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ワルシャワの食卓で思い出すこと

  • 山崎行政書士事務所
  • 7月14日
  • 読了時間: 4分

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ヴィスワ川を渡るとき、私はこの都市がかつて炎に包まれたことを忘れてはならないと思う。ワルシャワには、何度も焼けて、また甦ってきた町の執念のようなものがある。だが、2025年のこの都市は、もはや焼跡の記憶だけでできているのではなかった。石畳を踏みしめながら旧市街を歩いていると、風に揺れる桜のような優しさが町を包んでいる気がする。かつて誰かのために煮込まれたスープや、帰らぬ人を思ってこねた小麦粉の感触が、今のこの都市の味覚に、そっと染み込んでいるのだ。

私はピエロギの皿を前にして、そのことを強く思った。旧市街の裏手、赤煉瓦の建物の中にあるレストランで、やや無愛想な女給に「肉か、チーズか、じゃがいもか」と聞かれ、私は迷った末に、キノコとキャベツのフィリングを選んだ。茹でられたピエロギの肌は、まるで人の手のぬくもりが残っているようで、焦がしバターと玉ねぎの香りがどこか懐かしい感情を揺り起こす。母がかつて作ってくれた餃子にも似ているが、けれど違う。これはポーランドの、戦火の中で受け継がれてきた、生きるための知恵とやさしさの味だ。

ワルシャワには「ジュレック」という不思議なスープもある。白いソーセージとゆで卵が浮かび、ライ麦の発酵液を使っているというその酸味は、最初は驚きだったが、やがて妙に落ち着く味になった。レストランではパンをくり抜いて器にして供されるのが流行らしいが、私は市電沿いの大衆食堂で、金属製のスープ皿に盛られたそれを啜った。隣の老人が、「昔はこれを食べれば戦車の音も忘れられたんだ」と笑いながら話しかけてきた。私はその声に、料理以上の滋養を感じた。

ある日、私は深夜の「コジキ市場」へと向かった。かつての市場が再開発され、今では24時間営業のグルメホールとして若者や旅人を惹きつけている。「ĆMA(チマ)」というレストランで、ポーランド風の炙り豚を食べながら、私はその雑然とした、けれど熱を帯びた空間にひそかな感動を覚えていた。かつて国の崩壊を経験した人々が、今や深夜でも笑い合い、チーズたっぷりの料理に舌鼓を打っている。それは、破壊されたものの上に積み重ねてきた信頼と工夫の証のようだった。

ヴィーガン料理にもこの町は積極的だった。「Peaches」という店では、椎茸のグレーズにココナッツの香りを重ねるという、我が国では思いも寄らぬ工夫がなされていた。私は「ラーメンがある」と聞いて「Uki Green」という店に赴いた。動物性素材を使わずにここまで深いスープを作れるのかと、私は匙を持ったまま長く沈黙してしまった。私たちが「精進料理」と呼ぶ世界と、どこかで静かに繋がっているような気がしてならなかった。

ある昼下がり、私は「ミルクバー」と呼ばれる大衆食堂を訪れた。名前の響きは牧歌的だが、実際のそれは戦後ポーランドの国民食堂の名残である。無骨なカウンターにトレイを持って並ぶと、陽気な給仕がピエロギを盛ってくれた。若者たちがスマホ片手にコーヒーをすする中、年老いた婦人が一人、ロールキャベツをゆっくりと切り分けていた。そこには、外資チェーンには決してない静けさと敬意があった。

夜にはプラガ地区の裏路地に迷い込んだ。「Pyzy Flaki Gorące」という小さな屋台で、私は瓶詰めのジャガイモ団子と牛モツのスープを啜った。そばのカップルは手を握りながら、スープの中にパンを浸していた。私はその光景に胸が詰まり、ふと自分が、世界のどこにでもいる名もなき旅人であることを思い出した。だがそれと同時に、この都市の片隅で誰かの味覚に触れ、誰かの幸福とすれ違ったことを、密かに誇らしく感じていた。

ワルシャワではケバブも人気だった。私の宿の近くには「U Karima」という名の屋台があり、夜になると酔客たちが列をなしていた。私はポンチキというドーナツのような菓子を頬張りながら、それを遠くから眺めた。ふんわりと揚げられた生地の中には、ほんの少しバラのジャムが詰められていて、甘ったるい幸福感がじんわりと広がる。長い一日の終わりに、これほど優しい食べ物があるだろうか。

かくして私は、ワルシャワの胃袋の中を巡るような旅を続けていた。ピエロギも、ジュレックも、ビゴスも、あるいはラーメンも、ジェラートも、夜市の韓国チキンも、みな等しくこの町に根ざし、そしてこの町の未来を祝っていた。食べ物とは記憶であり、再生であり、対話なのだ。ワルシャワのグルメは、黙ってそれを語っていた。

帰国の朝、私は空港の売店で最後のポンチキを買った。搭乗ゲートへ向かいながら、それを半分に割り、バラの香りを胸に吸い込んだ。――この町は、きっとまた私を呼ぶだろう。次に来るときも、私はまず、ピエロギの皿の前で、世界のことを静かに考えるに違いない。

 
 
 

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