。
駿府を出た夜のことを、私は今も忘れない。忘れることが赦しになるなら、どれほど楽だったろう。しかし、赦しはいつも忘却ではなく記憶の形で来る。記憶は、磨かれた刃のように痛む。
その日、城の廊下は異様に長かった。畳の縁を踏む足音が、ひとつ増えるたびに、私の中の何かが一枚ずつ剥がれていく。庭の松は風に鳴り、駿河湾の匂いが薄く忍び込んでゐた。海が見えぬのに匂いだけが届くのは、いつも残酷である。目に見えぬものほど、人の胸の奥へ正確に入ってくる。
私は座敷で、能の稽古をしてゐた。扇を持ち、声を整え、言葉の息を揃える。武の家の当主が、戦の報せのただ中で能を口ずさむ――それは滑稽な姿に見えたに違ひない。だが、滑稽であることが、私には必要だった。笑われるほどの形式だけが、崩れかけた現実に抵抗できるからだ。
障子が荒々しく開き、家臣が飛び込んできた。顔に雨がついてゐる。雨がついてゐるだけで、戦の匂いがした。
「武田勢、薩埵を越えます。今夜にも――」
言葉はそれだけで足りた。足りたのに、座敷の空気が重く沈んだ。私は扇を閉じた。閉じた扇が、まるで葬具のように静かに膝の上へ落ちた。
父、義元が桶狭間で討たれた時、私はまだ若かった。父の死は、他人事のやうな遠さで語られ、やがて「今川の不運」という美しい言葉に包まれた。美しい言葉は、血の匂いを消す。消してしまうから、次の血が出る。私は、父の死を美しく扱ひすぎた報いを、この夜、取り立てられてゐた。
家臣たちは集まり、私の前に膝をついた。彼らの眼は、私の命よりも、私の死に向いてゐた。 彼らは私が生きて国を失ふより、私が死んで国を守ったと語りたいのだ。敗北の中に、ただ一つの「美」を残したいのだ。私はその欲望を理解しすぎてゐた。理解する者ほど、残酷になる。
「御自害を――」
その声は小さかった。小さいほど、鋭い。 私は思った。彼らは私に、死という清潔な出口を与へたつもりでゐる。だが、私には分かってゐた。死は出口ではない。死は、最も見栄のいい幕引きである。死ねば、物語は完成する。完成した物語ほど、人を救はない。救ふのは、完成しない生の方だ――そして生は、汚れる。
私は、ふと自分の手を見た。 戦の手ではなかった。墨の匂いのする手だ。茶碗を持つ手、笛を持つ手、扇をひらく手。父のように、血の匂いと鉄の匂いを混ぜてゐない手。私はその手を恥じた。恥じたとき、恥じた自分の潔癖さが、いっそう恥ずかしくなった。
「――生きる」
私は言ってしまった。 言葉が口を出た瞬間、家臣の空気が一斉に冷えた。彼らの正義が、私の一語で折れたのだ。折れたものは、折った者を憎む。私はその憎しみを受け取る資格があると思った。受け取らねばならぬと思った。 死ねば美しく終わる。だが私は美しく終わる資格がない。私は、汚れて終わる資格だけを持つ。――その冷酷な判断が、なぜか私を支えた。
家臣たちは退き、座敷は静かになった。静けさの中で、雨の匂いが濃くなった。私は立ち上がり、薄暗い廊下を歩いた。 奥の間に、妻がゐた。北条の血を引く女で、私よりもずっと現実を見てゐる。彼女の眼は、私を責めも慰めもせず、ただ測ってゐた。測る眼は恐ろしい。だが、測られることは救ひでもある。幻想が剥がれるからだ。
「逃げるの?」
妻が訊いた。 逃げる――その言葉を口にされると、私の中の言い訳が一斉に萎れた。逃げるのではない、生き残るのだ、と私は言ひたかった。だが、生き残るという言葉は、逃げるよりもずっと卑怯に聞こえる時がある。卑怯に聞こえるのに、卑怯でなければ生きられない。
妻は桐箱をひとつ差し出した。 古い、軽い箱だった。
「これを持って」
箱の蓋を開けると、小面が入ってゐた。白い、女の面。 私は、その白さに胸が締めつけられた。女の面は、戦の血を知らない。知らないからこそ、美しい。美しさは、いつも無知の顔をしてゐる。
「母が、持たせろと言った。――あなたは、面を被ってでも、生きなさいって」
私は驚いた。 父は私に「勝て」としか言わなかった。勝てないなら死ね、と言う眼だった。 だが、女たちは違ふ。彼女たちは、勝つことよりも生き延びることに、別の潔さを見いだす。潔さには、いくつも種類があるのだ。私は今になって、そのことを知った。
城を出る支度が整った頃、私は最後に庭を見た。 雨に濡れた苔は黒く、石は鈍い光を持ち、松の枝は重く垂れてゐた。美しい庭だった。美しいものほど、別れが似合ふ。 遠くに富士の影があった。富士はいつも、こちらを見返す白である。見返されると、逃げ場がなくなる。私は富士に背を向けた。背を向ける勇気を、いま、私は必要としてゐた。
夜の駿府は、やけに静かだった。 静かすぎて、人々の寝息まで聞こえるやうな錯覚があった。人々は眠ってゐる。眠ってゐる間に国が消える。国とは、眠ってゐる者たちの上に立つ、脆い約束にすぎない。 私は小さな供回りとともに、城下を抜け、闇の道を急いだ。背後から太鼓が鳴る気がした。実際には、鳴ってゐない。ただ、私の胸が鳴ってゐただけだ。胸の音は、戦の音より大きい。
途中、ひとりの若い家臣が、私の馬の脇へ寄って来た。 彼の眼は濡れてゐた。雨ではなく、悔しさで。
「殿……死なれぬのですか」
私は答へなかった。答へれば、彼の正義を踏みにじることになる。踏みにじられた正義は、血よりも濃い色で残る。 私はただ、桐箱を抱へる腕に力を入れた。女の面が、箱の中で音もなく私の胸に寄り添ってゐる気がした。 面の冷たさが、私の熱を吸ってゐた。熱を吸はれると、人間は泣けない。泣けないまま、ただ進むしかない。
やがて掛川に籠った。城は狭く、空は低く、兵の顔は痩せていった。 夜、私は座敷で能を舞った。 舞った、というより、舞はされてゐた。 飢えた兵たちの眼が、私に「美」を要求してゐたからだ。彼らは、明日死ぬかもしれない。だから今夜だけは、死の形を整へたい。整へられた死の予感は、どこか甘い。私はその甘さが嫌ひで、そして嫌ひだからこそ、舞った。
小面を手に取ると、面の眼が私を見た。 面は女の顔で、女の顔は奇妙に無責任だ。無責任であることが美しい。武士の責任に押し潰される私にとって、その無責任さは救ひだった。 私は面を顔に当て、息を吸った。面は冷たく、息は白く、座敷の空気が一瞬だけ澄んだ。 面の奥で、私は泣いた。泣いてゐることを誰にも見せずに泣けるのは、面のおかげだった。面は、涙の羞恥を隠してくれる。羞恥は、涙よりも苦い。
城が落ちた日、私は降伏した。 降伏とは、刀を置くことではない。物語の中心を手放すことだ。中心を手放すと、人間はただの人間になる。私はその「ただの人間」に、なりたくてたまらなかったはずなのに、実際になってみると、胸が空洞になった。
徳川の使者の前で、私は頭を下げた。頭を下げる角度が、美しく見えないことに、自分でも驚いた。美しく頭を下げたいという欲望が、まだ私の中に残ってゐた。美しさへの執着は、敗者の最後の武器である。だが、その武器は、しばしば敗者自身を殺す。
私は桐箱を抱へてゐた。 誰かが「それは何だ」と訊いた。 私は答へた。
「……面です」
使者は笑った。笑ひは軽い。軽いものほど人を傷つける。 しかし私は傷つきながら、妙に救はれた。笑はれるほどに、私の生は完成から遠ざかる。完成しない生は、まだ動ける。
その後、私は長く生きた。 生きることは、死ぬことより難しい。死ねば一度で済む。生きれば毎日、恥の形が変はる。 私は江戸で、茶を点て、能を舞ひ、歌を詠んだ。世の人は言った。「今川氏真は、武には拙かったが、風雅であった」と。 風雅――その言葉が、私には刃より痛い時がある。風雅は敗北の化粧だ。化粧は、剥がすと血が出る。私は剥がしたくて、剥がせない。
夜、灯の下で面を取り出すと、白い頬が私を見返す。 私は面に向かって、父に言へなかった言葉を言ふことがある。声に出さずに。
――父上、私は生きてしまいました。 ――国を失ひ、名を失ひ、それでも生きてしまいました。 ――美しく死ぬことを、私は拒みました。
面は答へない。 答へないからこそ、私は答へを作り続ける。 答へを作り続けることが、私に残された唯一の戦だ。 戦は、必ずしも刃でしない。刃でしない戦の方が、長く、孤独で、涙に近い。
私は面をそっと箱へ戻し、蓋を閉める。 閉めた途端、面の冷たさが消え、部屋の空気が急に人間くさくなる。人間くささは、敗北の匂いであり、同時に生の匂いである。 私はその匂いを吸ひ込み、ひとつだけ確かなことを思ふ。
――今川氏真とは、国を失った男ではない。 ――国を失ってもなお、顔(かお)を失はずにゐようとした男だ。
その努力が成功したかどうかは、私にも分からない。 分からないまま、私はまだ生きてゐる。 そして、生きてゐる限り、面は冷たく、私の掌は温かい。 その不釣合ひこそが、私の物語の、最後の城なのである。




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