top of page

富士を見ている五月の茶畑

富士を見ている五月の茶畑

 五月の茶畑は、いつも富士を見ている。

 幹夫は、そう思っていた。

 もちろん、茶の木に目があるわけではない。葉はただ光を受け、風に揺れ、雨を抱き、季節が来れば人の指に摘まれるだけだ。けれど、山裾に並ぶ茶の畝は、不思議なほど同じ方角へ心を向けているように見えた。

 晴れた朝には、その向こうに富士が立つ。

 五月の富士は、冬の富士ほど厳しくはない。雪はまだ頂に残っているが、光の中で少し柔らかくなっている。春を過ぎ、夏へ向かう空の中で、富士は白い沈黙を抱えたまま、遠く静かに立っている。

 茶畑は、その富士を見ている。

 露を乗せた若葉も、摘まれたあとの浅い緑も、畝の端に残った小さな芽も、みんな同じ方を向いているようだった。風が吹くと、葉はさわさわと鳴る。その音は、遠い山へ向けて送る小さな挨拶のように聞こえた。

 幹夫は十二歳だった。

 人より少しだけ、胸の内側が薄くできている少年だった。友だちの笑い声に混じった小さな棘や、父が疲れた日に湯呑みを置く音の硬さや、祖母が仏壇の前で長く息をつく気配まで、幹夫の胸にはすぐ届いてしまう。

 届いたものは、なかなか消えなかった。

 父はときどき言った。

「幹夫は、何でも胸に入れすぎる」

 その声は叱る声ではなかった。心配しているのだと、幹夫にも分かっていた。けれど、入ってくるものを止める方法など、幹夫は知らなかった。

 風が吹けば若葉は揺れる。 雨が降れば土は匂う。 人の声が少し沈めば、心はそれを聞いてしまう。

 幹夫にとってそれは、息をすることと同じくらい自然なことだった。

 母が生きていたころ、幹夫はその感じ方を少しも恥ずかしいと思わずにいられた。

 母は、幹夫が茶畑の露を見て「星が落ちている」と言っても笑わなかった。富士を見て「山が何かを我慢しているみたい」と言っても、ただ隣にしゃがみ、同じように山を見た。

「富士山はね、幹夫」

 母は一度、五月の茶畑で言った。

「何も言わないでしょう。でも、何も感じていないわけじゃないのよ」

「山も感じるの?」

「たぶんね。茶畑が毎年若葉を出すのを、ずっと見ているもの。人が泣いたり、笑ったり、誰かを待ったりするのも、見ている」

 幹夫はそのとき、遠い富士を見上げた。

 富士は黙っていた。

 けれど、その沈黙が少しだけ温かいものに思えた。

 母は去年の冬に亡くなった。

 雪の降らない、ただ冷たい日だった。病院の白い壁、消毒液の匂い、細くなった母の手。幹夫はその手を握っていたのに、言いたいことをほとんど言えなかった。

 ありがとう。 行かないで。 また茶畑で富士を見よう。 僕の胸が痛くなることを、もう一度笑わずに聞いて。

 どの言葉も喉の奥で固まり、声にならなかった。

 それから幹夫は、富士を見るのが少し怖くなった。

 富士は相変わらずそこにある。春が来ても、雨が降っても、母がいなくなっても、何も言わずに立っている。茶畑は今年も若葉を出し、父は今年も無口に畑へ出て、祖母は今年も新茶を淹れた。

 世界は、母がいなくても五月になる。

 そのことが、幹夫には悲しく、少し残酷だった。

 ある朝、学校で絵の時間があった。

 題は「ふるさとの風景」。

 子どもたちは川や神社や自分の家を描いた。健太は大きな富士山を描き、真紀は田んぼと空を描いた。幹夫は迷った末に、茶畑を描いた。

 茶畑の向こうに、富士を描いた。

 けれど、幹夫の絵の中心にあるのは富士ではなかった。手前の茶の若葉だった。幾筋もの畝が遠くへ伸び、その全部が富士の方を向いている。茶の葉の先には露があり、その小さな露の中にも、逆さまの富士を描いた。

 幹夫は、茶畑が富士を見ているところを描きたかった。

 ところが、休み時間に健太が絵をのぞき込んで言った。

「なんだよ、富士山が小さいな。ふるさとの風景なら、もっと富士を大きく描けばいいのに」

 悪気のない声だった。

 けれど幹夫の胸は、小さく痛んだ。

「茶畑が見ている富士だから」

 幹夫は小さく言った。

 健太は首をかしげた。

「茶畑が見るって何だよ。茶畑に目なんかないだろ」

 周りの子が少し笑った。

 幹夫はそれ以上言えなかった。

 言えば言うほど、自分だけが遠い場所に立っているような気がした。幹夫には本当にそう見えるのに、言葉にすると、たちまち変なことになってしまう。

 その日、幹夫は絵を丸めて持ち帰った。

 家へ戻ると、祖母が縁側で茶葉を選っていた。幹夫の顔を見るなり、祖母は手を止めた。

「今日は、胸に雲がかかっているね」

 幹夫は黙って、丸めた絵を差し出した。

 祖母はそれを広げた。

 茶畑と、小さな富士。

 露の中の逆さ富士。

 祖母は長いこと絵を見ていた。

「いい絵だねえ」

 幹夫はうつむいた。

「富士山、小さいって言われた」

「小さいかい?」

「みんなは、富士を大きく描く」

「幹夫は、何を描いたんだい」

「茶畑が富士を見ているところ」

 祖母は少し笑った。

「それなら、富士が小さくてもいいじゃないか」

「茶畑に目はないって」

「目だけが見るわけじゃないよ」

 祖母は茶葉を掌にのせた。

「葉は光を見る。根は水を見る。土は季節を見る。人間だって、目で見ているようで、心で見ていることがある」

 幹夫は絵を見つめた。

「じゃあ、茶畑は富士を見てる?」

「見ているとも」

 祖母は静かに言った。

「ずっと昔からね。人が生まれる前から、茶の木になる前から、この土地は富士を見てきたんだよ」

 幹夫の胸の雲が、少しだけ薄くなった。

 夕方、父が畑から戻ってきた。

 祖母は幹夫の絵を父にも見せた。幹夫は少し緊張した。父は仕事として茶畑を見る人だ。畝の具合、葉の色、虫の跡、摘み時。父にとって茶畑は、美しいだけの場所ではない。暮らしを支える場所であり、責任の重い場所だった。

 父は絵を見た。

 長い沈黙があった。

「茶畑が富士を見ているのか」

 父が言った。

 幹夫は小さく頷いた。

「変?」

 父はすぐには答えなかった。

 絵の中の茶畑を見て、それから窓の外の本物の茶畑へ目を向けた。

「変ではない」

 幹夫は顔を上げた。

「本当に?」

「茶畑から見える富士は、農家には大事だ」

「どうして?」

「天気を読む。雲のかかり方を見る。雪の残り方を見る。風の変わり目を見る」

 父は絵の中の小さな富士を指で示した。

「俺たちも、畑も、富士を見ている」

 幹夫は胸が温かくなった。

 父の言葉は母の言葉とは違った。母なら、「富士は茶畑の遠い友だちなのよ」と言ったかもしれない。父はそうは言わない。父にとって富士は天気のしるしであり、仕事の手がかりだった。

 けれど、父も富士を見ている。

 母とは違う見方で。 幹夫とは違う見方で。 それでも同じ山を見ている。

 そのことが、幹夫には嬉しかった。

 翌朝、父が幹夫を起こした。

「富士がよく見える。畑へ行くか」

 まだ夜明け前だった。

 幹夫は眠い目をこすりながら上着を羽織った。祖母は台所で湯を沸かしていたが、二人を見ると「朝のお茶は戻ってからだね」と微笑んだ。

 外は冷えていた。

 坂道の草には露が降りていた。空の東側は薄く白み、山の端が少しずつ浮かび上がっている。茶畑へ近づくにつれ、新茶の香りが濃くなった。夜を越えた若葉の匂い。土の湿り気。遠くの風の冷たさ。

 畑の上まで来ると、幹夫は息を止めた。

 富士が見えた。

 朝の光がまだ低い空に、富士は青白く立っていた。頂の雪は淡く光り、斜面は薄い影をまとっている。雲はほとんどなく、山全体が静かな呼吸をしているようだった。

 手前には、五月の茶畑が広がっている。

 若葉の先には露があり、その露の一粒一粒に、小さな富士が映っていた。

 幹夫の絵と同じだった。

 いや、絵よりもずっと静かで、ずっと深かった。

 茶畑は本当に富士を見ていた。

 幹夫は畝の端にしゃがみ込んだ。

 一粒の露を覗いた。そこに、逆さまの富士が入っていた。小さく、震え、今にも消えそうで、それでも確かにそこにある富士。

 幹夫は胸がいっぱいになった。

「お父さん」

「なんだ」

「富士って、大きいのに、露の中に入るんだね」

 父は少し考えた。

「映っているだけだ」

「うん。でも、入ってるみたいに見える」

 父は幹夫の隣にしゃがんだ。

 大きな体を少し折り、同じ露を覗いた。

「本当だな」

 父が低く言った。

「入っているみたいだ」

 幹夫は父の横顔を見た。

 父が自分と同じ露を見ている。

 そのことだけで、胸の奥に小さな灯がともった。

 しばらく二人は黙っていた。

 朝日が少しずつ昇るにつれて、茶畑の緑は明るくなった。露の富士は、光を受けて揺れた。風が吹けば落ちてしまう。日が高くなれば消えてしまう。けれどその短い時間、富士は茶の葉の上にいた。

「お母さんも、これを見たかな」

 幹夫が尋ねた。

 父は富士を見た。

「見た」

 短い返事だった。

 けれど、その短さの中に確かなものがあった。

「母さんは、朝の富士が好きだった」

「どうして?」

「昼の富士より、少し寂しそうだから、と言っていた」

 幹夫は胸が痛くなった。

 それは母らしい言葉だった。

「お父さんは、どう思ったの」

「分からんと思った」

 父は少し苦く笑った。

「富士は富士だろう、と」

「今は?」

 父は長く黙った。

 富士の白い頂を見て、茶の露を見て、また富士を見た。

「今は、少し分かる気がする」

 幹夫は何も言わなかった。

 父も変わっているのだと思った。母がいなくなり、言葉が少なくなり、悲しみを抱えたまま茶畑に立つようになって、父の中にも、母の見ていたものが少しずつ映り始めているのかもしれない。

 露に富士が映るように。

 父の沈黙にも、母の言葉が映る。

「幹夫」

 父が言った。

「お前の絵、学校へ出せ」

「笑われるかもしれない」

「そうかもしれん」

 父は正直だった。

「でも、これはお前に見えた富士だ」

 幹夫は父を見た。

「父さんには、仕事の富士が見える。祖母さんには、暦の富士が見える。母さんには、寂しそうな富士が見えた。お前には、茶畑が見ている富士が見える」

 父は少し照れたように目をそらした。

「それでいい」

 幹夫の胸の奥で、何かがほどけた。

 全部を分かってもらえたわけではない。

 けれど、父は幹夫の見方を、そこに置いてくれた。

 それだけで、幹夫の心は少し息をしやすくなった。

 そのとき、祖母が坂道を上ってきた。

 手には小さな急須と魔法瓶を持っている。

「こんな富士の日には、畑でお茶を飲まないとね」

 祖母は平たい石に布を敷き、湯呑みを三つ並べた。それから、いつものようにもう一つ、小さな湯呑みを置いた。母の分だった。

 新茶の葉が急須に入る。

 湯が注がれる。

 白い湯気が朝の光に立ち上る。

 その湯気の向こうに、富士が見えた。

 幹夫には、湯気が茶畑から富士へ宛てた手紙のように思えた。言葉ではなく、香りで書かれた手紙。五月の若葉が、遠い山へ送る挨拶。

 祖母が幹夫に湯呑みを渡した。

 幹夫は両手で包んだ。

 一口飲む。

 最初に、淡い苦みがあった。

 母を思い出す苦み。父に絵を見せたときの怖さの苦み。笑われた言葉の苦み。

 けれどそのあと、甘みが戻ってきた。

 若葉が朝日を受けるように、静かに、ゆっくり。

 幹夫は目を閉じた。

 茶の中に、富士があった。 露の中の逆さ富士があった。 母の「朝の富士は寂しそう」という声があった。 父の「それでいい」という言葉があった。 祖母の湯気があった。 そして、幹夫自身の胸の痛みも、少しだけ香りになっていた。

「おいしいかい」

 祖母が尋ねた。

 幹夫は頷いた。

「富士を見ている茶畑の味がする」

 父は湯呑みを持ったまま、少し笑った。

「それは、分かるような気がする」

 幹夫は嬉しかった。

 その日の学校で、幹夫は絵を伏せずに提出した。

 健太がまた見た。

「やっぱり富士、小さいな」

 幹夫の胸は少し痛んだ。

 けれど、今度は逃げなかった。

「茶畑が富士を見ている絵だから」

「またそれか」

 健太は首をかしげた。

 幹夫は続けた。

「露の中にも富士が映るんだよ。今朝、見た」

「本当に?」

「本当に」

 健太は少し驚いた顔をした。

「へえ。今度見てみようかな」

 それだけだった。

 けれど幹夫には、それで十分だった。

 先生は幹夫の絵を見て、しばらく黙っていた。

 そして言った。

「富士を大きく描く人は多いけれど、富士を見ている茶畑を描いた人は初めて見ました」

 幹夫は顔が熱くなった。

「変ですか」

「いいえ」

 先生は微笑んだ。

「とても静かな絵です」

 静かな絵。

 その言葉は、幹夫の胸にやわらかく届いた。

 放課後、幹夫はもう一度茶畑へ行った。

 朝の露はもう消えていた。富士も少し霞んで、輪郭が柔らかくなっている。昼の空の中で、山は遠く白く浮かんでいた。

 茶畑は変わらず、富士の方を向いている。

 朝のような輝きはない。露の中の逆さ富士もない。けれど幹夫には、茶畑のまなざしが消えたとは思えなかった。

 見えているときも、見えていないときも、茶畑は富士を見ている。

 母のことも、そうかもしれない。

 はっきり思い出せる朝もある。声の輪郭がぼやける昼もある。悲しみで胸が曇り、何も見えなくなる夜もある。それでも、幹夫の心はどこかで母の方を向いている。

 向いていることが、忘れないということなのかもしれない。

 幹夫は若葉にそっと触れた。

 葉は昼の光を含んで温かかった。

「お母さん」

 小さく呼んだ。

 返事はなかった。

 けれど、茶畑を渡る風が吹いた。

 葉がさわさわと揺れた。

 その音は、富士を見ている五月の茶畑が、遠い山へ、そして幹夫の胸の中の母へ、静かに手紙を送っているように聞こえた。

 その夜、幹夫は机に向かった。

 白い紙を出し、朝のことを書いた。

 ――五月の茶畑は、富士を見ています。 ――人間の目はないけれど、葉が光を見るように、根が水を見るように、茶畑は富士を見ています。 ――今朝、露の中に小さな富士が映っていました。 ――大きな富士が、小さな露の中に入っていました。

 幹夫の字は少し震えていた。

 けれど、その震えを消さなかった。

 震える字には、朝の露が入っている。父と同じ露を覗いたときの喜びが入っている。母を思い出した痛みが入っている。

 ――母は、朝の富士は少し寂しそうだと言ったそうです。 ――父はそれを思い出してくれました。 ――僕は、母の見ていた富士を、少しだけ見た気がしました。 ――母がいなくても、母が見ていたものは残っていました。 ――父の中にも、僕の中にも、茶畑の中にも。

 幹夫は一度、窓の外を見た。

 夜の茶畑は見えなかった。

 けれど香りがあった。

 続きを書いた。

 ――富士は遠くにあります。 ――でも露の中に映ると、とても近くなります。 ――亡くなった人も、そうなのかもしれません。 ――遠くにいるのに、香りや言葉や朝の光の中で、ふいに近くなることがあります。 ――僕はそれを、なくなったとは言いたくありません。

 最後に、こう書いた。

 ――僕の心は、すぐに揺れます。 ――でも、揺れるから露が落ちる前の光に気づけるのかもしれません。 ――薄いから、富士の白さも、母の言葉も、父の沈黙も、少しずつ映せるのかもしれません。 ――五月の茶畑が富士を見ているように、僕も大切なものの方を向いていたいです。

 書き終えると、幹夫は紙を畳まずに机の上へ置いた。

 窓を開ける。

 夜風が入ってきた。

 茶畑の香りがした。

 富士は夜の中で見えなかった。雲もあるのかもしれない。けれど幹夫には、そこにあることが分かった。

 見えない富士。 見えない母。 見えないけれど、心が向いているもの。

 幹夫はそっと目を閉じた。

 胸の中に、朝の露が一粒浮かんだ。

 その中には、小さな逆さ富士が映っていた。 そしてそのそばに、母の笑顔も、父の横顔も、祖母の湯気も、五月の茶畑も、みんな静かに映っていた。

 幹夫は思った。

 五月の茶畑は、富士を見ている。

 そして自分もまた、茶畑に教えられながら、遠く大切なものを見つめる練習をしているのだと。


 
 
 

コメント


Instagram​​

Microsoft、Azure、Microsoft 365、Entra は米国 Microsoft Corporation の商標または登録商標です。
本ページは一般的な情報提供を目的とし、個別案件は状況に応じて整理手順が異なります。

※本ページに登場するイラストはイメージです。
Microsoft および Azure 公式キャラクターではありません。

Microsoft, Azure, and Microsoft 365 are trademarks of Microsoft Corporation.
We are an independent service provider.

​所在地:静岡市

©2024 山崎行政書士事務所。Wix.com で作成されました。

bottom of page