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ラグジュアリーブランドの世界 ~ビジネスや人間模様、企業間の駆け引きをより濃厚に描いた“企業エンターテインメント風”ストーリーとしてお楽しみください。なお、本作もあくまでフィクションであり、実在の団体・企業・人物とは一切関係ありません。~

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月25日
  • 読了時間: 12分



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第一章:波紋

「この案件、ただ事じゃないぞ……」

三條岳士(さんじょう たけし)は自分のデスクに山積みになった資料の表紙をめくり、その内容に思わず息を呑んだ。彼が働くコンサルティング会社「ブライテックス」は、国内外のラグジュアリーブランドを相手にマーケティングやイベント企画などを手がける専門企業だ。これまで三條は、「リュクール」「パリージャ」「エレス」など超一流ブランドの案件を担当し、その敏腕ぶりを発揮してきた。

ところが今回、彼の手元には“ある噂”を裏付ける不穏な資料が届いていた。——ブランド品の偽造、違法転売、そしてオークションをめぐる不正疑惑。

「どういうことだ? 偽造品を出品して高値を吹っかけている奴がいるってのか……?」

先日、三條が実際に目の当たりにした“非公式オークション”では、桐生レイカが1億5千万円という途方もない額でリュクールの限定トランクを落札したばかりだ。あれは間違いなく正規品だった。しかし、それとほぼ同じタイミングで、別の経路で“そっくりなトランク”が市場に出回っていたという。

「リュクール本社も混乱しているらしい。工房の管理体制は厳重なはずだが……」社内でそう漏らしたところに、上司の神宮寺が神妙な面持ちでやってきた。「三條、お前に急ぎで動いてもらう。先方が徹底調査を希望している。相手が誰であろうと、今回の黒幕を突き止めなければならない」

第二章:謎のクレーム

数日後、三條はリュクール銀座本店のVIPサロンに呼ばれた。応対に出てきたのは店長の神崎。前回のイベントで大成功を収めたにもかかわらず、その表情には不安の色が滲んでいた。

「最近、“当店で買った高額アイテムが偽物だ”というクレームが届きまして……。もちろんウチで取り扱った品物ではない。販売記録もないんです。それなのに“リュクール銀座本店の領収書”が偽造されて添付されていたんです」

明らかな悪質行為。だが、これが広まれば「リュクールが偽物を売っている」といった悪評を立てられかねない。ブランドイメージが命のラグジュアリービジネスにとっては、致命的なダメージとなる可能性がある。

神崎は唇を噛みながら続けた。「最近、非公式オークションや裏ルートで同じような偽物が出回っているという噂を聞きます。私どもも一刻も早く事態を収拾したいのですが、足取りがつかめないんです」

「オークションの運営元が怪しい……あるいは内部に協力者がいるのかもしれません」三條はリュクールの担当者たちと目を合わせる。「調査のために、我々も動きましょう。リュクールさんの名誉のためにも、なんとしても真相を掴む必要があります」

第三章:再会

その夜、三條はあるパーティーに招かれていた。ビジネス関連の交流会と銘打たれているが、実際は富裕層や経営者、そしてメディア関係者などが情報交換をする社交の場だ。

煌びやかな会場を渡り歩き、業界の知り合いに挨拶をしていると、シャンパン片手に涼しげな笑みを浮かべている桐生レイカの姿が目に入った。深いグリーンのドレスをまとい、パリージャのスティレットヒールを軽やかに履きこなす彼女は、ひときわ目を引く存在だった。

「またお会いしましたね、桐生さん」三條が声をかけると、レイカは目を細めた。「ええ、こんなところで奇遇ね。リュクールの件、いろいろ大変そうじゃない?」

レイカが既に噂を聞きつけていることに三條は驚く。「情報が早いですね。実は、非公式オークションを含めて調査しているんです。偽物が出回っているようで、ブランド側も困っています」

レイカはグラスの縁を指先でなぞるようにしながら、意味ありげに微笑んだ。「おそらく“裏事情”を知っている人間が動いているわ。オークションの主催者だけじゃない。どこか別のルートで正規工房の情報やデザイン画が漏れている可能性があるの」

「漏れている……となると、ブランド内部か、あるいは協力工場の関係者か……」「さあ、私も詳しいことはわからない。ただ、最近、ある人物が同じように不審な動きをしているのを見かけたわ。誰だと思う?」

レイカは一瞬、言葉を切る。三條が問うような視線を送ると、彼女は少し声のトーンを落とした。「エレス日本支社の重役・阿久津(あくつ)。彼、ここ数ヶ月で妙に顔を出す場所が増えたのよ。パリージャのVIPルームにも頻繁に通っているし……単なる顧客とは思えないわ。あなたも注意してみるといい」

第四章:阿久津という男

翌日、三條はエレス日本支社の内部資料を端末で閲覧していた。もちろん本来は顧客情報の守秘義務があるため、こうしたことは推奨されない。しかし「ブランドを守るため」という大義名分のもと、リュクールやパリージャとも手を組み、業界全体での調査協力体制を築いていた。

その中で浮かび上がったのが、レイカの言う「阿久津」の存在だった。阿久津はエレス日本支社でサプライチェーン管理の要職に就いており、海外の本社や各工房とのやり取りにも精通している。特注品や限定バッグのロジスティクス管理を一手に担う、まさに“機密情報の塊”のような部署だ。

「この男がもし不正を働くとしたら、工房の生産データにアクセスし、企画段階のデザインや型紙、素材の手配先を把握できる。そうすれば精巧な偽物を作ることも可能だ……」

三條は画面を見つめ、あらためて震えを覚えた。正規ルートで流通させる前の段階で資料を抜き取り、裏でコピー品を製造。その後、“非公式オークション”に流し、大金を巻き上げる。もし本当にそんなスキームが成り立っているのだとすれば、業界全体を揺るがす大スキャンダルになりかねない。

「……だが、動かぬ証拠を掴まなければ」

第五章:協力者

「なんとか阿久津に近づけないだろうか」

リュクールの店長・神崎、パリージャの広報担当・白石、そして三條の三人は極秘裏に会合を開いた。場所は銀座の外れの小さなカフェ。客足の少ない平日の午後を選んでのことだ。

「阿久津は今週、エレス本社の関係者を連れて銀座近辺を回る予定があるそうです。高級クラブで接待するらしいという噂を耳にしました」白石が情報を共有する。「そこに潜り込めないかしら」と神崎が眉をひそめると、三條は静かに頷いた。「やってみましょう。危険はありますが、ここまできた以上引き下がれない。まずは阿久津がどんな連中と繋がっているのか探りを入れたい」

しかし阿久津は仕事柄、通常の接客スタッフや広報担当では簡単に近づけないほどのハイレベルな“セキュリティ意識”を持っているといわれる。迂闊に接近すると逆に怪しまれ、証拠を隠滅されかねない。

三條はタブレットに映るエレスのPR動画を見つめながら、深く考えた末に口を開いた。「……どうやら、桐生レイカさんに協力を仰ぐしかなさそうですね」

第六章:潜入

その夜、三條はレイカにコンタクトをとり、協力を依頼した。彼女の「ファッション業界を越えた広い人脈」は、まさに今回のような状況で威力を発揮する。レイカは一瞬口元を歪めたが、すぐに切れ長の瞳で三條を見つめ、短く応じた。

「いいわ。私も偽物なんて許せないし、何より、エレスが汚されるのは見過ごせないもの」

そして翌日。銀座の一角にある高級クラブに、阿久津が海外からの出張者を伴って来店するという情報が入る。ちょうど同じタイミングで、レイカも“常連客”としてそのクラブを訪れる算段をつけた。

クラブの入り口には、厳ついスーツ姿の男性たちが見張りのように立っている。レイカは慣れた様子で店に入り、ナンバーワンと名高いホステスと談笑を交わした後、さりげなく阿久津の席の近くへ移動した。三條は店の外で待機し、連絡が入り次第、合流する手はずだ。

「……なるほど。今度はパリージャの企画にも口を出せるんだな?」阿久津の低い声が聞こえる。どうやら連れの外国人と会話しているらしい。「ええ、あちらは新作の素材データも全部手に入る。予定より早く商品を市場に出して、あのバカ高い値段で売りつければ……」グラス越しにひそひそ話す二人の表情には、いかにも金銭欲が透けて見える。

(やっぱりこいつか……!)

レイカは内心で叫びつつ、冷静にスマホをバッグから取り出し、録音アプリを起動させる。ほんの一瞬だけレイカの目が阿久津のほうを向いた。その視線を感じ取った阿久津は、ちらりとレイカを横目で捉える。

「……あなた、どこかで会ったことがあるかな?」阿久津が声をかけてきた。レイカは慣れた笑みを浮かべ、会釈する。「ええ、ファッション関係のパーティーでお見かけしたかもしれません。わたし、桐生と申します」

第七章:告発

レイカの一瞬の機転で、阿久津との距離は格段に縮まった。彼は表向きには「エレスの重役」としての顔を保ちつつも、酔いが回るにつれ舌が滑りはじめる。再度の海外出張のスケジュールや、工房の高級素材の転用など、聞き捨てならない内容が断片的に零れ落ちる。

「ええ、ええ。ま、今度の新作なんて、あっという間に奴らに流せば……ああ、これ以上は言えませんよ、ヒック」

レイカはスマホを巧みに操作し、証拠となる会話をほぼすべて録音した。阿久津がトイレで席を立ったタイミングで、彼女はこっそり店を出て三條へ連絡した。「ほとんど決定的な証拠を押さえたわ。これを元に、エレスの本社に直訴すればいい。彼の背後にはもっと大きな黒幕がいるかもしれないけど……まずは阿久津を追い詰めるのが先決ね」

第八章:内幕暴露

翌日、三條はリュクール・パリージャ・エレスの日本支社上層部を集め、緊急の打ち合わせを設定した。そこには神崎、白石らも同席し、レイカも“協力者”として同席を許された。

「エレスの阿久津さんには、今回こちらから正式に“説明”をお願いしております」

そう言って、三條はICレコーダーに保存した音声データを再生する。クラブでの阿久津の声や、彼の取り巻きとの会話が生々しく響き渡った。ブランドの限定素材の横流し、試作品デザインのデータ流出、そして偽物をオークションで売りさばく計画——すべてが暴露された瞬間、会議室には重い沈黙が落ちた。

「あ、阿久津……貴様……!」エレス日本支社の社長が真っ青な顔で叫ぶ。阿久津は机の上で拳を握りしめ、目を伏せたまま口を開く。

「やむを得なかったんだ……。海外の投資家に逆らえなかった。プロジェクトの資金繰りがどうしても必要だったんだよ。あの連中が背後にいる以上、俺にはどうすることも……!」

彼の言い訳じみた言葉に、ブランド側の人間は一斉に怒声を上げる。「これが許されると思うのか!」「偽物が出回れば、我々の信用は地に落ちる。取り返しのつかない行為だ!」

しかし、事態はここで終わらなかった。阿久津は最後の抵抗とばかりに声を荒げる。「お前たちにだって責任がある! ブランドだ何だと口にしながら、客に高値を吹っかけるだけだろう? 結局は金儲けじゃないか! 俺はその仕組みを少し変えただけだ……!」

第九章:対峙

激昂した阿久津は椅子を蹴り、部屋を飛び出そうとする。そこへ身を翻して立ちはだかったのは、桐生レイカだった。

「逃げるの? あなたが壊そうとしたのは、ブランドだけじゃない。長年かけて築かれた伝統や匠の誇り、そしてそれを愛する人たちの夢そのものよ」

阿久津はレイカの鋭い視線に言葉を失う。一瞬の沈黙。その間に会議室の扉が開き、待機していたセキュリティスタッフが二人、阿久津を取り押さえた。

「ゲストに危害を加える恐れがあるので、ご同行願います」

こうして阿久津は、その場で警備員に拘束され、程なくして警察に身柄を引き渡された。エレス日本支社は阿久津の即時解任を発表、リュクールやパリージャとも連携し、被害拡大の防止に動き出した。

第十章:新たなステージへ

一連の騒動から数日後。偽物を扱っていたオークション組織も摘発が進み、ブランド全体としてはギリギリのところで大スキャンダルを回避した形となった。リュクールの偽トランクを掴まされた被害者にも正規品を特別価格で提供するなど、素早いアフターケアが行われる。パリージャやエレスの限定品も、今後はさらなる管理体制を強化すると宣言した。

「なんとか収まったな……」三條は自分のオフィスで、報告書を書き終え、ほっと息をつく。業界全体が一丸となって調査に当たり、結果的には“黒幕”を摘発することに成功したのだ。これがなければ、もっと取り返しのつかない事態になっていたかもしれない。

そして、その報告書を携え、彼はある場所へ向かった。そこには桐生レイカがいた。リュクール銀座店のVIPサロンで、あの1億5千万円の限定トランクを眺めながら、彼女は静かにグラスを傾けている。

「やっぱり、この子は何も悪くないのよね……」トランクに触れる彼女の指先は優しく、まるで貴い宝石を扱うかのようだった。

「今回は助かりました。あなたの情報と行動がなければ、もっと被害が拡大していたかもしれません」三條が頭を下げると、レイカは苦笑まじりに答える。「礼には及ばないわ。私も自分の“コレクション”が汚されるのは我慢できないもの。……にしても、これで業界が少しでもクリーンになるといいけどね」

その言葉には、わずかながら安堵も感じられた。レイカはコレクターとして、そしてブランド愛好家としての矜持を持っている。だからこそ、今回の件が明るみに出てよかったと感じているのかもしれない。

一方で、三條はこの先もラグジュアリービジネスの闇や欲望が消え去ることはないだろうと感じていた。だが、同時にブランドに宿る職人たちの誇りや、多くのファンが抱く憧れまでもが揺らぐことはない。そこに彼とレイカが見出すものは、単なる金や権力を超えた“価値”なのだ。

「また何かあったら、いつでも呼んでちょうだい。私、そういう話には首を突っ込みたくなるタチみたいだから」そう言って、レイカはグラスを置き、三條に向けて小さく微笑む。「わかりました。あなたの助けが必要なときは遠慮なく」

外に出ると、銀座の夜景はいつもと変わらず鮮やかだった。リュクールもパリージャもエレスも、それぞれのショーウィンドウを華やかに飾り、通りを行き交う人々を魅了している。

人の欲望は果てしなく続く。その欲望を糧にブランドが発展する一方で、同じ欲望が不正を生む可能性もある——。その危ういバランスの上に成り立つのが、ラグジュアリービジネスという世界なのかもしれない。

だが、そこにいる人間の情熱や誇り、正義感だって捨てたものではないはずだ。三條は胸の奥に灯る誇りを感じながら、夜風に吹かれてネクタイを緩めた。「さあ、次はどんなプロジェクトが待っているのか……」

まだ見ぬ新たなステージを思い浮かべながら、彼は足早に銀座のメインストリートを歩き始める。消えない街の光と、人々の欲望を映すショーウィンドウ——。その先には、また新たなドラマが待ち受けているのだろう。

—終わり—

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