地球の影 — 宇宙機構の十一月(長編フィクション)
- 山崎行政書士事務所
- 9月21日
- 読了時間: 6分
— 2023年の「宇宙機関への不正アクセス:秋に潜伏→11月下旬に公表。Active Directory(認証基盤)周辺の侵害が疑われたが、ミッションや重要情報への影響は確認されず、対策強化・分離や多要素の徹底へ」という報道・公表を骨格にした創作。人物・会話はフィクションです。
00|月曜 02:14 「出していないのに、出ている」
相模原の深夜の研究棟。夏芽は監視盤の端で、同じ間隔で薄く点滅する外向きの呼吸を見つけた。WANは緑、FWも緑、IDSは眠い顔。けれど、夜明け前にだけ、同じ秒拍でどこかへ伸びる細い線が綺麗すぎる。
宛先は海外のクラウドで、行き先のラベルは匿名。発信元は認証基盤の真横、日曜夜から月曜にかけてだけ呼吸する小さな箱だった。
「出していないのに、出ている。」
プロセス一覧に、先週まで無かった常駐が一つ。正しい署名の顔をしながら、別の誰かの影を引いている。夏芽は短縮を押した。
「山崎行政書士事務所に、今すぐ。」
01|02:38 “止める/伝える/回す”
静岡・山崎行政書士事務所。白板の前で**律斗(りつと)**が太いペンを走らせ、三行を書く。
止める/伝える/回す
止める:認証基盤(AD)の周辺セグメントを電源を落とさず隔離。Outboundは白(許可宛先のみ)に絞る。RAMダンプ/ディスク像/KMS・ID発行ログを一方向で吸い上げる。常時特権はゼロ、JIT特権(必要時だけ短貸与)へ。ドメイン間の信頼をいったん切る準備。
伝える:三文で長官官房/広報/所管連絡に同報。“確認された事実”(夜間の規則通信/AD周辺での不審挙動/隔離実施)と**“可能性(仮説)”(委託先端末や脆弱機器経由→認証基盤の横展開)を段落で分離**。正午/17時に時刻で更新する。文頭に**「支払い先変更などのメールは無効」**。
回す:夜間のバッチは停止、姿勢制御の試験などミッション直結作業は紙の手順+口頭復唱で最小化。遅いけど確実に回す。
りなが頷く。「72時間レポーティングの時計、回します。“声は鍵”(折り返し+二名承認)を全窓口へ。」奏汰(そうた)は構成図に赤を走らせる。「認証の森に小道が多い。“見る鍵/運ぶ鍵/署名する鍵”を束ねない。古いVPN、管理用インタフェース、監視の穴——一個ずつ塞ぎに行く。」悠真(ゆうま)は短く言う。「電源は落とさない。証跡が戻る道。」
受付の**白い猫(やまにゃん)**が、しっぽ(Type‑C)を小さく光らせ、札を揺らす。
「遅いけど確実。」
02|03:15 地球の影
監査ログの底から、初秋の薄い足跡が浮かんだ。週末の夜にだけ現れる認証のノック、隣の島で同じ署名の常駐、権限の小さな膨張。昼は消え、地球の影に入る時間だけ息をする。
「扉は、秋に開いて、閉まっていない。」夏芽は、喉の奥が冷えるのを感じた。
03|04:02 四つの数字(第一次)
蓮斗(れんと)が白板に数字を書く。
MTTD(検知):44分(越境の規則呼吸→AD近傍の相関)
一次封じ込め:71分(隔離/白化/証跡保全/JIT化)
観測:認証基盤の“影”(グループ追加/ポリシー観察の痕)
影響(現時点):ミッション系への到達痕なし、庶務・開発の一部で動揺
律斗は短く言った。「勝ってはいない。でも**“間に合っている”**。」
04|朝 09:00 一次報(所外)
りなが三文を読み上げ、主語を最初に置く。
事実:当機構ネットワークで不正アクセスの可能性を確認。認証基盤近傍のセグメント隔離/外向き白化/証跡保全/JIT特権化を実施。影響(現時点):ミッション/衛星運用に関わる重要システムへの不正到達は確認されず(継続監視)。一部庶務系で影響。対応:関係機関と連携し、原因調査・是正を継続。次報 17:00。
怒号はない。時刻が不安の終わりを作る。
05|午後 “森”を分ける
共同研究や海外連携のために、森は広い。便利は必要だ。だが、境界が薄いと、影が伸びる。奏汰は太線で森を切り分けた。
“見る鍵”(監視・観察)
“運ぶ鍵”(ファイル搬送・宛先限定)
“署名する鍵”(設定・承認)
常時特権ゼロ、JIT貸与に押印と時刻。ドメイン間信頼は必要最小、「便利の近道」は48時間で自動失効。Outboundは白、DNSは未知を即死へ。
やまにゃんの札が光る。
「速さは、戻れるときだけ味方。」
06|数日後 報道の見出し
「宇宙機関に不正アクセス」「認証基盤に侵入」「重要情報流出なし」
各紙が見出しを並べる。誰がやったのかという問いが飛び交うが、りなは会見台本の二段落を崩さない。
確認された事実:侵害の可能性があった範囲/遮断と監視の継続/ミッション影響なし。
未確定(継続調査):初期侵入経路/資格情報の入手経路/第三者関与の線。
混ぜない。言い切る。謝るときは主語を先頭に置く。
07|整備棟 紙と口
整備棟では、試験手順が紙に戻った。衛星バスの姿勢制御テストは口頭復唱で二名承認、結果はWORM台帳に時刻を刻む。夏芽は紙の遅さに安心を覚える。戻れる速さは紙から始まる、と知っているからだ。
08|二週間後 “影”の薄さ
外部の専門家からの一次報告が届く。認証基盤へ届く直前の経路で、古い装置の口が長く開いていたこと、夜間だけ動く常駐で権限の観察が行われていたこと。持ち出しの強い痕は見えない。ログの歯抜けも部分的。悠真は空の箱を用意し、既知良品だけで最小復帰の演習を回す。奏汰は越境SOCを立ち上げ、EDRで端末の微熱を拾い始めた。
09|冬の入口 数字が出る
蓮斗が数字を更新する。
MTTD:44分 → 10分(AD周辺の振る舞い相関を常設)
一次封じ込め:71分 → 28分
常時特権:ゼロ(JIT化完了)
例外期限遵守率:98%
ミッション影響:継続して確認なし
りなは三行で締める。
言い切る(事実と可能性を同じ文に置かない)期限を付ける(例外は48時間で自動失効)二重に確かめる(自動の前後に**“人の10分”**)
10|講堂 境界線をそろえる
技術の境界を資本と契約の境界と同じ線にそろえる。委託先の端末には多要素+端末証明、共有ディレクトリの権限は目的別に短く太く。「便利の近道」は台帳と時刻で見える化し、合図がなければ消える。Outboundは白だけ、DNSは未知を即死。証跡はWORMで二経路、“戻る道”は先に作る。
やまにゃんの札が静かに揺れた。
「遅いけど確実。」
11|夜明け 地球の影から出る
相模原の朝。軌道の図面に光が差し、管制の画面は静かに緑を並べる。夏芽は監視盤の片隅に紙を一枚差し込み、時刻を押した。便利は刃にもなる。戻れる速さは、紙と時刻と二重の鍵に宿る。地球の影を抜けて、新しい一周が始まる。
—— 完
参考リンク(URLべた張り/事実ベース・一次情報/主要報道)
※物語はフィクションですが、骨格(宇宙機関に対する不正アクセスの公表(2023年11月)、認証基盤(AD)周辺への侵入の疑い、ミッションへの影響確認なし、対策強化など)は以下に基づいています。
主な点:JAXA公式サイトの公表や体制説明、NHK WORLD/Reuters/The Register/Mainichi/Nikkei等の報道で、時期(2023年11月の公表)、認証基盤周辺への侵入の疑い、ミッションや重要情報への影響なし、対策強化・分離の方針が確認できます。


コメント