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夜明けのブランケット

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月13日
  • 読了時間: 5分



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第一章:静岡駅近くのブランケット

翔太は、大した目的もなく静岡駅近くのデパートをぶらぶら歩いていた。気温が下がり始める秋の午後、店内のディスプレイを何となく眺めていると、「高級ブランケット」の特設コーナーが目に留まる。そこには、手触りの良い素材のブランケットが几帳面に並べられていた。少し値が張るが、最近仕事で落ち込むことが多かった翔太は、**「自分へのご褒美」**として思いきって購入してしまう。店員の優しい笑顔も背中を押した。そのときはただの衝動買い——ブランケットが彼の生活を一変させる力を秘めているなど、まるで想像もしていなかった。

第二章:夜明けを待つ不思議な時間

帰宅後、翔太はブランケットにくるまってベランダでぼんやりしていた。夜風が少し冷たく、体が小さくなるような寂しさを感じる。しばらくして、ふと周囲が静かすぎることに気づいた。通りの車の音も、アパートの廊下を歩く人の気配も何もない。「時間が止まった……?」 そう思うと怖くなって家の中に入りかけたが、時計を見たら針がピタリと止まっている。自分の呼吸だけがかすかに聞こえる。なんという異常事態だろう。試しにベランダの植木を触ると、葉がそのまま固まったように動かない。外を見渡すと、電車がレール上で停止している遠い光景がちらりと見える。「どうして……?」 戸惑いながらも、翔太はやがて気づく。「このブランケットをまとっている間だけ、時間が止まっているんじゃないか」。その直後、うっすら空が白み始めた瞬間、通りが一気に動き出し、時計の針も再開した。

第三章:止まった時間を生きる

翌晩も同じようにベランダでブランケットをまとった翔太は、またしても時間の停止を体感する。どうやら夜が深まってから朝日が昇るまでの間、彼だけが動ける世界が続いているらしい。最初は何が起きているのか不気味に思ったが、やがて翔太はこの“止まった時間”を有効に使おうと考え始める。昼間は仕事で疲れてできなかったこと、例えば散らかった部屋の片づけ、読みかけの小説や書類の整理、心の中の未整理な思い。誰にも邪魔されず、時間を無駄にせず、あれこれできるのだ。止まった世界の中を散歩してみると、人々は動きを止めたまま眠っているよう。まるで自分だけが世界を飛び回れる感覚だが、同時に不思議な寂しさと優越感が混ざり合う。「これが毎晩続くなら、俺の人生ちょっと変わるかも」——翔太は心の奥で小さな喜びを噛みしめる。

第四章:ブランケットがもたらす変化

こうして夜ごとに“止まった時間”を満喫するうちに、翔太の仕事ぶりや生活が少しずつ変わっていく。

  • 朝になると眠たいはずなのに、なぜか充実感があって仕事の能率も上がる。

  • ずっと先延ばしにしていた資格の勉強を夜の間にこっそり進めることで知識が増え、自信がついた。

  • 人間関係でも、昼間のストレスを止まった時間で解消しているのか、イライラしなくなった。

そんな変化に気づいた同僚は「最近、元気だね」と声をかけるが、翔太は「まぁ、いろいろとね……」と曖昧に笑う。誰にも言えない秘密があるからこそ、余計にこの力を大事に感じた。

第五章:失われる力

しかし、ある夜ベランダに出ると、ブランケットをまとったのに時間が止まらなかった。いつもなら、数分で周囲の動きが凍りつくはずが、今回ばかりは何も変わらない。次の夜も、その次の夜も同じだ。明らかにブランケットの力が失われている。「なぜ急に?」 翔太は落胆を隠せない。このまま「止まった時間」は終わりなのか。せっかく手に入れた奇跡が、一瞬の夢のように消えていくなんて……。思い返すと、昨日の夜明け、なぜか空の色が普通以上に鮮烈に映っていた。あれが最後のサインだったのだろうか。

第六章:謎のメモと夜明けの意味

ブランケットのタグを何気なく調べてみると、縫い目の裏から小さなメモが出てくる。そこには「このブランケットを纏う者、夜明けが来るまでの間、特別な時間が与えられる。ただし、心の整理がつけば、その力は消えるだろう」という文言らしきものが書かれていた。「心の整理がつけば、力は消える……?」思い当たるのは、翔太が止まった時間を利用して、先送りにしていた悩みや仕事の課題を片づけ、内面の葛藤も少しずつ解消していたことだ。いつの間にか、「もう夜の時間が止まらなくても大丈夫」と心が感じてしまったのかもしれない。

第七章:最後の夜明け

力を失ったブランケットを見つめながら、翔太は不思議と納得する。**「確かに俺は、あの止まった時間を通じて何かを得た。もうこれ以上、過去に囚われなくても進める」**と。その夜、ベランダに立つと、いつも通り夜空が流れていく。遠くの街灯がかすかに瞬き、カーテンの隙間からは日常の音がわずかに漏れてくる。もう時間は止まらないが、心は軽くなっている気がする。やがて東の空がうっすらと明け始める。最後に染みついた深い闇が薄れ、柔らかなオレンジがゆっくりとベランダを照らす。「結局、このブランケットは俺に“止まった時間”を与えてくれた。でも、その時間は永遠じゃない。きっと人生ってそういうものなんだ……」大きなあくびをして室内に戻ると、ブランケットがそこにある。ただのふかふかした布切れになってしまったように見えて、どこか愛おしい。朝陽の中で、翔太は決意を新たにする。もう止まった時間は必要ない。自分の足で歩き出す時が来たと。

こうして**「夜明けのブランケット」**は終わりを迎える。翔太にとっては夢のような一週間だったが、その間に得た気づきや成長は、これからの日常を彩っていくだろう。朝日がしっかり昇る頃、彼はいつものように職場へ向かう。しかし心の中にあるのは、止まった夜の静けさではなく、前に進むための清々しい覚悟だった。

 
 
 

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