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幹夫という名の静けさ

幹夫という名の静けさは、朝の茶畑にいちばんよく似ている。声を出せば吸われてしまいそうな、湿った空気。露を抱いた葉の表面が、光を少しずつ返して、まだ世界が「起ききっていない」時間。風は動いているのに、動いていないみたいに見える。

幹夫はその静けさの中で育った。静かにしろ、と言われたわけじゃない。静かにしているほうが、間違いが少なかっただけだ。

父は畝の向こうで手を動かしている。葉を摘む指が、いつも同じ速度で、いつも同じ角度で、必要な分だけを取っていく。言葉も同じだった。父の言葉は少ない。少ない代わりに、刺さらないように角を丸める前に、喉の奥へ戻ってしまう。

「幹夫、籠」

父が言う。それだけで、幹夫は籠を持っていく。「ありがとう」も「助かった」も、父はあまり言わない。言わないけれど、籠を受け取る手が一瞬だけゆるむ。その一瞬が、言葉の代わりに見える。

けれど見えるものは、いつも信じられるわけじゃない。見えるのに、疑ってしまう日がある。疑うと、胸の奥が固くなる。固くなると、ますます静かになる。静かになるほど「平気」に見える。平気に見えると、誰も触れなくなる。

その循環を、幹夫はいつからか、身体の癖として持ってしまった。

学校では、静けさは目立つ。教室の静けさは、茶畑の静けさと違って、いつも誰かの“気まずさ”の上に乗っている。誰かが笑い損ねたとき、先生の問いに誰も答えないとき、机の脚がきいっと鳴ったあと。静けさは突然落ちてきて、そこにいる全員の肩を同じ重さで押す。

幹夫は、その重さに慣れているふりが上手だった。慣れているふりは、たいてい“本当に慣れている”より疲れる。けれど疲れは、外からは見えにくい。見えにくい疲れほど、人を静かにする。

隣の席の俊が、肘でつつく。

「お前さ、今日も顔、無だな」

「無って」

「無。無表情の無」

俊の言い方は雑で、雑なぶん救われることがある。余計な気遣いがないから、幹夫は返事をしやすい。返事をしやすい相手がいるだけで、人は少しだけ息がしやすくなる。

「……眠いだけ」

「ほら、そういうの。言えばいいじゃん」

言えばいいじゃん。それができたら、たぶん困っていない。

幹夫は笑ったつもりで、口の端を少しだけ上げた。俊はその笑い方を見て、一度だけ目を細めた。言いたいことがある顔だったけれど、俊は深追いしなかった。深追いしない優しさも、幹夫にとっては時々痛い。痛いのに、ありがたい。

幹夫は、自分の静けさが、誰かの親切を試してしまうことを知っている。黙っていれば、相手は勝手に「大丈夫」を貼る。貼られた「大丈夫」を剥がすには、声を出さなきゃいけない。声を出すには、言葉がいる。幹夫は、その言葉をうまく持っていない。

だから、静かでいる。静かでいるほうが、誰も困らない気がする。でも本当は、困ってほしいわけじゃない。ただ、気づいてほしいだけだ。

——この矛盾が、自分の中にあると気づいたのは、いつからだっただろう。——あなたにも、似たような矛盾があるかもしれない。——平気なふりは上手なのに、平気じゃない。——誰にも迷惑をかけたくないのに、誰かに見つけてほしい。

見つけてほしい、という気持ちを、幹夫は“わがまま”だと呼んでしまう。呼んでしまうから、さらに言えなくなる。

静岡の街へ出ると、静けさの形が変わる。人が多い場所は、逆に静かだ。声が重なりすぎて、意味が消えるからだ。意味が消えると、胸の奥の痛みも薄まる気がして、幹夫はたまに街へ来る。

午後四時。静岡の影が長くなる時間。

アーケードの端から差し込む斜めの光が、床に線を引く。ビルの影は藍色で、横断歩道の白がやけに白い。潮の匂いが、どこからともなく混じる。海は見えないのに、塩は届く。見えないものが届くという事実が、幹夫の胸をざわつかせる。

母のことを思い出す。母は、見えなくなった。けれど、届く。手紙の字が届く。声の記憶が届く。匂いが届く。届くたびに、幹夫は自分の中の静けさが、ただの性格じゃなくて、防波堤みたいなものだと気づく。波が来たときに崩れないための、コンクリートの厚さ。厚いほど守れる。でも厚いほど、外からは中が見えない。

幹夫はスマホを取り出して、母の名前を見た。押せば繋がるかもしれない。繋がって、何を言えばいいのか分からない。分からないのに、押したい。押したいのに、怖い。

怖い、という言葉は簡単だ。けれど、幹夫の怖さは単純じゃない。繋がったら嬉しい。嬉しいのが怖い。嬉しいと、期待が生まれる。期待が生まれると、また失うかもしれない。失うのが怖いから、最初から持たないようにする。

そのやり方で、幹夫はここまで来た。ここまで来たけれど、ここから先もそれでいいのかは、最近分からなくなってきた。

分からなくなってきた、という変化が、幹夫にとっては大きい。変化は音を立てない。音を立てないのに、足元が少し揺れる。

帰り道、安倍川の橋の上で、幹夫は立ち止まった。川は、当たり前みたいに流れている。止まらない。止められない。誰にも褒められなくても、誰かに見られなくても、ただ進む。

河原の白い石が夕方の光を返して、眩しい。眩しいから目を細める。目を細めると、世界の輪郭が少しだけ優しくなる。輪郭が優しいと、胸の奥も少しだけ柔らかくなる。

幹夫は手すりに両手を置いた。金属がまだ熱を持っている。午後の熱が残っている。残る熱は、厄介でもあり、ありがたくもある。冷えきってしまう前の熱は「まだ終わっていない」を教えてくれる。

——幹夫という名の静けさ。——それは、何もないことじゃない。——ありすぎて、出せないことかもしれない。

幹夫は、自分の名前を心の中で何度か呼んだ。「幹夫」。音にすると、妙に真面目で、少し重い。幹(みき)は木の幹みたいで、夫(お)は誰かの役目みたいだ。名前をつけた人は、何を願ったんだろう。強くあれ、と願ったのか。支えになれ、と願ったのか。どちらにしても、幹夫は、誰かの期待を背負えるほど大人じゃない。背負えないのに、背負っているふりをしてしまう。

そのふりが、静けさになる。

静けさは、たしかに楽だ。言わなければ間違えない。言わなければ傷つけない。言わなければ、傷つかない。でも言わなければ、届かない。届かないものが積もると、いつか自分の中がいっぱいになって、呼吸ができなくなる。

幹夫は息を吸った。川の匂いがした。湿った石の匂い。夕方の草の匂い。匂いは言葉じゃないのに、なぜか「今ここ」を教えてくれる。匂いを吸えるなら、声もきっと出せるはずだ、と幹夫は思った。

スマホが震えた。父からの短いメッセージだった。

「どこだ。迎え行く」

たったそれだけ。父の言葉はいつも短い。短いのに、幹夫の胸の奥を揺らす。迎えに来る、という行為は、父なりの“言葉”だ。言葉にできないぶん、身体でやってしまう。

幹夫は、返信欄を開いた。指が止まる。「いま安倍川」それだけ打てばいいのに、指が止まる。その止まり方が、まるで自分の人生みたいで、幹夫は少し笑いそうになった。

笑いそうになって、ふと気づく。笑う、というのも、静けさの一部だ。笑いを隠す静けさ。泣きを隠す静けさ。感情を見せない静けさ。でも隠す静けさだけじゃなくて、守る静けさもあるはずだ。誰かに怒鳴り返さないための静けさ。壊れそうな自分を抱える静けさ。今までの静けさが全部悪いわけじゃない。

ただ、静けさだけでは足りない時が来る。

幹夫は親指で文字を打った。

「安倍川の橋。ここ」

送信する。送信の矢印が上へ飛んだ瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。縮むのに、固まらない。固まらない縮み方を、幹夫は初めて知った気がした。

それはたぶん、怖さの中に混じった、小さな希望だ。希望は、音がしない。でも、音がしないからこそ、本物っぽい。

父の軽トラが来るまで、幹夫は橋の上で待った。風が吹き、河原の草が揺れ、水面の光が小さく割れる。世界はずっと動いている。幹夫だけが止まっていたわけじゃない。止まっていたのは、出せなかった声だ。

軽トラのエンジン音が近づき、停まった。父が窓を開け、短く言う。

「乗れ」

幹夫は助手席に乗った。車内は土と茶の匂いがした。海の潮とは違うけれど、どちらも“生活”の匂いだと思った。生きる匂い。続く匂い。

父はハンドルを握ったまま、前を見ている。幹夫も前を見る。前を見ながら、幹夫は言ってみた。

「……迎え、ありがとう」

父の肩がほんの少し動いた。「おう」と言うでもなく、父はただ小さく息を吐いた。それが返事なのだと、幹夫は分かった。

分かった瞬間、胸の奥に、言葉が一個だけ座った気がした。まだ少ない。でもゼロじゃない。

幹夫という名の静けさは、たぶんこれからも消えない。消えなくていい。ただ、その静けさの中に、少しずつ言葉を住まわせていけばいい。露みたいに小さな言葉でいい。午後四時の影みたいに、ゆっくり伸びる言葉でいい。

あなたの中にも、名前のつかない静けさがあるなら。それは「何もない」じゃなくて、「ありすぎて言えない」かもしれない。そして、ありすぎるものは、ほんの一言でだけ、外へ出られることがある。

幹夫は窓の外を見た。遠くの空に、薄い富士の輪郭が見えた。見上げるにはまだ怖い気もしたけれど、今日は目を逸らさなかった。逸らさないだけで、静けさの質が、少しだけ変わった。

 
 
 

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