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フィリピン人女性IT技術者の日本での夢と恋の物語

  • 山崎行政書士事務所
  • 1 日前
  • 読了時間: 25分




第1章 旅立ち

アンジェラ・サントス、25歳。マニラ出身のソフトウェアエンジニアである彼女は、幼い頃から日本の技術と文化に憧れを抱いていた。大学を優秀な成績で卒業し、マニラのIT企業で経験を積んだアンジェラだったが、心の奥底では「いつか日本で働きたい」という夢がくすぶっていた。ある日、日本のテック企業が海外人材を募集していることを知り、彼女は思い切って応募した。オンライン面接を経て届いた内定通知に、アンジェラの胸は高鳴った。家族と友人の後押しもあり、彼女は日本行きを決意する。

しかし、初めての海外就職に伴うビザの手続きは未知の世界だった。書類準備や手続きの複雑さに不安を感じていた彼女だったが、雇用先の会社が紹介してくれた「山崎行政書士事務所」が就労ビザ取得の手続きを全面的にサポートしてくれた。メールでの問い合わせにも迅速かつ丁寧に対応してくれ、英語での説明もわかりやすい。そのおかげで、アンジェラは必要書類をそろえ、在留資格認定証明書とビザを無事に取得することができたのだ。プロの力を借りたおかげで、煩雑な手続きも驚くほどスムーズに進み、彼女は日本での新生活に大きな希望を抱くことができた。

フィリピンを発つ日の夜明け前、アンジェラはぎゅっと小さなスーツケースのジッパーを閉めた。心配そうな母が「体に気をつけて、頑張るのよ」とタガログ語で声をかける。父や兄弟たちも空港まで見送りに来てくれた。旅立ちのゲートで家族に抱きしめられると、アンジェラの目には涙が浮かんだ。「必ず成功してみせるから」――そう胸の中で繰り返し、彼女は大きく深呼吸をする。そして振り返りながら手を振ると、日本行きの飛行機へと足を踏み出した。

第2章 新天地への第一歩

成田空港に降り立ったアンジェラは、肌に感じるひんやりとした空気に新鮮さを覚えた。フィリピンの蒸し暑さとは違う澄んだ空気と、見慣れない漢字の看板に囲まれ、いよいよ自分が日本という新天地に来たのだと実感する。入国審査では緊張したものの、事前にビザの準備が万全だったおかげで滞りなく通過できた。「ようこそ日本へ!」と笑顔で声をかけてくれた係員の一言に、こわばっていた肩の力がふと抜ける。

到着ロビーに出ると、自分の名前を書いたボードを持つ一人の日本人男性が目に留まった。彼はアンジェラを見るなり優しく微笑んで近づいてくる。「サントスさんですね?初めまして、佐々木大地です。会社からお迎えに上がりました。」少したどたどしい英語混じりだったが、その心遣いが嬉しかった。アンジェラは日本語で「初めまして、アンジェラです。よろしくお願いします」と挨拶する。大地は驚いたように目を丸くした後、にこっと笑って「日本語、上手ですね!」と答えた。たどり着いた異国で、自分の名前を呼んで迎えてくれる人がいる――それだけでアンジェラの不安は随分と和らいだ。

大地の運転する車で高速道路を走りながら、アンジェラは窓の外に広がる風景に見入っていた。整然と並ぶ建物、スムーズに流れる車の列、遠くにはうっすらとビル群の向こうに山影も見える。「あれは富士山ですよ。」大地が指差した先に、雪をいただいた優美な山がそびえていた。教科書やテレビでしか見たことのない光景に、アンジェラの胸は躍る。「本当に日本に来たんだ…」改めてそう実感し、期待と緊張が入り混じった思いが込み上げてきた。

会社が用意してくれた都内のアパートに到着すると、大地は部屋まで荷物を運ぶのを手伝ってくれた。シンプルだが清潔なワンルームの部屋に荷物を下ろし、「ここが今日からあなたの新しいお部屋です。何か困ったことがあれば連絡してください」と大地は名刺を差し出した。連絡先と一緒に書かれた「佐々木大地」という名前を見つめ、アンジェラは心強さを感じる。「本当にありがとうございます」と深くお辞儀をする彼女に、「いえ、明日からよろしくお願いしますね」と大地も丁寧に頭を下げた。玄関のドアが閉まると、アンジェラは一人静かな部屋に立ち尽くした。窓の外には日本の夕暮れが迫っている。長い旅の疲れと興奮で頭がぼんやりする中、「明日から頑張らなきゃ」と自分に言い聞かせる。見知らぬ土地での生活がついに始まるのだ。

第3章 職場のカルチャーショック

翌朝、アンジェラは少し早めに目を覚ました。慣れない日本の畳敷きのベッドで十分に眠れぬまま、それでも気持ちは高ぶっている。支度を整え鏡の前に立つと、緊張した自分の顔が映った。「大丈夫、できるわ…Kaya ko ito(私はこれができる)」と心の中でタガログ語でつぶやき、小さく息を吐く。そして意を決してアパートを出発した。

電車を乗り継ぎ、オフィスのある東京・新宿の高層ビルに着いた。受付で名前を告げると、人事担当者が出迎えてくれる。早速社内を案内され、チームメンバーへ紹介されたアンジェラは、日本語で精一杯自己紹介を行った。「マニラから来ましたアンジェラ・サントスです。よろしくお願いします。」緊張で声が震えそうになるのをこらえながらも、はきはきと伝える。周囲の社員たちは温かい拍手を送り、「よろしくお願いします」と口々に返してくれた。しかし紹介のひとときが終わると、オフィスには再びキーボードを叩く音だけが響き始める。誰もが自分の作業に集中し、雑談ひとつ聞こえない光景に、アンジェラは少し戸惑った。活気にあふれる自国の職場とはあまりに雰囲気が違っていたのだ。

午前中、彼女は担当プロジェクトの資料を渡された。日本語で書かれた仕様書を前に一瞬ひるんだものの、持ち前の努力家な性格でなんとか読み解こうと努める。技術用語は英語が多いとはいえ、細かな指示やコメントは日本語だ。辞書を引き引き格闘しているうちに、あっという間にお昼の時間になった。他の社員たちは黙って席を立つと、それぞれ弁当を広げたり外に出たりしている。アンジェラは迷った。声をかけて一緒にランチに行くべきなのか、それとも誘われるのを待つべきなのか…。結局タイミングをつかめず、一人でビル1階のコンビニに降りておにぎりとお茶を買った。再び自席に戻り、ぽつんとデスクで包装を開けたとき、不意に涙が出そうになる。「私はここでやっていけるのだろうか」不安が頭をもたげる。しかし、その時だった。

「アンジェラさん、一緒にランチ行きませんか?」顔を上げると、そこには大地が立っていた。彼は柔らかな笑みを浮かべ、おにぎりを手に持つアンジェラを見つめている。「あ…はい!」アンジェラはほっとした表情で頷いた。大地は「良かった、実は近くに美味しいラーメン屋があるんです。せっかくだからどうかなと思って」と少し照れくさそうに笑う。アンジェラはコンビニのおにぎりをそっとデスクに置き、「ぜひお願いします」と立ち上がった。オフィスを出ると、春まだ浅い風が二人の頬を撫でた。

近くのラーメン店に入り、湯気の立つ丼を前にすると、アンジェラの空腹に気づかされた胃が鳴った。大地はくすっと笑い、「いっぱい食べてくださいね」と優しく言った。箸の使い方に少し苦戦するアンジェラを見て、「フォークもらいましょうか?」と気遣ってくれる。その細やかな配慮に胸が温かくなるのを感じながら、アンジェラは思い切って聞いてみた。「初日の朝、声をかけてくれてありがとうございます。実はちょっと緊張してて…」すると大地はゆっくりと頷いた。「文化も言葉も違う中で働くのは大変ですよね。僕も留学していたときに孤独を感じたから、放っておけなくて。」彼は大学時代に半年間アメリカに留学した経験があるという。「だから英語が上手なんですね」と言うと、「いやいや、アンジェラさんの日本語に比べたら…」と大地は謙遜した。短い会話だったが、アンジェラの心はすっと軽くなった。自分の気持ちを察して声をかけてくれた大地の存在が、まるで職場での道しるべのように感じられたのだ。

第4章 新しい仲間と支え合い

それから数週間、アンジェラは仕事に少しずつ慣れていった。毎朝「おはようございます!」と自分から大きな声で挨拶をしてみると、多くの同僚が笑顔で返してくれるようになった。簡単な雑談なら日本語で交わせるようになり、オフィスの空気も初日ほど冷たくは感じない。案件の合間に同僚へ質問すれば、皆親切に教えてくれた。アンジェラが生真面目で熱心な姿を見せるうち、チームの中にも自然と彼女を受け入れる雰囲気が生まれていった。

ある金曜日の夜、歓迎会も兼ねた飲み会が開かれることになった。初めての日本の居酒屋にアンジェラは少し緊張したが、大地や他の同僚たちが隣でメニューの説明をしてくれる。「これは唐揚げ、鶏のフライです。食べてみて!」勧められるままに頬張ると、カリッとジューシーな味わいに思わず笑みがこぼれる。ビールで乾杯する同僚たちに混じり、アンジェラも烏龍茶のグラスを掲げて「かんぱい!」と声を合わせた。

席が打ち解けてくると、同僚の一人が興味津々に尋ねてきた。「フィリピンではどんな料理が有名ですか?」アンジェラは少し考えてから、「アドボという醤油ベースの煮込み料理や、シニガンという酸っぱいスープが人気です。いつか作りますね」と答えた。「シニガン?」初めて聞く名前に皆首をかしげる。彼女が英語で“Sour soup”と補足すると、「へえ!面白そう!」と歓声が上がった。「フィリピンの話もっと聞かせてよ」と別の同僚も話に乗る。アンジェラは自分の故郷の家族や文化について、ゆっくりと言葉を選びながら日本語で説明した。拙い日本語にも関わらず、皆が熱心に耳を傾けてくれる。その様子に胸がじんと熱くなった。最初は遠く感じた日本人同僚たちとの距離が、この小さな会話の積み重ねで確実に縮まっていることを感じたのだ。

大地もまた、アンジェラの隣で嬉しそうに頷きながら話を聞いていた。「僕、実はフィリピンにすごく興味があったんです。大学でフィリピンの社会について授業を取っていて…まさか同僚にフィリピンの方が来るなんて思わなかった。」彼がそんなことを打ち明けてくれたので、アンジェラは驚いた。「そうだったんですか?」と目を丸くすると、「うん。それで、フィリピンの公用語が英語とタガログ語だとか、家族の絆がとても強い文化だとか学びました。実際にアンジェラさんを見てると、本当に家族思いなんだなって伝わってきます」と微笑む。思わずアンジェラの頬が赤くなった。「ありがとうございます。家族は大切です…遠く離れている今も、毎日ビデオ通話しています」と打ち明けると、大地は「素敵ですね」と優しく言った。その優しさと興味のこもった眼差しに、アンジェラの心はぽっと温かくなった。

仕事でもプライベートでも、少しずつ支え合える仲間ができてきたことで、アンジェラの日本での生活は充実し始めた。週末には大地が東京の名所を案内してくれることもあった。浅草の浅草寺ではおみくじを一緒に引き、二人して大吉に笑い合った。原宿の賑やかな通りではタピオカドリンクを飲みながら若者文化に触れ、夜のスカイツリーからの眺めに息を呑んだこともある。その度に、大地は知識豊富に歴史や背景を教えてくれ、アンジェラは「まるでプライベートガイドね」と冗談めかして感謝した。異国の地で、こんなにも自分のことを気遣い支えてくれる存在がいる――アンジェラの胸には、大地への信頼と好意が静かに芽生え始めていた。

第5章 すれ違い

春が過ぎ、蒸し暑い夏が訪れる頃、アンジェラのプロジェクトチームは大きな山場を迎えていた。新製品のリリースを目前に控え、連日遅くまで開発とテストが続く。アンジェラも連日夜遅くまで残業し、チームの一員として懸命に食らいついた。そんなある日、プロジェクトの最終調整会議で事件は起きた。

リリース直前になって判明した性能上の課題に対し、仕様の一部変更が検討された。アンジェラは自分の経験と知識から、あるオープンソースのライブラリを使えば解決できるかもしれないと提案した。それはフィリピンの前職で扱ったことのある最新技術だった。しかし話を聞いた上司や同僚たちは顔を見合わせ、難色を示す。「リリース直前に新しいものを入れるリスクは高い」と誰かが呟いた。大地も「確かに興味深いけど、今からでは検証に時間が足りないかも」と慎重な姿勢だ。アンジェラは食い下がった。「ドキュメントもしっかりありますし、テストケースを増やせば品質も担保できると思います。」英語交じりになりながらも懸命に説明する彼女に、大地は困ったように眉を下げた。「気持ちは分かるけど、リリース日は動かせないんだ。ここで冒険するより現行の方法で最適化を図る方が安全だと思う」と冷静に返す。その言葉に、アンジェラはカッとなった。自分なりにプロジェクトのためを思っての提案なのに、誰も真剣に取り合ってくれない――悔しさと悲しさが入り混じった感情が胸を突いた。

「私の意見は最初から信用されていないんですね。」思わず出た言葉に、会議室の空気が凍る。大地が「そういうわけじゃ…」と慌てて言いかけたが、アンジェラは「もういいです」とそれ以上聞かず、席について黙り込んでしまった。他のメンバーも気まずそうに俯き、会議は重たい空気のまま終わった。

その日以降、アンジェラと大地の間にぎこちない沈黙が生まれた。仕事に必要な最低限の会話は交わすものの、以前のような笑顔は互いになくなってしまった。周囲も心配そうに見守っている。アンジェラは心にぽっかり穴が空いたようだった。せっかく築き始めた信頼関係が、自分の未熟さのせいで壊れてしまったのではないか――そう思うと、夜布団の中で涙がこぼれた。異国の地で頑張る自分を理解してくれていると思った人に拒まれたような気がして、孤独感が押し寄せる。胸に抱えていた夢も、このままでは遠ざかってしまうのだろうか。夏の夜の蒸し暑さとは裏腹に、アンジェラの心はひどく寒々としていた。

一方、大地も悩んでいた。アンジェラの提案自体は斬新で魅力的だったが、責任ある立場としてリスクを取れなかった自分。しかし彼女の落胆した表情が頭から離れない。「彼女の情熱を無下にしてしまったのではないか」と何度も自問した。数日後、意を決してアンジェラに話しかけようと彼女のデスクを訪ねたが、アンジェラは「今、集中していますので」とそっけなく返すだけだった。その冷たい声に、大地はますます自分を責めた。

転機は意外な場面で訪れた。ある残業の夜、アンジェラは誰もいない会議室に一人残ってコード修正をしていた。ふと窓に映る自分の顔を見ると、疲れと悲しみでひどく冴えない表情をしている。「私、何をやってるの…」小さく英語で呟いたその時、ドアの向こうに人影が動いた気がした。驚いて振り返ったが、そこには誰もいない。ただ、ドアの隙間から会議室に一枚の紙が差し入れられていた。不思議に思って手に取ると、手書きの日本語が几帳面な字で綴られている。

「あなたのアイデアはちゃんと届いています。僕たちに足りなかった視点を教えてくれてありがとう。もう一度話し合えませんか。Please forgive me…」

読み終えた瞬間、アンジェラの目から涙が溢れた。思いがけない謝罪と感謝の言葉。それは大地からの精一杯のメッセージだった。拙い英語で添えられた"Please forgive me"の一文に、彼の真摯な気持ちがにじんでいる。アンジェラは手紙を胸に抱きしめ、ゆっくりと瞳を閉じた。張り詰めていた心がふっと緩み、許しと安堵の気持ちが広がっていくのを感じる。「ありがとう…」彼女は誰にともなくそう呟いた。

翌朝、アンジェラは出社するなり大地の席へ向かった。大地が驚いて顔を上げる前に、アンジェラは深く頭を下げる。「ごめんなさい、佐々木さん。私、感情的になりすぎました。」大地は一瞬きょとんとした後、ぶんぶんと首を振った。「謝るのは僕の方です。アンジェラさんの意見をちゃんと考えずに否定してしまって…本当にごめん。」互いに顔を上げ、しばし見つめ合う。そして二人はほほえんだ。同僚たちも遠巻きにほっとした表情で頷き合っている。

「手紙、読みました。ありがとうございました。」アンジェラが照れくさそうに切り出すと、大地は頬を赤らめて頭をかいた。「伝わって良かった…。日本語でどう書けばいいか悩んで、英語も混ざっちゃいましたけど。」そのぎこちない姿に、アンジェラはくすりと笑った。「すごく嬉しかったです。本当に。」そう言うと、大地もようやく笑みを取り戻した。「プロジェクト、最後まで一緒に頑張りましょう。」差し出された大地の手に、アンジェラは力強く自分の手を重ねた。

第6章 二人の距離

誤解が解けたことで、アンジェラと大地の絆は以前にも増して深まった。プロジェクトはその後チーム一丸となって巻き返し、無事にリリースを成功させた。アンジェラの提案した技術も一部試験的に導入され、結果的に製品の品質向上に寄与したことで社内から高く評価された。大地は会議の場で「このアイデアをくれたアンジェラに感謝します」と皆の前で称えてくれた。アンジェラは恐縮しながらも、自分の努力と意見が認められたことが心底嬉しかった。

忙しかった夏が過ぎ、季節は再び春に向かおうとしていた。ある暖かな日、会社の同僚数人と一緒に花見に行こうという話が持ち上がった。会場は新宿御苑。満開の桜の下、ブルーシートを広げてお弁当を囲み、同僚たちと笑い合う。ピンク色の花びらがはらはらと舞う光景は、アンジェラにとって人生で初めて見る日本の春の絶景だった。「きれい…!」思わずもらした感嘆に、大地が隣で「日本に来て良かったでしょう?」と嬉しそうに尋ねる。アンジェラは「もちろん!」と満面の笑みで頷いた。

談笑が続く中、ふとした拍子にアンジェラと大地は二人きりで散歩することになった。少し離れた池のほとりを歩きながら、アンジェラは桜並木を見上げる。「あの日、空港に迎えに来てくれて本当にありがとう。佐々木さんがいなかったら、きっと私は途中で挫けていたかもしれません。」ぽつりと零した言葉に、大地は足を止めた。「僕の方こそ…アンジェラさんが来てくれて毎日刺激をもらってる。ありがとう。」真剣な眼差しと言葉に、アンジェラの心臓が高鳴る。桜吹雪の中、大地の瞳が真っ直ぐ自分を見つめている。鼓動が早くなるのを感じながらも、彼女は勇気を出して尋ねた。「ねえ、名前で呼んでもいいですか?」「…え?」大地がきょとんとする。「佐々木さんじゃなくて、これからは大地って。」顔を赤らめてそう付け加えると、大地も照れたように笑った。「もちろん。僕もアンジェラって呼んでもいい?」その問いに、アンジェラははい、と小さく頷いた。

夕暮れが近づき、他の同僚たちが先に帰り支度を始めても、アンジェラと大地はもう少しだけと桜のトンネルを歩き続けた。肩が触れるほどの距離で並んで歩く二人。沈黙にも不思議と心地よさがある。やがて大地がおもむろに立ち止まり、散りゆく花びらを一枚手のひらで受け止めた。「アンジェラ…」静かな声に彼女も立ち止まる。大地は何か言いかけて、少し迷うように視線をさまよわせたが、意を決したように言葉を紡いだ。「僕は…アンジェラのことが大切です。出会ってからずっと。」瞬間、アンジェラの頬がぱっと熱くなる。桜色に染まる大地の顔が愛おしかった。彼女は答えを言葉にせず、そっと大地の差し出した手を握り返した。互いに微笑み合うだけで十分だった。二人の距離は、あの日初めて出会った空港から、この桜の下までの月日を経て、すっかりとゼロになっていた。

第7章 在留資格の壁

穏やかな日々はあっという間に過ぎ、アンジェラが日本に来てから一年が経とうとしていた。仕事は順調で、私生活では大地というかけがえのない存在と充実した毎日を送っている。そんな折、アンジェラは自分の在留カードを何気なく眺めていて、あることに気づいた。「在留期限:〇年〇月〇日」― それはあと2ヶ月後に迫っていた。「もうすぐビザの更新をしなければならない…?」一瞬血の気が引いた。

慌てて上司に相談すると、「更新手続きは本人でやってもらうことになるけれど、必要な書類は用意するよ」と言われた。大企業とは違い、社内に専門知識を持つ人はいないらしい。上司から渡されたのは在留期間更新許可申請書の用紙と、会社が発行する雇用証明書の用意についての案内だけだった。残りの手続きは自分でやらねばならない。「やってみせます」と勢いよく返事をしたものの、自席に戻ったアンジェラの手は少し震えていた。

申請書を開いてみると、細かな項目がびっしりと並び、全て日本語で書き込む必要がある。加えて必要書類リストには、「住民税の納税証明書」「在職証明書」「理由書」など聞き慣れない言葉が並んでいた。市役所に行って書類を取る必要があるが、日本語での手続きに自信はない。理由書とは、なぜ日本に引き続き滞在したいかを自分で書く書類らしい。どんな日本語で書けばいいのか想像もつかない。頭を抱えるアンジェラに追い打ちをかけるように、ちょうどプロジェクトも新しい段階へ進んだところで日々の仕事は山積みだった。昼間は仕事、夜は家でビザ書類とにらめっこ――そんな日々が続き、アンジェラの心は次第に追い詰められていった。

「もし更新に失敗したら、日本を離れなければならないのだろうか…。」不安が頭をもたげ、夜もよく眠れない。せっかく築いたキャリアも、大地との時間も、全て失ってしまうのではという恐怖が付きまとった。そんな彼女の異変に真っ先に気づいたのは大地だった。「最近元気ないけど、どうかした?」ある夜、二人で食事をしているときに大地が心配そうに尋ねた。アンジェラはしばらく迷ってから、抱えている不安を正直に打ち明けた。ビザの期限が迫っていること、自分で更新手続きをしなければならないこと、その準備がうまくいかず不安なこと…。話し終えると、声が震えていた。大地は静かに話を聞き終えると、力強く頷いた。「それなら、専門家に頼ろう。アンジェラは一人じゃないよ。」

「専門家…?」アンジェラが首をかしげると、大地ははっとした表情になった。「そうだ、最初に就労ビザを取るときに山崎行政書士事務所にお世話になったって言ってたよね。あそこに相談してみようよ。」その言葉に、アンジェラの心に一筋の光が射した気がした。「山崎行政書士事務所…!」彼女は思わず顔を上げた。来日前、あの丁寧で迅速な対応で支えてくれた専門家たちのことを思い出す。なぜ自分はもっと早く気づかなかったのだろう。アンジェラはすぐにスマートフォンを取り出すと、連絡先を探し当て、その場でメールを書くことにした。

件名は「在留期間更新のご相談(アンジェラ・サントス)」とした。文面には、自分が以前就労ビザ申請でお世話になったこと、現在更新手続きに不安を感じていることを書き添えた。送信ボタンを押すとき、アンジェラの指は少し汗ばんでいた。ちゃんと返信は来るだろうか――そんな不安はしかし、数時間後には杞憂に終わる。深夜、自宅で書類整理をしていた彼女のもとにメールの通知音が鳴ったのだ。差出人は山崎行政書士事務所。震える手で開封すると、長文のメールが日本語と英語で丁寧に綴られていた。

「アンジェラ様、ご無沙汰しております。以前担当いたしました山崎行政書士事務所の山崎と申します。在留期間更新のサポートにつきまして、もちろん承っております。必要書類のリストと手続きの流れを以下に記載いたしますのでご確認ください。不明点がございましたら遠慮なくご質問ください。一緒に頑張りましょう。」

それは実に心強い内容だった。必要書類は英語でも説明が添えられており、取得先や書き方のポイントまで書かれている。さらに後日、オンライン面談で詳細を打ち合わせる提案もあった。アンジェラは画面を読み終える前に、涙で滲んで文字が見えなくなった。安堵と嬉しさが一気に押し寄せ、体の力が抜けていく。「大丈夫、きっとうまくいく。」久しぶりに深呼吸をすると、張り詰めていた緊張がふわりと消えていくのを感じた。希望の光が確かに見えた瞬間だった。

第8章 専門家の支援

後日、アンジェラと大地は山崎行政書士事務所とのオンライン面談に臨んだ。画面越しに映った山崎先生は、穏やかな笑みをたたえた紳士だった。「アンジェラさん、お久しぶりですね。まずは日本で頑張ってこられたこと、本当に素晴らしいです。」そう英語で声をかけられ、アンジェラの緊張は一気にほどけた。彼女が拙い日本語で現在の状況を説明すると、山崎先生は相槌を打ちながら熱心に耳を傾けてくれる。大地も補足が必要な箇所ではサポートし、二人三脚で相談は進んだ。

山崎行政書士事務所は、ビザや在留資格手続きのプロフェッショナルだ。在留期間更新に必要な書類はもちろん、申請書の書き方から理由書の内容に至るまで、詳細にアドバイスをくれた。特に「理由書」については、アンジェラが日本でどのようにキャリアを積み、今後どう貢献していきたいかを自分の言葉で伝えることが重要だと教えてくれた。「アンジェラさんの想いを聞かせてください。それを日本語の文章にまとめるお手伝いをしますから。」そう言われ、アンジェラは大地と顔を見合わせて頷いた。

週末、大地がアンジェラのアパートを訪れ、二人で理由書の下書きを始めた。アンジェラはペンを握りしめ、ゆっくりと言葉を紡いでいく。「日本で学んだ最先端の技術をさらに深めたい」「今の会社で責任ある立場を目指したい」「そして、この国で大切な人と未来を築きたい」――思いの丈を書き連ねたその紙面は、日本語としては不格好かもしれなかったが、彼女の真実の気持ちそのものだった。大地は隣で優しく「大丈夫、ちゃんと伝わるよ」と励ましてくれる。提出書類一式が揃うと、山崎先生に託すべくアンジェラは事務所宛に郵送した。ほどなく「書類を受領しました。申請書類は問題なく整っております。自信を持って大丈夫ですよ。」というメールが届く。それを読み上げるアンジェラの声には、久しぶりに明るさが満ちていた。

そして迎えたビザ更新の申請日。山崎行政書士事務所の代理申請により、アンジェラ本人は出頭することなく手続きを終えられたと連絡が入った。数週間後――仕事を終えて帰宅したアンジェラのポストに、一通の封筒が届いていた。「在留期間更新許可通知書」と書かれたその通知に目を通し、彼女の手が震える。「在留期間:3年」それは、彼女があと3年日本で働き暮らすことが公式に許可されたことを意味していた。「良かった…!」思わずその場にしゃがみ込みそうになるのをこらえ、アンジェラは急いで大地に電話をかけた。「大丈夫だったよ!3年も延長できた!」電話の向こうで大地が「本当かい?やった!」と歓声を上げるのが聞こえ、アンジェラの頬にも涙が伝った。

翌週末、新宿御苑の桜の木の下でアンジェラと大地は再び肩を並べていた。満開の季節は過ぎ、新緑が青空に映える初夏の午後だ。アンジェラは改めて在留カードを手に取り、「これで…これからも一緒にいられるね」と大地に微笑みかけた。大地は「うん」と力強く頷き、そっとアンジェラの手を握った。行政手続きという大きな壁を乗り越え、二人の未来は再び光に満ちていた。

第9章 未来への選択

在留資格の問題が解決し、アンジェラの心は晴れやかだった。仕事にも一層身が入り、社内での信頼も揺るぎないものとなっていった。それから1年後、アンジェラは新たに立ち上がるプロジェクトのリーダーに抜擢された。外国人である自分にそんな大役が務まるのか不安もあったが、「アンジェラさんなら大丈夫」と上司は期待を込めて送り出してくれた。大地も同じプロジェクトで技術リードを担当することになり、二人三脚での挑戦が始まった。多国籍メンバーも交えたチームをまとめる中で、アンジェラは自分の成長を実感していた。日本語と英語を使い分け、異なる背景を持つメンバーの意見を調整し、かつて自分が経験した苦労を新しく来た後輩たちに伝えて支える立場にもなった。かつて助けてもらった分、今度は自分が誰かを支える番——そう思いながら日々奮闘する彼女の姿に、社内外から厚い信頼が寄せられるようになった。

私生活でも、アンジェラと大地の関係は揺るぎないものになっていた。異文化の壁も互いの理解と愛情で乗り越え、二人は将来について具体的に語り合うようになった。アンジェラは大地の両親に紹介され、日本人の家族にも温かく迎えられた。フィリピンから遠く離れた日本で、第二の家族ができた瞬間だった。大地もまた、オンラインでアンジェラの家族と挨拶を交わし、拙いタガログ語で「Kamusta po?(お元気ですか)」と声をかけてみせたりして、フィリピンの家族を笑顔にした。国境を越えて家族ぐるみの付き合いが始まったことに、アンジェラは胸がいっぱいになった。

ある秋晴れの日、大地はアンジェラを神奈川の湘南海岸へとドライブに誘った。広い空と輝く海を臨む砂浜に二人で並んで座り、しばらく穏やかな波音に耳を傾ける。夕日が水平線近くまで傾んだ頃、大地は黙って立ち上がり、ポケットから小さなベルベットの箱を取り出した。アンジェラがはっと息を呑む中、大地はゆっくりとひざまずき、箱を開けて見せる。中には繊細なデザインの指輪が輝いていた。「アンジェラ…日本に来てくれてありがとう。君と出会えたことで僕の人生は本当に豊かになった。これからもずっと、一緒に笑って一緒に乗り越えていきたい。結婚してください。」まっすぐな瞳で告げられた言葉に、アンジェラの視界が涙で滲んだ。

「私で…いいの?」震える声で問い返す。大地は笑って首を横に振った。「君じゃなきゃだめなんだ。」夕陽に照らされた彼の顔にも涙が光っている。アンジェラはそっと左手を差し出した。「はい…。よろしくお願いします。」指輪が薬指に滑り込む感触に、胸が熱くなる。「ビザのための結婚じゃないよね?」アンジェラは冗談めかして微笑んだ。大地は吹き出しそうになりながら首を振る。「もちろん違うさ。これは愛のための結婚だよ。」そう言って立ち上がると、アンジェラを優しく抱きしめた。夕闇迫る海辺で、二人は静かに口づけを交わす。寄せては返す波が、未来への穏やかな船出を祝福しているかのようだった。

婚約が決まると、二人は早速入籍と在留資格変更の準備に取り掛かった。ここでも山崎行政書士事務所が力を貸してくれた。婚姻届の提出方法から、配偶者ビザへの変更申請書類の作成まで、きめ細かなサポートは至れり尽くせりだった。役所への届出も、事務所の指示通りに進めたおかげで迷うことはない。山崎先生から「ご結婚おめでとうございます。引き続き、私たちがご支援いたしますね。」と心のこもったメールをもらったとき、アンジェラは大地と顔を見合わせて笑った。専門家に支えられている安心感が、人生の大きな節目をさらに幸せなものに彩ってくれた。

エピローグ

それからしばらくして、アンジェラは正式に日本での配偶者ビザを取得し、新たな生活をスタートさせた。会社ではリーダーとして忙しい日々を送りつつも、大好きなエンジニアの仕事にますます情熱を注いでいる。部下や後輩からは信頼され、「アンジェラ先輩」と慕われる存在になっていた。異国で挑戦を始めたあの日から数年、今や社内の誰もが彼女を欠かせない人材と認めている。

プライベートでは、大地と二人で都内の郊外に小さな庭付きの家を借り、新生活を楽しんでいた。週末には庭の手入れをしたり、ホームパーティーでフィリピン料理を振る舞ったりしてご近所とも交流している。アンジェラの故郷の家族も、近い将来日本に招待する予定だ。両親に桜を見せたい、温泉にも連れて行きたい――夢は次々と広がっていく。

仕事でもっとスキルを磨きたいこと、新しいサービスを開発して世界中の人に届けたいこと、いつか自分のチームを持ちたいこと…。大地と語り合う将来の計画に終わりはない。そんな未来の話を笑顔で描けるのも、山崎行政書士事務所のタイミング良い支援があったおかげだと二人は折に触れて話している。もしあの時、専門家の手助けがなければ、人生の大きな転機をこれほどスムーズに乗り越えることはできなかっただろう――アンジェラは今でも感謝の気持ちでいっぱいだ。

夕暮れ時、アンジェラは庭先から空を見上げた。茜色に染まる雲がゆっくりと流れていく。その横顔にそっと寄り添うように大地が隣に立つ。二人で手をつなぎ、日本の穏やかな風景に溶け込む自分たちを感じながら、アンジェラは静かに目を閉じた。異国での挑戦、言葉の壁、文化の違い、職場での試練、そして在留資格の壁——数々の困難を乗り越えてきた彼女だからこそ、今の幸せが一層輝いて見える。遠く離れたフィリピンの家族へ、そしてかつて不安と期待を胸に旅立った過去の自分へ、心の中で語りかける。「ありがとう。私は今、日本で幸せです。」

目を開けると、風に乗って庭のハイビスカスが優しく揺れていた。アンジェラは微笑み、大地の肩にもたれかかる。「さあ、家に入りましょう。」大地の言葉に頷き、二人は家の中へとゆっくり歩き出した。日本という新天地で花開いたキャリアと恋――アンジェラの物語は、これからも続いていく。彼女の瞳には、未来への輝きが満ちていた。

 
 
 

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