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犯人の国籍は、死体だった

※以下は完全なフィクションです。実在の地域・団体・人物・事件とは関係ありません。

草薙の夜は、雨が降ると音まで濃くなる。

東海道線の高架を電車が抜けるたび、静岡市清水区草薙の細い路地に、鉄のうなりが落ちた。古い茶屋の軒先、濡れた自転車、閉店後の小さな総菜屋。そこへ、赤色灯が回る。

清水署強行犯係の刑事、真壁迅は、ブルーシートの隙間から現場を見た。

被害者は、大石質店の店主、大石源三。七十二歳。

金庫は開けられ、現金と時計が消えている。室内は荒らされ、壁には赤いスプレーで、四つの言葉が書かれていた。

カエセ。返せ。DEVUELVE.TRẢ LẠI.

鑑識の杉山灯里が、低い声で言った。

「外国語が混じっています。防犯カメラには、覆面の四人組。体格や服装から、外国人労働者のグループじゃないかと」

「じゃないか、で人は捕まえない」

真壁はそう言ったが、胸の奥に冷たいものが走った。

ここ一か月、草薙周辺では外国人労働者との小さな衝突が続いていた。コンビニ前の喧嘩、アパートの騒音、未払い賃金をめぐる口論。町内会では「昔の草薙じゃなくなった」という声が日に日に大きくなっていた。

そして今、強盗殺人。

テレビ局のヘリが、夜空の雲の下を旋回していた。

翌朝、ニュースは一斉に叫んだ。

「静岡市清水区草薙で外国人グループによる凶悪強盗殺人か」

その見出しを見た瞬間、真壁は拳を握りしめた。

事件は、そこからさらに残酷になった。

二件目は、古いマンションの大家、松浦康子。

三件目は、外国人技能実習生の斡旋業で稼いでいた黒田興産の社長、黒田正臣。

どの現場も同じだった。

金庫が荒らされている。

赤いスプレーで「返せ」と書かれている。

防犯カメラには、黒いフードを被った四人組。

そして、犯人たちはあり得ない動きをした。

一件目では、質店の二階窓から隣家の瓦屋根へ飛び移り、雨樋を滑って路地へ消えた。

二件目では、マンションの外階段を使わず、配管を伝って三階から降りた。

三件目では、工事中の足場を猿のように駆け上がり、ビルの屋上から隣の駐車場のワゴン車へ飛び降りていた。

「パルクールだな」

真壁は映像を何度も止めながら言った。

杉山が眉をひそめる。

「外国人の若者グループで、そういう動きができる者を探しますか」

「探す。だが、国籍じゃなく、身体能力で探す」

その夜、真壁は草薙駅前の細い通りで、ひとりの青年を見つけた。

ダニエル・キンタナ。

ペルー出身の日系三世。二十四歳。食品工場勤務。かつて静岡市内のパルクールサークルに所属していた。

真壁が声をかけた瞬間、ダニエルは逃げた。

雨の路地を蹴り、駐輪場の屋根に跳び、看板の支柱を掴んで身体を振り上げる。真壁も追った。膝が軋む。だが止まらない。刑事になって十五年、逃げる背中を見失うことだけは、真壁の身体が許さなかった。

ダニエルは商店街のアーケードの上へ上がった。

真壁はゴミ置き場のフェンスを踏み台にし、看板の縁を掴んでよじ登った。足元の雨水が滑る。下では通行人が悲鳴を上げる。

「止まれ!」

「俺たちは殺してない!」

ダニエルが叫んだ。

その日本語は、驚くほどはっきりしていた。

真壁は飛びかかった。二人は濡れたアーケードの屋根を転がり、真壁の肩が鉄骨にぶつかった。鈍い痛み。だが手錠はかかった。

ダニエルは荒い息の中で、真壁を睨んだ。

「殺してない。返してるだけだ」

「何を」

「名前だよ」

その言葉が、真壁の頭から離れなかった。

翌日、清水署の取調室。

ダニエルは黙っていた。通訳も不要だと言った。彼の手には、工場でできた火傷の痕があった。

真壁は紙コップの茶を置いた。

「お前たち四人は現場にいた」

「いた」

「金庫を開けた」

「開けた」

「なら強盗だ」

「でも、あの人たちは死んでいた」

真壁は動きを止めた。

「何だと」

「俺たちが入った時には、もう死んでいた」

杉山が資料をめくる。

「死亡推定時刻とは合いません」

「合わないのは、そっちの時計だ」

ダニエルは震える声で言った。

「俺たちは金を盗ってない。パスポートを取り返した。給料の記録も。あの人たちが、みんなから奪ったものを」

「みんな?」

ダニエルは唇を噛んだ。

「草薙には、名前を取り上げられた人がいる。国に帰れない人。会社を辞められない人。病院に行けない人。日本語が読めなくて、契約書に何が書いてあるか分からない人。あの人たちは、そういう人から金を取っていた」

杉山が静かに言った。

「大石、松浦、黒田。三人とも、外国人労働者の保証人ビジネスに関わっていた」

真壁はダニエルを見る。

「じゃあ、なぜ警察に言わなかった」

ダニエルは笑った。

笑ったというより、壊れた顔になった。

「警察に行った子がいた。『契約だから仕方ない』って帰された。日本語が下手だから、嘘つきだって言われた。俺たちは、もう誰に助けてって言えばいいか分からなかった」

真壁は言葉を失った。

そのとき、署の外から怒号が聞こえた。

「外国人を追い出せ!」

「草薙を守れ!」

窓の外に、プラカードを持った人々が集まっていた。

その先頭に立っていたのは、地元の名士、鷲巣康平だった。

元市議会議員。防犯会社「ワシズ・セキュリティ」の会長。白髪を綺麗に撫でつけ、背筋の伸びた男だった。町内会では「草薙の守り人」と呼ばれていた。

テレビカメラの前で、鷲巣は言った。

「我々は外国の方々すべてを否定しているわけではありません。しかし、秩序を乱す者には厳正な対応が必要です。日本人の命と町の安全を守る。それだけです」

その言葉に拍手が起きた。

真壁は窓越しに、その顔を見つめた。

綺麗すぎる怒りだ、と思った。

怒りには普通、迷いがある。悲しみがある。怖さがある。だが鷲巣の怒りは、よく磨かれた刃物のように、どこまでも清潔だった。

事件の鍵は、三つあった。

ひとつ目は、壁の文字。

杉山が鑑識写真を並べて言った。

「四つの言語で書かれています。でも全部、筆圧が同じです。しかもスペイン語とベトナム語の語順が少し不自然。機械翻訳みたいです」

「外国人が自分の言葉を間違えるか」

「少なくとも、その国の人間が書いたとは考えにくいです」

ふたつ目は、結束バンド。

三人の被害者は、殺害前に手首を縛られていた。結び目はすべて同じ。無駄がなく、速い。杉山はその写真を見せた。

「これ、民間警備の制圧訓練で使う縛り方に似ています」

真壁の目が細くなる。

「外国人労働者じゃなく、警備会社か」

三つ目は、死亡推定時刻。

一件目の大石質店では、店内の古い柱時計が八時二十二分で止まっていた。警察はそれを死亡時刻の目安にした。

だが杉山が、質店の奥にあった炊飯器の記録を見つけた。

「保温が切れたのは午後七時三分。被害者は毎晩七時に夕飯を食べる習慣だったそうです。胃の内容物からも、死亡は七時十分前後の可能性が高い」

防犯カメラに四人組が映ったのは、七時四十四分。

つまり、ダニエルたちが入った時には、大石はすでに死んでいた。

二件目も同じだった。

三件目も。

「誰かが先に殺して、ダニエルたちが入るのを待っていた」

杉山が言う。

真壁は、押収した金庫の中身を調べ直した。

ダニエルたちが盗ったのは、現金ではなかった。

パスポート。

在留カードのコピー。

給与明細。

借用書。

そして、古い一冊のノート。

表紙には、黒く滲んだ文字でこう書かれていた。

「草薙相互扶助会 名簿」

そこには、二十七人の外国人労働者の名前があった。

だが、そのうち八人には、赤い丸がついていた。

杉山が名簿を見ながら言った。

「この八人、記録上は十年前に帰国しています」

「記録上は?」

「実際の出国記録がありません。勤務先も途中で途切れている」

その名前の横に、小さく日本語で書かれていた。

焼却済み。

真壁は背筋が凍った。

十年前、草薙の外れにあった古い資材倉庫で火災が起きた。台風の夜だった。死者は二人。地元紙に小さく載っただけの事故。

だが本当に死んだのは、二人だけだったのか。

真壁は、草薙の日本語教室「こもれび」に向かった。

小さな公民館の和室では、外国人の若者たちと日本人の老人たちが、ひらがなのカードを囲んでいた。

「これは、あめ」

「雨」

「これは?」

「ゆめ」

「夢」

窓際に座る少女が、真壁を見た。

十六歳くらい。黒い髪、静かな目。名は沙良。

教室を仕切っている三枝玲子が、真壁に頭を下げた。七十代の小柄な女性で、声に芯があった。

「刑事さん、ここにいる子たちは犯人ではありません」

「それを調べに来ました」

「調べるなら、怯えさせないでください。あの子たちは、日本語を間違えるたびに、自分が人間として間違っているみたいな顔をするんです」

真壁は畳に座った。

外国人の青年が、ぎこちなく茶を出した。

「どうぞ」

「ありがとう」

その一言で、青年の表情が少し緩んだ。

真壁は思った。

町は、怖がっている。

外国人も怖がっている。

日本人も怖がっている。

怖がっている者同士が、互いを怪物だと思い込んでいる。

三枝玲子は、古い写真を真壁に見せた。

十年前の資材倉庫。

笑っている若い外国人労働者たち。

その中に、日本人の青年がいた。

鷲巣康平の息子、鷲巣誠也。

「誠也さんは、外国人の子たちに日本語を教えていました。台風の夜、倉庫に閉じ込められていた子たちを助けようとして亡くなった」

「閉じ込められていた?」

玲子は唇を結んだ。

「あの倉庫は、違法な宿舎でした。逃げないように、外から鍵をかけられていた。大石、松浦、黒田は、その管理に関わっていました」

「鷲巣康平は?」

玲子は答えなかった。

代わりに、写真の隅を指差した。

そこに、若い女性が写っていた。小さな腹を撫でている。ベトナム人らしい顔立ちの、優しい目の女性。

「彼女の名は、リン。誠也さんの恋人でした」

真壁は、和室の隅にいる沙良を見た。

沙良は、こちらを見ていた。

その目は、鷲巣康平に似ていた。

夜、真壁は鷲巣康平の屋敷へ向かった。

広い庭。黒い瓦。門には防犯カメラがいくつも光っていた。

鷲巣は応接間で待っていた。壁には「清く正しく美しく」と書かれた額。

「刑事さん、外国人犯罪の捜査は進んでいますか」

「進んでいます」

真壁は写真を置いた。

「十年前の倉庫火災についても」

鷲巣の目が、一瞬だけ曇った。

「古い事故です」

「事故ではない。鍵が外からかけられていた」

「証拠は?」

「これから出します」

鷲巣は微笑んだ。

「真壁さん。あなたは熱血だが、世の中は熱だけでは動きません。町を守るには、時に冷たい決断が必要です」

「町を守るために、人を閉じ込めるのか」

「秩序を守るためです」

「殺した三人も、秩序のためか」

沈黙。

鷲巣は湯呑みを置いた。

「恐ろしいことを言う」

「恐ろしいのはあんただ。大石、松浦、黒田は十年前の火災の共犯だった。最近になって、あんたを脅し始めた。名簿を使ってな」

鷲巣は答えない。

真壁は続けた。

「ダニエルたちは、奪われたパスポートや給与記録を取り返そうとした。あんたはそれを知っていた。だから先に被害者を殺し、彼らが現場に入るのを待った。防犯カメラに映るように誘導した。壁の外国語は、機械翻訳で書いた。外国人グループの強盗殺人に見せかけるためだ」

鷲巣は低く笑った。

「面白い推理だ」

「それだけじゃない」

真壁は、もう一枚の写真を出した。

沙良の写真。

鷲巣の顔から、笑みが消えた。

「この子は、誠也さんとリンさんの娘だ。あんたの孫だ」

「黙れ」

初めて、鷲巣の声が乱れた。

「リンさんは倉庫火災の夜、沙良を産んだ。三枝玲子さんが赤ん坊を助けた。あんたはそれを知っていた。でも認めなかった。外国人排斥を掲げる自分に、外国にルーツを持つ孫がいることを、どうしても許せなかった」

「黙れ!」

鷲巣は立ち上がった。

「私はこの町を守ってきた! 日本人が日本人らしく生きられる町を! 何もかも曖昧にして、血も文化も誇りも混ぜて、最後には誰が誰だか分からなくなる。そんな未来を、私は認めない」

真壁も立った。

「血で町は守れない。人で守るんだ」

その瞬間、屋敷の外で爆発音がした。

いや、爆発ではない。

ガラスが割れる音。車が急発進する音。

杉山から電話が入った。

「真壁さん、沙良ちゃんが連れ去られました! ワシズ・セキュリティの車です!」

鷲巣は笑った。

「今夜、草薙は決着を見る」

「どこへ連れて行った」

「草薙相互扶助会の始まりの場所だ」

十年前の資材倉庫。

今は取り壊し予定の廃倉庫。

そこでは、町内会の防犯集会が開かれる予定だった。鷲巣はそこで最後の事件を起こすつもりだった。

外国人グループが、鷲巣の孫を殺そうとした。

そう見せかけるために。

真壁は走った。

倉庫の中には、沙良がいた。手首を縛られ、震えている。床には赤いスプレー缶。壁にはまた「返せ」の文字。

そして、黒いフードを被った四つの影。

だが真壁にはもう分かっていた。

彼らは外国人ではない。

ワシズ・セキュリティの社員たちだった。

顔を隠し、外国人労働者の作業着を着せられているだけだ。

真壁が踏み込んだ瞬間、社員の一人が鉄パイプを振り下ろした。真壁は身を沈め、相手の膝を払った。二人目が背後から掴みかかる。真壁は壁を蹴って身体を反転させ、肘を叩き込んだ。

三人目が沙良を引きずる。

そのとき、屋根の割れた天窓から、影が降ってきた。

ダニエルだった。

彼は梁を掴み、身体を振り子のように飛ばし、社員の肩に蹴りを入れた。続いて、レイラ、ミン、アンドレス。事件で「外国人強盗団」と呼ばれた四人が、倉庫の中を縦横に駆けた。

敵ではなかった。

彼らは、沙良を助けに来たのだ。

「刑事さん!」

ダニエルが叫ぶ。

真壁は沙良の縄を切った。

沙良は泣きながら言った。

「おじいちゃんは、私を殺す気なの?」

その問いに答えたのは、入口に立つ鷲巣だった。

「殺すのではない。救うんだ」

鷲巣は、古い灯油缶を倒した。

臭いが広がる。

「この町は、恐怖を必要としている。恐怖がなければ、人は境界線を忘れる。どこまでが身内で、どこからがよそ者かを忘れる」

真壁は沙良を背に庇った。

「沙良はあんたの孫だ」

「だからこそだ!」

鷲巣の目から涙がこぼれていた。

「この子を見るたびに、誠也の裏切りを思い出す。外国の女を愛し、外国の血を残した。私の家を、私の名前を、私の日本を壊した」

沙良が震える声で言った。

「私は、壊すために生まれたの?」

倉庫の中に、静寂が落ちた。

ダニエルも、杉山も、真壁も、何も言えなかった。

鷲巣だけが、息を荒くしていた。

沙良は泣きながらも、まっすぐに祖父を見た。

「私は日本語で夢を見る。ベトナム語の歌も好き。お味噌汁も、リンお母さんの写真も、どっちも好き。私の中に二つあることは、悪いことなの?」

鷲巣の手が震えた。

ライターが床に落ちた。

真壁はその瞬間に飛び込んだ。鷲巣を押し倒し、灯油の広がる床からライターを蹴り飛ばす。社員たちは取り押さえられた。サイレンが近づく。

鷲巣は床に伏せたまま、かすれた声で笑った。

「真壁……お前には分からん。国が壊れる恐怖が」

真壁は手錠をかけながら言った。

「分かるさ。だが、人を殺して守る国なんて、もう壊れてる」

事件の全貌は、翌週明らかになった。

大石、松浦、黒田は、十年前の倉庫火災で死亡した外国人労働者の存在を隠していた。彼らのパスポートを処分せず、在留資格や名義を悪用し、さらに生きている労働者たちから金を搾り取っていた。

鷲巣康平は、その隠蔽の中心にいた。

近年、被害者三人は、鷲巣に金を要求していた。

しかも、沙良の出生記録を盾に。

鷲巣は三人を殺し、同時に外国人への恐怖を煽った。町に監視カメラと警備契約を売り込み、政治的影響力を取り戻すために。

だが、真壁が最も怒りを覚えたのは、そこではなかった。

鷲巣は、十年前に死んだ外国人労働者たちの名前を使って、架空の強盗団を作っていた。

現場に残された在留カードのコピー。

壁に書かれた外国語。

防犯カメラに映る作業着。

すべて、死者の国籍を犯人に貼りつけるための道具だった。

だから杉山は、報告書の最後にこう書いた。

「本件における“外国人グループ”とは、実在する犯罪集団ではなく、被疑者が死者の身元と社会的偏見を利用して作成した虚像である」

真壁はその一文を見て、長く息を吐いた。

犯人の国籍は、外国ではなかった。

日本でもなかった。

それは、死体だった。

死んだ人間に、まだ生きている誰かの憎しみを着せたのだ。

数か月後。

草薙の日本語教室「こもれび」は、前より少し賑やかになっていた。

日本人の老人が、ベトナム人の青年に漢字を教えている。

ペルー出身のダニエルが、小学生たちに安全な跳び方を教えている。

沙良は、黒板に大きく二つの字を書いた。

境界

そして、その下にもう一つ書いた。

「先生、これ、どっちが大事?」

小さな男の子が聞いた。

沙良は少し考えてから言った。

「どっちも大事。境界があるから、自分が分かる。でも橋がないと、誰にも会えない」

窓の外で、真壁は缶コーヒーを飲んでいた。

杉山が隣に立つ。

「真壁さん、泣いてます?」

「雨だ」

「晴れてますけど」

真壁は黙って空を見上げた。

草薙の空は青かった。

だが、青い空の下にも、人は簡単に憎しみを育てる。見知らぬ言葉、違う肌、違う祈り、違う食べ物。怖いと思えば、何もかもが敵に見える。

けれど同じ空の下で、人は手も伸ばせる。

助けて、と言える。

ありがとう、と言える。

名前を呼べる。

真壁は教室の中を見た。

沙良が笑っていた。

ダニエルも笑っていた。

三枝玲子が、涙を拭きながら笑っていた。

真壁は小さく呟いた。

「国籍じゃねえな」

杉山が聞き返す。

「何がです?」

「人を殺すのは、国籍じゃない。恐怖だ。恐怖を言い訳にした、人間だ」

そして真壁は、清水署へ戻るために歩き出した。

背中には、まだ事件の痛みが残っている。

だが胸の奥には、少しだけ温かいものがあった。

草薙の町は、傷ついた。

けれど、終わってはいなかった。

橋は、まだ架けられる。


 
 
 

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