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ミカンに宿る「四季の魔法」

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月23日
  • 読了時間: 5分


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静岡市の郊外に、山の斜面を利用したミカン農園が広がっていました。そこでは、四季ごとに異なる魔法を秘めたミカンの木が育つ――という伝説が、祖父母の世代から語り継がれてきたといいます。だが現代では、それを本気で信じる人は少なく、「昔話さ」程度で処理されることがほとんどでした。

 桜乃(さくらの)という名の少女が、この農園を営む祖父母のもとで暮らしています。もともと都会で育った桜乃は、中学進学のタイミングで祖父母の家へ引っ越してきました。最初は慣れぬ田舎暮らしに戸惑いながらも、ミカン畑の広がる風景と清々しい空気に心を少しずつ解きほぐされていきます。

祖父母の語る「四季の魔法」

 ある晩、桜乃は祖父母に誘われて、夕暮れのミカン畑へ散歩に出かけました。風が枝葉を揺らし、甘い香りがふわりと漂うなかで、祖母が柔らかな声で言います。

祖母「この木々にはね、昔から“四季の魔法”が宿っているって言い伝えられているの。春には花の妖精、夏には葉の妖精、秋には実の妖精、冬には根の妖精……。それぞれが季節ごとに現れて、木々を守っているのよ。まあ、昔の人の空想かもしれないけど、わたしは結構好きなのよ、この話。」

 桜乃は「そんな妖精が本当にいるの?」と半信半疑。しかし、夜の農園を吹き抜ける風に、どこか神秘的な気配を感じるのでした。

春の花と妖精の始まり

 翌朝、桜乃は畑で摘み取りの手伝いをしていたところ、一本のミカンの木だけ、花がひときわ遅く咲いているのに気づきます。白い花びらから甘い香りが立ちあがり、まるで周囲とは違う輝きを放つように見えた。

 不思議に思って近づいた途端、花の中から小さな妖精の姿が現れました。淡いピンク色のドレスをまとい、花びらを羽のように動かして飛びだしたのです。

花の妖精(春の魔法)「あなたはここで暮らしている子ね。わたしはこの木が春の花をつけるのを助ける“春の妖精”。あなたには、木を守る手伝いをしてほしいの……。」

 桜乃は驚きと同時に、「四季の魔法」の話が本当だったと胸が高鳴る。花の妖精は「また、ほかの季節にも違う妖精が現れるから、力を貸してあげてね」と言い残し、花びらに溶けるように消えた。

夏の葉と畑を支える力

 季節は進み、夏になると、木々は青々と茂った葉を広げ、強い日差しのもとで成長する。桜乃は毎日水やりや雑草取りに追われながらも、ふと葉を触ると一瞬ビリビリとしたエネルギーを感じた。すると、今度は葉の妖精が姿を現します。深い緑色の衣をまとい、葉脈のような模様がさっと光って見えた。

葉の妖精(夏の魔法)「おかげで、土も木も元気いっぱいだよ。でも、最近は雨の降り方がおかしかったり、気温の変化が激しかったり……。人間の行いが山や海を傷つけていると、わたしたちの魔法も弱まってしまう。」

 桜乃は、「木が元気に育つのは、ただ放っておくわけにはいかないんだ。わたしも何かしなくちゃ」と思い始める。祖父母や地域の人たちと協力して、山の水路を整備したり、土の栄養を考えた有機的な農法を試行するなど、小さな行動を少しずつ実践していった。

秋の実がもたらす恵み

 秋になると、ミカンは色づきはじめ、収穫を待つばかり。そこへ実の妖精がオレンジ色の光を纏って出現し、「わたしは木の実を結ぶ“秋の魔法”」だと名乗る。桜乃はその姿に目を奪われ、「本当に四季の妖精がいるんだ……」と感嘆する。

実の妖精(秋の魔法)「この木が甘い実をつけられるのは、春に花が咲き、夏に葉が茂り、根が土から栄養を得たから。ひとつの実は、すべての季節の力を宿しているの。だから、人間が種を守り、木を愛してくれなければ、わたしたちの魔法も永くは続かない……。」

 桜乃はその言葉にじんわりと胸が温かくなり、「木が実をつけるまでに、こんなにも多くの力が働いているんだ」と実感する。収穫祭のように地域の人々と協力しておいしいミカンを分かち合う中で、さらに「わたしたちも自然の一部なんだ」と感じられるようになった。

冬の根と守りの力

 冬が訪れ、冷たい風が吹きすさぶころ、木々はいったん落葉し、土の中のが静かに力を蓄える季節。農園も閑散としがちで、愛情を込めて枝や根の剪定をする桜乃を尻目に、ほかの畑は放棄されたりするところも増えていた。そこで桜乃は「この農園だけでなく、地域全体で自然を守らなくちゃ」と思い立つ。

 ある晩、雪がちらつく中、桜乃が農園を見回ると、いつの間にか足元に根の妖精が佇んでいた。全身を白い纏いで覆い、厳しい風を受けながらもどこか暖かな存在感を放っている。

根の妖精(冬の魔法)「冬は地上に実りがないように見えるけれど、いちばん大切な時期なんだ。わたしたちは根を張って、土の力を育み、春への準備をしている。あなたがこうして木々を大事にしてくれているから、来年も花や葉、実を結べるのよ……ありがとう。」

 桜乃は「こちらこそ、ありがとう。来年も四季の魔法が綺麗に巡るように、ずっと守りたいな」とつぶやく。

四季の魔法を伝える役目

 冬が過ぎ、再び春の足音が聞こえるころ、桜乃は自然の循環が一度リセットされるのを感じる。「四季があるからこそ、ミカンは力をつけて甘い実を結ぶんだな」と納得し、「人間がこのリズムを壊すことなく守り、次世代につなげるのが大事」と痛感する。

 そこで桜乃は、学校での発表やSNSを通じて、ミカン栽培や四季の移ろいについて情報を発信。地域のイベントで子どもたちに「ミカンの木を育てる体験」をさせるなど、地道な啓蒙活動を始める。

桜乃「わたしが見た四季の妖精を、みんなにも伝えたい。本当に存在するかどうかは別として、その魔法は、人間と自然が一緒に生きることなんだって、広めたい……。」

結び――巡る季節とミカンの恵み

 こうして、桜乃が見た「四季の魔法」は、ミカンの木が一年かけて花を咲かせ、葉を繁らせ、実を結び、土に戻っていく――そのサイクルを通じて、自然と人間をつなぐ不思議な力として息づいていった。今でも、静岡市の農園には四季折々の妖精が訪れ、人が優しく木を育てる限り、その魔法は途切れることなく生き続けている――そんな伝説が、ひそかに広がっているらしい。

 もしあなたが季節の変わり目に静岡のミカン畑を訪れるなら、柔らかな風の中で葉や花や実、そして冬の根を注意深く見つめてみてほしい。そこには四季それぞれをつかさどる妖精の息遣いが、そっと滲み出ているかもしれない。そして、その魔法を感じ取ることで、自然の循環が生み出す豊かさと美しさに改めて気づくことだろう。

 
 
 

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