夜の結界(バリア)を越えて
- 山崎行政書士事務所
- 2025年1月31日
- 読了時間: 6分
登場人物
宮澤 華(みやざわ・はな):ソフトウェア開発部のプログラマ。実直な性格だが、空想好きでファンタジー小説を愛読している。
羽月 悠馬(はつき・ゆうま):人事部配属の総合職。クールな雰囲気で、社内の女性社員の注目を集める。
九条 宗一郎(くじょう・そういちろう):開発部の上長。華に対して距離感の近い言動を繰り返し、問題視されている。
第一章:幻想を纏う残業
夜のオフィスビル。蛍光灯の光に囲まれたフロアは、いつもよりも静まり返っている。プログラマの宮澤 華は、デバッグ作業に没頭しながら何度もあくびを噛み殺していた。ファンタジー世界の勇者が魔物を倒すように、不具合をひとつずつ潰していく――そんなイメージを抱きつつ、自分を鼓舞している。
「――華、まだ残ってたのか」背後から聞こえてきた低い声に、華は驚いて振り向いた。そこには、人事部の羽月 悠馬が立っていた。いつもクールな雰囲気で、社内では「近寄りがたい」と敬遠されがちだが、華にはその静かな眼差しがどこか優しく感じられた。「あ、羽月さん。はい、ちょっとトラブルがあって……」「そっか。俺も人事部のレポート仕上げるまで帰れない。お互い、大変だな」そう言いながら、悠馬はかすかに微笑んだ。頬に一瞬柔らかい影ができる。その表情を見て、華は胸の奥が不思議とあたたかくなるのを感じた。
第二章:影を落とすセクハラ疑惑
翌朝、開発部の朝会が終わると同時に、上長の九条 宗一郎が華のデスクにやってきた。「やあ、華ちゃん。昨日は遅くまで頑張ってたんだって? えらいねえ」九条は口元に笑みを浮かべつつ、不要に華の肩や背中に触れようとする癖があった。華は内心で嫌悪感を覚えながらも、仕事上の立場を考え、強く拒めないでいた。「やっぱり女の子は細かい作業向いてるなあ。ここのバグも華ちゃんが直してくれたんだろ? 助かるよ」「は、はあ……(細かい作業を女性がやるという言い方はどうなんだろう)」返事に困っていると、九条はさらに近づいて耳打ちするように言う。「今夜も残業するの? もし遅くなるなら、俺が付き合ってあげようか?」肩に手をやろうとする九条を、華はぎこちなく避ける。「大丈夫です」と小さく答えるのが精一杯だった。
周囲の人は気づいているのか、見て見ぬふりをしているのか――華は胸が詰まる思いだった。ただ、この不快な状況は “言い出しにくい” 空気で覆われている。
第三章:人事部・羽月のアドバイス
昼休み、休憩室で肩を落としていた華に、羽月 悠馬が声をかけた。「宮澤さん……。少し、気になることがあるんだけど、九条さんって、君に対して色々と言動が……厄介じゃない?」「え……?」思いもよらない言葉に、華はドキリとする。まさか悠馬が自分の悩みに気づいてくれているとは。「開発部だけで解決するのが難しそうなら、人事として何か協力できるかもしれない。セクシャルハラスメントの疑いがあるなら、一度きちんと相談してみないか?」
“セクハラ”という言葉に、華の胸は痛んだ。自分の中で薄々わかってはいたが、はっきりそう認めてしまうと、もう後戻りできない気がして……。「でも……九条さんは私の上司ですし、変に騒いで仕事に支障が出たら困るというか。開発部全体がざわつくのも嫌で……」悠馬は静かにうなずく。「わかるよ。でも、一人で抱える必要はない。もし嫌だと思うことがあったら、会社にだって対処する義務があるんだ。何かあったらすぐ連絡して」
そのまっすぐな言葉に、華は少しだけ勇気が湧いた。
第四章:社内恋愛? 呼び覚まされる感情
夕方になり、華は再びシステムトラブルに見舞われ、やむを得ず残業を決意していた。すると、遅れて残っていた悠馬が声をかける。「またトラブル? 今日は俺も残ってるから、何かあったら教えて」二人だけの薄暗いフロア。華が真剣にコードを追っていると、ふとファンタジー小説の一節が頭をよぎる。“夜の結界を築く騎士と魔術師”――まるで自分が魔術師で、悠馬が騎士のように感じられた。守られているという安心感が、いつのまにか心の奥に芽生える。「ありがと……。なんだか、羽月さんがいると、ちょっと心強いかも」
思わず口に出た感謝に、悠馬は照れくさそうに微笑んだ。「まあ、こう見えて人事部だからね。人をサポートするのが仕事ってやつかな」その優しい眼差しに、華は恋に落ちそうなときめきを感じた。いや、もしかしたらもう既に――? そんなふわふわした思考に浸っていると、九条が書類を片手に現れる。
第五章:強引な誘い、揺れる決意
「華ちゃん、ちょっと話があるんだ。二人きりで、いいかな?」不意に声をかけられ、華はギクッとする。ちょうど開発部の他メンバーは帰宅し、フロアにいるのは華、悠馬、そして九条くらいだ。九条は、はっきりと体を寄せるような仕草で近づき、書類を机に叩きつけながら言う。「今度のプロジェクト、俺と二人三脚で進めないか? もっと密に打ち合わせをして、残業も一緒に……どうだい?」「え、でも、プロジェクトチーム全体で共有しないと」「いいんだよ。華ちゃんが中心になってくれるなら、俺もサポートして――」
言い終わる前に、ふと遠くで音がする。見ると、悠馬が席を立った。「九条さん、それって本人の意思を尊重してるんですか? どうも強引に誘ってるように見えますが」「は? お前、人事部のくせに、開発の段取りに口出すつもりか?」九条はあからさまに不機嫌そうに睨む。だが、悠馬は臆さず言葉を続ける。「本人が嫌がっているなら、それ以上迫るのは問題だと思います。セクハラ、パワハラと言われかねませんよ」
第六章:夜の結界(バリア)を張る決断
九条が声を荒らげようとしたその時、華は勇気を振り絞って言った。「……すみません、九条さん。私、今回の件はお断りします。正直、今までも困っていました。そういう言い方とか、距離感が――嫌でした」小さな震えが走るが、はっきりと伝える。その瞬間、どこからか力が湧いてきた気がした。昔読んだファンタジー小説のように、“自分を守る結界を張った” 感覚だった。「なんだと……俺がこんなに気を使ってやってるのに!」九条は顔を赤くし、捨て台詞を吐いて退席する。華は肩の力が抜け、安堵と緊張でぐったりした。だが、悠馬がそっと彼女の側に立ち、背中を支えてくれる。「大丈夫?」華は、彼の存在を初めてしっかりと感じられた気がした。「うん、ありがとう……。怖かったけど、言わなきゃずっとイヤな思いをしてたと思う」
最終章:守り合う恋の芽生え
後日、人事部を通じて九条のセクハラ行為は会社に報告され、調査が進められることになった。華が勇気を出したおかげで、同じように困っていた社員も打ち明けることができ、会社は正式な処分を検討する運びとなった。華はというと、仕事を続けながらも心の中に新しい光を感じていた。悠馬はいつも変わらずクールだが、彼女を見るとほんの少しだけ微笑んでくれる。その微笑が、まるで魔法の盾のように華を安心させた。何もかも解決というわけではないけれど、少なくとも“夜の結界” は確かに張れた。自分を守るための意志と、誰かを想うための気持ちが重なり合い、華は一歩踏み出したのだ。
ある日の退社時、エレベーター前で出会った悠馬が、ふと声をかける。「今日は早く終わったんだね。よければ一緒に夕飯でも……どうかな?」「……うん、行きたい」華は頬を染め、素直に頷いた。二人で夜風に吹かれながら歩き出す。その後ろ姿は、まるでファンタジー小説の騎士と魔術師が肩を並べて進むように、静かな絆で繋がれているように見えた。
月の下で、彼らの物語はまだ始まったばかり――。セクハラという闇を振り払い、社内恋愛という光に向かって、二人はゆっくりと歩みを進めるのだった。





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