石化プラントで受け入れるための「暫定数値目標」づくり
- 山崎行政書士事務所
- 1月18日
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―受入側(石化)×油化側(リサイクル)の境界仕様を、測定定義ごと設計するという技術課題―
要旨
ポストコンシューマー由来の熱分解油(WPO/PPO)を石化プラントに導入する際、受入境界での「暫定数値目標(暫定スペック)」は、単なる商務条件ではなく、運転信頼性(腐食・塩析・ファウリング・触媒被毒)を守るための工学設計そのものである。公開レビューでは、ポストコンシューマー熱分解油が窒素・酸素・塩素・金属などで現行スチームクラッカー原料仕様を大きく超過し得ること、そして現行仕様に適合するには水素ベースのアップグレードと脱ハロゲン等の前処理が必要であることが明確に述べられている。さらにスチームクラッカーは原料品質・数量の安定性に依存し、廃プラ由来では変動が課題になり得る点も指摘される。この状況下で「暫定でも数値を決める」こと自体が難しいのは、汚染物が単一ではなくカクテルで効き、しかも“何をもってCl(あるいはBr)と呼ぶか”が測り方で変わるためである。本稿では、暫定スペックを(1)故障モード起点で数値化し、(2)工程ごとの“汚染物負荷予算”として整合させ、(3)測定法・サンプリング・判定ロジックまで含めて仕様書化する、という枠組みを提案し、最後に実務で使える暫定仕様(例)の作り方を示す。
キーワード
暫定仕様、受入基準、熱分解油、WPO、スチームクラッカー、脱ハロゲン、マイクロクーロメトリー、WDXRF、サンプリング、品質保証
1. なぜ「暫定数値目標」が技術課題になるのか
暫定数値目標が“決めにくい”最大の理由は、石化側が恐れているのが「平均値が悪い」ことではなく、「一度のスパイクが不可逆損傷を残す」ことだからである。ポストコンシューマー熱分解油は、腐食・汚れ・下流触媒被毒の主因となる汚染物を多く含み、典型的仕様(例として窒素100 ppm、酸素100 ppm、塩素3 ppm、鉄0.001 ppm等)を大きく超える例が文献上で提示されている。 しかも、クラッカーは安定で予測可能な原料品質に依存するが、廃プラは消費行動・季節・選別効率に影響されて品質が揺れる、と同じレビューが述べている。したがって、暫定仕様とは「安全側に振った数値を並べる」ことでは足りず、スパイクと変動を前提にして、どの程度の変動までなら設備・触媒・運転手順で吸収できるかを、測定の不確かさ込みで“定義”しなければならない。
2. 暫定仕様は「濃度の上限」ではなく「故障モードを止めるための境界条件」である
受入境界で決めるべきは、究極的には“装置が壊れないこと”と“運転が継続できること”であり、そこから逆算して数値が生まれる。ここで実務上、数値化の出発点になる故障モードは概ね四つに集約できる。
第一に、ハロゲン起点の腐食・塩析・環境負荷である。塩素(Cl)や臭素(Br)が油相で残ると、後段でHX(HCl/HBr)として顕在化し、凝縮水が生じる冷点で腐食・塩析が顕在化し得る。第二に、固形分・金属・塩析物による差圧上昇と熱交換器ファウリングである。第三に、不飽和分・酸素官能基などの反応性に起因するガム化・コーク化である。第四に、N/P/Si/金属などによる触媒被毒である。暫定仕様は、この四つに対応して「どの故障モードを、どの工程で、どの安全余裕で止めるのか」を明示することで初めて、石化側にとって“受け入れ可能な仕様”になる。
3. 数値を作るときの基本形:汚染物を「負荷予算」として配賦し、濃度に落とす
暫定仕様が“濃度表”として書かれていても、設計の中身は「負荷予算(mass loading budget)」であるべきだ、というのが実務上の要点である。すなわち、ある工程・ある運転期間(例えば触媒の想定ラン長)に対し、吸着材やガードベッドが捕捉できる汚染物量、あるいは腐食・塩析として許容できる汚染物量を、kg(あるいはmol)で置き、これを処理する原料量(t)で割って平均許容濃度(mg/kg)に換算する。この手順を踏むと、暫定仕様は“理屈のある数字”になる一方で、設備側の前提(ガード容量、洗浄水設計、材料選定、腐食モニタ、緊急時手順)を変えれば許容濃度が変わる、という当たり前の事実も同時に可視化される。暫定仕様とは、受入側・供給側の「責任分界(どこまでを油化側が保証し、どこからを石化側が設備で受け止めるか)」を、負荷予算として明文化する作業にほかならない。
4. 「測り方をセットで決める」ことが核心になる理由
暫定仕様で最も揉めやすいのは、同じ“Cl”という文字でも、測定が捉える対象が異なる点である。油中ハロゲンは、無機塩(抽出・洗浄で水相へ移りやすい)と有機ハロゲン(油相に残りやすい)で、設備・触媒への効き方が違う。にもかかわらず、測定法によっては両者が混在した“総量”として出たり、前処理で無機を除去して“有機のみ”として出たりする。したがって、受入仕様は「濃度」だけでなく「測定定義」を含む必要がある。
この点で、ハロゲン測定の代表的な選択肢には、適用レンジと“何を測るか”の哲学がある。WDXRFを用いるISO 15597:2025は、溶媒可溶な石油製品等に対してClとBrを測る枠組みを与え、適用範囲はClが質量分率0.0005%~0.1000%(概ね5~1000 ppm)、Brが0.0010%~0.1000%(概ね10~1000 ppm)と整理されている。 これは「受入油が100 ppm級で議論される段階」には有効だが、最終的にClを数ppmに落とす議論では、適用下限近傍になり得る。一方、酸化燃焼(あるいは酸化)とマイクロクーロメトリーでハロゲンを検出する系は、低濃度領域での議論に向きやすい。IP 510(有機ハロゲンの酸化マイクロクーロメトリー法)は、有機ハロゲン(Cl/Br/I)を塩化物イオン換算で2~100 mg/kg(ppm)程度の低濃度で扱えること、無機ハロゲンを除去する前処理が“有機のみの結果”を得るために必須であることを明記している。 同様の考え方はEN 14077にも見られ、低濃度(2~100 mg/kg)で有機ハロゲンを扱い、無機ハロゲン除去の手順を含むとされる。さらに総塩素(total chlorine)の枠組みとしては、酸化燃焼とマイクロクーロメトリーにより新油・使用油等の総塩素を測るEPA SW-846 Method 9076のような公的手法があり、“総塩素を測る”という測定定義を明確にできる。
ここから導かれる実務上の結論は、「暫定仕様は、単一のCl値ではなく、少なくとも『総ハロゲン(総Cl/Br)』と『有機ハロゲン』を使い分け、用途(安全・腐食評価、触媒負荷評価、最終受入判定)に応じて測定法と判定レンジを割り当てる」ことである。IP 510自身が、総ハロゲンはISO 15597で測定し得ること、ただし有機のみを狙うなら前処理が要ることを注意として述べている点は、まさに“測り方を仕様に書け”というメッセージに近い。
5. 暫定目標値を「段階仕様」として設計する発想
受入境界で一回の合否判定に全責任を乗せると、石化側は過度に厳しくなり、油化側は達成不能になることが多い。そこで暫定仕様は、最終仕様へ一足飛びに行くのではなく、「段階仕様(stage-wise convergence)」として設計するのが合理的である。ここでいう段階仕様とは、供給側が最初からクラッカー仕様(例えばCl数ppm)を保証するのではなく、石化側が自社の受入設備・アップグレード設備で受け止められる“入口負荷”を上限として合意し、運転データの蓄積に応じて入口負荷を段階的に絞り込む契約・運用である。
段階仕様が合理的である理由は、現実に、上流の洗浄だけでは塩素が十分に下がらないことが報告されているからである。混合プラの洗浄前処理で汚染物が減る一方、洗浄後の熱分解油でも塩素が150 ppmを超えて残り、追加の脱ハロゲン処理の必要性が示唆されている。 また、一般論としてRDF由来の熱分解油では塩素が100~3000 ppmのレンジで存在し得るという整理も見られ、受入の初期段階で“数十ppm”を最初から要求すると、供給ソースが事実上消える可能性がある。一方で、油相の吸着脱塩素は、たとえばNa型ゼオライトを用いて421 ppmを45 ppmまで落とせるという報告があるものの、通油時間とともに除去効率が低下し、再生を前提にした運転設計が必要になる。 つまり「45 ppmまでは比較的現実的に落ちる」が、「そこから先をどのプロセスでどう落とすか」は、装置構成・コスト・副生成物処理を含む別問題になる。このように、物理前処理・吸着・水素化精製・分留をどう積むかは、設備側の受け止め能力で決まるため、暫定仕様は段階化し、運転データと故障モードの実績で“数値を学習していく”設計が適している。
6. 受入境界仕様書に「必ず埋め込むべき測定・判定の設計要素」
暫定仕様を“技術として成立”させるには、数値そのものより、測定と判定の設計要素が重要になる。ここでは箇条書きではなく、仕様書本文として書き込むべき内容を、文章の形で要点化する。
まずサンプリング定義である。熱分解油は相分離・沈降・含水変動が起きやすく、タンクのどの高さから採るか、採取前に循環撹拌を何分行うか、採取温度をどうするかで結果が変わる。したがって、受入判定に使うサンプルは「ロット定義(タンク1本、船1バッチ等)」「採取点と採取回数」「混合サンプル(コンポジット)の作り方」「サンプル容器と保管温度」「採取から測定までの許容時間」を、工程標準として固定する必要がある。
次に測定法の役割分担である。総Cl/BrをISO 15597(WDXRF)で測るのか、有機ハロゲンをIP 510やEN 14077(酸化マイクロクーロメトリー)で測るのか、総塩素を燃焼−マイクロクーロメトリー(例えばMethod 9076系の考え方)で測るのかを、用途別に決める。ISO 15597:2025はCl/Brの適用範囲を示すため、受入段階が100 ppm級であれば一次判定に使いやすい一方、数ppmの最終判定では適用下限に近づくため、低濃度域のレフェリー法を別に指定する必要がある。 有機ハロゲンのマイクロクーロメトリーは2~100 ppm級に適用できるが、無機ハロゲン除去の前処理が結果を左右するため、前処理条件(抽出溶媒、洗浄回数、乾燥手順等)を合意文書に固定しなければ、同じ“IP 510相当”でも結果が割れる。
さらに、判定のための「報告下限(reporting limit)」と「不確かさ(measurement uncertainty)」をセットで合意する必要がある。クラッカー仕様のCl数ppmという世界では、測定法の再現性・検出下限が、そのまま契約リスクになる。したがって暫定仕様では、合否判定を“閾値ぴったり”で切らず、測定不確かさを見込んだガードバンド(例えば、ある範囲は再測定・別法裁定・条件付き受入とする)を判定ロジックとして書き込む方が、現場トラブルを減らす。
最後に、データ同定の仕組みである。暫定仕様は学習しながら改訂する前提になるため、各ロットに対して「供給元の原料組成情報(可能な範囲で)」「前処理条件」「測定データ一式」「石化側での運転実績(差圧・腐食指標・触媒活性・生成物品質)」を紐づけて保存し、暫定値の妥当性を“運転で検証できる”ようにする必要がある。ここが欠けると、暫定値はいつまでも暫定のままで、引き締めも緩和も合理的にできない。
7. 暫定数値目標の作り方(例):三層の数字を一体で設計する
ここでは、実際に境界仕様を作る際の「数字の置き方」を、考え方として提示する。設備構成や想定ラン長で値は変わるため、以下は“型”である。
受入境界での暫定値は、第一に「受入可否を決める絶対上限」として置く。これは腐食・塩析・危険物性・差圧上昇など、短期間で不可逆の損傷を引き起こし得る項目に対して設定される。第二に「運転上の管理値(アクションレベル)」として置く。これは受入自体は可能でも、ガード材寿命・水素消費・排水塩負荷・触媒温度上昇などの運転コストとリスクを急増させる領域を示し、到達した場合に、ブレンド変更・前処理強化・受入量制限などのアクションを紐づける。第三に「段階目標(ターゲット)」として置く。これは将来的に最終仕様へ収束させるための到達点であり、供給側の改善計画と、石化側の設備・運転実績に基づく改訂プロセスとセットで運用する。
この三層設計を、ハロゲン(総Cl/Br、有機ハロゲン)・窒素・酸素・金属・固形分・水分・不飽和度に対して同時に行い、さらに各項目について測定法と報告下限を指定することで、「数値を決めること」そのものを技術的に完結させられる。特にハロゲンでは、洗浄しても熱分解油中Clが150 ppmを超えて残るという報告があること、 吸着脱塩素で数十ppmまでは落とせるが持続性と再生が課題であること、 そして最終的なクラッカー仕様は数ppm級であること、 を踏まえると、暫定値は「いきなり3 ppm」ではなく、「どの工程段で何ppmまで落とし、次段が何を受け止めるか」を段階化して合意する方が、現実の技術・運転・契約を同時に成立させやすい。
8. 行政書士の観点:暫定スペックは“契約条項”であり、測定定義は紛争予防の中核になる
暫定数値目標は、商流に乗せる瞬間に「品質保証契約(品質協定)」へ姿を変え、測定法の曖昧さはそのまま紛争リスクになる。したがって、測定法・サンプリング・判定ロジック・再測定手順・レフェリー試験所・費用負担・ロット不適合時の扱い(返品、再処理、値引き、条件付き受入)を、条項として最初から書き切ることが、技術の実装として重要になる。また、受入形態によっては、熱分解油が「廃棄物としての委託処理」なのか「製品としての原料供給」なのかで、運搬・保管・SDS・委託契約の枠組みが変わり得るため、暫定スペック策定と並行して、法令上の位置付けと責任分界(排水・廃吸着材・酸性ガス処理等の副生成物を誰の責任で処理するか)を整理しておく方が、後戻りを減らす。
結論
石化プラント受入の暫定数値目標は、「未成熟な原料をとりあえず受け入れるための甘い数字」ではなく、カクテル汚染と変動を前提に、故障モードを止めるための境界条件を、測定定義ごと設計する技術課題である。ポストコンシューマー熱分解油は現行仕様を大きく超える汚染物を含み得て、水素ベースのアップグレードと脱ハロゲン前処理が必要という整理が文献上で明確に示されている以上、 暫定仕様は段階化し、“汚染物負荷予算”として石化側の受け止め能力と整合させることが合理的である。その際、ISO 15597(WDXRF)とIP 510/EN 14077(有機ハロゲンの酸化マイクロクーロメトリー)など、測定法の適用レンジと測定定義を踏まえた「測り方の設計」が、数値そのものと同じくらい、あるいはそれ以上に本質的となる。
参考文献
Kusenberg, M. et al., “Opportunities and challenges for the application of post-consumer plastic waste pyrolysis oils as steam cracker feedstocks: To decontaminate or not to decontaminate?” Waste Management, 2022.
Ragaert, K. et al., “Towards high-quality petrochemical feedstocks from mixed plastic waste” 2022(洗浄後でも熱分解油Clが150 ppm超となり追加処理が必要という記述を含む).
Romero, A. et al., “Dechlorination of a real plastic waste pyrolysis oil by adsorption with zeolites” Journal of Environmental Chemical Engineering, 2024(421→45 ppm、通油で効率低下と再生の必要性)。
ISO 15597:2025, “Petroleum and related products — Determination of chlorine and bromine content — Wavelength-dispersive X-ray fluorescence spectrometry.”
Energy Institute, “IP 510: Petroleum products — Determination of organic halogen content — Oxidative microcoulometric method.”(2–100 mg/kg、有機のみには無機除去が必須)。
CEN, “EN 14077:2003 Petroleum products — Determination of organic halogen content — Oxidative microcoulometric method.”
US EPA, “SW-846 Test Method 9076: Total chlorine in new and used petroleum products by oxidative combustion and microcoulometry.”
参考リンク集
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0956053X21005894
https://cris.maastrichtuniversity.nl/ws/files/115365310/Ragaert_2022_Towards_high_quality_petrochemical_feedstocks.pdf
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2213343724007681
https://www.iso.org/standard/89559.html
https://www.energyinst.org/technical/publications/topics/ip-test-methods/ip-510-petroleum-products-determination-of-organic-halogen-content-oxidative-microcoulometric-method
https://standards.iteh.ai/catalog/standards/cen/ce23aed8-d559-4024-9af9-f39c291e41f9/en-14077-2003
https://www.epa.gov/hw-sw846/sw-846-test-method-9076-test-method-total-chlorine-new-and-used-petroleum-products
https://www.epa.gov/sites/default/files/2015-12/documents/9076.pdf




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