止まったフレーム — 春のスタジオ(長編フィクション)
- 山崎行政書士事務所
- 9月21日
- 読了時間: 8分
— 2022年3月の「東映アニメーション」不正アクセス事案:3/6確認→社内システム一部停止→TVシリーズ4作品の放送に影響→映画『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』公開延期(4/22→6/11)→4/15 TVアニメ制作再開の公表→4/28 調査結果公表(従業員が業務でダウンロードした外部ソフト経由でランサムウェア侵入・一部暗号化、情報漏えいは未確認)を骨格にした創作。人物・会話はフィクションです。
00|日曜 2:14 絵が動かない
湾岸のスタジオ棟。夜勤の夏芽は、壁一面の監視盤に走る細い呼吸を睨んでいた。WAFは緑、FWも緑。だが、社内から外部の共有箱へ伸びる細い吐息だけは同じ秒間隔で往復している。納品カレンダーでは、日曜朝に四本のアニメが動く。編成は待たない。納品は時間で切れる世界だ。
「出していないのに、出ている。」
夏芽はアクセス権限の発行ログを深く掘る。社内のIDではない。相手側の箱で誰かが夜明け前だけ、同じ手順で入ってくる。胸の奥が冷たくなる。短縮ダイヤルに親指を落とした。
「山崎行政書士事務所に。至急。」
01|2:41 “止める/伝える/回す”
静岡・山崎行政書士事務所。白板の前で**律斗(りつと)**が太いペンを走らせる。
止める/伝える/回す
止める:外部SaaS向け発信を白化(許可宛先だけ)。制作セグメントを電源を落とさず隔離。強制ログアウトを相手側SaaSにも依頼。RAMダンプ/プロキシ完全ログ/ID発行ログを一方向に吸い上げる。常時特権はゼロ、**JIT(必要時のみ短貸与)**へ。
伝える:三文の一次報を経営/広報/編成に同報。“事実”(第三者による不正アクセスを確認→一部システム停止)と**“可能性”(資格情報の悪用→SaaS経由の持ち出し/暗号化)は段落で分ける**。午前9時/正午/17時に時刻更新を約束。
回す:納品線を原始化。素材受け渡しは省内SFTP+WORM台帳、台本は紙+口頭復唱。遅いけど確実に回す。
りなが頷く。「72時間の所管報告、回します。“声は鍵”(折り返し+二名承認)を全窓口に。」
奏汰(そうた)はネットワーク構成図に赤を走らせる。「“制作の森”が広い。レンダリング群、編集島、ファイル倉。門は固いけど、森に鈴が少ない。」
悠真(ゆうま)は、短く言った。「電源は落とさない。証跡が戻る道になる。」
受付の白い猫やまにゃんのしっぽ(Type‑C)が小さく光る札には、太い字。
「遅いけど確実。」
02|3:19 春の置き手紙
監査ログの底に、3月6日の薄い目印が残っていた。社内PCに小さな常駐が生まれ、制作ファイル倉に細い手が伸び、相手側の箱に規則的な呼吸が打たれていく。昼は消える。夜明け前だけぴたりと動く。
「扉は、春に開いて、まだ閉まっていない。」
夏芽は、首の裏の汗を拭いた。
03|4:10 四つの数字(第一次)
蓮斗(れんと)が白板に数字を書く。
MTTD(検知):43分(越境の規則呼吸→SaaS側操作の相関)
一次封じ込め:68分(白化/隔離/証跡保全/JIT化)
初期影響:TVシリーズ4本の納品遅延リスク(日曜朝帯)
映画:今月下旬の大作に延期の可能性
律斗は短く言う。「勝ってはいない。でも**“間に合っている”**。」
04|朝 9:00 一次報
ふみかが三文の一次報を置く。
事実:3/6、社内ネットワークに第三者の不正アクセスを確認。社内システム一部停止、関係セグメント隔離/発信白化/証跡保全/JIT特権化を実施。影響(現時点):TVアニメ4作品の放送・納品に影響見込み。映画ラインもスケジュール精査。対応:関係機関・外部専門家と調査。次報 正午。
怒号はない。時刻が不安の終わりを作る。りなは会見台本の一文目に主語を置く。
「当社は、いつ、何を、どう変えるか。」犯人像や帰属は私たちが言わない。公的発表に歩調を合わせ、私たちは**“何が起き、何を止め、どう戻すか”だけを時刻**で言う。
05|週が変わる 止まる枠
日曜朝の放送枠が穴になる。ONE PIECE、DRAGON QUEST - ダイ、デリシャスパーティ♡プリキュア、デジモンゴーストゲーム。編成表の白を見つめて、夏芽は胃が縮むのを感じた。紙で回すことはできる。制作も編集も根は人力だ。しかし、放送は時間が法律だ。秒が刃になる。
奏汰が地図を太線で塗り替える。
“見る鍵/運ぶ鍵/署名する鍵”を分離。
Outboundは白だけ、DNSの未知は即死。
SaaSログは社内にも集約、相関監視を常設。
ダウンロードは招待制+押印、“とりあえずの共有”は48時間で自動失効。
WORM台帳に素材搬送の時刻を刻む。
06|映画の光が遠のく
映画のラインでトレーラーが無音になる。初夏公開の大作。全館の告知が貼られたばかりだ。制作管理は、延期のための調整表を開く。館との約束、宣伝の線表、海外配給の窓。りなは広報の二段落を崩さない。
確認された事実:不正アクセスに伴い公開予定の見直しが必要。詳細は後日発表。
未確定(継続調査):最終日付、上映方式。
その夜、社内に静かな溜息が降りた。待っているのは子どもたちだ。遅らせるならきちんと遅らせる。
07|4/15 「戻す」一文
制作再開の一文が社外に流れる。四作品の制作を再始動。納品は順次正常化の見込み。夏芽は編集島に灯が戻るのを無言で見た。稼働音が小さな雨のように室内に散る。
08|4/28 調査結果の紙
調査結果の紙が出る。要点は、従業員が業務で外部サイトから必要なソフトをダウンロードした際、サイトが改ざんされており、ランサムウェアの侵入口になる別のプログラムが同時に落ちたこと。感染ののち、サーバやPCの一部データが暗号化。通常業務・制作に約1か月の遅延。外部専門機関の調査では、個人情報を含む情報漏えいは確認されず。りなは会見台本の一行目を太くした。
「当社は、いつ、何を、どう変えるか。」「“便利の近道”は、地図に戻す。」
やまにゃんの札が光る。
「速さは、戻れるときだけ味方。」
09|時間を喰うもの
NHKは**“標的型のランサムウェア”と伝え、海外メディアも“暗号化と遅延”を並べて報じた。夏芽は暗号化されたフォルダ名の並びを見つめる。思い出が冷たい記号になった。でも、消えてはいない。WORMに落とした証跡が戻る道で、紙が現場の呼吸**を繋ぐ。
10|日曜 9:30 声が戻る
日曜の朝、画面に新作の色が戻る。一つ目の番組が再開のテロップを流し、子どもの笑い声が茶の間に跳ねた。夏芽は納品完了の時刻を押し、指に付いた鉛筆の粉を拭った。秒が味方に戻ると、世界は音を取り戻す。
11|その日の午後 新しい日付
広報が映画の新しい公開日を決める。6月11日。IMAX、4DX、MX4Dの方式が並ぶポスター。SNSで**「待ってた」の白い雨が流れ、館から上映回数の相談が舞い込む。夏芽はうなずき**、胸骨の裏に残っていた冷えがようやく解けるのを感じた。
12|片付けながら、直す
奏汰は**“制作の森”を太い柵**で仕切り直した。
“見る鍵/運ぶ鍵/署名する鍵”を同居させない。
常時特権ゼロ、JITの短貸与に押印。
外部サイトからのソフト導入はカタログ化し、改ざん検知の鈴をこちら側にも付ける。
SaaS連携は省内で監査ログを複製、相関検知を常設。
素材搬送は台帳と時刻で裏打ちし、“便利の近道”は自動失効。
悠真は空の箱を立ち上げ、既知良品だけを載せ直す。古い箱は凍らせて証跡に回し、戻る道を二本に増やした。
13|講堂 三つの時計と三行
現場の時間(制作/編集/納品)
規制の時間(所管報告/顧客説明)
経営の時間(信頼/費用/再発防止)
りなは、いつもの三行で締める。
言い切る(事実と可能性を同じ文に置かない)期限を付ける(例外は48時間で自動失効)二重に確かめる(自動の前後に**“人の10分”**)
蓮斗は数字を並べる。
MTTD:43分 → 9分(SaaS相関/異常認証の常設)
一次封じ込め:68分 → 28分
“便利の近道”:承認付きカタログ化、未登録導入は遮断
やまにゃんが札を揺らす。
「遅いけど確実。」
14|エピローグ 止まったフレームの先へ
動画は1秒24枚の絵だ。24回、止まったフレームが次へ渡る。ひとつが止まっても、紙と時刻と二重の鍵があれば、また動き出す。春に止まったフレームは、夏に音を取り戻した。夏芽は編集島の横で、新しいスクリプトに小さく線を引く。
「便利の近道より、戻れる近道。」次に歌い直すときも、短く太い鍵で締める。
—— 完
参考リンク(URLべた張り/事実ベース・一次情報/主要報道・技術整理)
※物語はフィクションですが、骨格(2022/3/6 不正アクセス→3/11 TVシリーズ4作品への影響公表→4/15 制作再開の発表→4/28 調査結果公表(外部サイトからのソフト導入を起点にランサムウェア侵入・一部暗号化・情報漏えい確認なし)→映画『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』公開延期(4/22→6/11))は以下に基づいています。
主な点:東映アニメーション公式(3/11「不正アクセスに伴うTVアニメ制作・放送への影響」、4/15「制作再開と調査状況」、4/28「調査結果」)、NHK報道の整理(Crunchyroll経由:標的型ランサムウェア)、映画の延期→6/11公開(Crunchyroll/Wikipediaで確認)、piyologの時系列まとめを併記しました。


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