犯人の国籍は、死体だった
- 山崎行政書士事務所
- 5月15日
- 読了時間: 14分

※以下は完全なフィクションです。実在の地域・団体・人物・事件とは関係ありません。
草薙の夜は、雨が降ると音まで濃くなる。
東海道線の高架を電車が抜けるたび、静岡市清水区草薙の細い路地に、鉄のうなりが落ちた。古い茶屋の軒先、濡れた自転車、閉店後の小さな総菜屋。そこへ、赤色灯が回る。
清水署強行犯係の刑事、真壁迅は、ブルーシートの隙間から現場を見た。
被害者は、大石質店の店主、大石源三。七十二歳。
金庫は開けられ、現金と時計が消えている。室内は荒らされ、壁には赤いスプレーで、四つの言葉が書かれていた。
カエセ。返せ。DEVUELVE.TRẢ LẠI.
鑑識の杉山灯里が、低い声で言った。
「外国語が混じっています。防犯カメラには、覆面の四人組。体格や服装から、外国人労働者のグループじゃないかと」
「じゃないか、で人は捕まえない」
真壁はそう言ったが、胸の奥に冷たいものが走った。
ここ一か月、草薙周辺では外国人労働者との小さな衝突が続いていた。コンビニ前の喧嘩、アパートの騒音、未払い賃金をめぐる口論。町内会では「昔の草薙じゃなくなった」という声が日に日に大きくなっていた。
そして今、強盗殺人。
テレビ局のヘリが、夜空の雲の下を旋回していた。
翌朝、ニュースは一斉に叫んだ。
「静岡市清水区草薙で外国人グループによる凶悪強盗殺人か」
その見出しを見た瞬間、真壁は拳を握りしめた。
事件は、そこからさらに残酷になった。
二件目は、古いマンションの大家、松浦康子。
三件目は、外国人技能実習生の斡旋業で稼いでいた黒田興産の社長、黒田正臣。
どの現場も同じだった。
金庫が荒らされている。
赤いスプレーで「返せ」と書かれている。
防犯カメラには、黒いフードを被った四人組。
そして、犯人たちはあり得ない動きをした。
一件目では、質店の二階窓から隣家の瓦屋根へ飛び移り、雨樋を滑って路地へ消えた。
二件目では、マンションの外階段を使わず、配管を伝って三階から降りた。
三件目では、工事中の足場を猿のように駆け上がり、ビルの屋上から隣の駐車場のワゴン車へ飛び降りていた。
「パルクールだな」
真壁は映像を何度も止めながら言った。
杉山が眉をひそめる。
「外国人の若者グループで、そういう動きができる者を探しますか」
「探す。だが、国籍じゃなく、身体能力で探す」
その夜、真壁は草薙駅前の細い通りで、ひとりの青年を見つけた。
ダニエル・キンタナ。
ペルー出身の日系三世。二十四歳。食品工場勤務。かつて静岡市内のパルクールサークルに所属していた。
真壁が声をかけた瞬間、ダニエルは逃げた。
雨の路地を蹴り、駐輪場の屋根に跳び、看板の支柱を掴んで身体を振り上げる。真壁も追った。膝が軋む。だが止まらない。刑事になって十五年、逃げる背中を見失うことだけは、真壁の身体が許さなかった。
ダニエルは商店街のアーケードの上へ上がった。
真壁はゴミ置き場のフェンスを踏み台にし、看板の縁を掴んでよじ登った。足元の雨水が滑る。下では通行人が悲鳴を上げる。
「止まれ!」
「俺たちは殺してない!」
ダニエルが叫んだ。
その日本語は、驚くほどはっきりしていた。
真壁は飛びかかった。二人は濡れたアーケードの屋根を転がり、真壁の肩が鉄骨にぶつかった。鈍い痛み。だが手錠はかかった。
ダニエルは荒い息の中で、真壁を睨んだ。
「殺してない。返してるだけだ」
「何を」
「名前だよ」
その言葉が、真壁の頭から離れなかった。
翌日、清水署の取調室。
ダニエルは黙っていた。通訳も不要だと言った。彼の手には、工場でできた火傷の痕があった。
真壁は紙コップの茶を置いた。
「お前たち四人は現場にいた」
「いた」
「金庫を開けた」
「開けた」
「なら強盗だ」
「でも、あの人たちは死んでいた」
真壁は動きを止めた。
「何だと」
「俺たちが入った時には、もう死んでいた」
杉山が資料をめくる。
「死亡推定時刻とは合いません」
「合わないのは、そっちの時計だ」
ダニエルは震える声で言った。
「俺たちは金を盗ってない。パスポートを取り返した。給料の記録も。あの人たちが、みんなから奪ったものを」
「みんな?」
ダニエルは唇を噛んだ。
「草薙には、名前を取り上げられた人がいる。国に帰れない人。会社を辞められない人。病院に行けない人。日本語が読めなくて、契約書に何が書いてあるか分からない人。あの人たちは、そういう人から金を取っていた」
杉山が静かに言った。
「大石、松浦、黒田。三人とも、外国人労働者の保証人ビジネスに関わっていた」
真壁はダニエルを見る。
「じゃあ、なぜ警察に言わなかった」
ダニエルは笑った。
笑ったというより、壊れた顔になった。
「警察に行った子がいた。『契約だから仕方ない』って帰された。日本語が下手だから、嘘つきだって言われた。俺たちは、もう誰に助けてって言えばいいか分からなかった」
真壁は言葉を失った。
そのとき、署の外から怒号が聞こえた。
「外国人を追い出せ!」
「草薙を守れ!」
窓の外に、プラカードを持った人々が集まっていた。
その先頭に立っていたのは、地元の名士、鷲巣康平だった。
元市議会議員。防犯会社「ワシズ・セキュリティ」の会長。白髪を綺麗に撫でつけ、背筋の伸びた男だった。町内会では「草薙の守り人」と呼ばれていた。
テレビカメラの前で、鷲巣は言った。
「我々は外国の方々すべてを否定しているわけではありません。しかし、秩序を乱す者には厳正な対応が必要です。日本人の命と町の安全を守る。それだけです」
その言葉に拍手が起きた。
真壁は窓越しに、その顔を見つめた。
綺麗すぎる怒りだ、と思った。
怒りには普通、迷いがある。悲しみがある。怖さがある。だが鷲巣の怒りは、よく磨かれた刃物のように、どこまでも清潔だった。
事件の鍵は、三つあった。
ひとつ目は、壁の文字。
杉山が鑑識写真を並べて言った。
「四つの言語で書かれています。でも全部、筆圧が同じです。しかもスペイン語とベトナム語の語順が少し不自然。機械翻訳みたいです」
「外国人が自分の言葉を間違えるか」
「少なくとも、その国の人間が書いたとは考えにくいです」
ふたつ目は、結束バンド。
三人の被害者は、殺害前に手首を縛られていた。結び目はすべて同じ。無駄がなく、速い。杉山はその写真を見せた。
「これ、民間警備の制圧訓練で使う縛り方に似ています」
真壁の目が細くなる。
「外国人労働者じゃなく、警備会社か」
三つ目は、死亡推定時刻。
一件目の大石質店では、店内の古い柱時計が八時二十二分で止まっていた。警察はそれを死亡時刻の目安にした。
だが杉山が、質店の奥にあった炊飯器の記録を見つけた。
「保温が切れたのは午後七時三分。被害者は毎晩七時に夕飯を食べる習慣だったそうです。胃の内容物からも、死亡は七時十分前後の可能性が高い」
防犯カメラに四人組が映ったのは、七時四十四分。
つまり、ダニエルたちが入った時には、大石はすでに死んでいた。
二件目も同じだった。
三件目も。
「誰かが先に殺して、ダニエルたちが入るのを待っていた」
杉山が言う。
真壁は、押収した金庫の中身を調べ直した。
ダニエルたちが盗ったのは、現金ではなかった。
パスポート。
在留カードのコピー。
給与明細。
借用書。
そして、古い一冊のノート。
表紙には、黒く滲んだ文字でこう書かれていた。
「草薙相互扶助会 名簿」
そこには、二十七人の外国人労働者の名前があった。
だが、そのうち八人には、赤い丸がついていた。
杉山が名簿を見ながら言った。
「この八人、記録上は十年前に帰国しています」
「記録上は?」
「実際の出国記録がありません。勤務先も途中で途切れている」
その名前の横に、小さく日本語で書かれていた。
焼却済み。
真壁は背筋が凍った。
十年前、草薙の外れにあった古い資材倉庫で火災が起きた。台風の夜だった。死者は二人。地元紙に小さく載っただけの事故。
だが本当に死んだのは、二人だけだったのか。
真壁は、草薙の日本語教室「こもれび」に向かった。
小さな公民館の和室では、外国人の若者たちと日本人の老人たちが、ひらがなのカードを囲んでいた。
「これは、あめ」
「雨」
「これは?」
「ゆめ」
「夢」
窓際に座る少女が、真壁を見た。
十六歳くらい。黒い髪、静かな目。名は沙良。
教室を仕切っている三枝玲子が、真壁に頭を下げた。七十代の小柄な女性で、声に芯があった。
「刑事さん、ここにいる子たちは犯人ではありません」
「それを調べに来ました」
「調べるなら、怯えさせないでください。あの子たちは、日本語を間違えるたびに、自分が人間として間違っているみたいな顔をするんです」
真壁は畳に座った。
外国人の青年が、ぎこちなく茶を出した。
「どうぞ」
「ありがとう」
その一言で、青年の表情が少し緩んだ。
真壁は思った。
町は、怖がっている。
外国人も怖がっている。
日本人も怖がっている。
怖がっている者同士が、互いを怪物だと思い込んでいる。
三枝玲子は、古い写真を真壁に見せた。
十年前の資材倉庫。
笑っている若い外国人労働者たち。
その中に、日本人の青年がいた。
鷲巣康平の息子、鷲巣誠也。
「誠也さんは、外国人の子たちに日本語を教えていました。台風の夜、倉庫に閉じ込められていた子たちを助けようとして亡くなった」
「閉じ込められていた?」
玲子は唇を結んだ。
「あの倉庫は、違法な宿舎でした。逃げないように、外から鍵をかけられていた。大石、松浦、黒田は、その管理に関わっていました」
「鷲巣康平は?」
玲子は答えなかった。
代わりに、写真の隅を指差した。
そこに、若い女性が写っていた。小さな腹を撫でている。ベトナム人らしい顔立ちの、優しい目の女性。
「彼女の名は、リン。誠也さんの恋人でした」
真壁は、和室の隅にいる沙良を見た。
沙良は、こちらを見ていた。
その目は、鷲巣康平に似ていた。
夜、真壁は鷲巣康平の屋敷へ向かった。
広い庭。黒い瓦。門には防犯カメラがいくつも光っていた。
鷲巣は応接間で待っていた。壁には「清く正しく美しく」と書かれた額。
「刑事さん、外国人犯罪の捜査は進んでいますか」
「進んでいます」
真壁は写真を置いた。
「十年前の倉庫火災についても」
鷲巣の目が、一瞬だけ曇った。
「古い事故です」
「事故ではない。鍵が外からかけられていた」
「証拠は?」
「これから出します」
鷲巣は微笑んだ。
「真壁さん。あなたは熱血だが、世の中は熱だけでは動きません。町を守るには、時に冷たい決断が必要です」
「町を守るために、人を閉じ込めるのか」
「秩序を守るためです」
「殺した三人も、秩序のためか」
沈黙。
鷲巣は湯呑みを置いた。
「恐ろしいことを言う」
「恐ろしいのはあんただ。大石、松浦、黒田は十年前の火災の共犯だった。最近になって、あんたを脅し始めた。名簿を使ってな」
鷲巣は答えない。
真壁は続けた。
「ダニエルたちは、奪われたパスポートや給与記録を取り返そうとした。あんたはそれを知っていた。だから先に被害者を殺し、彼らが現場に入るのを待った。防犯カメラに映るように誘導した。壁の外国語は、機械翻訳で書いた。外国人グループの強盗殺人に見せかけるためだ」
鷲巣は低く笑った。
「面白い推理だ」
「それだけじゃない」
真壁は、もう一枚の写真を出した。
沙良の写真。
鷲巣の顔から、笑みが消えた。
「この子は、誠也さんとリンさんの娘だ。あんたの孫だ」
「黙れ」
初めて、鷲巣の声が乱れた。
「リンさんは倉庫火災の夜、沙良を産んだ。三枝玲子さんが赤ん坊を助けた。あんたはそれを知っていた。でも認めなかった。外国人排斥を掲げる自分に、外国にルーツを持つ孫がいることを、どうしても許せなかった」
「黙れ!」
鷲巣は立ち上がった。
「私はこの町を守ってきた! 日本人が日本人らしく生きられる町を! 何もかも曖昧にして、血も文化も誇りも混ぜて、最後には誰が誰だか分からなくなる。そんな未来を、私は認めない」
真壁も立った。
「血で町は守れない。人で守るんだ」
その瞬間、屋敷の外で爆発音がした。
いや、爆発ではない。
ガラスが割れる音。車が急発進する音。
杉山から電話が入った。
「真壁さん、沙良ちゃんが連れ去られました! ワシズ・セキュリティの車です!」
鷲巣は笑った。
「今夜、草薙は決着を見る」
「どこへ連れて行った」
「草薙相互扶助会の始まりの場所だ」
十年前の資材倉庫。
今は取り壊し予定の廃倉庫。
そこでは、町内会の防犯集会が開かれる予定だった。鷲巣はそこで最後の事件を起こすつもりだった。
外国人グループが、鷲巣の孫を殺そうとした。
そう見せかけるために。
真壁は走った。
倉庫の中には、沙良がいた。手首を縛られ、震えている。床には赤いスプレー缶。壁にはまた「返せ」の文字。
そして、黒いフードを被った四つの影。
だが真壁にはもう分かっていた。
彼らは外国人ではない。
ワシズ・セキュリティの社員たちだった。
顔を隠し、外国人労働者の作業着を着せられているだけだ。
真壁が踏み込んだ瞬間、社員の一人が鉄パイプを振り下ろした。真壁は身を沈め、相手の膝を払った。二人目が背後から掴みかかる。真壁は壁を蹴って身体を反転させ、肘を叩き込んだ。
三人目が沙良を引きずる。
そのとき、屋根の割れた天窓から、影が降ってきた。
ダニエルだった。
彼は梁を掴み、身体を振り子のように飛ばし、社員の肩に蹴りを入れた。続いて、レイラ、ミン、アンドレス。事件で「外国人強盗団」と呼ばれた四人が、倉庫の中を縦横に駆けた。
敵ではなかった。
彼らは、沙良を助けに来たのだ。
「刑事さん!」
ダニエルが叫ぶ。
真壁は沙良の縄を切った。
沙良は泣きながら言った。
「おじいちゃんは、私を殺す気なの?」
その問いに答えたのは、入口に立つ鷲巣だった。
「殺すのではない。救うんだ」
鷲巣は、古い灯油缶を倒した。
臭いが広がる。
「この町は、恐怖を必要としている。恐怖がなければ、人は境界線を忘れる。どこまでが身内で、どこからがよそ者かを忘れる」
真壁は沙良を背に庇った。
「沙良はあんたの孫だ」
「だからこそだ!」
鷲巣の目から涙がこぼれていた。
「この子を見るたびに、誠也の裏切りを思い出す。外国の女を愛し、外国の血を残した。私の家を、私の名前を、私の日本を壊した」
沙良が震える声で言った。
「私は、壊すために生まれたの?」
倉庫の中に、静寂が落ちた。
ダニエルも、杉山も、真壁も、何も言えなかった。
鷲巣だけが、息を荒くしていた。
沙良は泣きながらも、まっすぐに祖父を見た。
「私は日本語で夢を見る。ベトナム語の歌も好き。お味噌汁も、リンお母さんの写真も、どっちも好き。私の中に二つあることは、悪いことなの?」
鷲巣の手が震えた。
ライターが床に落ちた。
真壁はその瞬間に飛び込んだ。鷲巣を押し倒し、灯油の広がる床からライターを蹴り飛ばす。社員たちは取り押さえられた。サイレンが近づく。
鷲巣は床に伏せたまま、かすれた声で笑った。
「真壁……お前には分からん。国が壊れる恐怖が」
真壁は手錠をかけながら言った。
「分かるさ。だが、人を殺して守る国なんて、もう壊れてる」
事件の全貌は、翌週明らかになった。
大石、松浦、黒田は、十年前の倉庫火災で死亡した外国人労働者の存在を隠していた。彼らのパスポートを処分せず、在留資格や名義を悪用し、さらに生きている労働者たちから金を搾り取っていた。
鷲巣康平は、その隠蔽の中心にいた。
近年、被害者三人は、鷲巣に金を要求していた。
しかも、沙良の出生記録を盾に。
鷲巣は三人を殺し、同時に外国人への恐怖を煽った。町に監視カメラと警備契約を売り込み、政治的影響力を取り戻すために。
だが、真壁が最も怒りを覚えたのは、そこではなかった。
鷲巣は、十年前に死んだ外国人労働者たちの名前を使って、架空の強盗団を作っていた。
現場に残された在留カードのコピー。
壁に書かれた外国語。
防犯カメラに映る作業着。
すべて、死者の国籍を犯人に貼りつけるための道具だった。
だから杉山は、報告書の最後にこう書いた。
「本件における“外国人グループ”とは、実在する犯罪集団ではなく、被疑者が死者の身元と社会的偏見を利用して作成した虚像である」
真壁はその一文を見て、長く息を吐いた。
犯人の国籍は、外国ではなかった。
日本でもなかった。
それは、死体だった。
死んだ人間に、まだ生きている誰かの憎しみを着せたのだ。
数か月後。
草薙の日本語教室「こもれび」は、前より少し賑やかになっていた。
日本人の老人が、ベトナム人の青年に漢字を教えている。
ペルー出身のダニエルが、小学生たちに安全な跳び方を教えている。
沙良は、黒板に大きく二つの字を書いた。
境界
そして、その下にもう一つ書いた。
橋
「先生、これ、どっちが大事?」
小さな男の子が聞いた。
沙良は少し考えてから言った。
「どっちも大事。境界があるから、自分が分かる。でも橋がないと、誰にも会えない」
窓の外で、真壁は缶コーヒーを飲んでいた。
杉山が隣に立つ。
「真壁さん、泣いてます?」
「雨だ」
「晴れてますけど」
真壁は黙って空を見上げた。
草薙の空は青かった。
だが、青い空の下にも、人は簡単に憎しみを育てる。見知らぬ言葉、違う肌、違う祈り、違う食べ物。怖いと思えば、何もかもが敵に見える。
けれど同じ空の下で、人は手も伸ばせる。
助けて、と言える。
ありがとう、と言える。
名前を呼べる。
真壁は教室の中を見た。
沙良が笑っていた。
ダニエルも笑っていた。
三枝玲子が、涙を拭きながら笑っていた。
真壁は小さく呟いた。
「国籍じゃねえな」
杉山が聞き返す。
「何がです?」
「人を殺すのは、国籍じゃない。恐怖だ。恐怖を言い訳にした、人間だ」
そして真壁は、清水署へ戻るために歩き出した。
背中には、まだ事件の痛みが残っている。
だが胸の奥には、少しだけ温かいものがあった。
草薙の町は、傷ついた。
けれど、終わってはいなかった。
橋は、まだ架けられる。





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