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山崎行政書士事務所物語(コメディ小説)第10話「監査ごっこは本番より怖い」

※本作はフィクションです。登場人物・出来事は創作であり、手続や書類に関する描写は一般的な範囲の表現です。個別の案件は事情により必要書類・手順が変わります。本作は特定の事案の結論や可否を断定するものではありません。

ホワイトボードの右上。駅名ステッカーは九枚になっていた。

『新静岡』『日吉町』『音羽町』『春日町』『柚木』『長沼』『古庄』『県総合運動場』『県立美術館前』

その隣に、みおが赤字で書いた呪文は、まだ二重。

14:1514:15

さらに下には、プリンターが勝手に吐き出した“名言”が、もはや壁一面に増殖している。

『それ、残ってない。』『でも、残せる。』『要件定義、未完。』『MVPで、勝つ。』『句読点は、平和。』『空でも、フォルダは残る。』『クラウドは場所じゃない。運用だ。』『犯人:テープ。証跡:印。』

ゆいが壁を見上げて、遠い目をした。

「先生……ここ、もはや“反省会場”ですよね」

「反省会場だよ。学びの場とも言う」

さくらが机の上にファイルを置いた。今日も置き方が嫌な予感そのものだ。

「先生。今日の相談、監査です」

りながが目を輝かせる。

「監査!ログ!証跡!チェックリスト!」

みおが、静かに付箋を貼った。

(① 監査)(② 証跡)(③ “残る”)

山崎先生は、嫌な予感の正体を悟った。

「……今日、怖いやつだ」

あやのが微笑む。

「本番より怖いやつですね」

相談者は“資料”ではなく“顔色”で入ってくる

10時。ドアが開いて入ってきたのは、見覚えのある二人。

○○株式会社の田中さんと、情報システムの佐藤さん。(第7話のクラウド移行相談で来た人たちだ。)

田中さんは名刺を出しながら、いきなり言った。

「先生……今日、監査ごっこさせてください」

「監査ごっこ?」

佐藤さんがノートPCを抱えたまま深く頷く。

「来週、取引先のセキュリティ監査が入ります。質問票も来ました。項目が…項目が…」

彼は言いかけて、息を吸い直した。

多いです」

みおが頷く。

「監査は、質問が多いです」

「淡々と言うなぁ」

田中さんはさらに言った。

「上の人が、“うちはクラウドだから大丈夫だろ”って言い始めて……佐藤が毎日、胃薬飲んでます」

佐藤さんが小声で言う。

「飲んでます……」

あやのが椅子を引きながら、やわらかく言った。

「“大丈夫だろ”って言われた時ほど、心臓にきますよね」

佐藤さんが、泣きそうな顔で頷いた。

山崎先生、今日の目的を宣言する

山崎先生は、落ち着いて言った。

「一般論としてね。監査って、敵じゃない。でも、準備不足は敵になりやすい。今日は“監査で聞かれそうなこと”を疑似的に並べて、“答え”じゃなくて“証跡”が揃ってるか、見ていこう」

田中さんが言った。

「答えじゃなくて、証跡……」

りながが反射で言う。

「証跡は命です!」

さくらが頷く。

「残るなら、命です」

ゆいがうっとりした顔をする。

「“残るなら命”……強い……」

「広報、黙って」

監査ごっこ、開幕。監査官みお、降臨

みおが、机の配置を変え始めた。“対面”になるように、きっちり。

「監査官席、ここ。被監査席、そちら。先生、同席は可能ですが、回答は被監査側が行ってください」

佐藤さんが、なぜか正座しそうになる。

「はい……!」

田中さんが苦笑する。

「みおさん、雰囲気がもう監査官なんですよ……」

みおは真顔で言った。

「雰囲気は、重要です」

「重要なんだ」

りなががPCを開いて、やる気に満ちた声を出す。

「私、ログ担当やります!“見せられるログ”に整形して――」

みおが即止める。

「整形しません。そのままを出します」

「厳しい!」

さくらが淡々と付け足す。

「整形すると、疑われます」

「こわっ」

ゆいが手を挙げた。

「先生、私、実況担当――」

「広報、黙って(本日1回目)」

監査官みおの質問は、静かに刺す

みおが、紙を一枚取り出して淡々と読み上げた。

「質問1。アカウントの発行・変更・無効化は、誰が、どの手順で実施しますか。証跡はどこに残りますか」

佐藤さんが勢いよく答える。

「えっと、入社時は人事から申請が来て、情シスが作って、MFAを――」

みおが手を上げた。

「“申請が来る”の証跡は?」

「……メールです!」

「そのメール、どこにありますか」

「……えっと、僕の受信箱に……」

みおの目が0.3ミリだけ細くなる。

「個人の受信箱は、証跡ではありません」

田中さんが顔を覆った。

「来た……」

佐藤さんが小声で言う。

「刺さった……」

山崎先生が、ゆっくり言った。

「“やってる”と、“残ってる”は違うんだよね」

さくらが頷く。

「違います」

ゆいがメモを取りながら呟く。

「“やってる”は口頭、“残ってる”は世界……」

「広報、黙って(本日2回目)」

次の質問:権限。ここから現場が死ぬ

みおが次の紙を読む。

「質問2。管理者権限の付与基準と承認プロセスはありますか。権限の棚卸しは定期的に行っていますか」

佐藤さんの肩が、目に見えて重くなった。

「管理者は……僕と、あと二人。承認は……その時々で……」

みおが静かに聞く。

「その時々、とは」

「Teamsで“お願い”して……“いいよ”って来たら……」

みおが頷く。

「“いいよ”は証跡ですか」

佐藤さんが泣きそうになる。

「……証跡です……!」

みおが首を傾げる。

「そのチャット、保存期間は?」

りながが小声で言った。

「保存期間……」

田中さんが白目になりかける。

「やめて、そこは触らないで」

山崎先生が、できるだけ優しく言った。

「ここ、整理ポイントだね。“誰が承認したか”が後で追える形にする。そして“棚卸しした記録”も残す。運用で回る形で」

佐藤さんが小さく頷く。

「はい……」

未知USBが、突然“監査項目”になる

みおが次の質問に入る。

「質問3。外部記憶媒体(USB等)の持ち込みや利用ルールはありますか。違反時の対応は決まっていますか」

その瞬間、事務所の全員の視線が、机の端へ吸い寄せられた。

透明ケース、黒文字。

USB『空』

……沈黙。

田中さんが恐る恐る言った。

「え、あの……USB、ありますけど……」

佐藤さんが真顔で言う。

「……それ、刺したらダメです」

さくらが即答する。

「刺しません」

みおが、淡々と結論を言った。

「“机の上に未知USBが置かれている”時点で、監査では事故扱いです」

りながが叫ぶ。

「私たち、事故だったんですか!?」

「事故です」

「ひどい!」

山崎先生が、冷静に補足する。

「でも“事故が起きる前に事故と認識する”のが監査の価値でもある。今ここで気づけたのは前進だよ」

田中さんが、深く頷いた。

「……前進って言葉、こういう時に効きますね」

あやのが微笑む。

「効きます。心の応急処置です」

監査ごっこの最恐ポイント:先生が一番詰められる

監査ごっこは続く。

  • ログの保存と閲覧者

  • インシデント時の連絡体制(誰が決める、誰が動く)

  • 委託先の管理(契約と実態のギャップ)

  • 端末の管理(誰のPCが何台、どう守ってる)

みおは淡々と、佐藤さんに質問を投げる。佐藤さんは汗をかきながら答える。田中さんは途中から“メモ係”に転職した。

そして、みおがふと顔を上げた。

「質問5。本日の模擬監査で指摘された事項の改善責任者と、期限は誰が決めますか」

田中さんが即答した。

「……先生が決めてくれません?」

空気が止まった。

山崎先生は笑って、でもはっきり言った。

「決めるのは、会社だよ。こっちは“整理”と“見える化”は手伝えるけど、意思決定は社内の役割」

みおが頷く。

「意思決定は、外に出せません」

さくらが追撃する。

「出すと、運用が死にます」

りながが小声で言う。

「運用が死ぬ……今日、何回も死んでる……」

田中さんが素直に言った。

「……耳が痛いです。でも、正しい」

その時、ゆいがぽつりと呟いた。

「先生、今日の監査ごっこ、一番詰められてるの先生じゃないですか?」

みおが即答する。

「先生の“理想”が高いので」

「理想で詰められるの辛いな」

そして来る。14:15

熱い空気のまま、インターホンが鳴った。

ピンポーン。

全員が時計を見る。

14:15

田中さんが小声で言う。

「え……この時間、何かあるんですか?」

佐藤さんが、なぜか一番冷静に言った。

「……来ますね。こういうのは来る」

ドアが開く。キャップを深く被った人物――例の謎の人。

低い声で、丁寧に。

「失礼します。……少しだけ」

視線が、机の上の“監査チェックリスト”と“改善タスク付箋”に落ちる。

そして、今日の質問が来た。

「それ……監査、残る?」

佐藤さんが反射で答えた。

「残ります。残るから、怖いんです」

謎の人は、わずかに頷いた。

「怖いのは、質問じゃない。“答えがないこと”が残るのが怖い。だから、答えじゃなくて――証拠を残せ」

みおが小さく頷く。

「正論です」

田中さんが呟く。

「刺さる……」

謎の人は机に、駅名ステッカーを一枚置いた。

『草薙』

そして、去り際にもう一言だけ落とした。

「監査は、本番より準備が怖い。準備は、運用だ」

「また運用」

「運用しか言わない人だ」

謎の人は最後にいつもの言葉を残す。

「じゃ。証跡、大事なんで」

ドアが閉まる。

オチ:監査担当者の名前が、悪い予感そのもの

場が落ち着いた頃、田中さんがスマホを見て固まった。メールが来ていたらしい。

「……先生」

「どうした?」

田中さんは、画面を見せた。そこには、取引先からの連絡。

来週の監査担当:草薙(クサナギ)

事務所の空気が、一斉に冷えた。

りながが震える声で言う。

「……今、置いていったステッカー……」

みおが赤ペンを握りしめる。

「一致しました」

さくらが、静かに言った。

「先生。偶然の確率が下がりました」

ゆいが小声で言う。

「……先生、連載がホラーに寄ってません?」

山崎先生は正直に言った。

「寄ってる。でも、現実でも“偶然が重なる”ってことはあるからね」

佐藤さんが、胃薬の袋をぎゅっと握った。

「……来週、本番ですね」

山崎先生は、静かに頷いた。

「本番は怖い。でも、今日の“怖さ”を経験できたのは、前進だよ」

その瞬間、プリンターが「ピッ」と鳴った。やめて、今じゃない。

ウィーン。吐き出された紙は一枚。

『監査で聞かれるのは、“やったか”じゃない。“残ってるか”だ。』

りながが、両手で顔を覆った。

「先生……プリンター、完全に監査官……」

みおが真顔で言った。

「議事録担当にしたいです」

「やめて。調子に乗る」

さくらがプリンターに言った。

「今日は…褒めません。調子に乗るので」

プリンターは返事をしない。でも、なぜか“勝った顔”だけはしている気がした。

今週のチェックリスト(一般論)

  • 監査で問われやすいのは「やっているか」より「証跡が残っているか

  • アカウント・権限・委託先・ログなどは、運用(誰が/いつ/どう)とセットで整理すると“答え”が出やすい

  • “個人の受信箱・個人の記憶”に依存すると、担当者が変わった瞬間に証跡が消える

  • 未知のUSBは刺さない。もし確認が必要なら隔離環境・安全側に倒して扱う(ルール化が効く)

駅名ステッカー

  • 1枚目:新静岡

  • 2枚目:日吉町

  • 3枚目:音羽町

  • 4枚目:春日町

  • 5枚目:柚木

  • 6枚目:長沼

  • 7枚目:古庄

  • 8枚目:県総合運動場

  • 9枚目:県立美術館前

  • 10枚目:草薙

プリンター被害状況

  • 「監査で聞かれるのは“残ってるか”だ」を勝手に印刷(正論で殴る)

  • ただし信用はしない(前科が多い)

次回予告

監査担当「草薙」と、14:15の人物。駅名ステッカーは“地図”なのか、“訪問ログ”なのか。次回、「謎のフィギュアコレクター、正体判明」

 
 
 

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